ニュース

トーク・イベント〈「下北沢ものがたり」を、語る〉をレポート

2014/05/08 20:21掲載
はてなブックマークに追加
トーク・イベント〈「下北沢ものがたり」を、語る〉をレポート
 下北沢を愛してやまない人たちが、これまで、そしてこれからの下北沢を語った『下北沢ものがたり』。その発刊イベント〈「下北沢ものがたり」を、語る〉が5月6日(火)、東京・下北沢の本屋「B&B」にて開催。この日は本書の著者、多田洋一(エディター / ライター)、徳永京子(演劇ジャーナリスト)、仲俣暁生(編集者 / 文筆家)、藤原ちから(編集者 / 批評家)に、新谷洋子(音楽ライター)を加え、トークを展開。

 話題は、敢えて紙媒体として“飲食店などに置いてもらう”という方法をとったアマチュアリズムに戻った下北沢発信のメディア、仲俣と藤原が2008年から2009年にかけて作っていたフリー・ペーパー「路字」(A3四つ折り / 3,000部配布)にも及び、「何か表現したくてもやもやしている感覚」を参加した人たちと共有でき、これにより自身と下北沢という街との関わり方が具体的になったとのこと。

 また、北口と南口の違い、街の構造、発展史からはじまり、それぞれが愛用の飲食店、珈琲豆屋、古本屋、洋服屋、レコード屋など、下北沢の様々な側面を彩るお店の話へ。来店する人たちの年代や音楽、演劇、ファッションといったジャンルでの違い、さらに店の在り方や料理人の変遷、代替わりによる手腕・技量の変化、跡継ぎ問題などを交え、ディープなトークが続きました。

■「下北沢ものがたり」を、語る

播磨秀史(シンコーミュージック・エンタテイメント) 「まずはみなさんの下北沢との関わりをお話しいただけますか」

藤原 「5年くらい前まで東松原に住んでいて、その頃はほぼ毎日下北沢に通ってましたね。北口にある、いーはとーぼという喫茶店は今でも行きつけです」

徳永 「80年代半ばの第三次小劇場ブームの頃から芝居を観に下北沢にはよく来るようになりました。ただ、いつも脇目もふらず劇場に飛び込んで、見終わって食事をして帰るというパターンで、あまり町をぶらつくということはないんです。ですから生活者の目ではないですね」

仲俣 「元々は葛飾出身で、ここに住み始めて17年になります。引っ越して来る前もシモキタには知人が住んでいたので、会いに来たり。あとは藤原さんと同じで、いーはとーぼにはよく来ていました」

新谷 「三軒茶屋との間に住んでいます。昔は貧乏な美大生として、今は音楽ライターとして来ることが多いです」

多田 「私は、1998年から2013年まで下北沢に住んでいました」

播磨 「僕は越して来て19年になります。その中で町がどんどん変わっていく……電車が高架になり踏切もなくなる……ということもあって、“ここで、この町を記録しておいきたい”と思っていたところ、古くからこの町に暮らす方の話をじっくり伺う機会があり、それがすごく面白かった。そういった話をもっと聞きたい……と思ったのがこの本を企画したきっかけです」

下北沢は通り過ぎる街

多田 「私は歴史の部分を担当したのですが、これまでバラバラだったものが繋がるいいきっかけになったと思います。一方で面白かったのは、この本の中ではいろいろな人がバラバラな話をしていて、それが細かく見て行くと食い違っているところ。これはひとりひとりの下北沢があるんだなと思いました」

仲俣 「そのバラバラなところは、僕も面白かったです。自分の知らないパーツが埋まって、おぼろげに全体像が浮かび上がるというか……。本当にみんな勝手に生きていて。あと、“何で俺が出てないんだ”という方の声も聞こえていますが、絞り込むのは難しいですよね」

播磨 「今回登場していただいたのは著名人から、地元の有名人、面白い方など、お話を聞きたい人……ということでセレクトさせて貰ったのですが、リストにしたら100名を越してしまいました。音楽と演劇と飲食店関係は選んだんですけれど、古着屋さんとか服飾関係はこぼれてしまいました」

