〈FUJI ROCK FESTIVAL’24〉で念願の初来日を果たし話題を呼んだ、
ポーティスヘッドの
ベス・ギボンズ(Beth Gibbons)のジャパン・ツアーの初日公演が、12月1日(月)東京・すみだトリフォニーホールにて開催。ソロ・アルバム『
Lives Outgrown』の収録曲からポーティスヘッドの楽曲までを披露し、観客を陶酔させた一夜のレポートが公開されています。
なお、同会場で開催される東京公演2日目となる12月2日(火)は、18時より当日券が販売されるとのこと。12月3日(水)大阪・Zepp Namba公演は、12月2日(火)まで前売り券が発売されています。
[オフィシャル・ライヴ・レポート] 90年代に活躍したバンドの再結成やツアーは枚挙にいとまがないけれど、ベテラン・アーティストの懐古的なライブではなく、生々しいいまを生きる女性としてのリアルがそこにあった。親密さと緊張感、そしてスケールの大きなバンドアンサンブル。2024年のフジロックでの来日に続くベス・ギボンズ待望のジャパン・ツアーは、トリフォニーホールという最高の空間で、彼女の音楽の本質を余すところなく聴かせてくれた。
オープニングを飾るアルバム『Lives Outgrown』のリードトラック「Tell Me Who You Are Today」の最初の一声が聞こえた瞬間、震えが止まらない。繊細でドラマティック。7人編成のバンドはフジロック来日時にドラムを担当したアルバムのプロデューサー、ジェームズ・フォードに代わりジャック・マッカーシーがドラムを担当。苗場での野外の開放感も捨てがたかったものの、グリーンステージでは塊として聴こえた精緻に編まれたアンサンブルが、トリフォニーホールならではの楽器ごとの分離が際立っていて素晴らしかった。
それにしても『Lives Outgrown』リリース後ライブを重ねたことによるものだろうか、ギボンズの声の安定感に驚かされる。彼女の歌の世界にある脆さ、儚さ。痛みを伴った感情を隠すことなく、有機的な音のテクスチャーのなかで伝えていく。「Floating on a Moment」では絵画のようなライティングのなか、いったい何種類の楽器を演奏しているのかと驚かずにはいられないハワード・ジェイコブスによる地鳴りのようなボンボの低音、リチャード・ジョーンズとアニサ・アルラナジックの泣き叫ぶようなストリングスの響きが空気を引き裂いていく。トリフォニーホールの定評の高い豊かな響きのなかだと、エンディングで次第に消えていくプロセスまでじっくりと堪能することができる。
キーボードのジェイソン・ヘンズリーとマッカーシー、ジェイコブスが蛍光のサウンドホースを頭上で回し、風の鳴るような音が静かに会場を満たしたあと、「Rewind」が始まる。5/4拍子とアラビア風のメロディーによるサイケデリックなナンバーで、ジョーンズがヴィオラからエレクトリックギターを持ち動きまわりながらプレイ。トム・ハーバートのベースがうねりまくる。
「For Sale」では会場全体がグリーンに照らされ、アラビックなイメージのもと、哀愁と情熱を湛えた旋律と豊かなハーモニーが展開される。ひとつひとつの音、機微が手に取れるようで、触ったらバラバラになってしまいそうだ。
ギボンズとラスティン・マンとのコラボレーション・アルバム収録のナンバー「Mysteries」は、波の音のなか、ルーニーがアコースティックギターを爪弾く導入から、繊細なサウンドスケープを生み出す。静寂と余韻を楽しむ、という意味で特にこのホールでの体験が格別だった。演奏が終わると、ひときわ大きな歓声のなか、ギボンズが「ありがとう」とはにかみながら語りかける。愛情や物事が変化していくことを綴った「Lost Changes」は、ラストに郷愁を誘うルーニーの口笛が添えられる。「Oceans」では、海の底にいて光が滲んでいくようなライティングが観客を包みこむ。「Lost Changes」に続き、この曲でも自身の更年期障害を題材にしているが、ポップソングのなかでこのように歳を重ねることのありのままを歌えることがもっと当たり前になってほしいと痛切に感じる。
再びラスティン・マンとの楽曲「Tom the Model」は、ジョン・バリーのプロダクションの上でスコット・ウォーカーが歌っているようなオリジナルの60's感を踏襲しながら、このバンドならではのアレンジメントに変貌させ、「Beyond the Sun」では打ち鳴らされるリズムのなか、サックスが空気を切り裂く。そして、ジェイコブスの天使のようなフルートとともに始まる「Whispering Love」のイントロの美しさといったら。解き放たれた、このうえない開放感とともに本編の幕は閉じた。シャイなイメージの強いギボンズが手を叩き、満足げにサムズアップするチャーミングな姿があった。
アンコールを求める万雷の拍手のなか再びバンドが登場し、「Roads」の物悲しいフェンダー・ローズが鳴り響くと、客席から待ち望んでいたかのごとく歓声が上がる。そもそもキーボーディストのヘンズリーはポーティスヘッドのライブバンドに参加しており、先日のブライアン・イーノ主催のイベント〈トゥギャザー・フォー・パレスチナ〉にあたり再結集し出演した際にもサポートしていた。ポーティスヘッドの2025年版「Roads」は、まさしく現在のギボンズが演奏するバージョンに近いテイストがあったことを付け加えておきたい。
そして、「Glory Box」の艶めかしくシネマティックなストリングスのイントロが鳴り響いた瞬間、ふわりと浮き上がったような興奮がホール全体を包んだ。オリジナルのアイザック・ヘイズのサンプリングとザラザラとしたブレイクビーツから、曲の本質を抜き出し、いま歌われるべき、女性のアイデンティティの解放についての歌として表現していることに衝撃を覚える。皮肉と官能の間を揺れ動くこの曲をギボンズがいまだ男性の価値観に支配された世界へ向けて歌っている意味を、我々はもういちど考えたほうがいい。かつて「徘徊し唸り声を上げる豹のような」と称されたトリップホップ・クラシックを見事に現代に蘇らせていた。
アンコールのラスト、アルバムでもっともグルーヴィーと言える「Reaching Out」のスペクタクルなアレンジメントにめまいを覚える。最後はルーニーがマーチング・スネアを打ち鳴らし、バンドのダイナミズムを極限まで発揮した、感動的な幕切れとなった。明るくなったステージにメンバーが横並びになり、オーディエンスがスタンディングオベーションで称賛する。顔をくしゃくしゃにして感謝の気持ちを伝えるギボンズとリラックスした表情のメンバーたちがそこにいた。
サウンドとリリックにひとりで対峙するための歌―ギボンズの音楽に通底する感覚をそう形容することもできるだろう。そもそもポーティスヘッドこそがリスナーに対して支配的な存在であることを頑なに拒み活動してきた存在であることを思い出さずにはいられなかった。終始フロントのギボンズはおろかメンバーの誰にもスポットが当たらないライティングのなか、その中心で激流に飲み込まれんとするようにマイクスタンドを握りしめ歌いあげていく姿が目に焼き付いて離れない。終演後のフロアにも、オーディエンスがひとりひとりじんわり静かな高揚感を噛み締めているようなムードが充ちていた。



Beth Gibbons @Sumida Triphony Hall 2025.12.1
Text by 駒井憲嗣
Photo by Shun Itaba