デヴィッド・ブロザ、イスラエルの国民的シンガー・ソングライターが初のインスト・アルバムを発表

2020/09/29掲載
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 イスラエルのジャクソン・ブラウン的な存在として、1977年のデビューから現在に至るまで絶大な人気を誇り続けるデヴィッド・ブロザ。詩情豊かな歌声とフラメンコ色の強いギターワークで40枚以上のアルバムを発表し、ワールドワイドな活躍を続けてきた彼の最新作『en Casa Limón』はキャリア初のインスト作品となっている。フラメンコを軸に多国籍な要素が溶け込んだ新作の完成に至るまで、ジャンルを越えた大物たちとの幅広い交友関係、そして自身の音楽におけるイスラエルらしさなどについて、日本の媒体としては初となったインタビューでたっぷりと語ってもらった。
New Album
David Broza
『en Casa Limón』
(輸入盤)
――今回、キャリア初となるインストゥルメンタルのアルバムを出されたわけですが、今この時期にこういう作品を出された背景を教えてください。
「当然そう思われるでしょうね。私はシンガー・ソングライターで、自分で書いた曲をギターで弾き語るキャリアをずっと積んできたわけですから。私はロックンロールの出身ですが、ずっと弾いているのはスパニッシュ・グランド・クラシカル・ギター。いわゆるフラメンコ・ギターで、アンドレス・セゴビアと同じコントレラス(※スペインのクラシック・ギターの名匠が製作したもの)を使っています。
 私は12歳の時にイスラエルのテルアビブからスペインのマドリッドへ両親と移住したんですが、そこでギターを弾き始めた時から今に至るまでずっとコントレラスなので、もう50年以上の付き合いになります。もちろん最初は安物でしたが今は立派なギターを弾くようになり、でも、じつは私のようなロックンロール仕込みの激しい弾き方では、もったいないようなギターなんですよ。
 ところで、終演後のサイン会などでみなさんの話を伺うと“あの曲は何ですか? レコードにしないんですか?”とよく訊かれるのが、演奏の合間にちょこちょこっと弾くインスト曲なんです。普通はみなさん、語りで曲の説明をしたり、お客さんに話しかけたりするんでしょうが、私は代わりにギターの演奏で繋ぐ時があって、それがどうやら評判がいいということは感じていました。だからといって、インスト曲だけのアルバムを作ろうとすぐに思い立ったわけではありませんが、ある時にBMGの社長で私の2枚のアルバムを米国で配給もしてくれているスティーヴ・グリーンバーグから電話をもらったんです。彼曰く“キミのカタログもすっかり充実したが、一つだけ足りないんだよ。何だと思う? それがあれば完全なカタログになるから協力してくれるか?”と。それがインストゥルメンタルに限定したアルバムだったんです。私としては、それは自分の本領ではないし……とためらったんですが、“今なら予算があるから、曲を書いて録音してくれないか”と言うので、電話を切ってから考え直し、やってみることにしたんです」
デヴィッド・ブロザ
――インスト曲だけでアルバム1枚を作るとなると、従来と同じようにはいかなかったのでは?
