[こちらハイレゾ商會]第45回 太田裕美『心が風邪をひいた日』今さらですが、アルバム・ヴァージョンの「木綿のハンカチーフ」に感激
掲載日:2017年06月13日
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こちらハイレゾ商會
第45回 太田裕美『心が風邪をひいた日』今さらですが、アルバム・ヴァージョンの「木綿のハンカチーフ」に感激
絵と文 / 牧野良幸
 “ティラリラ、ティラリラ。ティラリラ、ティラリラ〜”という前奏から始まって、可憐な声が歌いだす。
こーいーびとーよ〜♪
 ご存じ、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」である。今や誰でも知っている名曲。日本中のカラオケで歌われるのはもとより、“思い出の曲”といったたぐいのアンケートがあれば必ず上位に入る曲であろう。それくらい僕らの世代には印象深い曲だ。
 この曲がヒットしていた頃、僕はちょうど大学で吹奏楽をやっていた。パートはアルト・サックスだ。僕らはスーパーの店頭演奏とか大学野球の応援とか、いたる所で演奏したものであるが、この頃は「木綿のハンカチーフ」ばかり演奏していた気がする。朝から晩まで“ティラリラ、ティラリラ”というフレーズを何度吹いたことか。
 しかし今回、太田裕美のサード・アルバム『心が風邪をひいた日』がハイレゾ化されたのを機会に知ったのであるが、アルバムに収録されている「木綿のハンカチーフ」は、テレビやラジオでよく聴いていた、そして吹奏楽でも親しんでいたシングルとは違うアレンジなのだった。
 アルバム・ヴァージョンは前奏に“ティラリラ、ティラリラ”の部分がなく、“チャチャー、チャチャー、チャーララ〜”から始まる。先に作られたのはアルバム・ヴァージョンのほうである。シングル盤はやはりヒット狙いということでフルートや女性コーラスを加えて華やかにしてある。いちばん最初の“ティラリラ、ティラリラ”という部分もシングル用に付け加えられたものだ。
 今回そのアルバム・ヴァージョンの「木綿のハンカチーフ」を聴いて非常に感激した。シンプルなだけに歌の世界がしみじみと味わえる。太田裕美ファンなら承知のことを、今さら大発見のように書くのは恥ずかしい。しかしこのヴァージョン違いは、僕にとってビートルズのステレオ・ヴァージョンとモノ・ヴァージョンの違いを知ったくらいの事件なのだ。大目に見てほしい。
 なにより『心が風邪をひいた日』というアルバム自体が素晴らしい。これもまた僕には大発見だった。「木綿のハンカチーフ」から始まって「わかれ道」で終わる構成はコンセプト・アルバムのような雰囲気である。聴き手は収録曲を「木綿のハンカチーフ」で別れることになる2人の、“それ以前”や“それ以後”の物語のようにとらえてしまうことだろう。
 コンセプトは作詞を担当した松本隆が中心になって作られたとも言うから、松本隆らしい昭和文学的な言い回しが随所に漂う。それに日本の誇るメロディ・メーカー筒美京平や荒井由実らが曲をつけたのであるから、ニューミュージックのような味わい深いアルバムになっている。こんなアルバムが40年前にあったとは今さらながら驚く。
 申し訳ないが僕はこのアルバムのアナログ・レコードを聴いたことがないから、ハイレゾでどうハイファイになったのかはわからない。それは古くからの太田裕美ファンに任せることにして、僕としては先入観なしにハイレゾで聴いた『心が風邪をひいた日』の感想を書くしかない。
 ハイレゾでは各楽器がとてもクリア。それがちょうどいい案配に溶け合って柔らかい空間である。初めて聴く僕には、このハイレゾに昭和50年代へと誘うノスタルジーは感じない。博物館の陳列物ではなく、最新録音のようにナチュラルで“いい音”である。
 ただ視点を音質から歌詞や編曲に移すなら、当時の息吹を思い切り感じることは言うまでもない。“三億円”(「ひぐらし」)やら“CSN&Y”(「青春のしおり」)やら、我々の世代があの頃に戻るキーワードがいくつも登場する。女性コーラスのベタなアレンジを聴くにつけ、隙あらばやはり歌謡曲になってしまうところも苦笑せざるを得ない。
 結局、新しさも古さも両方備えたハイレゾの『心が風邪をひいた日』であるが、ひとつだけ確実に言えるのは“普遍的なアルバム”ということではあるまいか。
 この感想もファンから見れば“今さら”であろう。しかし還暦前のオヤジが、今さら“愛聴ハイレゾ”にしたのだから、少しは説得力があるのではないかと思っている。これから「木綿のハンカチーフ」、そして『心が風邪をひいた日』を何度も聴こうと思う。
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太田裕美
『心が風邪をひいた日』


(2017年)

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