南波一海 presents ヒロインたちのうた 第3回 照井順政

sora tob sakana   2016/12/22掲載
MyCDJ お気に入りリストに「南波一海 presents ヒロインたちのうた 第3回 照井順政」を追加/削除する はてなブックマークに追加
南波一海 presents ヒロインたちのうた
第3回 照井順政
 今回登場するのは、sora tob sakanaの音楽プロデュースを手がける照井順政。ハイスイノナサ結成までの歩みから、アイドルへの楽曲提供に至る道のり、そして7月にリリースされロングセールスを記録している1stアルバム『sora tob sakana』にまつわる逸話まで、彼の音楽遍歴をたっぷりと語っていただきました。
聴いたときに何を思うのか、音楽ってそのデザインだろう
――僕はPIECE「銀河鉄道」を聴いて、音作りとリズム構成にびっくりして。それでクレジットから調べていったらハイスイノナサに辿り着いて、なるほどそういうことかと納得したんです。その後、照井さんがsora tob sakanaに関わるようになり、やったと思ったんですよ。
 「まさかPIECEの頃から聴かれているとは(笑)。誰も知らないと思いますよ。その話は全然されないので。CDを普通に持っている人に初めて会ったかも」
――sora tob sakanaに通じる要素がたくさんありますよね。
 「いま聴くとそうですよね」
――ちなみにアイドルに楽曲提供したのはPIECEが最初ですか?
 「そうです」
――では、まずはそこに至るまでのお話から聞いていきたいと思います。楽器を初めて持ったのはいつくらいでしょうか。
 「小6でクラシックギターを親に買ってもらいました。結構なスポーツ少年だったんですけど、別に音楽にやられたというわけでもなくて、唐突に変わった趣味を持ちたいと思ったみたいで。自分だけの何かがあるといいなと考えていて。親は何かを買ったりしてくれるタイプではなかったんですけど、昔クラシックギターを弾いていたらしく、“それだったらいいよ”みたいな感じだったんです。それでギターを持ちました」
――何かに憧れたとかではなく。
 「全然です。小学生ってかっこつけてる子が冷やかされるじゃないですか。エレキギターはかっこつけてる感じがしてダサいと思ったんです。それでクラシックの教則本の曲をやったりしてました。ギターはいまだに指弾きなんですけど、それはその名残です」
――中学校に上がるとどうなっていくのでしょうか。
 「まわりでもギターを始めるやつが出てきて。楽器経験者は重宝されるから、バンド組みたいやつに一緒にやろうよと誘われて。当時からロックも普通に好きだったので、バンドやるならエレキギターが必要だなと思って、(エレキを)買ったという感じです。おれがかっこつけたわけじゃなくて、バンドをやるって誘われたから買うんだみたいな言い訳ができました」
――どんな曲を演奏していたんですか?
 「Mr.Bigとかボン・ジョヴィとかのハードロックから入って。ギターキッズっていう感じです。兄、姉の影響でドリーム・シアターとかも聴いて、どんどんテクニカル志向、スポーティな方向にいきました。若いときは“速いとすごい”みたいなのがあるじゃないですか。もっと速い人、もっとうまい人は誰だろうって探してメタルにいって、その先に行くと、今後はSMAPのバックミュージシャンがすごいとか知って。中学のときに、じつはポップスこそすごいんだみたいなところまで行きました」
――そのテクニック寄りの考えも変化していくんですよね。
 「はい。スポーティな方向にガーッと行ってしまって、指とかは結構動くようになったんですけど、でも音楽として感動する感じが少なくなってきていて、ちょっと冷めてしまって。で、高校に入学してフォークソング同好会に入って、そのときに出会ったやつらとバンド組んで文化祭に出ようって話になったんですけど、そこでベース弾いてたやつがレディオヘッドとかレッド・ホット・チリ・ペッパーズとか、オルタナっぽいのを聴いていたんですよ。“こういうのがやりたいんだよね”って教えてもらったときに、初めて音楽に衝撃を受けました」
――それまで演奏したりしていたハードロックとは違う面白さがあった?
