「でもしょうがないんだよね」と言ってほしい。言ってあげたい――ヒグチアイの“らしさ”が詰まった『日々凛々』

ヒグチアイ   2018/06/22掲載
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 「わたしはわたしのためのわたしでありたい」。オープニング曲のそんなタイトルからして、アグレッシヴさと内省の間を揺れ動く“ヒグチアイらしさ”が炸裂。フル・アルバムとしてはまだ2枚目というのが信じられないくらい、独自の世界観を確立しつつある。そう思わせるニュー・アルバム『日々凛々』。歌と演奏との関わりが深まることで、単にエキセントリックなだけではない音楽的な“深み”をも感じさせる、そんな1枚でもある。一方で、CMタイアップ曲でもある「きっと大丈夫」は、今まで表立つ機会が少なかった、彼女の“優しさ”が際立つ佳曲。シンガー・ソングライターとしての奥行きと広がりを、問わず語りに伝えてくれる結果にもなっている。
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 「今回のレコーディング……難航しましたね。いつものことですが、曲のストックがないので、出来ている曲からレコーディングして、足りない分をひたすら書いて。それでも締切を1ヶ月くらいオーバーしてしまった。一番最後に作った〈コインロッカーにて〉は、自分で軽いアレンジまでやったので、よけい時間がかかりました」
――物語性の強い、トリッキーな曲ですね。
 「そう。トリッキーですよね。ふふ」
――ヒグチさんと言えば、内在している自分の気持ちを、形にならない状態も含めて表現してきた印象がありましたが……。
 「はい」
――この曲の場合、ストーリーテリング的。こんな曲も書くんだ、という驚きがありました。
 「実は昔の作風のほうが、物語性が強かったんです。1曲通して聴かないと内容がわからなくて。だからワン・コーラスで内容がわかる作品を書きなさい、という風に言われていた。でも〈コインロッカーにて〉を書いてみて、話が流れていく、変わっていく作品ってやっぱり好きだな、と思いましたね」
――なにかヒントにした題材はあったんですか。
 「題材は……間引き(笑)。といっても“子殺し”みたいなイメージはそもそもなくて、ぐちゃぐちゃした恋愛の歌を書きたかったんです。男の人が浮気をする、その“芽を摘む”という意味での“間引き”」
――感情面での“間引き”だったんですね。
 「そう。自分もそういう気持ちの間引き、やってきたな、みたいな。けど、うまくいかなかった。そんなことを思いながら調べていたら、藤子・F・不二雄先生の『間引き』という短編に行き当たって。人を殺して、コインロッカーに隠す話なんですけど」
――きっかけと出て来た結果が、えらく遠いです(笑)。
 「そこまで離れた話を書いたのは、さすがに初めてでした。調べものをしてから書くこと自体、ほとんどやったことがなかったんです。そういう意味で、新しい書き方でしたね」
――フィクション化していくプロセスと結果、いずれもが新しかった。
 「そうですね。そうだったと思います」
――一方で、導入部のリズムは裏打ち。どことなくユーモラスなニュアンスを感じますが。
 「うんうん。暗くしようと思ったら、とことん暗い曲ですよね。暗いっていうか、怖い(笑)。曲的には怖いけど、アレンジは怖くない。あんまり怖がらせて“そういうアーティスト”になっちゃうのも本意ではないので、そのあたりのバランスは考えてます」
――歌詞だけが突出しているのではない、演奏やアレンジと呼応して聞こえる瞬間が、以前にもまして多かった気がするんですが。
 「今回、1曲目と2、4、5曲目のアレンジを人におまかせしたんですが、前作からやってくれた伊平(伊平友樹)さんも、今回初めてだった御供(御供信弘)さんも、私の感覚的な部分をわかってくれたのがよかったのかなと。自分では思い描けないようなアレンジをしてほしかったので、“〇〇ぽく”みたいに具体的に指定するのではなく、イメージを伝えるようにした。〈わたしはわたしのためのわたしでありたい〉でベースが入ってくる箇所は、ベーシストの御供さんらしいアレンジかな、と思うんですけど、強引なところは少しもなかった。そうじゃなかったら、一緒にはできなかったと思います」
――「わたしは〜」にも、ベーシストがヒグチさんの歌を聴いて、反応しているとおぼしき箇所が随所にあります。終盤、演奏だけになる箇所では、ヒグチさんのピアノと他の楽器とのインタープレイのコーナーがちゃんと作られてもいる。バンドとまではいかなくても、複数のアンサンブルで演奏しているうまみが、アルバムを追うごとに増してきている気がする。