徳永 「洋服屋さんは飲食よりも出入りが激しい気がします。古着屋が増えたのもこの5年くらいですから、長いスパンでみるとその選択もよかったんじゃないですか」

仲俣 「洋服屋に関しては、北口駅前市場のアメリカ屋さんが一番古い時期からやってらっしゃるということなので続編があれば是非」

藤原 「自分はこの中では最も若輩者ですし、下北沢というと“青春”と切り離せない感覚がまだリアルにあります。20代半ばから30代の初めという不安定な時期にここで過ごしたので。食えない時期にいろいろな大人に店で奢ってもらって、熱い想いを聞かされて。友人たちとつくっていたミニコミの記事を、いーはとーぼのマスターに怒られたりして(笑)、でもそれがきっかけで親しくなったし、店をやるにしても文章を書くにしても“必然性”が大事なのだということを学んだ気がします」

仲俣 「“青春”というのはリリー・フランキーさんもおっしゃっていて、僕も下北沢のイメージは“通り過ぎる街”だと思っています。20代のある時期にこの街に迷い込んで暮らして、その後結婚や就職をして出て行き、出て行けない人だけが残っていく。基本は通過者の町で、それをひとことで言うなら“青春”という言葉になるのかな」

藤原 「ここに住んでいた頃は、そういう通り過ぎていった人たちに対してちょっとだけムカつく気持ちもあったんですけど(笑)、いざ自分がそうなってしまうと……」

仲俣 「みんな自分が居た頃の下北沢が一番いいって言うんですよ。歌舞伎役者の市川團十郎やニコンのカメラと同じで、“一つ前のがいい”って(笑)。それもさっきから出てるバラバラ感で、それはいいことだなぁって思います」

播磨 「もちろん現在過ごしている若い人にとっては“俺のシモキタ”があるわけですから、それはまた別の機会を作って語ってもらおうと思っています」

藤原 「“開かずの踏切”が無くなったのはショックでしたけど、でも以前はこのお店(B&B)は無かったわけだから、また新しい若い人たちが街にやってきて入れ替わっていくんだろうな…という気持ちはあります。とはいえ変化するのは当然として、そのような良い循環や継承ができるだけの街のスペックが維持できているのかということに関しては若干の疑問もあります」

徳永 「私の感想としては、インタビューに応えていただいた方それぞれが、あまり感情的にならずに、急激に変わっていこうとする下北沢と自分の距離に対して冷静でいようとしているように思えました」

仲俣 「この10年くらいの再開発問題に関して言えば、住人の中にもまだ知らない人はいっぱいいて、こんなに狭い街なのに一様に情報が流れていかない。基本的に口コミの世界なんですよね。だから、その伝わる速度には時間差もあって」

播磨 「例えば単身で住んでいるといつか引っ越すのかなという気持ちがあって。街が変わっていくのを見つつも、最終的に嫌になったら引っ越すか…ぐらいの距離感はあるのかもしれませんね」

路地の変化、街の広がり

藤原 「店の入れ替わりはこれまでもありましたけど、今この街に起きている変化はかなり急なもので、果たしてそれは大丈夫なのかな?と不安です。正直いーはとーぼが無くなったら下北沢には来なくなってしまうかもしれない……と思っちゃうんです」

播磨 「跡を継げばいいんじゃないですか、僕も、トンカツ屋のとん水を継ごうかとちょっと思ったことがあります(笑)」

仲俣 「下北沢に住んでいるとわかるんですけど、ここにあるお店の人たちは大半が下北沢以外から通って来てるんです。他に移転する自由はあるのに、いまも頑張ってここで店をやっている。シモキタは地元民だけの街じゃないんですよ。あと、後継者問題があるとしたら、誰かが店を継ぐというのもいいことなんじゃないかな」