 「上手さや音楽的レベルの高さ以外のすごさを知りました。ピロピロやってるのから、バークリー出身で複雑なコードを知ってて、しかもうまいみたいなのは中学のときに追っていったんですけど、そういうのも面白くないなって思っていて、そこでニルヴァーナとか全然違う視点の音楽を食らって。ロック・バンドはかっこいいのかもしれないと思って、ひとつのレール上でレベルを高めていくということから降りて、自由な視点で音楽をやっていいんだなと気づかされました」
――とはいえ、競技のように技術を高めた結果がいまやっている音楽に繋がっているという部分もありますよね。
 「そうですね。当時は何も考えてなかったですけど。うまい=すごい、みたいな(笑)。指が動くから、昔やっといてよかったなというのはあります。うまかったはうまかったので、もてはやされたりもしていて、このままいったら音楽でなんとかなるでしょっていうのはどこかにあったのかもしれないですね」
――オルタナに目覚めたあとはどうなっていくのでしょうか。
 「結構重要なのがミクスチャーに出会ったことですね。当時すごい流行っていて。KOЯNとかリンプ・ビズキットとかレイジ(・アゲインスト・ザ・マシーン)とか、あのへんに直撃して。僕もバスケのシャツを着て、ギターをめっちゃ低い位置にして7弦ギターを弾いたりしてました。ああいう音楽って基本、メロディがなくてラップだったので、楽器隊が全員面白いことをやるというか、ひとつひとつのフレーズが絡み合ってアンサンブルになって、ラップはアジテーションみたいな感じじゃないですか。その構造を学んで、これは全部の楽器が目立つし、バンドとして面白いなと思ったんです。それがハイスイノナサの構造の基礎になっているんじゃないかなと思ってます。高校はそういうコピーをやったりしてました」
――オリジナル曲を作ったりは?
 「遊びで少しくらいです。ラジカセでピンポン録音みたいなことをやったくらいで、バンドとしてはコピーでした。そのあと音楽の専門学校に行って、新聞奨学生になったんですよ。兄と姉がふたりとも専門学校で新聞奨学生というルートだったので、自分もいったろうと。で、国会議事堂前にある寮に住むんですよ」
――へー!
 「その寮から新聞配達をしながら学校に通うという。それを2年やるんですけど、学校のほうは1年で辞めちゃうんです。そのくらいから外のライヴハウスに出るようになってオリジナルをやり始めたんですけど、新聞配って学校行ってバンドをやっていると、マジで寝れないってことになるんですね(笑)。どれかを辞めないといけないなと思って、学校を辞めました。子供だったから学校の大切さをわかっていなかった。こっちのやる気次第で学び取れることはあったと思うんですけど、1年間通ってみて、意味ないなと思っちゃったんですよね。それでバンドと新聞配達の生活になって」
――学校に行かないのに新聞奨学生という。
 「ですよね(笑)。国会議事堂前って人が誰も住んでないんですよ。配達してる時間って朝早いから、人っ子一人いない。建物だけ全部やたらとでかいところをカブで移動しているときに、ハイスイノナサの世界観が生まれたんだと思います(笑)」
――ああ!納得です。音楽的にもヴィジュアルイメージ的にもまさにそうですね。PVなんか特に。
 「ネタっぽいけど本当にそうで。自分の内側に入る時間が増えるし、風景も無機質で、ずっと同じ毎日みたいな。専門に入った頃はミクスチャーだけじゃなくて色んな音楽を聴いていて。それこそスティーヴ・ライヒみたいな現代音楽とか、エレクトロニカだったりとかも好きになりました。そういう音楽と国会議事堂前での暮らしが結びついて、ハイスイノナサの基礎ができていきました」
――ミクスチャーの構造と現代音楽の反復をバンドに適用してみようと考えたのでしょうか。
 「いや、発見したというよりも自然とそうなっていった感じです。ハイスイノナサの前進のバンドは昔から付き合いのあるやつとやっていたんですよ。それは男ヴォーカルで、ミクスチャーの名残でラウドな部分が残っていたんですけど、そいつがどうしようもないやつで、スロットばっかりやってるから変えなきゃということになって(笑)。代わりになる男ヴォーカルを探したんですけど、全然いなくて。もう男にこだわらないで入れようということになり、当時、カラオケ屋でバイトしてたんですけど、一緒のバイトだった子とカラオケしたときにうまいなと思って、そいつを誘ってみました。それがハイスイノナサのヴォーカル(鎌野 愛 / 2016年2月脱退)です。女ヴォーカルになったからラウドな部分が消えて、それに合わせる形でポストロックっぽいサウンドが浮上してきて、それまでの要素と合致していった感じです」
――そこでほぼ原形ができた?
