音楽に救われてきた――シンガー・ソングライター熊谷育美 初のベスト・アルバム『Re:Us』

熊谷育美   2016/07/12掲載
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 『Re:Us』と書いて“リアス”と読む、熊谷育美にとって初のベスト・アルバム。東北地方の太平洋岸を特徴づける地形の名に“再生する私たち”といった意味合いを重ね合わせた表題からは、現在も居をかまえる出身地、宮城県・気仙沼市に向けた、尽きせぬ思いも伝わってくる。実際、2011年に勃発した東北大震災、その直後に発表された「雲の遥か」は、歌い手の意図を超える格好で、被災地に住まう聞き手にとっての“応援歌”として、愛され続けてきた。2009年にCDデビューしてから丸7年。シンガー、そしてソングライターとして新たなステージに踏み出しつつある彼女に、“歌うこと”をめぐるあれこれを、ざっくばらんに語ってもらった。
 「〈雲の遥か〉のレコーディングは、3月11日に終わっていたんです。東北大震災のまさに前日。もう5年になるんですね……。リリースも翌4月と決まっていて、実際その予定通り発表したんですけど、自分にとってはあくまで“甘えられる存在”。それは人かもしれないし、ふるさとかもしれない。とにかく自分を見守ってくれる誰か、何かをイメージして書いた曲だった。ごく個人的な思いを込めて作ったつもりだったんですが、結果、被災された方たちが“応援歌”として聞いてくださって」
――作り手であり歌い手でもある、熊谷さんの意図を超えたかたちで、受け止められていったんですね。
 「はい。そういう意図で作った曲ではなかったのに、みなさんがそれぞれの心の中で、いろんな解釈をしてくださった。びっくりもしたし、そこに感慨を覚えもしたんです」
――ただ、育美さんの歌自体、自作自演であるのに、かならずしもそこにこだわってない印象があるんです。変な言い方ですが、歌詞ですべてを語ろうとはしていない、というか。むしろ歌い方だったり、発音の仕方で、イメージをふくらませている部分がある気がする。
 「ああ……」
――いい意味で、聞き手への信頼を感じさせるというか。
 「そうですね。聞き手の方にゆだねたいという気持ちはすごくあります。余白みたいなものであるとか、行間。歌詞のストーリーはとりあえずあるにせよ、最終的な解釈は聞き手にまかせたい。もちろん自分の感情があらわに出ちゃってる作品もあるんですけど、そこで終わるわけではない。道は残しておきたいっていうか。なんて言うか、感覚的なことなんですけど」
――〈雲の遥か〉では、一人称が“ぼく”になってますよね。
 「青春時代の自分と、リンクしてくる曲だったんですよね、書きながら。10代の頃の私って、闇みたいなものを抱えて、日々悶々としているようなやつだったんです(笑)。だからこそ、音楽をやり始めたというところもすごくあって」
――10代って、じつはある程度誰もがそうじゃないですか。はたからどんなに明るく見えても、うちに抱えている暗さがあるというか。
 「ですよね。どうしても人に言えない部分があったりする。青春時代のそんな自分が“ぼく”になった。そういう感じでした」
――“ぼく”に歌わせることで、世界が広がっているような気がしたんです。
 「たしかにそういう感じで書いてました。書いてた時のことを思い返すと」
――それと一番最後の行。「雲の遥か あなたが見えた」の“あなた”。順当に聞けば、“ぼく”の目に映った“あなた”ということになるんだろうけど、歌われている中で聞くと、カメラ・アングルがぐるっと回転して、待っていた女の子の側から見た“あなた”のように思えてもくる。
 「ありがとうございます。詞はほんと……悩むんですよね。しょせん自己満足かもしれないけど、この箇所は書いてて非常に苦労した記憶があるので」
――口はばったいけど、苦労した甲斐があると思いますよ。この1行で、歌の視点がぱっと広がるから。
 「そうですね。“あなた”と言ってるけど、物かもしれないし、景色かもしれない。そういう余白は残しておきたいんです。自由度を残す。そういう書き方はしているかも」
――自作とはいえ、歌う時って“演じて”もいるわけですよね。どんな風に案配していくんですか。
