スーパープレイヤーぞろいのブラス・アンサンブルが、満を持して発表するバロック名曲集 ARK BRASS

ARK BRASS   2025/05/08掲載
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 日本中で大活躍のスーパー金管集団ARK BRASS(アーク・ブラス)が、英国の伝説的団体フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル(PJBE)の名を掲げたアルバムを録音したという。テーマは“バロック”。21世紀には古楽器での演奏会や録音も珍しくないとはいえ、かならずしも広く知られているとはいないであろう16〜17世紀の音楽を、彼らはどう料理するのか? アルバム発売を記念して行なわれるコンサートを前に、中心メンバーのうち3人に話を伺った。
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New Album
ARK BRASS
『BAROQUE』

AVCL-84178
 今でこそデジタル音楽配信サービスを介して好みの音楽にはすぐ出会えるけれど、21世紀初頭くらいまでは全然そうではなかった。ラジオや雑誌の記事を追いかけたり、無数のLPレコードやCDを販売店やレンタル店、図書館などで確かめたりして、それなりに知識を蓄えてゆく必要があった。ただ当時は音楽にかぎらず全方位的に似たようなもので(紙の新聞を毎朝隅から隅まで読む社会人も多かった)、それは音楽との関わりの度合にかかわらず大多数の人が何気なくやっていたことでもあった。多くの商店街にレコード&CD店や書店があった時代の話だ。
 そうした知見蓄積の大変さを軽減できる手段として、大手レコード会社は過去の厳選名盤群を定期的に廉価シリーズにして発売、当該ジャンル初心者にもシーンを探訪しやすくする環境整備に勤しんでいた。今のようなピンポイント検索は不可能だった反面、そういうシリーズをざっと見渡すことでジャンル全体の大まかなマッピングができた。脳内に“地図”があるとほしい音楽を探しやすくなるうえ、現時点の自分にどのくらい未踏領域があるかもなんとなく把握できたし、カラヤンやビル・エヴァンスやポール・モーリアなど、自分の関心領域を超えて目の隅にたびたび映る有名アーティストの存在にも気づきやすかった。
 そんな時代、まず60年代〜80年代にリリースしてきた録音物の多さで強い存在感を放っていたのがPJBEだ。吹奏楽に無縁な音楽愛好者だった学生時代の私でさえ、世界的な金管合奏団としてその名をよく知っていたくらいだが、その点は当時からブラス当事者だったARK BRASSのメンバーにとっても同じだったという。
佐藤友紀(tp)「中学生の頃、吹奏楽をやるうち金管向けの曲目に興味が出てきてCD店に行くと、ブラス・アンサンブルで圧倒的な枚数があったのがPJBEで。“この人たちがいちばん有名なのか”くらいのところから1枚ずつ買って、いつのまにかコレクションでいちばん多いのが彼らのアルバムになっていましたね」
次田心平(tub)「僕も中学時代に知りました。高校生の頃かな、楽器店に彼らのCDボックスがあって。それを聴きあさったのが大きかったですね」
青木 昂(tb)「僕も中学生の頃(笑)。でも、楽譜が入口でした。アンサンブルのコンクールで課題曲の音源を探しに行って、彼らのアルバムに出合ったのが最初です」
 録音が多いのは、レコード会社が販売実績を長い間認めていた証ではあるけれど、同時にレパートリーが広くなくては不可能なことでもある。
佐藤「現代曲、民謡からジャズまで含め、あらゆるジャンルの作品を彼らは金管楽器だけで表現する。それができるのが彼らの強みだな、と。古い時代の音楽の専門家しか知らなかったようなルネサンス〜バロックの音楽までどんどんやって、アプローチできるようにしてくれたのも、僕ら(=演奏家)にとって大きいですね」
次田「彼らの録音を参考にできる僕らと違って、彼らは参照できるものが何もないなか、ほとんどゼロから楽譜を起こして録音していますからね」
青木「そう、アレンジを誰かに依頼するところからのスタート」
次田「PJBEはテューバ奏者ジョン・フレッチャーがすごい名手で、さらにアレンジャーとしても活躍していますね。彼のソロ名義のアルバムもたくさん聴きましたよ。リスペクトの気持ちはすごくありますね」
佐藤「彼らはメンバー自身がアレンジを手がけていることが多いのですが、お互いのことを解り合ったうえで楽譜を作っている」
次田「調の選び方もうまいですよね。各楽器をよくわかっているな、と」
 そうして出来上がったPJBEの録音を通じ、私たちはバロック以前の古い音楽を次々と発見できるようになっている。ブラスで聴くからこその魅力とセットでの出会いになるわけだが、その一方で今は彼らの礎の上、古い音楽に関する研究が進んだことで、ブラス・アンサンブル編曲版でない、作曲当時に企図されていた楽器による演奏でそれらの曲を聴ける時代でもある。金管楽器向けの曲でも、産業革命・工業化を経た現代式のものではない古楽器を使うプレイヤーが確実に増えている。
ARK BRASS
次田「演奏スタイルでも(古楽器と)共有できる部分はたくさんあるので、参考にすることはありますね。その分野に詳しい福川(伸陽)くん(もう一人の主要メンバーであるホルン奏者。古楽器演奏家でもある)も“こういう時はこうする”といったアイディアをよくくれます」