 「そうですね。最初は形にならず迷走したんですけど、だんだんとまとまってきたくらいからライヴハウスにも人が来たり、業界関係者の人が話しに来たりし始めて、この感じでいけるかなと。23〜4の頃だったと思います」
――お兄さんの照井淳政さんとはもう一緒にやっていたのでしょうか。
 「そうですね。兄とはいつか一緒にやるだろうなとは思っていて、ハイスイノナサの前進バンドが始まるタイミングで、やろうかと。兄は職人肌だったのでいろんなバンドに呼ばれてはサポートするみたいな感じでした」
――その後、バンドの方向性が固まっていくなかで残響レコードと出会うわけですね。
 「25歳のころに出会って、残響に拾ってもらって、CDを出すことになりました」
――そしてハイスイノナサを続けてきて、いまに至ると。当時はリスナーとしてどんなものを聴かれていたのでしょう。
 「専門学校以降ですよね。現代音楽は結構聴きました。ヤニス・クセナキスとかも聴いて。コンセプトで聴かせるみたいなのも好きなんです。池田亮司さんとかラスター・ノートンもかなりハマりました。ミニマルの極みみたいな」
――がっつりサインウェーヴを聴いて。
 「はい。ただ、これ以上どうこうできないなっていうところまで行っちゃってた感じがしたんです。リスナーとして聴くぶんにはかっこいいなと思ったんですけど、あとは音響とか場所を作るとかそういうことだろうという感じがして。自分が介入していけることではないと思いました。あとはレディオヘッドの流れでインディ・ロックみたいなのはずっと聴いてました。日本のライヴハウスシーンも好きで、nhhmbaseとかマヒルノは超好きでしたね。どれが特別って感じではないんですけど、でもエレクトロニカのテレフォン・テル・アヴィヴは衝撃を受けました」
 「そうです。かなり影響を受けました。建築とか現代アートが好きになってきて、音楽と同等くらいいろんな刺激を受けたんですよね。テレフォン・テル・アヴィヴはホームページが超かっこよかったんですよ。インターネットの新しい感じと、ヴィジュアルのかっこよさと、ホームページ上で流れる音が合わさって、すごい衝撃を受けて。自分がやりたいのは純粋に音楽っていうよりも何かを組み合わせてやりたいのかなって思い始めたんです。ヴィジュアルアートっぽいものが好きなんだと気づきました。だからハイスイはPVも頑張って作るという」
――少し納得しました。sora tob sakanaはポストロックと形容されますけど、ちょっと違うアプローチなんじゃないのかなと思っていて。
 「そうなんですよ。本当にポストロックが好きですっていう人ほどは好きではなくて。ジム・オルークとかガスター(・デル・ソル)とかひと通り聴いてますけど、特別どっぷりというわけでもなく。マイス・パレードには影響も受けてますけど。toeも初めて聴いたときはこういうやりかたがあるんだって思いましたし。sora tob sakanaのお客さんで結構濃いポストロック話をしてくるかたもいらっしゃるんですけど、そんなに詳しいわけではないから申し訳ないなというのがありつつ(笑)。テレフォン・テル・アヴィヴはシンプルな音楽だけど、ムードを作るのがめちゃくめちゃうまくて。僕は音楽の中で“何をやっているか”を大事にしていたタイプなんですけど、結局、自分や人が聴いたときに何を思うのか、音楽ってそのデザインだろうっていう考えがテレフォン・テル・アヴィヴでハッキリと固まりました。だからsakanaの曲を作るにしても、どういう情景が浮かぶのかがゴールであって、そのためになにを積み重ねていくのかという考えかたでやっています」
自分のバンドだったらNGが出ることも、女の子が間に入ることでアリになる
――ようやくアイドルの話になっていきますが、当時PIECEが所属していた事務所に残響ファンだったスタッフがいたんですよね。
 「そうなんです。Zi:zooっていう事務所なんですけど、残響全体のファン、というかむしろ河野(章宏 / 残響レコード代表)さんのファンみたいなかたがいて(笑)。その人が、残響の人にアイドルの曲を書いてもらったら面白いんじゃないかっていうアイディアを温めていたらしいんです。だけど頼むツテがなかったみたいで。当時、僕は渋谷のO-nestで働いていたんですけど、そのときにハイスイノナサはカチッとしているから、もうちょっと違う歌モノもやってみたいという話をまわりにしていたんですよ。O系列って繋がりが強いので、その話はスタッフみんなが知っていて。で、Zi:zoo関係のユニットがcrestかなんかを使っていたときに、箱のスタッフに“作家の人いないですかね”みたいなことを言っていたらしくて、僕と繋げてくれたんです」
――それ以前にアイドル文化に触れたりはしていたのでしょうか。それこそO-nestでアイドルイベントが増える直前くらいですよね。
