「戦争を知らない子供たち」――作詞・
きたやまおさむ、作曲・
杉田二郎によって作られたこの歌が初めて人々の前で披露されたのは、今から55年前の1970年8月23日、全日本アマチュア・フォーク・シンガーズによるものでした。
戦後生まれの若者たちの視点から「平和」への願いを歌い上げたこの歌は、ベトナム戦争や学園紛争などが続く激動の時代に、多くの共感を呼びました。
その後、1971年に
ジローズ(杉田二郎・森下次郎)の歌唱で
シングル・リリースされ全国的に大ヒット。大阪万博の会場で響いたその歌声は、戦争を知らない世代から平和への願いを託す象徴としてフォークソングの名曲として、現在まで幅広い世代に歌い継がれています。
そして2025年。再び大阪で開催中の国際博覧会にあわせて、この名曲が令和の今、蘇ります。
歌声を届けるのは、西日本出身の
ハロー!プロジェクトメンバー13名(平均年齢20.7歳)。彼女たちの透明な声で再解釈された「戦争を知らない子供たち」は、“いまの若者たちがどんな未来を望むのか”をやさしく力強く伝えます。
世界が今“対話”と“共生”を模索する時代だからこそ、この歌をもう一度、聞いていただければ幸いです。
[コメント]1970年の若者は父親たちの世代から「戦争を知らないくせにエラそうなことは言うな」と言われていた。長髪の男の子は「髪の毛が長い」こともからかいの対象になっていた。あれから半世紀以上が経ち、今の若い人たちの問題は「みんなとちがう」とイジメられるかもしれないという同調圧力なのだと思う。そこだけ歌詞を時代や女声に合わせて変えてみたが、この歌声を聴くなら、子供たちが「戦争を知らない」ままであってほしいという、人々の願いや祈りだけは時代を超えてずっと変わりのないことがわかるだろう。――きたやまおさむこれから先、生まれくる新たな命が「戦争を知らない子供たち」であり続けていてほしい、と願うばかりです!!
今回、私のその想いが伝わってくる、彼女たちの歌声を聴いて、非常に力強さと、喜びを感じました。――杉田二郎ロシアのウクライナ侵攻以降、世界はますますきな臭くなっています。世界各地での紛争はもはや対岸の火事ではありません。戦争が身近に感じられる時代だからこそ、歌はリアリティーを増しているのです。
「戦争を知らない子供たち」は1970年8月23日に初めて発表され、翌71年2月5日にジローズがレコード化して大ヒットさせました。なぜか?「戦争を知らない子供たち」というコピーが戦後生まれを的確に表現していたことで、この歌はたくさんの若者たちの心をとらえたからです。またネーミングの素晴らしさが“世代”を見事に表現し、「戦争を知らない子供たち」は歌を超えて社会現象とまでなったのです。
時はまさにベトナム戦争や学園紛争など「怒れる若者の季節」と呼ばれる時代。そんな時代の中で「戦争を知らない子供たち」は反戦歌、平和の歌として若者たちの支持を受けたのでした。時代が生んだ歌と言っても過言ではありません。
この歌はそれからしばらくは「反戦歌」として歌われ続け、その後はフォークの名曲として教科書に載るようになってからは合唱曲としてスタンダード・ナンバーとして親しまれました。反戦歌が合唱曲として歌われるほど世の中は平和だったということでしょう。しかしながら、世の中がきな臭くなると、この歌の原点ともいうべき「反戦歌」の部分が時代とともにリアリティーを持ち始めたのです。しかも、それは日ましに増し続けています。
歌は生きています。いや、時代によって生かされているのです。この歌も時代によって再び「反戦歌」としてリアリティーを持たせられようとしています。歌にとって、これは幸せなことなのでしょうか?
「ハロプロ西日本」が合唱をするときのように平和に願いをこめて歌う「戦争を知らない子供たち」。この歌が平和慣れした日本人に改めて平和の尊さを考えさせるきっかけになるに違いありません。それがこの歌の使命なのです。――富澤一誠