藤原 「いーはとーぼを自分が継ごうとは思いませんけど(笑)、ともあれ、下北沢はこの先どういう街になって行こうとしてるのか……」

播磨 「ひとつには外側に広がっていこうとしてますね、池ノ上方面とか」

仲俣 「かつて渋谷や新宿から下北沢にライヴハウスが一時避難して来たみたいに、お店が下北沢の中心から少し外側に離れてみる、というのはあると思います。それで状況が良くなったらまた戻ってくるとか(笑)。今、茶沢通りの方にもいいお店が増えてきているし」

藤原 「自分や仲俣さんは“路字”というフリーペーパーを作るくらいなので、路地に価値を見いだしているんですけど、この先、大型商業施設や区画整備された街で育った若い世代にとって、路地はあまり価値を見いだせないものになってしまうかもしれない。それが人間の進化であるならしょうがないという諦めと、その価値や魅力を伝えていきたい気持ちと両方あります」

播磨 「今の若い子たちがこの路地に驚くこともあると思うんですよ。アナログ・レコードやカセット・テープに興味を持つように」

仲俣 「最近耳にした下北沢に来た若いカップルの裏道での会話で、彼女を隠れ家的なカフェに連れて行こうとした彼に対して、“下北沢のカフェってみんな隠れ家的なのね”って彼女が言ってたんです(笑)。街中がそうなっているという驚きが素直に表現されていて、クスっと笑ってしまいました。これまでは“下北沢の物語”というストーリーで人が来たけれど、今後はもっとショートカットで来るかもしれない。そのときに街がどんな魅力を提供できるかというのが問題になってくる」

多田 「一般的に駅前の変わり方でいうと、タワーマンションが出来て、ターミナルでロータリーがあって、商業施設があって……。で、伸びきれていない街は路地がぶち切れてしまう。それだと文化がなくなるかなと思ったときに、一つ面白い例があったんです。それは中野ブロードウェイ。元々一階がショッピングモールで、二階〜四階辺りに普通のお店が入っていたのが、今やビルごと小さなショップが迷宮のように占拠して縦型の路地が出来てしまった。似たような形だと渋谷のPARCOとか、早めにできたファッションビルがそうなっているように思えるんです。だから必ずしも路地は平面でなくてもいいわけです。建物ができてもそこに文化的な人が住み着いていけばヘンなもの作っちゃうんじゃないかなと。そうやって自然発生的にならないかな」

新谷 「拡散型というのもあると思うんです。今、住宅街の中にポツンといいお店ができたりしていて、隠れ家なんですけど路地ではなくて、ちょっと足を延ばして探しに行くという宝探し的な隠れ家。だから別の意味で下北沢っぽい店ができて、もっと広いエリアで面白いことができないかなと」

写真左より藤原ちから、徳永京子、仲俣暁生、新谷洋子、多田洋一、播磨秀史(シンコーミュージック・エンタテイメント)
「下北沢ものがたり」を、語る

それぞれの下北沢

播磨 「では最後に、個人的にこんな下北沢がいいなぁ……というのをそれぞれ聞かせていただけますか」

藤原 「さっき新谷さんがおっしゃっていた“宝探し”というのは可能性があると感じます。演劇の批評をしていて思うのは、演劇は人を動かせる、ってことなんですよね。心も、足もです。それで演劇が劇場から街へ出て行って何ができるかを、今、横浜や横須賀で試行錯誤しているところなんですけど、いつかまたこの街に戻ってきてその方法をインストールできたら、多少は、下北沢に対する恩返しになるかな……とは思います。本当にこの街には育ててもらったので、いつか返せたら嬉しい」

徳永 「本多劇場を作られた本多さんは下北沢に劇場をたくさん作られています。そしてどこもかしこも一杯の状況になっている。これは劇場が小さいからなんです。本多劇場はキャパが400人弱、他のザ・スズナリとか小劇場 楽園とか“劇”小劇場とか、みんな70〜120人のキャパなんですね。その規模の劇場って、ありそうでなかなかない。それにそういう劇場は基本的に、まだそれほど動員はできないけれど表現衝動をたくさん持っている若い劇団や、実験的なことをやりたい人たちが使いやすい。そういった小屋がこれだけ集まっているのは本当に特殊な街で。そういう表現に関わる人たちがいつまでも居ることのできる街であればいいなと思います」