 「ひめキュンフルーツ缶の名前をよく聞くようになったな、くらいの時期でしたね。虚弱。って友達のバンドの企画でBiSが出ていて、それで見たことはありました。お客さんのノリも楽しそうだし、曲もよくて熱量があるし、いまのアイドルはこういう人たちがいるんだってかなり肯定的に見ていました。それがあったうえでPIECEの話が来たので、さほど抵抗はなかったです。歌詞と曲でトータルな世界観を作ることに自信があったんですけど、ハイスイだと固定された世界観があるので、それをヘンに変えることもできないしというところで。やってみたい音楽っていうのはいっぱいあったんですよ」
――ハイスイノナサは歌も楽器のひとつというアプローチですもんね。
 「そうですね。生存戦略的にそうなったんです。そうしたらいちばんよく聴こえたというだけの話で。最初から歌を歌としてみなさないようにしようってコンセプトではなくて、ヴォーカルがどう歌ったら音楽がよくなるかを考えたときに、楽器っぽくしたほうがいいねということでああなってたんですけど、自分はそういうのが大好きだということでもなかったんです。もっと歌を前に出したのもやりたいし、という」
――そういうわけで、いざPIECEの曲を作ってみたと。「銀河鉄道」を聴く限り、全然普通の歌モノではない気がします(笑)。
 「あはは。〈銀河鉄道〉はPIECEに書いた最後の曲なんですよ。ほかは普通の歌モノなのかと言われたらわからないですけど、〈銀河鉄道〉ほど無茶苦茶ではないです。〈Toy parabox〉とか〈星の足跡〉のほうが書いたのは早くて、そっちは“こういうのをください”というのに応えたつもりだったんです。やっぱり残響ファンの人が頼んでくるくらいだから、普通にやってくれっていうことではなかったと思いますけど、ロックっぽいキメもありながらアイドルっぽさも残してくださいっていう感じでした。〈Toy parabox〉は自分のなかではいい落としどころかなと思ってやっていました。〈星の足跡〉を書いたあとくらいでPIECEの解散が決まって、最後にミニ・アルバムを1枚出しますと。だから照井さんの好きなように1曲作ってくださいと言われて書いたのが〈銀河鉄道〉だったんです」
――それがノリかたもわからないような複雑な曲で。めちゃくちゃかっこいいんですけどね。
 「現場で聴いたお客さんも呆然としてましたね。自分のなかではこのくらいのビート感で、別に変拍子でもないから全然盛り上がれるでしょと思っていたんです。でもその感覚がズレていたみたいで、お客さんは棒立ちで。本人たちはアイドルらしく盛り上げるために工夫して、キンブレを使ったダンスをしていて、すげえ頑張ってくれてるなって(笑)」
――やりたかったことができたという達成感はありましたか?
 「〈銀河鉄道〉は自分のなかでもよくできたなって思いました。いま聴くとこれは乗りづらいだろうっていうのはもちろんあるんですけど(笑)。音も悪いですし。ただ、ポップス的世界観の歌詞と親しみやすいコード進行の曲でも結構書けそうだなというのはありました」
――解散が決定したときはいかがでしたか。やってみたい音楽をできる場でもあったわけじゃないですか。
 「やっぱり悲しかったですね。曲作りうんぬんというより、情もありましたし。レコーディングのディレクションもやっていたし、予算がないなかで小さいスタジオで短い時間で録って、苦楽を共にした仲間なので。すごくいい人たちでしたしね。ただ、Zi:zooのかたに“PIECEは終わりになってしまうけど、また新たにやると思う”とは言われていたんです。合うのがあったら連絡しますと。話半分かなと思っていたんですけど、本当に連絡が来て、それがsora tob sakanaでした」
――sora tob sakanaが立ち上がってある程度経過してから、照井さんが全面的に関わることになったんですよね。
 「結成から半年くらい経ってからですね。ユニットの最初のイメージは、低年齢で、妹感のあるユニットという感じでした。オリジナルの1曲目は別の作家のかたが作っていて(※1)グループのカラーもなんとなく固まっていたんですよ。お客さんもある程度いて、そのなかに入っていったので辛かったです(笑)。それさえなければという」
※1 「DASH!!!!」、作詞作曲のクレジットはTakashi
――ゼロの状態からだったらもっとやりやすかった。
 「いま思えば、それですごい悩んだからこそ成長できたとは思います。自分のやりたい放題になり過ぎずにできたわけですし。でも、事務所のほうからはヘンなことをやってくれって言われるんですけど、お客さんはすでに当時の元気いっぱいな感じが好きになっていたんですよ。その板挟み状態というか」
――最初はソフトランディングする感じで、板挟みの間で両者がクロスするポイントを探っていった感じですか?
