e-onkyo musicではじめる ハイカラ ハイレゾ生活 - [こちらハイレゾ商會] 第31回 50年代マイルスと日本映画 〜その黄金時代〜(前編)
掲載日:2016年04月12日
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第31回 50年代マイルスと日本映画 〜その黄金時代〜(前編)
絵と文 / 牧野良幸
 一般にマイルス・デイヴィスの作品は『カインド・オブ・ブルー』などコロンビア時代のものが有名である。僕も晩年の『ドゥー・バップ』まで聴いたそれなりのリスナーであるが、おもに聴いてきたのはコロンビア時代の作品だ。しかし何度となく音楽を変え、そのたびに黄金時代を築いたマイルスには『カインド・オブ・ブルー』以前に“最初の黄金時代”があった。デビュー盤『クールの誕生』からプレスティッジに残した“マラソン・セッション”で、録音にして1949〜1957年あたり。
 驚くべきことに、それらのアルバムがハイレゾで出そろっているので聴いてみようと思う。しかし、ただ聴いても面白くないので、このところ僕がハマっている当時の日本映画と照らし合わせてみる。無謀とも思える試みかもしれないが、音楽はその時代の空気を感じながら聴くことが一度は必要だと思うからだ。

 マイルス・デイビスのデビューは49年と50年に録音された『クールの誕生』である。いきなり力強い白黒ジャケットに圧倒される。これはまぎれもなく黒澤映画の世界であろう。『クールの誕生』が録音された頃には黒澤 明『野良犬』(49年)『醜聞(スキャンダル)』(50年)が封切られている。
 しかしマイルスの『クールの誕生』は、男くさい“クロサワ的ジャケット”とは裏腹にアンサンブル重視のソフィスティケートされた作品である。まるでビッグバンドのようなギル・エヴァンスジェリー・マリガンらの編曲がすばらしい。マイルスはのちにギル・エヴァンスと『マイルス・アヘッド』『ポーギーとベス』『スケッチ・オブ・スペイン』といった競演盤を作るが、個人的には本作が一番好きだ。ハイレゾはモノラルながらギスギスしたところもなく、しっとりとした音のエッジ。低音もキチンと出ている。この“ウォーム”な『クールの誕生』が、『醜聞(スキャンダル)』での戦後の傷跡が残る東京の街角に流れていたのだとしたら、相当オシャレな音楽に聞えただろう。三船敏郎が演じたのはオートバイで東京を走り回る破天荒な青年画家。彼のアトリエで流れていてもおかしくないレコードだ。

 51年の名アルバム『ディグ』は『クールの誕生』のアンサンブル重視から再びハード・バップに方向転換した作品だ。1曲目「ディグ」は残響の深い録音で、192kHz / 24bitのハイレゾでも始めてだと聴きづらいかもしれないが、慣れるとこれはこれで“時代を感じる音”として楽しめる。まあ2曲目の「イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン」以降は残響を押さえた録音になるので心配はない。ハイレゾでは肉付きがある音となる。マイルスのトランペットもたいへんマイルドだ。
 この年は木下恵介の日本初のカラー映画『カルメン故郷に帰る』が封切られた年である。しかしまだまだ日本映画は白黒が全盛、マイルスのジャケットも相変わらず白黒である。ハッキリ言ってダサいジャケットの多いプレスティッジ時代のなかでは印象に残るジャケットである。この頃のマイルスには麻薬の影が忍び寄っているが、写真で見るかぎりは好青年だ。暗闇を背にした立ち姿もオシャレ。同じ51年封切りの黒澤 明の『白痴』に登場する純粋な青年、亀田(森 雅之)に思えなくもない。同じく51年作の溝口健二の『武蔵野夫人』における、上品ながら屈折した家庭映画でも登場できそうである。


 52年、マイルスは麻薬に冒されていた。この時期のマイルスの演奏はのちにブルーノートからリリースされた『マイルス・デイヴィス・オールスターズ Vol.1』『マイルス・デイヴィス・オールスターズ Vol.2』で聴くことができる(ほかの年代の録音も収録)。ハイレゾは192kHz / 24bitであるが、それよりもまず“ああ、やっぱりブルーノートの録音なんだな”と感じさせる音だ。プレスティッジとは違ってガシッとした音である。
 52年はひょっとしてマイルスも生死の間をさまよっていたかもしれないが、映画では黒澤 明の名作『生きる』が公開された。志村 喬が演じる主人公が僅かな余命に絶望して街を放蕩する場面、キャバレーのピアニストのハード・バップな演奏、ダンス・フロアでのキューバ音楽のシーンを見ていると、戦後の崩壊から脱した日本人が音楽を“威勢よく聴く”姿を見ることができる。当時、あのような日本人に『マイルス・デイヴィス・オールスターズ Vol.1』『マイルス・デイヴィス・オールスターズ Vol.2』のガシッとしたサウンドが聴かれていたと思うと“50年代、恐るべし”である。

 53年、麻薬からカムバックしたマイルスの演奏が聴けるのが『コレクターズ・アイテムズ』だ(56年の録音も収録)。師匠であるチャーリー・パーカー、そしてソニー・ロリンズも参加。「蛇の歯(テイク1)」でいきなり2人のサックスのユニゾンがゴキゲン。パーカー、ロリンズ、そしてマイルスのアドリブにも舌鼓を打つ。前作『マイルス・デイヴィス・オールスターズ Vol.1』のブルーノート録音から、ふたたびプレスティッジのサウンドになる。ハイレゾは192kHz / 24bitでベースはしっかり出ているし、ドラムもタイト。アナログ・レコードの音を聴いたことがないからなんとも言えないけれど、キツめのエッジが残りながらもふくよかな印象。ジャズに特化したシステムで聴いたらさらにアナログ感が出ると思われる。
 ただジャケットは「えっ、これがマイルスのレコード?」と目を疑うデザインだ。ハード・バップなアルバムにしてはおとなしすぎる。3曲目のモンク作「ラウンド・ミッドナイト」の世界に合わせたのかもしれないが、それよりもこの静かなジャケットは同じ53年公開の小津安二郎の名作『東京物語』の精緻な世界そのものではないかと思ってしまう。小津安二郎の映画セットはあきらかに小津的に計算された“静物”と言っていいものであるが、この『コレクターズ・アイテムズ』なら小津監督の目にかないそうである。紀子(原 節子)の住むアパートにこのレコードが置かれていて、周吉(笠 智衆)とこんな会話がありうるかもしれない。
周吉「紀子さん、新しいレコードを、買ったのかね」
紀子「はい。マイルスのレコード」
周吉「マイルスの」
紀子「マイルスの。お聴きになられます?」
周吉「そうだね、聴いてみようか」
紀子「義父様のお耳にあうかどうか。でもわたし、大好きですの」
周吉「そうかね、大好きかね」
紀子「ええ、大好きですの」
 永遠の原 節子が50年代のマイルスを聴いているなら音楽ファンとしては最高ではないか。字数もつきた。残りの54年から57年のマイルス作品については次回書くことにする。お楽しみに。
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