想像を超えた創造。タフでラフでラブな一枚 崇勲×ichiyonのジョイント・アルバム

崇勲   2023/12/18掲載
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 数々のMCバトルでの活躍や『フリースタイルダンジョン』でのレギュラー起用、そして『春日部鮫』をはじめとするリリース作品によって、シーンでの立ち位置を確かなものにしている崇勲。ユニット、ADULT ONLY KIDSやソロ、そしてラジオ・パーソナリティなど多岐にわたる活動を展開するichiyon。その2人がタッグを組みアルバム『TREATISE』をリリースした。ヒップホップシーン的にもキャリア的にも、そしてラップのスタイル的にも接点があまり感じられない2人だが、その“差異”が化学反応として今作では形になり、お互いの新しい側面が立ち現れた一作。2人はなぜコラボし、作品を生み出したのか、その理由を訊いた。
New Album
崇勲×ichiyon
『TREATISE』

(BONECD-002)
――崇勲さんは『フリースタイルダンジョン』への出演や、『素通り』などのリリース・アーティストとして、その存在を認識している人が多いと思います。一方でichiyonさんはユニット:ADULT ONLY KIDSやソロなどの活動を展開されていますが、(http://www.ultra-vybe.co.jp/TREATISE/)のプロフィールにあるように、その動きが多岐にわたりすぎて像がいまいち掴みきれてない――それは筆者もそうなのですが――人も多いと思うので、まずは「ichiyonは何者なのか」ということから話し始められればと。
ichiyon「サブカルやJ-POPの影響を受けすぎた、ちょっと変わったラッパーだと思いますね。僕の好きな先輩は、たとえばサイプレス上野さんやサイトウ“JxJx”ジュンさん(YOUR SONG IS GOOD)、谷ぐち順さん(LessThanTV)だったりする意味でも、日本のカルチャー、日本のハードコアに大きな影響を受けてます」
――サ上(サイプレス上野)さんのイベント〈建設的〉にも出演されていますが、彼との繋がりはどこから?
ichiyon「高校生のときですね。それまでは銀杏BOYZやGOING STEADYを聴いてたタイプだったし、ラッパーといえば丸坊主で、ダボダボのパンツで、超悪いみたいなイメージだったんですよね。DABOさんの〈レクサスグッチ〉とかも聴いてたんで、余計にそういうものこそヒップホップだと思ってて。でも横浜のクラブ“Bridge”でサ上とロ吉(サイプレス上野とロベルト吉野)のライヴを見た時に、完全にぶっ飛ばされて。その時の上野さんは、頭をピンク色に染めてて、格好は裸にちゃんちゃんこ」
――ヒップホップ云々の前にショッキングなビジュアル(笑)。
ichiyon「でもライヴはめちゃくちゃ格好よかったし、“ニューエラを被ってなくても、NIKEのAIR FORCE 1を履いてなくても、ヒップホップとしての、ラッパーとしてのアイデンティティが持てる”ということに衝撃を受けたし、感動して。次の日には〈横浜ジョーカーE.P〉を地元の新星堂に買いに行って、さらに憧れの存在になったんですよね。そこからサイプレス上野とロベルト吉野の活動をチェックしていく中で、当時観ていた番組だとスペシャのDAXとかレーベルで言うとLess Than TVやカクバリズムなどが関わったり主宰するイベントに出てるのを見て、その雰囲気や出てるアーティストすべてに対し今すぐ知りたい感(初期衝動)を抱き同時にハマっていきました。で、ある時に地元の先輩ラッパーであるSTONE DA(DEEP SAWER)から“上野を紹介するよ”と言われて」
――DEEP SAWERは、サ上とロ吉やSterussなどが所属するクルー、ZZ Productionの所属なので、そういう縁も繋がったと。
ichiyon「それで上野さんのヤサ(住居兼スタジオ)に遊びにいって、“ヤングライオンとしてサ上さんに関わらせてください!”みたいに直訴したら“OK!”と快く受け入れてくれたので入門(笑)しました」
崇勲×ichiyon
崇勲×ichiyon
崇勲×ichiyon
――なるほど。今回のコラボに話を移すと、ichiyonさんは神奈川、崇勲さんは埼玉と地元が違うし、シーン的にもあまり接点は少ないので、その2人がコラボ作品を出すのは意外な感じもあったんですが、今回のコラボに至った契機は?