 「最初に書いた〈クラウチングスタート〉はそのつもりでしたね。しかもメンバーがひとり卒業するっていう、いきなりヘヴィなタイミングにぶつかったので、卒業ソングっぽい雰囲気も出したつもりです」
――初期はCDを出さずにSoundCloudにアップしていったじゃないですか。だんだん尖った曲が増えて、カラーがはっきりとしていきましたよね。
 「1stワンマン(※2)開催まで、月に1曲ずつ公開しますっていうのをやっていって。そこまではめちゃめちゃ現場を意識してました。だけど自分のカラーも出さないといけない。マクロな視点で見たときに面白いアイドルにしなきゃいけないんだけど、いま現場に通い続けている人にそっぽを向かれたくない。その狭間でやっていた感じです」
※2 2015年7月20日に新宿MARZにて開催された〈sora tob sakana 結成1周年記念ワンマンライブ 〜月面の水平線〜
――PIECEとは関わりかたが違いますね。
 「全然違いましたね。低年齢のアイドルをやってくれと言われたときに、行ける道はなにがあるんだろうって考えて。事務所側からはポストロックをやってくれって言われたんですけど、僕はエレクトロニカだろうと思ったんですよね。ポストロックってストイックな音楽じゃないですか。それだと厳しそうで、エレクトロニカだったら子供の純粋性とか聖性みたいなものを出せるし、それをポップスとして内向きにならずに出せたら、自分の得意なことをやりながら13歳の少女たちのよさを出せるのかなと思って」
――あまり難しくなりすぎずに。
 「難しいことをやりたいというのはないですね。長期的に見て売れるプランを考えたというか。難しいことをボンとやれば短期的に話題になるし食いつかれるとは思うんですよ。でも、それだと結局アンダーグラウンドの範疇に終わる気がして。どうやったらポップスのフィールドで広く支持される器を持てるのか、それプラス、自分の得意なことをやりながら……って考えたときに、sakanaはノスタルジーをキーワードにしてるんですけど、それが尖った音楽性に対して中和剤になってくれるというか。誰でも入れる世界観をキープしながら、音楽の枝葉の部分は刺激的なことをやれるのがいちばんいいかなと」
――広く支持されたいというのは大きい?
「やっぱり貴重な青春時代を預かるわけだから、売らなきゃっていう気持ちがありました」
――たしかに中学生だったら好きに遊びたいですよね。
 「ですよね(笑)。それを犠牲にしてリハなりライヴなりしているわけで。最初は本人たちもそこまでの覚悟があったわけではないかもしれないですけど、現実はそうなってきているので。摂生したり。だから綺麗なこと言うと、ちゃんと売ってあげたい。自分的にも、ハイスイはセールスとか全然気にしてないバンドだけど、sakanaはちゃんと売れるものを作りたいという気持ちはありました。自分が音楽業界とか世界に対して不満に思っていることをちゃんと言いたいんだったら、実際に数字を動かせる力を持たないといけないというか」
――そういうときにアイドルの枠組みはいいですよね。自分のバンドだったらヘンにセルアウト気味になってしまったりするところを、アイドルが歌うことでうまく届けることができる気がします。上を目指すということに余計な意味もつきにくいし。
 「聴く側も肩肘張らないんですよね。自分のバンドだったらそれはないでしょってNGが出ることも、女の子が間に入ることで逆にアリになることが多い」
ポイントで得意な超剛速球を投げられるように
――最初のシングル(「夜空を全部」)を出したあとの反応はいかがでしたか。
 「よかったと思います。僕のなかではアイドルファンの反応は薄く、ロックファンの反応があるんじゃないかなと思ったんですけど、そうでもなかったです。アイドルファンには好意的に受け取ってもらえました。ロックファンには思ったより届かなかったということですけど。でも、タワレコの新宿店さんがすごいプッシュしてくれたりして。ハイスイノナサでもこんなにプッシュされたことねえよっていうくらい(笑)。作品には自信があったのでよかったです」
――続く2ndシングル「魔法の言葉」に収録された「広告の街」は驚きました。ラジオでかけたら心配されるくらい隙間が多くて(笑)。歌詞的にもいままでと違うし、自然と作ったらこうなりましたという曲ではないと思うのですが、どんな狙いがあったのでしょうか。
 「〈広告の街〉の前までの曲は、自分なりに彼女たちが歌う必然性を考えたつもりだったんですよ。いろんなテーマを書きたいなというのがありながらも、13歳とか14歳の彼女たちが歌ってよくなるもの。それが伝わっているかは別として、そういうふうに作っていました。〈広告の街〉は、1stシングルも出したあとだし、1曲目(〈魔法の言葉〉)と2曲目(〈新しい朝〉)があったので、sora tob sakanaの世界観はすでにできているから、音楽的に尖ったことをやってほしいというのは事務所から言われていて。自分的にも表題曲でちゃんと世界観を示しているから、カップリングだったら耳を引くようなぶっとんだことをやってもいいかなと思っていて。だからこれは本人たちじゃなくても違和感なく歌える曲になっているとは思います」
――狙って作った。
 「意図的ですね。内容的にはハイスイノナサみたいな感じなので、作るのはあまり苦労してないです。自分のカラーをポップスに落とし込むほうが大変なので〈広告の街〉みたいな曲のほうが楽です」
――みなさんで生演奏している動画も最高ですよね。
 「ありがとうございます。本人不在の動画(笑)」
――「魔法の言葉」は軽やかなメロディの曲で、音をカットアップしていくアレンジも耳に残ります。
 「これはsakanaへの4曲目として書いたんですけど、それまで〈夜空を全部〉とか〈Moon Swimming Weekender〉とか結構激しい曲が続いていたんです。耳にガーッとくる曲が続いたので、ちょっと可愛いアイドルっぽいものに挑戦したいなと思って。ただ、可愛いだけだと自分がやる意味がないので、耳を引くためにカットアップの手法を取り入れたという感じです」
――この頃にはお客さんの気持ちも把握していた?