 「うれしいです」
――だいぶ、他人を信じられる度合が増してきた?
 「いえ、全然信じてはいないんですけど(笑)。でも、たとえこちらがあずけきれなくても、あずけてほしいと思ってくれている。二人とも、優しいんですよね。〈わたしは〜〉の間奏にしても、私が転調したいと言ったのがきっかけ。曲中ではそんなに複雑なコード進行はできないので、間奏部分を使ってのああいう展開を考えてくれたんです」
――結果、ヒグチさんのピアノが、より前に出てきた印象もあります。
 「ほんとですか。ライヴをやってると、ピアノが前に出てないと格好よくないという事情があって。私自身、必ずしもピアノにこだわっているわけではないんです。ピアノが入ることで、曲の雰囲気が固定化してしまう危険性だって、ありますから。でもピアノじゃなくちゃ、と言われることが多いので、見せ場が作れればいいなと、思ってはいます」
――とはいえ、便宜上のアレンジのようには聞こえない。歌の延長線上にピアノがあるように聞こえるので、新鮮でしたよ。
 「そういう曲を書くのが、上手になってきたのかな(笑)。ピアノと歌に関して、全然考えずにやってきたのが、多少ピアノと仲良くなってきたのかもしれないです。今、そう思った」
――ピアノとも仲良くないんだ(笑)。
 「ずっとそこにいる相棒、みたいな感じなんで、仲良かったり、悪かったり。つい3日前も、ライヴでグリスをやったら(鍵盤を横に弾いていく動作)、指を怪我しちゃって」
――あら〜。
 「こんなこと、今まで一度もなかったのに、どういうこと?って。それからちょっと、仲悪いです(笑)」
――ピアノと歌との関係に引き寄せて言えば、「不幸ちゃん」で、歌と演奏との関係が、ちぐはぐになる箇所がありますよね。意図的にだと思うんですが。
 「情緒不安定な女の子の話ですから。レコーディングで一緒に演奏してくれたメンバーが若かったので、そのごちゃごちゃ感、勢いみたいなものを活かしたいとも思っていました。一方で、歌はちゃんと浮かんで聞こえないといけない。演奏に溶け込んでいなくてもいいかなと、“揺れ”重視で歌いました。ヴォーカル録りって、独りで集中しなくちゃならないから、案外テンションが上がらないものなんです。〈不幸ちゃん〉の時は、ブースで踊りながら歌ったりしました。自分で自分を楽しくしながら歌ってた」
――「不幸ちゃん」なのに(笑)。
 「ちょっと恥ずかしいんですけど」
――音楽的には幸せっていう。
 「でしたね。明るく、幸せに書けた曲なんです。好きな曲です」
――リズムはサンバですよね。歌うの、大変じゃなかったですか。
 「レコーディングは踊りながらやれましたから(笑)。ただ、ライヴでやる時、ピアノを弾きながら歌うのが、すごくむずかしいことに気がついた。アルバム中、一番むずかしい曲かもしれないです」
――しかもリズムのズレが、歌のテーマとリンクしてもいるから……。
 「なのでライヴの時には、ドラムの大地(伊藤大地)さんに“ハネないビート”を入れてもらって、そこに引っ張ってもらうようにしました。ピアノに関しては“無”。とにかく歌うことに専念しようって」
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――「不幸ちゃん」という曲名からして、実は第三者的な視点を感じさせますよね。そこが“笑える”感じを生んでもいる。
 「うんうん」
――つっこみどころ満載じゃないですか、この歌のヒロインって。
 「そうなんですよ(笑)」
――“それやっちゃアカン”って方向に、どんどん突っ走っていく。
 「そうなんです。でも、いるよね、こういう子……って。と言うより、私自身がこういうことをやっていた(笑)。そうでもしないと自分が保てない。そんなぐちゃぐちゃ感。口では“幸せになりたい、安定したい”みたいなことを言ってるのに、やってることは真逆。そういう瞬間ってあるよなあ……というのは、曲の感じからも伝わってるといいな、と思います」
――ただ、ある意味しょうもないこういうシチュエーションに対して、書き手としてのヒグチさんは、どこか肯定的な感覚をつけ加えてもいますよね。
 「つけ加えたいんです。自分自身、矛盾がキライなくせに、でも矛盾しちゃう時がある。弱い人間だから、欲に流されちゃう時もあるし。でも、そういう時“それはダメだよ”と言う人にはなりたくないんです。言いたくないし、言われたくない。“ダメだ”って言ってくれるアーティストは他にいっぱいいると思うんで、そう言ってほしい時はその人のところに行ってくれたらいい(笑)。私は“でもしょうがないんだよね”と言ってほしい。言ってあげたいと思うんです」