「インスト曲を書くのは、日頃やっている歌詞でストーリーを語るのとはまったく勝手が違います。歌詞ではなくギターにもストーリーを語らせ、メロディで感情を伝える。そういった曲作りのアートは、私は心得ていなかった。でも、1年ぐらいかけて8曲ほどが書けたところでスティーヴに電話して“あともう少しでアルバム1枚分になる”と報告したら、“1年前の話だろう? もうそんな予算はないよ”と……。そして、かくして行き場を失ったインスト曲を抱えてさらに1年、書き足したり、忘れないように折を見ては弾いてみたりして、あらためて彼に電話してこう言いました。“とりあえず自分で録音してみるから、もし気に入ったら使ってくれ”と」
――プロデューサーには数多くのヒット作を手がけてきたスペインの才人ハビエル・リモンを起用し、かなり用意周到に制作された作品と思い込んでいましたが、実はそうではなかったんですね……。
「さて、誰にプロデュースしてもらおうかと考えた時に、まず浮かんだのがハビエル・リモンでした。パコ・デ・ルシアやトマティートも手掛けている人物で、とくにフラメンコの世界では有名な人ですが、2002年には私のアルバムもプロデュースしています。それは歌モノでしたけどね。で、彼にメールしてみたら、パコ・デ・ルシア以降はギターのインスト作品は手がけていないという話だった。でも、その返事があってすぐに“考えてみたら、キミの場合はフラメンコだけではなく、別のカルチャーとの融合で面白いかもしれない。素材があるなら送ってみてくれ”と言ってきたんですよ。そこからは順調に話が進んで“よし、じゃあマドリッドでやろう”と決まりました」
デヴィッド・ブロザ
●レコーディング・スタジオでのデヴィッド・ブロザとハビエル・リモン
――なるほど。スティーヴさんもそこでゴーサインを出した、と?
「いや、それがですね、スティーヴには内緒でマドリッドに飛んだんです。ハビエルとの仕事でスペインに行く、とだけ言って。スティーヴはそもそもポップス畑の人で、大ヒット曲をいくつも扱っている。忙しいんです。なぜか私の音楽や人柄を気に入って目をかけてくれていたんですが、この時はそこまでの経緯もあるから彼には言わずに、まずは作品を作ってしまうことにしました。昨年の7月からの作業が完了したのは今年の2月。そしていきなり聴かせたら、彼はビックリしていましたよ。私としては、果たして気に入ってもらえるか自信は半々というところだったんですが。“じっくり聴かせてくれ”と持ち帰ってから2日後に“天国で燃える炎を感じた”とコメントをくれました」
――最上級の誉め言葉ですね。
「そうですね。まさに最高の褒め言葉を本作のそもそもの発案者からもらえたし、私としても自分のキャリアの新たな一歩を踏み出せたという興奮があります。リリースに伴う雑誌やテレビ、ラジオの取材でも、今までとは違うジャーナリストが興味を持ってくれたり、ずっと私を追いかけてくれていた取材陣は逆に初めてのことに戸惑いながら関心を寄せてくれている。そりゃそうですよ。だって、スティングにインストのアルバムがありますか? ジェイムス・テイラーは? ないでしょう。私の同胞はまだ誰もやったことがない、これはサプライズだったんです。まだ発表したばかりですが、私自身の不安をよそに反応はとても良いですよ。
 ただ、私はギタリストを自認してはいません。ギターは私にとって歌のお供。アル・ディ・メオラやスパイロ・ジャイラなど、錚々たるミュージシャンたちと共演してきましたが、いずれもシンガー・ソングライターとして、ですからね。でも、これからはインストゥルメンタリスト、ギタリストを名乗ってもよさそうですね(笑)。それを自力で成し遂げた、という自信も大きいです」
デヴィッド・ブロザ
――アルバムは、デビュー時からあなたが奏でる音楽に強く反映されてきたフラメンコ色の強い楽曲を中心としつつも、浮遊感のある女性ヴォーカル、リコーダー、アラブ音楽色の強いヴァイオリン、ハーモニカなども曲によって交えながら、ジプシー・スウィング調や、アラブ〜セファルディ音楽、ラテン〜ブラジル音楽などからの影響も溶け込んだ多彩な仕上がりです。アレンジやゲストの人選などはどのように進めていったのですか?