 「どうでしょう。いまでもそこは掴めてないのかもしれないです。それまではライヴハウスで一体感を持たせるみたいなのをまったく考えてなかったんですよ。むしろ逆。そういうのを常に疑ってきた側で。フェスの一体感のうさんくささとかを感じていたし、自分がライヴハウスでやろうとしていたのは音を聴いて独りになって、その上で他人との関係を考えてほしいということだったんです。そういう気持ちは根底に残っているんですけど、sakanaでそれをやるとライヴが寂しくなる。アイドルのライヴって、日常のストレスを発散したり、安らいで帰るみたいなところがあると思うんですよ。もちろん人それぞれだと思うんですけど。そこに自分の意固地な部分を持ち込みすぎると不協和音になるから、自分の核を持ちながら、アイドルのファンに受け入れてもらうためのワードがノスタルジーなのかなっていまは思っています。両方の側面から包んでくるワードというか。そこが接着剤みたいな感じです」
――サウンドとか構造のグループというイメージが強いですが、聴き込んでいくと歌詞がかなり重要なんだなと思います。
 「そうですそうです。自分ではエンタメの王道をやっていると思っているんですよ。青春とか少女たちの真っすぐな気持ちというか、ど真ん中なつもりでやってます。ただ、単純なド真ん中だと大きな事務所さんには勝てないから、サウンドでちょっと耳を引いて、というところですね」
――というところでまた音の話をしてしまいますが(笑)、sora tob sakanaはドラムを生でちゃんと録ってるのがいいですよね。アイドル・ソングの多くは打ち込みじゃないですか。録るのも面倒ですし。
 「そこはひとつの壁ですよね。予算が決まっているなか、ドラムを生で録るかどうかでかかるお金が大きく変わってくる。でも、こういう音楽をやっているのに全部打ち込みというのは、うーんってなるじゃないですか。そこはちゃんとしたかった。ただ、アルバム『sora tob sakana』のレコーディングに関しては色々思うことはあります。自分のスケジューリングがダメで。歌録りでどのくらいの時間が必要かというのを読み誤った。WWWでの2ndワンマン(※3)の日に手売りするのが決まっていたので、ここまででミックス完了というのがあって。そこに向かってやっていこうと思っていたんですけど、どんどん後ろにずれ込んでいって。まぁ、これは言い訳です(笑)」
※2016年7月23日に渋谷WWWで開催された〈sora tob sakana 2nd ワンマンライブ 境界線上のサカナ〉
――歌録りは大変ですよね。本人たちが事前にどこまで仕上げてこられるかによるし、なんだかんだ言って子供ですし。
 「1日ロックアウトでスタジオを押さえれば3曲はいけるかなと思ったんですけど、無理でしたね。2曲が限界。こっちも限界でした(笑)。4人がわちゃわちゃし始めるし、テンションのアップダウンも激しい。落ち込んだら励まさないといけないし、テンションが上がり過ぎてたら鎮まらせないといけない。自分たちも冷静にディレクションできてる気がしないから、今日は2曲で終わろう、というかこれから1日2曲にしようと(笑)。そうしたらスケジュールを組み直すことになって」
――そしてずれ込んでいった(笑)。アルバムの曲はどういうふうに準備していったのでしょうか。たとえば、シングルでやっていない傾向の曲をやろうとか。
 「自分が好き勝手にやると重い曲が増えるんですよね。メッセージがあって音数も多くて展開モリモリでドラマティック、みたいな。それまで出した〈夜空を全部〉〈クラウチングスタート〉〈魔法の言葉〉、あと〈広告の街〉とかが濃い曲だったので、さらっと聴ける、歌詞の内容もどうでもいいというか、普通っぽい曲を書くっていうのをやりたかったんです。全体としては何度も聴きやすいようにしたいなと。特にアルバム後半はさらっとしていると思います」
――やっぱりシングルは力んでいたところがある。
 「そうですね。力まないと引っ掛からないだろうなというのもありますし。ちょっとやりすぎなくらいやったところはあります。でもそれをライヴで毎回聴くのはしんどいだろうなというのもあって」
――毎回感動的なアンセムがかかるみたいな。
 「そうなんですよ。ワーッとわちゃわちゃしてスッキリ、みたいな娯楽性が高いグループではないので。それが売りではあるとは思うんですけど、重い曲ばっかりっていうのも息苦しいからバランス取りたいじゃないですか」
――「帰り道のワンダー」とかいいですよね。それこそジム・オルークのアメリカーナな感じもあったりして。
 「ありがとうございます。トクマルシューゴさんを意識したところがあります」