 「(入り込み方の)加減はしています。いったんフラットにする感じかな。昔はすごく感情的に、激しく歌ったりしていたんです。ピッチも気にせず歌っていた時期もあったんですけど(笑)、デビューから7年経つ間に、どういう風に歌ったらみんなに伝わるんだろう、もっと大きい歌を歌うにはどうしたらいいんだろうって、歌の表情について考えるようになりましたね」
――一方で〈夏の華〉は、ソングライターとしての魅力を感じさせる曲ですね。
 「けっこう以前、21、2歳の頃に書いた曲なんですよ。故郷の気仙沼に“みなとまつり”っていう夏祭りがあって、それこそ年に一度の大イヴェントなんですけど……」
――町中がそこに向かって盛り上がるんですね(笑)。
 「そう。その会場で打ち上げられる花火が、なにしろ大好きだった。強烈なのにせつない感覚があって。なんなんでしょうね。あんなに美しくて、あんなにはかない……」
――きれいな分、終わってしまうとよけいに。
 「そうなんです。子どもながらに、すごくさみしさを感じてもいた。そこからインスピレーションを受けて書いた曲なんです。女性ごころというか、女ごころと花火、っていう」
――今回のベスト盤に入ってるラブ・ソングって、〈Sunny Laundry〉みたいに、幸せな二人の姿を真っ正面から歌い上げた曲が多いじゃないですか。
 「そうですね、うん(笑)」
――中では〈夏の華〉はしっとり系というか。
 「たしかに」
――逆を言うと、幸せな曲って書くのがむずかしくないですか。
 「むずかしいです。幸せな時って、あまり曲が書けません(笑)」
――だと思うんです(笑)。それだけに、幸せなカップルの姿を描く時、ずいぶんと素直に書くんだなあって、かえって驚いた。
 「基本的には、あまりウソがつけない(笑)。すぐバレちゃうんですよ。そういうところが作品に反映されてる部分は、絶対あると思う」(註・この取材からほどなくして、結婚を公表。おめでとうございます)
――とはいえ、そうして書いた作品を“昇華”させていく歌手・熊谷育美という存在もいるのかなと。
 「ソングライター、クリエーター的な自分がいて、あとそれを発信するシンガーとしての自分がいる。どっちも私なんです。どっちももっと成長させていきたい。ピアノもそう。自分をピアニストと呼ぶのはおこがましいんですけど、それでももっと技術は磨いていきたい。そういうことをいつも考えています」
――歌うことが好きなんだな、とか、曲を書きたいんだなとか、意識し始めたのはいつ頃から……。
 「14歳くらいですね。中学校の頃」
――多感な時期ですね。
 「しかも、学校があまり好きじゃなかった(笑)。右にならえとか、そういうのがとことんダメ。協調性がなかったんです。そんな自分にとってのよりどころが音楽だったんです。救いでしたね。音楽を聴いてる時間だけは、よけいなものを聞かなくてもよかったし」
――その頃、どんな音楽を聴いていましたか。
 「日本のアーティストさんだったら、松任谷由実さんがすごく好きで」
――これ、言っていいのかな。〈雲の遥か〉を聴いた時連想したのが、ユーミンの〈卒業写真〉だったんです。
 「きゃあ(笑)。荒井由実時代の作品とか、すごく好きで。恐縮なんだけど、弾き語りしてる作品とか、いい意味での荒削りさが感じられて、ものすごく響いたんです。母が好きで聴いていた影響もあったんですよね。中島みゆきさんとか高橋真梨子さん。竹内まりやさんとか。女性のシンガー・ソングライターってとにかくすごい。そう思っていて、自分でもピアノだけは習い続けていたんです。週に1回レッスンに通って。自分の武器はピアノしかない、という感じだった。何はともあれ曲を書きたいと思って、日記みたいな散文に、ピアノでポロッと弾いた旋律をつけてみたんです。そしたら自分の気持ちが浄化されるような気がした。1曲作るごとに、悩みとか悲しみがひとつひとつすっと消えていく。家で、毎日何時間でもやってました」
――その頃MySpaceやYouTubeがあったら、毎日投稿していたりして。
 「なくてよかった(笑)。恥ずかしくて、誰にも聞かせられなかったんですよ、私。田舎の港町でそんなことやってるって知られたら、それこそ“変な子”って思われてたと思う」
――はじめて人前で歌ったのは……。