青木「原曲を古楽器で吹くならこんなニュアンスだよ、とかね。ただPJBEアレンジの演奏を考えた場合、曲は古い時代のものではあっても、彼ら自身はあまりバロック以前の古楽器と同じようには吹いていないんですよね。それで僕らもむしろその感覚に寄せているところもあります。PJBEの録音がある意味オリジナルで。それでも彼らの演奏をそのまま真似するのではなく、彼らのアレンジを通じて演目をいただいて、僕らなりにバロック以前と向き合っている……という感じですね。古楽器の流儀を意識しながらも、現代の金管楽器ならではの楽しさも大事にして、と」
次田「そういえば友紀さんツィンク(16〜17世紀の高音管楽器)吹くとか言ってませんでしたっけ?(一同笑)」
佐藤「じゃあ心平さんセルパン(18世紀以前に使われた低音管楽器)やってくださいよ(一同笑)」
 実際、彼らのアルバムでのバロック演奏が持つ魅力はPJBEのそれに通じるところがあり、古楽器演奏に慣れた耳にも興味深い。原曲の味わいが映えるフレーズ感にはっとさせられる瞬間がある一方、現代ブラス・アンサンブル特有のインパクトあればこその痛快さもたまらない。
佐藤「僕らの活動自体、PJBEへのオマージュという意識は最初からあって、彼らのレパートリーでも大きな割合を占めるバロック以前の音楽を特集する考えはずっと前からあったんです。今回のアルバムでも、いくつかの音源は 1stアルバム制作時に録ったもの。結成初期から今回のようなアルバムを出したいという意識がありました」
青木「音大に行くとこういう演目に触れる機会はかならずあるけれど、今は……」
佐藤「以前は中高生向けの吹奏楽コンクールでもよく耳にしたのですが、最近バロック以前の曲は減少傾向で、また増えてほしいとは思いますね」
ARK BRASS
Photo by Rikimaru Hotta
青木「アンサンブル向けのコンクールは最大8人までということが多くて。ここ数年は独自アレンジの楽譜を使うことも禁止になって、コンクール向けの邦人作曲家の新作など現代曲が多く取りあげられやすくなっています。あとはバロック以前の曲で金管五重奏の楽譜があったとしても、個々の奏者の技術が問われるこの種の曲だとコンクールでは勝ちにくいから、学生を勝たせてあげたい顧問もそういう曲を選ばない。バロック以前との接点は減っているんじゃないかな」
次田「でも聴きたいですよねえ、もっと。勉強できることも多いし」
佐藤「シンプルな和声を響かせるのに音程感が問われ、音色面でも難しくなる。粗が目立ちやすいんですよ。でもだからこそ、若い人たちもそういう演目で音楽に向き合ってほしいなとも思います」
 ARK BRASSの演奏を通じて、バロック以前の音楽と出会う人が増えてくれたら……と願ってしまう。そんな彼らが考えるARK BRASSの魅力とは。
佐藤「同じ方向を向いてくれる方が加わってくださいますね。世代を問わず、若い方もいれば同世代の人も。ARK BRASSで勉強してもらうとかではなく、一緒に同じ音楽を作ってくれる仲間、アソシエイトの方々です。コアメンバー4人はずっと同じ方向を向いているんですよね。音楽をやるうえでのストレスがあまりない。そしてその中で新しい刺激をもらえるんです」
ARK BRASS
Photo by Yuji Hori
次田「音で会話しながら、みたいな感覚はありますね」
青木「あっ、先に言われちゃったな。でも“音で会話できる”としか言いようのない良さがARK BRASSにはあります。演奏中ちょっと攻めてみても、それがハミ出た感じにはならず“それじゃあこうする?”みたいになるのがここ。“普通こうだよね”というのがない団体です」
次田「打楽器の秋田(孝訓)くんも最初からいるメンバーですが、彼がまたすごく僕らにとって大きな存在で」
青木「全員異議なしで来てもらうことになりましたね。楽譜もないところで絶妙に叩いてくれる。叩く楽器も自分でうまく選んでくれるし」
佐藤「めずらしい楽器を持ってきたり。今回のアルバムでも打楽器パートはない曲ばかりですが、僕らの頭の中にあるイメージをそのまま音にしてくれています。僕らの“ここはこんな感じで……”と大まかで抽象的な伝え方に対して、いろんな選択肢を用意してくれて……」
青木「入れてくれるところだけじゃなく、ないところを作るセンスもあるんですよね。入れすぎない」
 理屈抜きに肌感覚で音楽の魅力を伝えてくれる彼らの演奏は、ライヴでも音楽鑑賞そのもののファンを増やすことに貢献しているようだ。
青木「ARK BRASSには楽器を演奏しない固定ファンの方もけっこういてくださって。演目をとくに気にせず演奏会に来てくれ“かっこよかったよ!”と言ってくれたりするのがうれしいですね」
ARK BRASS
Photo by Rikimaru Hotta
次田「文字の情報にあまり触れられない配信音源と違って、CDがいちばんいいのはブックレットを手に取って読んだりできるところ。演奏会に来た中高生の方がCDを買ってサイン会に参加してくれたりということもあります」
青木「配信音源だと、どうしても自分の目当ての曲しか聴かなかったりしますよね。CDだと、買ったら全部聴くじゃないですか。そこで知らない曲に出会ったり、ということが起こる」
次田「YouTubeとか途中で広告入りますしね(笑)」
青木「他人の演奏から学ぼうとする音大生などもそうですが、配信動画だとわからなかったりする演奏者名など、CDではブックレットで細かく確認してもらえる点もいいですよね」
佐藤「老若男女、音楽を聴く聴かないを問わず、幅広い人に聴いてもらいたいですね」
次田「金管楽器をやらない方々にも。勉強中の方々にも、もちろん」
青木「学びに来てくれる方々もありがたいし、全然そうでない方々も。お子さんが楽器をやっているからとか、職場の付き合いでとか、そういう理由で音楽をやらない方が演奏会に来てファンになってくださることもよくあります。口をそろえて“楽しかったね”と言ってくださって……。知識のない方でも楽しめる、そういう音楽ができたらと思いますね」

