【特別対談】クハラカズユキ×せきしろ

せきしろ   2012/03/07掲載
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 小説『逡巡』(新潮社)を発表したばかりの新鋭作家・せきしろ氏と、バンドマンとしてThe Birthdayをはじめ、うつみようこ & YOKOLOCO BAND、M.J.Q、qybといったバンドで活躍するクハラカズユキ氏は、北海道の北見市にある北海道北見北斗高等学校の一年違いの先輩後輩(クハラ氏が先輩)! 都心にある有名人を多数輩出している学校ならともかく、北国の一公立高校でこの偶然は奇跡ともいえるだろう。これは本サイトで実現した史上初のクハラ×せきしろ対談の記録です!




「(せきしろ君が)廊下からじゃなく窓から入ってきた。
それを見て、“凄ぇ!”と思った。芸術ですね。パンク原体験です」(クハラ)
 せきしろ(以下同) 「たぶんクハラさんは覚えていないと思いますが、最初に会った場所は視聴覚室です。クハラさん、学園祭でバンドやってましたよね? 僕は1コ下なんで視聴覚室でライヴを観て」
 クハラカズユキ(以下クハラ) 「僕の方は、同級生にせきしろ君のことを好きな女子がいて、それで名前を知ったんですよ。“せきしろ”って珍しい名字じゃないですか。それで僕も知って。背も大きかったし、“そうか、あれがあのコの好きな人か”って思った。せきしろ君も学園祭でバンドやってたでしょ? それが強烈だったんですよ! 背の小さい人と一緒にやっていませんでしたっけ?」
 せきしろ 「そうでしたね」
 クハラ 「メンバーがいっぱいいて、せきしろ君とその小さい人がひときわ目立ってて大暴れしていたっていうイメージがあって。ステージに上がるとき外から入ってこなかったでしたっけ。勘違いかな?」
 せきしろ 「窓からですね(笑)」
 クハラ 「そう、一階にある教室で、廊下からじゃなく窓から入ってきた。それを見て、“凄ぇ!”と思った。芸術ですね。パンク原体験です」
 せきしろ 「すごく田舎の町だったので情報がなくて、当時は雑誌の写真や記事を通じていろんなことを判断しないといけなかったので。だから、みんな恰好とかぐじゃぐじゃでしたよ。古着屋なんてないし」
 クハラ 「僕は当時、『DOLL』の写真と『Fool's Mate』を参考にしてた。パンクなのかナゴムなのか、よく分からない(笑)。混ぜこぜになっちゃってヒドかったです。でも当時、せきしろ君とは会話したこととかなかったよね?」
 せきしろ 「高校時代の1コ先輩っていうだけで、物凄い怖いですからね」
 クハラ 「 “これ、きっとせきしろ君じゃないか?”と思ったのは、大人になって『SPA!』の『バカはサイレンで泣く』を読んだとき。“せきしろ”って書いてあって、出身地に触れるようなフレーズがあったんですよ。“もしかして!”と思って。“あの、せきしろ君が文章書いたりする人になったんだ”って。こっちはこっちでパンク原体験以降、せきしろ君を怖い人だと思ってたから(笑)。“ヘタに近づいたらやばい”と思ってて。ヤンキーとかじゃない怖さ。うちの学校では稀有なタイプだったから」

GAUZE『FUCK HEADS』

 せきしろ 「いやいや、クハラさんの所属するラグビー部の人の方が怖かったですよ(笑)」
 クハラ 「いやあ(笑)。せきしろ君のバンドの曲はメタルコアとかハードコアでしたよね?」
 せきしろ 「Gauzeとかジャパニーズ・ハードコアの曲をカヴァーしていました。当時、同じ年の友達の中で、その辺の音楽とか好きな人がいなかったんで、僕が全員分ダビングして配って。“自分が布教しなきゃいけない”と」
 クハラ 「(笑)。うちらの学年のバンドにはメタルコアとかハードコアというのはなかったですね。その辺の音楽をばっちり聴いたのは30歳近くになってからだもの。だから地域初のハードコア・バンドを見たのは、せきしろ君のバンドだったかもしれない」
 せきしろ 「他の雑誌で言ったことがありますけど、その時のバンド名は“傷害致死”っていうんですよ。今考えると、“傷害致死”だから、最初から殺意はないんですよね。怖いんだか、何だかよく分からない(笑)」
 クハラ 「でもこうやって、せきしろ君とちゃんと話す機会が訪れるとは思わなかった」

