ドアーズの存命メンバーである
ロビー・クリーガーと
ジョン・デンズモアが、長年のエンジニア兼ミキサーである
ブルース・ボトニックと共に、1970年のロードハウス・ブルース・ツアーを再訪し監修を行った新しいライヴ・コレクション『アンバウンド・アンド・デンジャラス』(原題: Unbound And Dangerous)の制作を完成させました。
ハードロックのパフォーマンスに焦点を当てたこのコレクションは、息を呑むようなテンポを刻み、ドアーズの威嚇的且つブルージーな最高の姿を捉えています。
16曲入りとなる今作は、10月23日(金)に特典として英文ライナーノーツの完全翻訳 / 解説 / 歌詞 / 対訳を掲載した別冊ブックレットと特製ステッカーが付属のBlu-spec CD2仕様での国内盤CDと共に、輸入盤としてCD、2枚組透明レッド・アナログ盤、ブルース・ボトニックによるオリジナル・アルバムのドルビーアトモス・ミックスや192kHz / 24bitのハイレゾ・ステレオ・ミックスを収録したBlu-rayエディションで発売されます。
ドアーズは1970年1月にニューヨークから〈ロードハウス・ブルース・ツアー〉をスタート、アメリカとカナダで20公演、ワイト島フェスティバルで1公演を行ったこのツアーで録音された音源の一部は、グループ初のライヴ・アルバム『
アブソルートリー・ライヴ(Absolutely Live)』として同年7月にリリースされ、再びトップ10入りのヒットを記録しました。
クリーガー、デンズモア、ボトニックはこれらの録音から、ニューヨーク、フィラデルフィア、ピッツバーグ、デトロイトでのパフォーマンスを新たにミックスし、この作品『アンバウンド・アンド・デンジャラス(Unbound And Dangerous)』を構成しました。「ソウル・キッチン(Soul Kitchen)」は唯一の例外で、1969年7月21日にハリウッドのアクエリアス劇場で行われた第2公演からのものとなっています。
このコレクションは「デッド・キャット、デッド・ラット(Dead Cats, Dead Rats)」を序文として始まり、「ブレーク・オン・スルー(Break On Through (To The Other Side))」へ圧倒的な勢いで突入し、さらに「音楽が終ったら(When The Music's Over)」で壮大なサイケデリックな旅へと素早くシフトダウンします。そこからバンドは勢いを緩めず、「ロードハウス・ブルース(Roadhouse Blues)」、「ファイヴ・トゥ・ワン(Five To One)」、「ビルド・ミー・ア・ウーマン(Build Me A Woman)」といったロック曲を力強く演奏して、ショーの締めくくりとなる黙示録的な15分間ヴァージョンの「ジ・エンド(The End)」は、モリソンが「死者を出せ!(Bring out your dead!)」と繰り返し叫ぶところから始まり、バンドはこの曲の暗い潜在意識へ猛スピードで突き進んでいきます。
クリーガー、デンズモア、ボトニックによる新作ライナーノーツでは、当時のジム・モリソンについて、1900年代初頭、作品があまりにも革命的すぎて芸術界から危険視されたフォーヴィスム(野獣派)の画家、
アンリ・マティスを思い起こさせるとしています。半世紀後、ドアーズはアルバム『
ハートに火をつけて(THE DOORS)』で同様の評判を得ました。その時代を生きた3人の男性が、その危険が何を意味していたかを語ります。
「最初からジムは『危険』だと分かっていた。才能があり、危険だった」とドラマーのジョン・デンズモアは語ります。「彼はあらゆるものに挑戦したいと思っていた。そして彼の言葉があった。それが私を惹きつけた...。その言葉は自由についてだった。言論の自由、自由になる自由。彼は私たち全員を解放したかった。なんて贈り物だろう。このライヴ・アルバムはそんな彼の奔放な精神を捉えている」。
「なぜドアーズが危険と見なされたのか、よくわからない」とギタリストのロビー・クリーガーは語ります。「60年代の男たち、何でもありだ。ジムを危険だとはあまり思っていなかった...。ケネディ兄弟が暗殺され、ベトナム戦争が泥沼化していた頃、それが危険だった。ドアーズじゃなくて...。危険に最も近づいたのは、マイアミかクリーブランドで観客が熱狂した時だった」。
「危険は興奮に相当する」とボトニックは語ります。「何千人ものファンが危険と興奮を求めてドアーズのコンサートにやって来た。ジムは常に会場の空気を読んでいて、どこまで限界を押し広げるべきかを知っていた...。いつも“あいつは本当に危険なことをするんじゃないのか?”という緊張感が漂っていた」。