[こちらハイレゾ商會]第56回 モーツァルトとメシアンの室内楽をハイレゾで聴いた喜び
掲載日:2018年6月12日
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こちらハイレゾ商會
第56回 モーツァルトとメシアンの室内楽をハイレゾで聴いた喜び
絵と文 / 牧野良幸
 今回は室内楽のハイレゾを2つ取り上げてみる。ヴィオラ奏者ニルス・メンケマイヤーらによる『モーツァルト・ウィズ・フレンズ〜ケーゲルシュタット・トリオ 』と、人気のクラリネット奏者マルティン・フレストらによる『メシアン:世の終わりのための四重奏曲』である。どちらもソニー・クラシカルからのハイレゾ配信。
 19世紀古典派の作曲家であるモーツァルトと20世紀現代音楽の作曲家メシアン。時代的にも音楽的にも、かなりかけ離れた2人であるが、リスニング・ルームで鎮座している僕には、どちらも同じように聴けてしまうから不思議だ。たぶんどちらもハイレゾといういい音であり、またどちらもクラリネットとピアノが加わっている編成だから、たとえ似ても似つかぬ曲であっても違和感なく耳に響くのかもしれない。
 『モーツァルト・ウィズ・フレンズ〜ケーゲルシュタット・トリオ』には「ピアノ、クラリネットとヴィオラのための三重奏曲 K.498」という曲が収録されている。これはアルバム・タイトルにもある「ケーゲルシュタット・トリオ」と呼ばれる曲である。名前の由来はモーツァルトが“ケーゲルン”という現在のボーリングのような遊び(ただしピンは9本)をしながら作曲したからと伝わっている。1786年のウィーンのことである。
 遊びながら作曲したというのは、いかにもモーツァルトらしいエピソードだけれど、音楽は適当なものではない。かといって力の入ったものでもない。どのような状況であろうと、あるがままに“天から降りてきた”音楽、これがモーツァルトのエッセンスなのだ(と僕は思っている)。
 実際“モーツァルト好き”がモーツァルトの音楽を聴いていて至福と感じるのは、この“天から降りてきた”であろうフレーズなり転調なりに直面したときである。「きたぁ! そこ……」と快感が走る。至福である。「ケーゲルシュタット・トリオ」もそんな瞬間が多い。
 編成はクラリネットとヴィオラとピアノ。ハイレゾでは3つの楽器が豊かな音で響く。クラリネットは、かつてカラヤンとベルリン・フィルの対立の種にもなったザビーネ・マイヤーという名手なのだから、至福の時間を“より至福”にしてくれることは間違いない。ついでながら同時収録の「ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲 ト長調 K.423」はユリア・フィッシャーのヴァイオリンとのデュエット。こちらもモーツァルトのエッセンスにあふれた曲だ。
 「ケーゲルシュタット・トリオ」がボーリング遊びに興じながら作った曲なら、オリヴィエ・メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」は真逆に近い状況での作曲だ。
 メシアンがこの曲を作曲したのは1940年、第二次世界大戦の最中である。それもドイツ軍の捕虜として捕らえられた収容所内で作曲した。クラリネット、ピアノ、チェロ、ヴァイオリンという編成になったのは、当時収容所にいた演奏者の顔ぶれからそうなったとか。初演は年をまたいだ41年1月15日に収容所の兵舎でおこなわれた。この曲を同じ捕虜たちである観客が、どんな思いで聴いたのかは興味深いところではある。
 僕は現代音楽というと、“無調音楽”だの“十二音技法”だの“新古典主義”だの、ざっくりした知識しか持たないけれど、「世の終わりのための四重奏曲」はそんな言葉だけでは片付けられない音楽だとシロウトながら思う。現代音楽にしてはメロディがあるからだろうか。親しみやすい要素が多い。
 ただ非常に強い音楽ではある。鳥のさえずりのような繊細な音(「I. 水晶の典礼」)から、静寂さの中に揺れるクラリネット・ソロ(「III. 鳥たちの深淵」)、ユニゾンによるすさまじい音響(「VI. 7つのラッパのための狂乱の踊り」)など、聴く者に緊張を求めるところが続く。しかしこれもモーツァルトの「ケーゲルシュタット・トリオ」を聴いているときと等価な喜びだ。古典派であれ現代音楽であれ、音楽に引き込まれている時間は純粋に楽しいからだ。
 今日も僕のリスニング・ルームでは、時間と場所を飛び越え、2人の天才が作った室内楽をハイレゾで聴いている。音楽ファンとしてこんな喜びがあろうか。




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