『去年ルノアールで』

 せきしろ 「そうですよね。『去年ルノアールで』のドラマにクハラさんに出演していただいた時に収録現場で挨拶させてもらいましたけど、こちらもアガりまくっていたので、クハラさんに言った情報が、全部、別人の情報だったんですよ」
 クハラ 「ははははは」
 せきしろ 「“下宿で麻雀してましたね?”って言ったら、してなかったり(笑)。あ、でもクハラさんに“You&Iにレコードを返してきてくれ”って頼まれたことはあります」
 クハラ 「マジで?」
 せきしろ 「はい。これは間違いないです(笑)」
 クハラ 「覚えてないなあ(笑)。もう20年以上前のことだし」
 せきしろ 「何のレコードかは僕も、もう覚えてないですけど。地元には黎紅堂っていう貸しレコード屋さんもあって、日本パンク・コーナーっていうのがあったんです。そこが地元で唯一、パンクの音源に触れられる場所でしたね」

『GREAT PUNK HITS』

 クハラ 「そうそう。そのコーナーに徳間ジャパンから出てた黄色いジャケットのレコード(『GREAT PUNK HITS』)とか置いてあって」
 せきしろ 「その辺は全部借りました。あ、そういえば今思い出したんですけど、僕、高校時代に<ティーンズ・ミュージック・フェスティバル>というのに申し込んだんですよ。ヤマハが主催している音楽コンテストに」
 クハラ 「当時色々ありましたよね。ポプコンとか、ステージフライトとか。僕はそういうのは出なかったけど」
 せきしろ 「僕は馬鹿だったから、“ヤマハにいろいろ教えなきゃいけない”ぐらいの思いがあったんですよね。“ヤマハに本物の音楽を教えなきゃいけない!”と」
(一同爆笑)
 せきしろ 「“いやいやニューミュージックじゃないだろう? これこそ音楽だろう?”みたいな。自分でもおかしかったと思う。まあ応募しただけでしたけど」
 クハラ 「(笑)。でも大人になってから『SPA!』でせきしろ君に気がついたんだけど、うちの学校から凄い人が出たんだ、というのはあった。間違いなく同じ高校だった彼だ、となったときに“凄えなぁ”と思って。あの高校からそういう生業に就く人は、なかなかいないので。だからずっと気にしてました。本を読んだりとか。『ルノアール』のドラマで呼んでもらった時には“やった!”って思いました(笑)」
 せきしろ 「(笑)」
 クハラ 「俺の方は他の誰かと勘違いしてたわけじゃなかったから(笑)」
(一同爆笑)
 せきしろ 「僕はこういう仕事するようになってから、『週刊プレイボーイ』の編集の人から、“ミッシェルのドラマーのクハラさんって、たぶんせきしろさんの高校の先輩ですよ”って教えてもらったのかな。“あ、そうなんだ!”と思って。初めてミッシェル・ガン・エレファントのライヴを見たのは2回目のフジロックでした」
 クハラ 「ああ豊洲でやった時だ」
 せきしろ 「はい。“ドラムのあの人が1コ上のあの時のYou&Iの人なんだよな”って。それが大人になってからクハラさんを初めて認識した瞬間です。あの田舎の高校から有名な人が出たんだなあと思って。沢田亜矢子以来の有名人が(笑)」
 クハラ 「そうそう。沢田亜矢子も卒業生で(笑)」
 せきしろ 「沢田亜矢子、そしてクハラさん(笑)。今日は、そんなクハラさんに、貸しレコードを返しに行ってくれと言われた思い出を温めながらここに来ました(笑)」




