僕の昭和少年時代(絵と文 / 牧野良幸) 第15回 石屋が活況だった岡崎の“石屋町通り”

2019/12/24掲載
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第15回 石屋が活況だった岡崎の“石屋町通り”
絵と文 / 牧野良幸
町中が石屋だった
岡崎は石屋の多い土地だ。現在も“石屋町通り”という名前の通りがあるくらい。何の変哲もない通りであるが、昔は石屋がたくさん並んでいたのでそういう名称がついた。僕の実家も石屋をやっていて“石屋町通り”にあった。もっとも当時はそんなシャレた名前はついていなかったが。
僕が小学生の頃(60年代)、“石屋町通り”には石を加工する機械の音やノミの音が鳴り響いていたものだ。石屋と言うと、70年代のTVドラマ『寺内貫太郎一家』のノンビリした様子を想像する方が多いかもしれないが、現実の石屋は違う。とりわけ岡崎の石屋はもっと大規模だった。石材業と言うくらいだから。
牧野石材店も職人さんをかかえて、それなりの規模でやっていた。工場(こうば)は通りを挟んで家と向かい合うようにあった。家も表は石塔の展示場。その奥に磨き場があってここでも職人さんが働いていた。その奥に中庭があって、そのさらに奥が僕の住んでいた家屋だ。ここに事務所があった。
電話は事務所にしかなかったから、家の中で遊ぶのが好きだった僕が電話を取ることが多かった。たとえ漫画を読んでいても、プラモデルを作っていても、電話が鳴れば僕が出るしかない。
「はい、牧野石材店です」
「あー、おとうさん、おるかん?」
「ちょっと待ってください」
僕は受話器を置くと、おかあちゃんの婦人用スリッパを適当にはいて表に出る。工場は通りを挟んで目の前だが、機械の音がうるさいので、ここで大声を出しても無駄だ。通りを渡って工場に近づいたところで、ようやく声を張り上げる。
「おとーちゃん、でんわー!!」
一回でおとうちゃんが気付いてくれればいいほうである。ダイヤモンドの付いたカッターで石を切る音。そこに別の機械の音やノミの音が覆いかぶさって鼓膜が痛い。何度か叫んで、ようやくおとうちゃんは気づいてくれる。
「誰からだん?」
「知らんわ。はやく、はやく」
裏通りも、やっぱり石屋
石屋が多かったのは“石屋町通り”だけではない。僕が通っていた小学校の学区にはとりわけたくさんあったと思う。同級生に石屋の倅がいるのは当たり前だった。
牧野石材店のあった“石屋町通り”の裏通りには、これまた石屋が並んでいた。こちらは車一台がかろうじて通れる狭い道なので、みな店構えは小さい。文字の彫りなど、専門の作業や下請けの石屋が多かったかと思う。道端には材料となる石があちらこちらに置かれていて、この頃の僕のスナップ写真を見ると、写真の端には石がよく写り込んでいる。
この裏通りも騒音が凄いことは同じだったが、正午になると一斉にやむのである。とたんに空気が軽くなったように感じたものだ。日差しは柔らかさを増し、雀の鳴き声が耳に入るほどの静寂。そしてどの家からもテレビの音が聞こえてくる。大人気だったNHKの連続テレビ小説『おはなはん』が放送されていた時は、どの家からも『おはなはん』のあのテーマ音楽が流れてきたものである。
“石屋町通り”にあった石屋は、70年代におおかたが岡崎の山を切り開いて作った石工団地に移転した。ちょうど僕が高校生の頃だったと思う。店を石工団地に移すという話は親から聞いた気もするが、僕はエルトン・ジョンとかサンタナのレコードに夢中だったのでまるで関心がなかった。
それでも石屋が大挙して移転してしまうと愕然としたものである。商売上の店舗は引き続きあったものの、機械やノミの音が聞こえないと石屋町という気がしなかった。まあ騒音問題があったとも聞くから移転は当然だったと思う。僕も静かになった石屋町のほうが暮らしやすかったのは事実だ。
今日“石屋町通り”を歩くと昔の名残はわずかに残っているものの、さすがに高度成長期の活況を伝えるものはない。岡崎以外の土地に暮らすと、日常の中で石屋を見かけることがほとんどないことに愕然とする。子どもの頃には駄菓子屋と同じくらい当たり前だった石屋が、実は珍しい仕事だったのだ。しかし今も岡崎は石材業が盛んである。岡崎の石屋さんにはこれからも頑張ってほしいと思う。
オカザえもんさんと“石屋町通り”で。
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