崇勲「これはコロナ禍があったからですね。2020年の完全自粛の時期に、ichiyonくんからメールで連絡をもらって。自分は内に籠もる性格だし、あんまり知らない人と交流をしたことがなかったんですけど、その時期はいろんなお話をもらったりして、新しい扉を開いてみようかなと思ってた時期だったのもあって。ichiyonくんからのメールも結構熱い文章だったので、それでコラボの話も気軽な感じでOKしました」
――ichiyonさんが崇勲さんと一緒に作品を出そうと思った理由は?
ichiyon「単純に、崇勲さんのことがラッパーとして好きなんです。それでいちファンとして声を掛けたというのが大前提にあって。言い方は難しいんだけど、俺でも崇勲さんとできるんだから、みんなもっとバイタリティ出してこうよ、みたいな気持ちもありましたね。“もっと積極的にやった方がいいことあるよ!”みたいなことを、証明したかった……というとおこがましいけど、頑張ればなにか起こせるということを、世の中に提案したかったのもありました」
――崇勲さんは客演作自体は少なくないですが、ジョイントでアルバムを作るというのは、単曲の客演よりはハードルとしては少し高くなると思いますが。
崇勲「コロナでえげつなく暇になってた、というのがありますね。もう時間が有り余ってたから、いくらでもリリック書けるわ、みたいな。そういう軽いノリでした」
――作品全体としても、大きなメッセージを2人で言うとか、お互いの言葉をディープに汲み取って返すようなヘヴィな作品というよりは、“この2人でコラボしたら面白いんじゃない?”という衝動の部分が強い作品だと思うし、“軽いノリ”という言葉も理解できます。
崇勲「重ったらしいメッセージもないし、サラッと何回も聴けるかなという印象ですね」
ichiyon「アルバム名の『REATISE』は“科学論文を発表する”みたいな意味なんですけど、僕と崇勲さんはまったく違うタイプだから、“化学反応”という意味でもそれがいいかなって。これだけ育った文化環境とか音楽環境が違う二者が試し合って、一つの作品を作ったときに、どういう化学反応が起きるかな、と。このジャケはDJ Shadowの『Endtroducing.....』のオマージュなんですけど……」
――似せ方がわかりづらい(笑)!
ichiyon「あのアルバム自体が“試す”というアルバムだから、それを意識としてもサンプリングしてますね。そしてチャレンジや化学反応を起こすためにも、レコーディングは絶対一緒にやろうと話してて」
崇勲「レコーディングのときに本当に初対面で」
ichiyon「制作的には、僕がビートを用意して、それを崇勲さんに選んでもらって、そこからトピックを固めていくという形でした」
崇勲「僕としては本当にもう、なにも深く考えずに制作に入りました(笑)。“ビートとテーマさえもらえればなんでも書くよ”と」
ichiyon「でも“化学”は崇勲さんの提案でしたよね」
崇勲「“化学”はビートを聴いた時に化学実験的な内容がいいかなと、自分でテーマを出して。ただ化学というよりは小学生の理科の実験みたいになっちゃったんですけど(笑)」
――リリシズムの方向性もかなり違いますよね。すごくざっくりした、一面的な評価ではあるんだけど、崇勲さんのラップはストリクトリーな日本語ラップの蓄積を感じるリリシズムが印象的な一方、ichiyonさんはポエジーさや抽象性を強く押し出しているので、その“温度差”も興味深い。
ichiyon「“温度差がある”と感じてもらえるのはすごくいいことじゃないかなって。一曲だけじゃなくてアルバムという単位で聴かせるんだったら、“違って当たり前”だし、違いが擦り合うんじゃなくて、大きくなったまま最後まで進んでもいいとも思ってて。その違いによって何度も聴けるし、その差がどんどん面白くなってくると思うんですよね。トピックに関しても、崇勲さんの捉え方と、僕の視点は違うだろうし、それがもっと大きくても面白いと思ったぐらい」。
崇勲「言葉の選び方の端々から、俺に持ってないものがあるなと思ったし、面白い言葉遣いをする人だなっていうのは、最初のレコーディングのときに思いました」
崇勲×ichiyon
崇勲×ichiyon
――1曲目の「DON'T KNOW」はichiyonさんから始まりますが、2ヴァース目から崇勲さんは寿司の話になって、その内容にichiyonくんも引き込まれるといった構造に感じましたが、これはコラボじゃないと起きにくいことだなと。
崇勲「最初はマッチングアプリと寿司の話で1ヴァースずつ書いてほしいという話をもらったんですよ。でも、俺はマッチングアプリのことを一切知らないから書けなくて、それで寿司について2ヴァース書いて纏めて」
ichiyon「でも、結構シリアスなイメージなんですよね。“産業とカスタマー”についてモヤモヤしてることを自分は書きたくて、それをマッチングアプリと回転寿司になぞらえようと。ただ、その奥にあるテーマ性を直接は言わないことで、リスナーそれぞれに想像して欲しかったというか、解釈の選択肢を増やしたかったんですよね」
――「to nerd to bro」のichiyonさんのヴァースは、風景や瑞々しい光景が印象的でした。とくに“サドル収めてスカート/ふわりふわり歪む目線上”というフックは、すごくセンチメンタルですね。
ichiyon「その部分はかせきさいだぁさんや銀杏BOYZみたいなアーティストの影響がありますね。“男の子の不器用さ”みたいな、そういうエッセンスを入れたくて。リリックの書き方としては、僕はイルリメさんの影響は大きいかも知れない。イルリメさんの風景とか季節の捉え方が染みついてる。そして、この曲は“街を歌い、地元をレップする”みたいな感じではなくて、単純に広く聴かれるような、わかりやすい“普通のことを、普通に言ってる”内容にしたくて。ロックやニューウェイヴに近いポップなビートに、甲子園とか学生についてラップする崇勲さんというのも、なかなか聴けないと思ったし、逆にコラボだからこそそういう曲が聴きたくて」
崇勲「大まかに“夏休み”っていうテーマでざっくり書いたんですよね。テンポ感もいいし、書いたことないようなトピックだったので、自分でも新鮮でした。ただ、この先はこのタイプの曲を作ることはないと思う」
崇勲×ichiyon
崇勲×ichiyon
――全体的にも、今後崇勲さんは書かなさそうな構成が多いと思いましたが、それはichiyonさんとのコラボということで、別の引き出しが開いたという感じですか?