 「高校1年生の時オーディションを受けてみて、最終のライヴ審査まで残っちゃったんです。人前で歌うなんて、それがはじめてだった。その経験は大きかったですね。高2になると、みんな進路について考え始める。歌う人になりたい、自分が作った作品を歌う人になるんだって決めたのが、その頃でした」
――ベスト盤のボーナス・トラックとして、〈人待雲〉の相当はっちゃけた別ヴァージョンが収録されていますよね。ピッチも気にせず歌っていた時期の雰囲気を、反映させたかったのかしら。
 「これ、じつは今回録り直したんですよ(笑)。でも、そういう風に聞いていただけるのも、それはそれでうれしいな」
――歌い手として振れ幅が、こういうヴァージョンからも感じられますね。
 「音楽がほんと、好きなんです。聞き手としてもジャンルにはこだわらないし。じつを言うと演歌も大好きで、デビュー当時のPVでは、着物を着てピアノの弾き語りをしたりしてました(笑)。昨年ライヴをやった中で、バンド編成でやらせていただいた経験も大きかったですね。基本弾き語りが多かったのが、ストリングスを加えたアコースティック編成でやったり、総勢9名のフル・バンドでやったりした。バンドをバックにシャウトする自分って、そういう意味で今の自分ぽい。そう思って,ボートラを収録してみたんです」
――楽しそう。
 「楽しかった。もっといろんな編成でライヴをやってみたいですね。レコーディングがそうだったんです。一人ピアノで作った曲が、アレンジャーさんたちの手にかかると、自分では思いもよらなかった表情を見せてくれる。それまでは“一人”っていう意識が強かったんですが、レコーディングを通じて、アレンジャーという仕事上のパートナーに出会えたことで、世界観を大きくしてもらえてます」
『ベストアルバム〜Re:Us〜』(通常盤)
――もうひとつ。拠点を故郷の気仙沼に置いたままにしているのは、特別な理由があるんですか。
 「10代の頃、1年だけ東京に住んだことがあるんですよ。でも、どうしてもなじめなかった。気仙沼に逃げ帰ったんです(笑)。東京でも比較的のどかな地域に住んではいたので、“つくづくダメだったんだね”とみんなから言われてます(笑)」
――いったん出てみたことで、見えてきたものもあったんじゃないですか、でも。
 「ですよね。帰った時、ああなんて美しい町で自分は育ったんだろうって。すごい泣きました。自分がなさけなくて。なんて言うんでしょう。大地の雄大さとか、土のありがたみ。青々した山があって、川があって、海があって。当たり前過ぎて、離れてみるまで気がつけてなかった。そこでようやく定まったんです。私にとっては、気仙沼で生きていくことがナチュラル。ここでずっと生きていくんだという風に、心が決まった」
――そう思うと、〈Sunny Laundry〉みたいな幸せな曲を作れるようになったこと自体、育美さんが年を重ねてきたことの証明というか。
 「だと思いたいです(笑)。そうだったらいいな」
――聞いてくれた人と、幸せというとちょっと違うかもしれないけど、ある種の“浄化”を分かち合いたい。そんな気持ちが、育美さんの中にはあるのかもしれないですね。
 「自分自身、音楽に救われてきた。そう感じることがあるように、私の曲を聴いて同じように感じてくださる人がいたとしたら、それこそが“奇跡”だなあ……そう思ったりするんです」
取材・文 / 真保みゆき(2016年6月)
熊谷育美 コンサート 2016 「Re:Us」
Acoustic Session〜PREMIUM NIGHT
2016年8月11日(木・祝) 神奈川 Yokohama O-SITE
開場 18:00 / 開演 18:30(終演予定 20:30)
全席自由 前売 3,000円 / 当日 4,000円(+ ドリンク代)
※未就学児童の入場は不可。3歳以上はチケット必須。ただし、親御様の膝上であればチケット不要。



2016年10月22日(土) 宮城 仙台市民会館 小ホール
開場 16:30 / 開演 17:00
全席指定 前売 3,000円 / 当日 4,000円
※入場制限 3歳以上要チケット。


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