「怒られるのだけはホントにイヤです。
担当の人から届いた催促のメールも開けないで削除しちゃう感じですね」(せきしろ)
 クハラ 「ちなみに、せきしろ君はいつ上京したんですか?」
 せきしろ 「最初は高校卒業してすぐ、というか高校三年の途中で上京しちゃいました。その時点で卒業できる感じになってたんで。それから、いろいろあって福島にある大学に入ったんですけど」
 クハラ 「へえ」
――せきしろさんは大学で教育学部だったんですよね。教職免許を持っているんですか?
 せきしろ 「いや、『ドラクエ』の5がちょうど発売されて、教育実習に行けなかったんですよ」
 クハラ 「えっ? 教育実習よりドラクエを取ったの?」
 せきしろ 「いや、夜中にゲームやってるから起きられなかったんですよ。厳密には教育実習のひとつ前の段階の実習みたいなやつですが。附属の中学に行くのが決まってたんですけど、初日に行けなかった。それで怖くなっちゃって」
 クハラ 「先方は待ってるでしょう? 今日から教育実習のせきしろ先生が来るって」
 せきしろ 「ええ。“これは怒られるな”って思って、山形の温泉旅館に逃げたんです」
(一同爆笑)
 せきしろ 「怒られるのがホントにイヤだったので、逃げて。行方不明になると、みんな心配が先に立つから怒られないんじゃないかと思って旅館に潜伏してじっとしてました」
 クハラ 「心配される方が勝ったあたりで、みんなの前に出てきた?」
 せきしろ 「はい。半年ぐらい温泉宿に住み込みで働いていたんですけど、男性が僕だけで、あとは訳アリっぽいおばさんばっかりだったんですよね。凄いモテましたけど」
 クハラ 「旅館で何してたの? 配膳とか?」
 せきしろ 「そうですね、布団上げたりとか。おばさんたちの派閥がいっぱいあって、“うちにおいでよ”とか言われて。それが段々面倒くさくなってやめて、それで、また東京に来たんですけど」
 クハラ 「凄い……」
 せきしろ 「今考えると凄いですよね。怖いですよ」
 クハラ 「怒られるのが怖いっていう気の小ささと、それとは裏腹な大胆さにびっくりする(笑)。逃亡した旅館に住み込んじゃったり」
 せきしろ 「いや怖くて」
 クハラ 「その怖さが大きかったんだ。下宿してたアパートの方はそのままで?」
 せきしろ 「そのままです」
 クハラ 「後処理は親が」
 せきしろ 「そう、親です。で、そのまま大学辞めてまた上京です」