「アルバム制作の経験は私もかなりありますし、ハビエルが私をよくわかってくれているのもあって、そのへんは楽しんで進めました。今少しお話に出た女性ヴォーカルはハビエルの提案で、私は声を入れるつもりはなかったんですが、Delfina Chebというアルゼンチンの素敵な声の女性シンガーがいるから試しに入れてみないか? と言われて任せてやってもらったものを聴いたら、コレが素晴らしかった! まるで天使のよう! それは私からは生まれない発想でした。
 逆に、私から提案したのはランディ・ブレッカー。彼のトランペットの音がどうしてもほしかった。8曲目の〈Flor En Masada #3〉は、じつは93年くらいにイスラエルの砂漠で午前3時から7時までぶっ通しで演奏して朝日を迎えるというライヴを自分のバンドでやったことがあって、それ用に書いたのが最初なんです。それを2002年のアルバムでハビエルと録音し、フラメンコの色合いを濃くして曲タイトルを変え、そして今回はランディに参加してもらえた。彼は私の大ヒーローですから、嬉しかったですよ。
 全体的にとてもフレンドリーで、張り詰めたところのない、むしろ緩やかな雰囲気のレコーディングでした。ただ、つねにギターが主役、ということだけは明確にしていましたね。このアルバムの主旨は、スパニッシュ・ギターへのオマージュですから。ご指摘があったように、地中海からアラブ世界まで、ジャズっぽいところもあればカントリー、クラシックの要素も入っていますが、主役はつねにスパニッシュ・ギターです」
――あなたがインストの音楽で影響を受けてきた音楽家や作品を教えてもらえますか?
「基本的にはジャズですね。とくにマイルス・デイヴィスの影響は計り知れません。ほかでは、もちろんジョン・コルトレーン、ディジー・ガレスピー、チャーリー・ミンガス……。同世代でも、スパイロ・ジャイラのように自分でバンド運営もうまくこなしているアーティストには刺激を受けます。インスト曲というのは本当に、曲によってストーリーがあるのはもちろん、聴くたびに違う印象を受ける面白さがあります。また、ほかの音楽家からの影響という点では、12曲目の〈Too Old To Die Young #2〉は、タウンズ・ヴァン・ザントという(97年に)亡くなった20世紀を代表するシンガー・ソングライターに捧げたものです。
 私は94年にとあるコンサート企画で彼と組むことになり、いきなり4時間もライヴで一緒に演奏したんですよ。あれは、テキサス州のヒューストンでした。彼は私がポエトリー・リーディングをやることにとても感銘を受けて“今度は俺のところでポエトリー・リーディングをやってくれ”と、何度かそんな話をしていたんですが、実現せずに彼は亡くなってしまいました……。共通の友人から聞いたんですが、彼は生前に“この靴の箱に俺が書いた詩が山ほど入っているから、かならずデヴィッド・ブロザに渡してくれ”と言っていたんだそうです。また、曲を書いて私に贈ってくれたこともあります。だから、私からも何か書きたいと思って〈Too Old To Die Young #2〉のメロディを書きました。この曲では、ぜひあの音を! と思ってハーモニカ奏者のアントニオ・セラーノにお願いしました。彼がパコ・デ・ルシアと一緒にやっているところを何度も観ていて、私はフラメンコでハーモニカを吹く人は彼しか知りません。知り合いでもあるので、頼んだら喜んで参加してくれました。
 特定の出来事や友人、それも亡くなった人を思いながら書いたメロディが多いので、非常に個人的な内容のアルバムではありますね。そして悲しみを湛えたメロディが多いとは思う。しかし、そこには悲しみを補って余りあるほどの愛も込められているんです」
――フラメンコをベースにさまざまな要素が聴き取れるアルバムですが、その多様な混ざり方はイスラエルらしいのかなとも感じました。あなたが考える、あなたの音楽におけるイスラエルらしさは、どこにあると思いますか?
