2017年12月12日(火)
  
名女性ソウル・シンガー、ディオンヌ・ワーウィックが誕生
女性シンガーのディオンヌ・ワーウィックが米国ニュージャージーに生まれる。聖歌隊で歌いはじめた彼女は、セッション・ミュージシャンとして多数のレコーディングに参加。バート・バカラックに見出され、1963年にデビューを果たしている。以降、「ウォーク・オン・バイ」や「小さな願い」「サン・ホセへの道」など、バカラックの手によるナンバーを立て続けにヒットさせ、人気歌手となった。あのホイットニー・ヒューストンが従姉妹であるのは有名な話。
−2006年11月28日作成−
近藤真彦が歌手デビュー
近藤真彦 / 1980年)
マッチこと近藤真彦がシングル「スニーカーぶる〜す」で歌手デビュー。すでにこの前年にドラマ『3年B組金八先生』の生徒役として芸能界デビューを飾り、田原俊彦、野村義男との“たのきんトリオ”でも人気を獲得していた。その後の活躍はご存知の通りで、出す曲はいずれも大ヒット、歌番組では常連になり、80年代を代表する男性アイドルに。たのきんの中では男っぽい雰囲気を醸しだしており、ブロマイドの売上は凄まじかったとか。
−2007年11月28日作成−
フランク・シナトラが誕生
フランク・シナトラ / 1915年)
フランク・シナトラが誕生
フランク・シナトラ生まれる。アイドルの先駆けだったシナトラは、歌に映画に引っ張りだこの絶頂期に一時引退。1969年に、カラオケ永遠の定番「マイ・ウェイ」で見事復帰した。その後も活躍を続けたが、1998年5月に死去。発売されたアルバムは200枚以上、月面着陸に成功したアポロ号から彼の「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」が地球へ送られるなど、全世界的なエンターティナーであるのに疑問の余地はない。娘ナンシーも歌手。二女ティナは「シナトラはCIAのスパイだった」と公表するなど、死後なお話題の尽きない人である。
−2000年11月29日作成−
少年隊がデビュー
少年隊 / 1985年)
東山紀之、錦織一清、植草克秀による少年隊がデビュー曲「仮面舞踏会」をリリース。B面違いで3枚同時発売されたこの曲は、チャートで初登場1位を記録する。レコード大賞を筆頭に音楽各賞を総ナメにした。同年の紅白歌合戦で、司会の加山雄三が“仮面ライダー!”とタイトルを誤読したことはあまりにも有名。時が経ってもカラオケでよく耳にする少年隊、不動の1枚だ。
−2001年11月26日作成−
オールディーズの女王、コニー・フランシス誕生
コニー・フランシス / 1938年)
オールディーズの女王、コニー・フランシス誕生
日本でも「カラーに口紅」ほか多数の曲が、さまざまなアーティストによってカヴァーされているコニー・フランシス、米国に住むイタリア系の一家に生まれる。本名はコンスタンス・ローザ・マリア・フランコネロ。小さい頃から父親の手ほどきで楽器を学び、小学生の頃には、勉強もよくでき、歌も上手い女の子として人気だったとか。両親が熱心なマネージャーとなり、10歳を越えるとTVに出演。日本でも、「ヴァケイション」「ボーイ・ハント」などが大ヒットとなった。
−2002年11月25日作成−
「ナデシコ」「犬夜叉」などでお馴染み、声優の桑島法子が生まれる
桑島法子 / 1975年)
「ナデシコ」「犬夜叉」などでお馴染み、声優の桑島法子が生まれる
1975年12月12日、声優の桑島法子が岩手県で生まれる。青二プロダクション所属。代表作は『機動戦艦ナデシコ』のミスマル・ユリカ、『犬夜叉』の珊瑚、『無限のリヴァイアス』の蓬仙あおい、『電脳コイル』のイサコなど。声優として様々な分野で活動する彼女だが、中でも傾倒する宮澤賢治の朗読をライフワークとし、各地で朗読会を開催している。なお、シンガーとしての一面もある彼女だが、好きな音楽は洋楽。特にデヴィッド・ボウイは大のお気に入りのようだ。
−2008年12月10日作成−
今泉巡査こと西村雅彦が生まれる
西村雅彦 / 1960年)
今泉巡査こと西村雅彦が生まれる
ドラマ『振り返れば奴がいる』で“織田裕二を刺した男”として、または『古畑任三郎』シリーズの今泉巡査としてお茶の間に浸透した、三谷幸喜の脚本には欠かせない俳優、西村雅彦が生まれる。かつて唯一リリースした音楽作品『DECO』ではキング・クリムゾン「21世紀のスキッツォイド・マン」のカヴァーにまで挑戦。その過剰なまでの“本気ぶり”とアルバム・タイトルに脱帽の名盤だ。
−2007年11月30日作成−
ビートルズ365:ビートルズ、最後の英国ツアー終了。
ザ・ビートルズ / 1965年)
ビートルズ365:ビートルズ、最後の英国ツアー終了。
12月3日から行なわれた英国ツアーが、ウェールズ地方のカーディフ、キャピトル・シネマ公演にて終了。実質、イギリスでの最後の公演になってしまったこのツアーでは、久しぶりにリヴァプール公演も実施。公演が行なわれたリヴァプール、エンパイア・シアターの収容人員2550人に対して、2回の公演のチケット申し込みは4万人にのぼった。ちなみに、このツアーがジョンがリッケンバッカーを、ジョージがグレッチを使用した最後のツアーであった。
−2006年11月28日作成−
   ※ 掲載記事は作成後に生じた動向、および判明した事柄等は反映していない場合があります。
  


[インタビュー] 静的でありながら“不穏の予感”それでいて“快楽そのもの” ギリシャラブ・天川悠雅が目指す、理想の音楽[インタビュー] 西恵利香、2018年へ “いつでもそこで歌ってる人でありたい”
[インタビュー] サクソフォン奏者として、新たにバッハの音楽に息を吹き込む――上野耕平が挑むJ.S.バッハの無伴奏作品集[インタビュー] ビッグバンドは一生もの!――守屋純子がジャズ100周年を祝う「The 100th Anniversary of Jazz: Legends of Yesterday and Today」
[インタビュー] 新しい風が吹いている――吉田ヨウヘイgroupが『ar』で目指したバンド・サウンド[インタビュー] 好きなことや大事にしていることを信じて人生を謳歌しよう ベッド・イン『TOKYO』
[インタビュー] 優しく奏でる篠笛で、安らぎにあふれた時間を――佐藤和哉が妹尾武と紡ぐ初のカヴァー・アルバム[インタビュー] 常に上だけ見ていたい ゆるふわギャング“NENE”初のソロ・アルバムを発表
[インタビュー] 歌声で本当の気持ちを伝えられれば一番いい 桐嶋ノドカ「言葉にしたくてできない言葉を」[インタビュー] 月と対峙してきた人々の想いや営みを、ヴァイオリンの響きで――川井郁子、7年ぶりのオリジナル・アルバム『LUNA』
[インタビュー] たぶん、生きる場所を作ってる――バンドマンという名の生活者、Yellow Studsの軌跡と未来[インタビュー] キャッチーさとストレンジなフィーリングを併せ持つビートメイカー、その名はdoooo
弊社サイトでは、CD、DVD、楽曲ダウンロード、グッズの販売は行っておりません。
JASRAC許諾番号:9009376005Y31015