――ああ、サーカスっぽいところが。
 「おもちゃ箱みたいな。野望としてはこの曲で本人たちに簡単な楽器をやってもらうというのがあります。〈ケサランパサラン〉とか〈Summer Plan〉も軽い気持ちで作りました。〈Summer Plan〉をすごい好きだって言ってくれる人もいるんですけど、自分としては不思議な気持ちです。もちろん悪いと思って作ってるわけではないんですけど」
――アルバムのバランスを考えて、抜きにいった曲でもあるわけですもんね。「おやすみ」は少しグリッチな音を使っていて。
 「薄ーいテレフォン・テル・アヴィヴ感を(笑)」
――アクセントとして入れてるのがいいな思いました。アルバムが作品としてとてもよかったので、照井さん的にも相当いいものができたという自負があるんじゃないかと思っていたのですが……。
 「僕も作り始める前はそう思っていたんですよ。それがですね、作り終わってみたらサウンドプロダクションに心残りがあって」
――さっき言っていたスケジューリングの問題もあり。
 「はい。もちろんいいところもあるんですけど、未熟なところがガッツリ出てしまいました。よく言えば次に課題ができたので、そこを改善すればもっといいものができるという気持ちがあります」
――今回は発売日が決まっていたというのもあるんですけど、作家仕事ってそうじゃないですか。そのスピード感はこれからも必要になってくるもので。
 「そのへんがまだまだ甘いんですよね。作家仕事に関しては素人なので、勉強という側面もあります。だから今回のことは深く胸に刻みつつ、そういうのもちゃんとできる大人になりたいです」
――照井さんはこれから仕事が増えると思うんですよ。
 「エグい納期のやつとか来ますよね。自分でも劇伴などもやってみたいと思っているし、なんだったらsakanaでアニメの曲とかどうですかという(笑)」
――AメロBメロで細かく色々なことをやって、サビで大きなメロディが展開するのが照井さんの特徴のひとつですよね。それがすごいアニソンに合うんじゃないかなと。
 「そのへんは自分のやってきたバンドマナーが出ちゃってるんだと思います。Aメロとかで音楽的に面白いことやっちゃう。1番と2番のAメロを絶対に変えるとか。そういうことをやりつつもサビはちゃんと押さえたい。で、エモーショナルなメロが好きなので、サビはそうなりがちなんですよね。特にsakanaはそのパターンばっかりだったから、アルバムは違うことをやろうと思って」
――その特徴はPIECEから一貫しているなと思います。
 「〈銀河鉄道〉のモチーフは〈夜空を全部〉に繋がってますよね。〈星の足跡〉は〈クラウチングスタート〉だし。PIECEのとき一生懸命書いた曲があんまり使われずに終わってしまったのもあって、このテイストはもっと聴かれて欲しいっていうのがあったのかもしれないです」
――sora tob sakanaのSoundCloudで聴けますが、新曲「タイムマシンにさよなら」がまた攻めた曲で。
 「EDMがうらやましいなと思って。要はStereo Tokyoがすごくいいなと思っているんですよ。アイドルとクラブの役割ってかなり合致する部分があって、相性がいいなと思っていて。すげえ盛り上がるじゃないですか。でも自分はEDMをやっちゃいけない人種なんですよ」
――だからジューク / フットワークにいった(笑)。
 「盛り上げる機能の強い曲を自分なりに作るならジュークだろうと。あと、フューチャーベースのキラキラした感じがアイドルに合うなと」
――バンドの話を散々してきましたけど、次の展開としてこういうアプローチだったのが意外でした。
 「飽きさせたくないという気持ちがすごくあるのと、自分が幅広い曲を書けるようになりたいという訓練的なところもあって。〈夏の扉〉とか〈広告の街〉みたいなsakanaの代表的な曲みたいなのは書こうと思えば結構書けるんですよ。それを喜んでくれる人もいると思うんですけど、すぐに手詰まりが来ると思う。もっと長い視点で考えるために、もっといろんなタイプの曲を書けるようにしておいて、ポイントで得意な超剛速球を投げられるようにしておきたいんです」
――それであんな変わった曲が生まれた(笑)。
 「ガチャガチャしちゃいました(笑)。ジュークってヘンですよね。ずっとシンコペーションしていて。広い会場で聴いて一発で踊れる曲を書いたつもりなんですけど、いままでの曲よりむしろ難しいみたいな(笑)。そのへんのセンスがないんですよね……。曲は悪いとは思っていないんですけど、狙った機能としては、失敗」
――失敗って言わないでくださいよ!