「おぉ、それはなかなか鋭いというか、興味深い指摘ですね。つまりそれは、イスラエルという国やその音楽の何を私が個性と捉えているか、ということにもなりますが。そうですねぇ……、まずイスラエルという国はとても若く、そして移民が多い。多いどころか、あの小さな国に100を超える国からの移民が集まっていて、国籍で言うと120ヵ国になる。そのすべてがユダヤ人。世界中からのディアスポラです。日本の人もいますよ。それがこの70年の間にイスラエルに移住してきた。
 もちろん、それぞれが伝統や習慣を持ち込んできますよね。イラクのユダヤ人なら、もう何千年もイラクで暮らしてきた家系を背負っているし、日本、モロッコ、ロシア、ポーランド、イギリス、スペインのユダヤ人も、みんなそう。そうやって持ち込まれた独自の伝統やカルチャーの共通分母となるのが、ひとつは宗教で、もうひとつは言語のヘブライ語です。ポーランド系ユダヤ人は、イスラエルに住んでいながらポーランドの伝統的な暮らしを送っている。イラク系もドイツ系もフランス系も、みんなそうです。それが世代が進む中で婚姻によるフュージョン系ユダヤ人を誕生させる。新しい伝統がそこから始まるわけです。
 我々ミュージシャンの世界もまさにそのとおりで、すぐ隣にロシア系の人がいて地元の音楽を引き継いでいたり、そのすぐ隣ではエチオピア系の人がエチオピアの伝統楽器を弾いている。という中で、私は3世ですからね。家系を辿ればヨーロッパの北のほうです。祖父はイギリスで、その父親はドイツ。もうひとりの祖父はドイツ系だけれどもイギリス出身。祖母のひとりはオランダで、もうひとりはパレスチナ生まれで、その父親はウクライナ出身……。我々はありとあらゆる影響を受けで育っているんですよ。だから、イスラエルの音楽とは何かと問われても、その定義はどんどん変わっていく。ただ、多様なフュージョンであることは間違いなく、また、それだけさまざまなものが混じり合っているのだからサウンドもリズムも何もかもがユニークで面白い、ということも確かです。人間の声帯にも地域性があるらしいですよ。イラン人は高音、ロシア人は低くて重々しい声と……面白いですよね。イスラエルは音楽だけでなく、食べ物から何から、すべてがミックスなんです」
デヴィッド・ブロザ
Photo by Lorenz Schmidle
――かなりオープン、ということですかね。
「そうですね、とてもオープンで折衷派です。ちなみに、私が自分の音楽のイスラエルらしさに気付くのは、自分では自然で無理がないものが書けたと納得した曲を、たとえばアメリカ人のミュージシャンに聴かせて、混乱を招いた時ですね(笑)。特定のパートになると、みなさん悩んでしまうんですよ。マイナー・キーの展開でそうなることが多いように思います。べつにルールでそうなっているわけではないんですが。自然に任せるとそうなっていく、というのが日本のミュージシャンにもあるはずです。それがイロハであり、考えなくてもできてしまう。そして、別のカルチャーにそれを持ち込んだ時に初めて独自のものだったことに気が付くんです。
 そういえば、私の母親はイスラエルのフォーク歌手だったんですよ。48年からレコーディングをしていた彼女の音楽を聴いて育ってきたので、いわゆる伝統的なイスラエル音楽には親しみがあるんです。徹底してマイナー・キーで、民謡ですね。私は55年生まれで、私が8歳になる頃に、子育てに専念することになって母はプロとして歌うのはやめたんですが。いずれにしても家の中でいかにも古い感じのイスラエル音楽が流れている中で育っています。今はもう、そういう音楽を耳にすることがないでしょうね、若い人たちは」
――では、最後に。今回のインスト・アルバムであなたを初めて知った聴き手に対して、次に過去のシンガー・ソングライターとしての作品をオススメするならどれになりますか?
「『Neshika Gnuva(Stolen Kiss)』(91年)はどうでしょう。ただ、このアルバムはヘブライ語で歌っています。英語やスペイン語の歌が聴きたければ、それもありますよ。スペイン語なら『Parking Completo』(2004年)、英語なら『Time of Trains』(93年)ですかね」
取材・文/吉本秀純
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