仲俣 「最初この街には音楽関係者を辿って来たんですけど、ここ数年新しい形の書店や古本屋がどんどん出来てきて、それがすごくいいんです。それは本を売る人がいて、それを買う人がいるという、商売が成り立つサイクルがきちんとあるから。僕は“下北沢”というのは、一種のフィクションだと思っています。いまは“本の街、下北沢”ってイベントとかでも言い続けてますけど、それをあえて言いたいんですね。フィクションを成り立たせるには、ある種のナビゲーターやマップが必要なんです。例えば千駄木〜谷中地域の“不忍ブック・ストリート”もそうですが、実際に歩くと古本屋の店と店の間は結構離れてるのに、“ブック・ストリート”と言われるとなぜか行きたくなって、結果二駅ぶんくらい歩いてしまう。だから僕としては、本を巡る下北沢のネットワークを作っていきたいですね。それが街から僕らが得た力だから」

新谷 「私は貧乏でしたけど、豊かな生活を下北沢でさせてもらったなと思っています。衣食住にしても安い飲み屋や食堂、レコード屋さんや古道具屋さんとか、私がそうだったように、貧乏にとって本当に居心地のいい場所がたくさんあって楽しく暮らせる。そういう部分がこれからも残ってくれたらいいなと思います」

多田 「歴史があっても、“〜の老舗”とか“〜の伝統”といった威張った言い方をしないで、よそ者にも優しく、適当に安くて、風通しがいい。そんな楽な街のままで居てくれたらいいですね」

播磨 「下北沢に来て楽しい時間を過ごしていただければ、また過ごせる街であってくれれば……と思いますので、今後とも『下北沢ものがたり』共々下北沢を宜しくお願いいたします。今日はありがとうございました」
最新ニュース
※ 掲載情報に間違い、不足がございますか?
└ 間違い、不足等がございましたら、こちらからお知らせください。
※ 当サイトに掲載している記事や情報はご提供可能です。
└ ニュースやレビュー等の記事、あるいはCD・DVD等のカタログ情報、いずれもご提供可能です。
   詳しくはこちらをご覧ください。
[インタビュー] ソウル&ファンク・ユニットMen Spyder 初のEPを発表[インタビュー] KMC 全曲O.N.Oによるビート THA BLUE HERBプロデュースの新作
[インタビュー] 魚返明未 日本の新世代ジャズを牽引するピアニストが、新たなトリオでアルバムを発表[インタビュー] みやけん 人気ピアノYouTuber 『俺のヒットパレード!』第4弾リリース!
[インタビュー] Billyrrom 注目の新世代バンドに聞く新章突入と〈HEADZ 〜NEW HOT WAVE〜〉出演への思い[インタビュー] 町あかりの歌謡曲・春夏秋冬 春のテーマは「ディスコ」!
[インタビュー] Arvin homa aya  実力派シンガーの話題曲 アナログで連続リリース[インタビュー] ジェイコブ・コーラー × kiki ピアノ 凄腕師弟コンビ
[インタビュー] 文坂なの \[インタビュー] 人気ジャズ・ピアニストが立ち上げた新レーベル 第1弾は田中裕梨とのコラボ・シングル
[特集] いよいよ完結!? 戦慄怪奇ワールド コワすぎ![インタビュー] you-show まずは目指せ、新宿制覇! 新宿発の楽曲派アイドル・グループがデビュー!
https://www.cdjournal.com/main/cdjpush/tamagawa-daifuku/2000000812
https://www.cdjournal.com/main/special/showa_shonen/798/f
e-onkyo musicではじめる ハイカラ ハイレゾ生活
Kaede 深夜のつぶやき
弊社サイトでは、CD、DVD、楽曲ダウンロード、グッズの販売は行っておりません。
JASRAC許諾番号:9009376005Y31015