 「もう啓蒙するしかないですね。サクラで踊れるやつを投入したりして」
――極端ですけど、それもありかなと思います。冗談抜きでStereo Tokyo経由でEDMを知った人もいると思うんですよ。
 「乗りかたのマナーを提示するのって大事ですよね。とりあえずメンバーにフットワークをしてもらおうかなと。動画でアップして。足をバタバタさせて終わるだけな気もしますけど(笑)」
――その新しい方向を見据えてる感じもいいなと思います。
 「盛り上がってほしいという気持ちと、安易な、そのときだけ楽しくてあとに残るものがないのが嫌だなという自分の気持ちの落としどころを新しい領域で見つけたいなというのがいまの気持ちです。sakanaが目指すべきところってお金がどうしてもかかるんですよ。PVは全編アニメでやりたいとか当初からあって。そこに辿り着くまでの道筋を見つけて、ライヴの演出とかジャケットとか衣装とか創作物を理想に近づけられるようにしていかないと。まだ伝わりきっていない部分があって、そういうところまで伝われば、一般の人に対するエンタテインメントとしてもいけるんじゃないかなと思ってはいます」
――逆にこのタイミングでサイン波とノイズだけの曲とかもありな気もします。
 「そうなんですよね。折を見てやれるような気もします。次にシングルを出せたら、3曲目とかに入れたり。ある種のあざとさというか、話題になるでしょ的なこともやっていいかなと思ってます」
※ 掲載情報に間違い、不足がございますか?
└ 間違い、不足等がございましたら、こちらからお知らせください。
※ 当サイトに掲載している記事や情報はご提供可能です。
└ ニュースやレビュー等の記事、あるいはCD・DVD等のカタログ情報、いずれもご提供可能です。
   詳しくはこちらをご覧ください。
[インタビュー] 便利で何でも手に入る時代だからこそ必要なこと――須永辰緒が導くジャズ最前線[インタビュー] ふっと飛び込んでくるワンフレーズ “現場の音楽”HIT『Be!!』
[インタビュー] 深くて豊かな音楽を目指した“名盤” 石橋 凌『may Burn!』[インタビュー] 私は変わり続ける。それは“出会い”を意味しているから――コリーヌ・ベイリー・レイ
[インタビュー] 美しさと暴力性、Ramzaの“手”に触れる『pessim』[インタビュー] 自分の存在を“やり続けること”で知らせる――ISSUGI×MASS-HOLE
[インタビュー] 今のラフィンノーズは超おもしろい――“50代のラフィンロール”を体現した新作『50’s ROLL』[インタビュー] ヒップホップとしてかっこよくいられたら――C.O.S.A.『Girl Queen』
[インタビュー] 自分の中にある伝統と革新―― 島 裕介が新世代ミュージシャンを率いて『Silent Jazz Case 3』を発表[インタビュー] たまには母ちゃんにみたらし団子を買ってかったりしぃや!――SHINGO★西成が3年をかけて辿り着いた『ここから・・・いまから』
[インタビュー] “大人ってカッコいい”と思えるような歌 ISEKI×中田裕二『AOR FLAVA』[インタビュー] 研ぎ澄まされた4人のアンサンブル――ライヴ・ベスト・アルバム『echoes』をリリースしたbohemianvoodoo
※ 弊社サイトでは、CD、DVD、楽曲ダウンロード、グッズの販売は行っておりません。
JASRAC許諾番号:9009376005Y31015