取材・文/白沢達生
information
〈ARK BRASS“BAROQUE”CD発売記念コンサート〉

6月23日(月)東京・浜離宮朝日ホール

[プログラム]
バード:オックスフォード伯爵の行進曲
スザート(アイヴソン編):スザート組曲
シャイト(ジョーンズ編):戦いの組曲
ヘンリー8世(ハワース編): 組曲『棘のないバラ』
ファーナビー(ハワース編): 空想・おもちゃ・夢
ファーナビー(石川亮太編):ヴァージナルの終わりなき夢
ルネサンス組曲[トランペットのためのイントラーダ 〜悲しみを忘れたい〜サルタレッロ] 他
※曲目・曲順等は変更となる場合がございます。

https://avex.jp/arkbrass/concert/detail.php?id=1002751
※本公演に中学生・高校生(18歳以下)100名を無料招待します。詳細は以下のウェブサイトをご覧ください。
https://avex.jp/arkbrass/news/detail.php?id=1124281

〈スター・ウォーズ組曲〜ARK BRASS with 松井秀太郎〉

9月17日(水)大阪・住友生命いずみホール
9月18日(木)新潟・長岡 長岡リリックホール コンサートホール
9月19日(金)岩手・盛岡 キャラホール 大ホール

[出演]
ARK BRASS(佐藤友紀〈1stトランペット〉、安藤友樹〈2ndトランペット〉、福川伸陽〈ホルン〉、青木昂〈トロンボーン〉、次田心平〈チューバ〉)、松井秀太郎(トランペット)、壷阪健登(ピアノ)

[プログラム]
久石 譲(石川亮太編):《天空の城ラピュタ》BRASS組曲より
キャビー&コルベル(石川亮太編):アリエッティズ・ソング
松井秀太郎:金管五重奏のための演奏会用小品
ファリャ(大橋晃一編):スペイン舞曲
ガーシュウィン(松井秀太郎編):ラプソディ・イン・ブルー [ソロ・トランペット、ピアノと金管五重奏のための編曲版]
ジョン・ウィリアムズ(石川亮太編):金管五重奏のための《スター・ウォーズ》組曲より 他

https://avex.jp/arkbrass/concert/
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