――一方、「かぜ薬」と続く「玉ねぎ」はせつない系。勝手に“組曲・すれ違い”と呼んでおります(笑)。
 「なるほど〜。今回、曲順を初めて自分で決めたんですけど、ここは“せつなゾーン”だと感じてたなあ。たしかに“組曲・すれ違い”ですね」
――しかも男女それぞれの主人公が、お互い自分の言い分だけを言っているでしょ。
 「ほんと、そうですよね」
――曲調的にはどちらもせつなくて、普通にいい歌だと思うんです。もっとベタな歌詞をつけられたらラクなのに……って、我ながら思ったりはしませんか?(笑)
 「それはそうですよ(笑)。28年間生きてきて、もっと単純、もっと鈍感な人間だったらラクだったのに。そう思ったりもします。でも今さらムリ。あきらめました(笑)」
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――「かぜ薬」に出てくる未練がましい主人公の男性は、ヒグチさん的にはどうですか。
 「私はイヤです〜(笑)。物語だから、許せる」
――彼は都合よく解釈しようとしてるけど、いやいやダメだからって(笑)。
 「でも、ライヴでやってると、この曲を自分のこととして好きだと言ってくれる女の子もいて。“今でも私のこと、こんな風に思ってくれてるんじゃないかしら”って。過去の恋愛をそういう風に捉えてる人も、いるんですよね。むしろ男性のほうが、こういう弱い気持ちになってる自分を、教えてはくれない気がします」
――男性の心情を歌っているようでいて、実は女性目線のフィルターを通過していると。
 「やっぱり男の人の気持ちはわからないから、その男の人を見てた自分。そういう視点に帰ってくる場合が多いですね」
――体(てい)としては“一人称”だけど、カメラ・アングル自体はマルチなんですね。
 「そうですね。カメラがあって、その前に女の子の後ろ姿があって、その向こうで男の人が生活しているのを見ている、みたいな。もうこの手法は使っちゃったから、また新しい書き方を探さなくちゃいけないんですけど」
――一方、通常盤にボーナス収録された「きっと大丈夫」は、スタンダードな曲だって書こうと思えば難なく書ける。ヒグチさんのソングライターとしての地力を感じさせる曲です。
 「こういう曲だったらいくらでも書けるし、自分で聴いてて安らげるのも、実はこういうタイプの曲なんです。でも、スタッフに聴かせると、たいていボツになるんですよね(笑)。30曲書いたとして、うち2曲くらいしか残らないのが、通常の水準ですから」
――それくらい、アルバム収録曲は少数精鋭。
 「そんなこともあって、アルバムに収録する機会がなかなかめぐってこなかったのが、今回入れることができた。〈きっと大丈夫〉の主人公は、不登校の男の子。同じストーリー仕立てでも、こういうチャンネルも私の中にあるんです。言わば、そのおすそ分けのような感じかな」
取材・文 / 真保みゆき(2018年6月)
HIGUCHIAI band one-man live 2018
higuchiai.com/
2018年7月16日(月・祝)
大阪 心斎橋 Music Club JANUS
出演: ヒグチアイ
band member: 伊藤大地(ds) / 御供信弘(b) / ひぐちけい(g)

開場 17:15 / 開演 18:00
前売 4,500円(税込 / 別途ドリンク代 / 入場順整理番号付)
※お問い合わせ: サウンドクリエーター 06-6357-4400
チケット取扱い: SC TICKET / チケットぴあ(P 106-173) / ローチケ(L 55389) / e+



2018年7月21日(土)
東京 下北沢 GARDEN
出演: ヒグチアイ
band member: 伊藤大地(ds) / 御供信弘(b) / ひぐちけい(g)

開場 17:15 / 開演 18:00
前売 4,500円(税込 / 別途ドリンク代 / 入場順整理番号付)
※お問い合わせ: SOGO TOKYO 03-3405-9999
チケット取扱い: SOGO TOKYO オンラインチケット / チケットぴあ(P 106-788) / ローチケ(L 75241) / e+

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