崇勲「そうですね。でも、自分の中にもこういうポップな側面を出せる部分はあると思ってるんで、無理に新しいキャラを出したとか、そういうことはないですね」
――では、ソロではそういったポップさがなかなか見えづらいのは?
崇勲「ビートメイカーと一対一やり合いになったときに、ポップな部分を出すと相手に悪いかな、って格好つけちゃう部分があるのかもしれないですね。本当は砕けたり、ふざけた曲を昔からずっと書きたいと思ってるんですけど、いざ制作に入ってビートと向き合って、紙とペンを持つと固くなっちゃうんですよね。だからカッコつけです(笑)」
――このEPの中で「PAST PRESENT」はシリアスなタイプの曲ですが、“俺はあれだな 2020初っ端”で始まる崇勲さんのヴァースは、どんなイメージを元に書かれたんですか?
崇勲「コロナ禍前から、春日部のバーみたいなところに機材を持ち込んで、パーティをやってたんです。それが300人ぐらい集客できるようになって、いい流れができたなと思ってた矢先に、コロナ禍になってしまって。2020年の初頭にやった回も盛り上がって、俺は酔っ払いすぎて路上で寝てたんですけど、そのパーティが終わった直後からコロナが深刻化して、イベントも開催できなくなって……という状況を書いてます。結局、そのバーもコロナで潰れてしまって。イベント自体は場所を変えながら復活してるんですけど、そのしんどい時期の記憶ですね」
――ドキュメント的な部分があったと。ただ、フックの“ラムちゃんhelp”という部分はキャッチーですね。
ichiyon「このフックは僕が考えたんですけど、それぐらいポップなワードが出てこないと、ちょっと聴きづらいなと思ったんですよね。もっとシリアスなアルバムだったらフラットに聴けると思うんですけど、僕と崇勲さんのアルバムなので、スッキリさせたかったんです」
崇勲×ichiyon
崇勲×ichiyon
――なるほど。今のラップ・シーンは本当に多様化しているし、プレイヤーの数もとにかく増えていると思うのですが、その中でいまの自分はどんな立ち位置にいると思いますか?
崇勲「自分がシーンの中心にいるとはまったく思ってないし、日本のヒップホップ・シーンにいるっていう自覚もとくにはないですね。日本列島で言えば、僻地の半島の先のほうにいると思うし、自分でもそういう場所を好んでいるんだと思います。MCバトルで優勝しちゃったりで、都(みやこ)のほうにちょっと引っ張られそうになった数年間はあったんですけど、居心地はよくなかったのが正直なところなんで」
ichiyon「ヒップホップって選択肢があるから面白いと思うんですよね。BAD HOPやAwichがいて、ISSUGIや田我流がいて、崇勲や呂布カルマがいて、CreepyNutsやサイプレス上野がいて、THE OTOGIBANASHI'SやIKE & RICE WATER GROOVEがいる、みたいな。作る側もそうだし、聴く人にも選択肢が生まれてるし、そういう選択肢の一つに、今回の『TREATISE』がなればなって。そして、自分はインディペンデントであるからこそ、こういう作品をリリースしたり、動けるのがストロング・ポイントだと思うし、そういう立ち位置にいられればと思いますね」
――最後に、今後の具体的な活動展開を教えてください。
崇勲「ソロとしてはすでに出せる状態の新曲が何曲かあるんで、MVも含めてそれをポンポンと出していきたいですね。いまがいちばんラップが上手く書けてると手応えがあるし、それを作品として形にできればな、と」
ichiyon「ADULT ONY KIDSでセカンドを作ってます。客演陣もみなさんがビックリするようなカードを揃えてるんで、楽しみにしてほしいし、自分としてもそれを一つの分岐点にしたいと思います。このタッグでのリリパの計画も立ててるんで、それも楽しみにしていてください」
崇勲×ichiyon
崇勲×ichiyon
崇勲×ichiyon

取材・文/高木“JET”晋一郎
撮影/西田周平
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