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5月の怠さをリフレッシュ ETAカルテットとLAの伝説的バー「ETA」の音楽

2026/05/22掲載
新学期の疲れが出始める“5月ならではのだるさ”をリフレッシュする音楽を教えてください。
 新学期や新しい部署、新しい仕事が始まってバタバタしているところに、GWの連休が入って生活リズムが崩れたまま戻らない…。そんな“5月ならではのだるさ”を感じる時期には、心を落ち着かせる音楽が聴きたくなるもの。

 まず思い浮かぶのは、静かなピアノ独奏の代表格である坂本龍一の「energy flow」や、ブライアン・イーノの『ミュージック・フォー・エアポート』に象徴されるアンビエント・ミュージック。これらの癒し効果は言うまでもありませんが、近年は、アンビエントとジャズを融合した“アンビエント・ジャズ”が新たな潮流となり、2024年に創立55周年を迎えた名門レーベルECMが再評価され、英国のアーティスト、ナラ・シネフロの来日公演が即完するなど人気が高まっています。

 その流れの中で、5月の気怠さをリフレッシュしてくれる作品として最適なのが、5月12日に発売されたジェフ・パーカー率いるETAカルテット(Jeff Parker ETA IVtet)のライヴ作品『ハッピー・トゥデイ』です。

 このカルテットは、2023年に閉店したLAの伝説的バー「ETA(The Enfield Tennis Academy)」でのセッションから生まれました。作品では、ゆったりとした反復が生む没入感と、その中で自由に変化していく即興演奏の魅力が同時に味わえ、何も考えずに身を委ねられる心地よさと、適度な刺激が共存しています。今回は、このカルテットのを中心に、バー「ETA」に由来する作品を調べてみました。

ETAカルテット:『ハッピー・トゥデイ』 / 『ザ・ウェイ・アウト・オブ・イージー』

 ETAカルテットのメンバーは、昨年9年ぶりの新作『Touch』が話題を呼んだトータスのギタリストのジェフ・パーカー、サックス奏者のジョシュ・ジョンソン、LAで引っ張りだこのベーシストのアンナ・バタース、そして大物アーティストと多数共演してきたベテラン・ドラマーのジェイ・ベルローズの4人。ジョンソンはミシェル・ンデゲオチェロのグラミー受賞作の共同プロデューサーとしても知られ、バタースとともにソロ作でも高い評価を得ています。3人は、レッド・ホット・チリ・ペッパーズフリーによるジャズ作品『オノラ』にも参加しており、その実力と人気の高さがうかがえます。彼らが地元LAのバー「ETA」に集まり、2016年より毎週レジデントで続けた演奏は話題を呼び、レストランの外に列ができたと言います。

 最新作『ハッピー・トゥデイ』はLAのライヴ・スペース「ロッジ・ルーム」での演奏を収録した作品ですが、2024年にリリースされた前作『ザ・ウェイ・アウト・オブ・イージー』は、この「ETA」で録音されたものです。バーのオーナーは演奏時間に制限を設けず、好きなだけ演奏させてくれたため、アルバムには20分前後の長尺曲が4曲収められています。

 特に冒頭曲「Freakadelic」は聴きどころ。これはジェフ・パーカーのソロ作『ブライト・ライト・イン・ウィンター』収録曲を低速に仕上げたものですが、緊張感のある原曲が、アンナ・バタースとジェイ・ベルローズによる粘り強いリズム、そしてパーカーとジョンソンのしなやかなソロによって、自由に旅するような音楽へと生まれ変わっています。

 ETAカルテットは、これより前の2022年に、ジェフ・パーカーの名義で『Mondays At The Enfield Tennis Academy』も発表しており、こちらは、演奏された日付が曲名となっています。「ETA」の生の空気をさらに体感したい人はこちらもお薦めです。





ETAから広がったアーティストたち:SML『スモール・ミディアム・ラージ』 / グレゴリー・ユールマン,ジョシュ・ジョンソン,サム・ウィルクス『ユールマン・ジョンソン・ウィルクス』 / デイヴ・ハリントン,ジェイ・ベルローズ,ビリー・モーラー『“First Set” Live At ETA』

 ETAカルテットの評判をきっかけに、「ETA」はLAの先鋭的アーティストが集まる拠点となりました。まず、ETAカルテットから派生したのが、バタース、ジョンソンに加え、シンセ奏者ジェレマイア・チュウ、ドラマーブッカー・スタードラム、ギタリストのグレゴリー・ユールマンからなる5人組ユニット、SMLです。

 2024年のデビュー作はETAでの演奏を再構築した内容で、チュウの瞑想的なシンセ、ジョンソンの実験的サックス、アフロビートやテクノの要素が混ざり合い、クラブリスナーからも高評価。マイルス・デイヴィスの名盤『オン・ザ・コーナー』で、プロデューサーのテオ・マセロがジャムセッションを切り貼りして再構築した手法を進化させたプロダクションも各方面から大絶賛されました。特に、「オン・ザ・コーナー」を彷彿とさせながら、より没入感を深めた収録曲「Industry」は人気。SMLは2025年に、さらにダンサブルに進化した2ndアルバム『How You Been』を発表しています。



 SMLからユールマンとジョンソンに、ベーシストのサム・ウィルクスを加えたトリオによる『ユールマン・ジョンソン・ウィルクス』(2024)も注目作。リード曲「Frica」や跳ねまわるベースに、妙にとぼけたサックスがじゃれつく「Hoe Down」など遊び心のある曲もありますが、お薦めは「Arpy」。宙に漂うジョンソンのサックス、ふらふらとよろめくような不思議な音色を鳴らすユールマンのギターが湛えられ、バーで心地よい微睡み誘われる酔客の姿が目に浮かぶようです。結成のきっかけとなったビートルズ「フール・オン・ザ・ヒル」の静かで柔らかなカヴァーも収録された本作は、真夜中の静寂にもよくマッチしそうです。



 また、ニコラス・ジャーとのユニット“ダークサイド”での活動でも知られるマルチ奏者のデイヴ・ハリントンも、「ETA」では名演を披露していました。ETAカルテットのベルローズに加え、グラミー賞ノミネート経験もあるベーシストのビリー・モーラーとのトリオで発表した『“First Set” Live At ETA』は、ここれまで紹介してきた作品と同様、「ETA」サウンドを支えた名エンジニアのブライス・ゴンザレスが録音を手掛けています。店の名物「オイスター」をタイトルに冠した4曲目では、6月にFRUEZINHOフェスで来日するマーク・リーボウを彷彿とするハリントンのギタープレイを聴くことが出来ます。



サム・ウィルクス × サム・ゲンデル:『ミュージック・フォー・サクソフォーン&ベース・ギター』

 最後に、バー「ETA」の録音ではありませんが、ETAカルテットのサム・ウィルクスと、笹久保伸や星野源折坂悠太とのコラボレーションで日本では最も知られているLAジャズ・シーンの才人サックス奏者、サム・ゲンデルとの共作も触れておきたいところです。同じ地元大学出身だという2人が2018年に発表した“サックスとベースのための音楽”『ミュージック・フォー・サクソフォーン&ベース・ギター』は名盤として知られ2022年には続編もでたほど。ファラオ・サンダースを取り上げた「GREETINGS TO IDRIS」は、静かに心を鎮めてくれるような音の流れが心地よく、雨も多くなる5月にもよく合う雰囲気を持っています。



(※写真は『ハッピー・トゥデイ』のジャケット)
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