『逡巡』

――せきしろさんの新刊『逡巡』の表紙の絵はお父さんが描かれてますよね。お父さんは学校の美術の先生で。
 せきしろ 「そう美術の」
 クハラ 「いいですよね、親子合作。素敵な親子ですよね。お父さんは本をたくさん買って近所に配ったりしないんですか」
 せきしろ 「どうですかね」
 クハラ 「うちなんか、もうCDプレイヤーもないのに、実家にCDが山積みになってましたからね」
――クハラさんは『逡巡』を読んで、地元の風景が重なったりしますか?
 クハラ 「読んでいて、泣いちゃったりするんですよ。恥ずかしながら。凄いですよね、物語を書くって。凄いと思いますよ。半年の逃亡は伊達じゃないと思いますね(笑)」
 せきしろ 「ありがとうございます」
 クハラ 「故郷を思い出すような場面が出てきたりすると、すごく分かっちゃうんです。たとえば雪の感触とか、グッときちゃいますね。あと、泣いちゃうストーリーは本当に泣いちゃうんですよ。最後に裏切られようが、バッチリ泣いちゃう。基本的に僕は根が暗いんで、どっぷり入っちゃうんです。読みながら“もっと泣かしてくれ!”って思うんだけど、最後の最後で“え? 何言ってんだ!?”みたいな。ハタから見たら相当無様ですよ、泣いちゃってるんだから。それで最後“えー!?”って(笑)。“この涙は何なんだ!?”って(笑)。そういう感じも含めてトータルで凄いと思います」
――ぜひ、せきしろさんからも『逡巡』について。
 クハラ 「僕も、それ聞いてみたいと思ってたんだけど」
 せきしろ 「僕は(自分の本が)出ちゃうと読まないんで。ちょっと印税の計算だけして、“これだけしか入ってこないんだ”と思って……」
 クハラ 「凄い(笑)。何に対しても動じないと思いきや、さっきも“怒られるのがイヤ”とか(笑)」
 せきしろ 「ホントにイヤだったんですよ。怒られるのだけはホントにイヤです。担当の人から届いた催促のメールも開けないで削除しちゃう感じですね」
 クハラ 「でも遅刻とかしなさそう」
 せきしろ 「遅刻はしないです。でもわざと、どこかに寄って遅れていきます」
 クハラ 「それ、すごく分かる。僕も、すごいせっかちで待ち合わせ場所に早く着いちゃうんですよ。20分とか30分前に着いてるから、5分遅れは僕にとって35分待ちなんですよ。それもイライラするし、かといって早く着きすぎて張り切ってるように見られるのもイヤだし。だから35分待ってても、“今来ました”って体でやったりします。そんなことしてるのに、どうしても早く着いちゃうんだけど」
 せきしろ 「僕も全く同じですね。ずっとそうです。飛行機は特に遅れるのが怖いんで、2時間くらい前に行ってる」
 クハラ 「何度も乗っていて、自宅からこの時間に行けばどうやったって間に合うって分かってるのに、もっと巻いて行きますからね」
――ところで、今年の元旦にせきしろさんのツイッターに意外な人物から突然リプライが飛んできたとか?

畑中葉子「後から前から」

 せきしろ 「ああ、畑中葉子さんから」
 クハラ 「畑中さんって、あの?」
 せきしろ 「ええ。『後から前から』の。ご丁寧に“明けまして御目出度うございます。今年も宜しくお願いします。元旦から縁起がいいです”ってリプライをいただきました(笑)」
――特にせきしろさんからラヴ・コールを送っていたわけじゃないんですよね?
 せきしろ 「はい、全然。まあ多分、皆さんに書かれているんだろうと思いますが、世代的には憧れの人ですから、嬉しかったですね」
 クハラ 「畑中葉子さんっていうのが、またいいですよね!」
――神の見えざる手を感じますね。
 クハラ 「それだけで、ひとつの物語が書けてしまいそうな(笑)。やっぱり、せきしろ君は何かを持ってるんでしょうね」
 せきしろ 「折角なのでこちらからも“おめでとう御座います。こちらこそよろしくお願いします”と返信しました。あと、畑中さんの最近の愛読書が『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』、だというのを知りました」
――そこからまた今回同様、良い御縁につながるといいですね。本日はクハラさん、せきしろさん、どうも有難うございました。
取材・文/須藤鑑(2012年2月)
協力/増村双葉
せきしろ
1970年、北海道北見市出身。文筆家。2006年、初のエッセイ集『去年ルノアールで』(マガジンハウス)を上梓。脱力感漂う独自の文体で注目を集める。07年、テレビ東京でドラマ化。以降、『不戦勝』(マガジンハウス)、『妄想道』(角川書店)、『ダイオウイカは知らないでしょう』(西加奈子との共著)、『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(ともに、幻冬社/ピース又吉直樹との共著)、『煩悩短編小説』(幻冬舎/バッファロー吾郎Aとの共著)といった著作を残している。
「せきしろの日記」 http://d.hatena.ne.jp/seki_shiro/
クハラカズユキ
1969年、北海道北見市出身。1996年thee michelle gun elephantのドラマーとしてデビュー。2003年のバンド解散後は、うつみようこ&YOKOLOCO BAND、M.J.Q、qyb、The Birthdayなど、さまざまなバンドやセッションに参加している。
クハラカズユキ公式ブログ「日々もろきゅう」 http://kazuyukikuhara.blog103.fc2.com/
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