「ぽんぽんって肩叩いて、“それでいいんだよ”って言ってもらったような感じがあった 」――原田郁子&ウィスット・ポンニミット インタビュー

2013/12/12掲載
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 クラムボン原田郁子とタイの人気漫画家“タムくん”こと、ウィスット・ポンニミットによるコラボレーション・アルバム『Baan(バーン)』が届けられた。バンコクにあるタムくんの自宅で録音された今作は、タイ語で“家”を意味するタイトルが指し示すように、聴き手の心をほっと和ませてくれるような温かな雰囲気が作品全編を覆っている。ピアノ、ギター、ドラムからなるサウンドは極めてシンプル。母親がありあわせの食材でさっと作ってくれた料理がことのほか旨かったり、そんな感じにも似た、ほどよく“適当”で素朴な味わいに満ちあふれた、この楽曲たちは一体どうやって生まれたのだろう? 二人に話を訊いた。
――そもそも、おふたりはどういうかたちで出会ったんですか。
タム 「共演したのはどうぶつ王国が最初です(※2010年11月、那須どうぶつ王国で行なわれたイベント〈SPECTACLE IN THE FARM 2010〉)」
原田 「その前に、私がタムくんのライヴを観にいったときに、共通の知り合いに紹介してもらって、たぶんそのときが初対面。どうぶつ王国のライヴは、オーガナイザーの人が、二人でやってみませんか?ってブッキングしてくれたの」
――そのときはどれぐらい親しかったんですか。
原田 「どれぐらいだったんだろう。仲良し度を星5つで換算すると……1ぐらい(笑)?」
タム 「そうかも(笑)」
原田 「うん、でも誰かと一緒に何かをつくるのって、仲良しだから、ってわけじゃないね。といって仲悪いわけではなくて。それは私にとってクラムボンのメンバーも同じ。“友達”っていうことを求めてなくて、もっと別の、信頼があって。けど普段どっかに一緒に行ったりこまめに連絡とりあったりはしない。タムくんのこともほとんど知らなかったけど、“あ、面白そう”って思った」
タム 「それで一緒にやってみたら、なんか合うなって思った」
(c) wisut ponnimit
――1年後にタムくんが東京でやった展覧会のライヴで再び共演するわけですが、原田さんと一緒にやろうと思った理由は?
タム 「1回目にやったときがすごく良かったのと、あと、バンドでやるよりも、ふたりでやったほうが楽だと思って。有名人だから呼んだのもある(笑)」
原田 「(笑)」
――そのほうが人が来るんじゃないかって(笑)。大事ですよ。
原田 「ちょーシンプル(笑)!」
タム 「来てくれてラッキーだった。一緒に曲も作ったし」
――今回のアルバムにも入ってる「ゆれないこころ」ですよね。曲はどうやって作ったんですか。
原田 「そのライヴの前の日にリハーサルしてて、終わってふたりでお蕎麦屋さんに行ったんだよね。日本は大きな地震があって、バンコクはバンコクで大洪水があって、そういう時期だったんだけど、“最近どう?曲作ってる?”って聞かれたから、“なんか全然言葉が出てこないんだよ”みたいなことをたぶん言った気がする。そうしたら、“つくってみる?”って言って、手書きで“ゆれないこころ”って書いてるノートをみせてくれた」
タム 「地震の後、何かの雑誌でメッセージを書いてくださいって言われて書いた言葉だったんだけど、タイ人だから難しい言葉がわからないし、すごい短い言葉で書いてた」
原田 「うん、あの時、“ゆれないこころ”っていう言い方をする人はいなかったし、嬉しかった。自分が思ってたことと一緒だったから。ブログに書いた文章があったんだけど、まず自分の内側を静かにするっていう。そういうことを、タムくんはとても短い言葉で言ってると思った」
――そうやって食事をしながら曲作りの話をしたわけですね。
タム 「でも、なかなか蕎麦がこなくて、会話が止まっちゃった(笑)」
原田 「(笑)」
タム 「じゃあ、今やってみようかって。それで“ゆれないこころ”の歌詞を4行ぐらい書いて。ちょうどオレ、ギター持ってたし、お客さんもいなかったから、お店の人に“ギター弾いて歌ってもいいですか”って聞いて」
――お蕎麦屋さんで曲作り(笑)?
タム 「うん。この町の人は、みんな郁ちゃんのこと知ってるだろうから大丈夫だろうと思って」
原田 「知らないってー(笑)。お店の人に聞いたら、お客さんが来るまでだったらいいですよって言ってくれて。それで、ちょっと歌ってみたら、わ、このまま曲になりそうだねってなって、すぐスタジオに戻ったんだよね」
タム 「オレ、“えーっ!”って思ったよ。日本に着いたばっかで疲れてたし、雨降ってたし。でも、郁ちゃんがめっちゃ元気だったから。でも一緒に曲作ってる最中に“これだ”って思った。それで次の日のライヴでいきなりやってみようって」
原田 「今も、あの曲をやったときの感覚って覚えてるんだけど、歌い出した途端、ぴたっと時間がとまったみたいに静かになって、何かが響いてる感じがした。“ゆれないこころ”ってタムくんが言葉にして、絵にして、それを一緒に歌にして、空気に出してみたら、こんな風に、粒子になって伝わっていくんだって。歌ってやっぱり、すごいなって思った」
タム 「あのライヴは本当に良かった」
原田 「そういえばバンコクで〈ゆれないこころ〉を演奏したとき、タムくんのお姉さんに“涙が出た”って言われたよ」
タム 「オレのお姉さんが? マジで?」
原田 「知らなかったの?」
タム 「知らない。オレと一緒にいるときはお姉さん気取ってるから(笑)。“最近どう? ふーん”みたいな。すごいクールなの」
――それだけ伝わってくるものがあったんでしょうね。
原田 「すごい良かったって言ってくれた。その後、何度かライヴで〈ゆれないこころ〉を一緒にやる機会があって、やっぱりこの曲はちゃんと、世に出した方がいいって思ったんだよね。それが、このアルバムのそもそもの始まりなんだけど」
――バンコクでレコーディングしようと思ったのは?
原田 「最初はいろんな選択肢があったんだよ。タムくんも、ときどき日本に来てるから、そのタイミングにあわせて、日本で録るっていう話もあったし」
タム 「でもオレ、寒いのダメだから難しいと思った(笑)。あと日本にいると、あまり時間がないし、余裕もないし」
原田 「イベントとか展覧会とか、忙しいもんね」
タム 「そう。だいたいオレのギター超ヘタクソだから、ちゃんとした日本のスタジオとか入っても意味あるのかなと思ったの。だったらタイでのんびりしながら録音して、その空気を取るのはどう?って言って」
原田 「うん。それで、タムくんちでレコーディングすることになって。録音までの準備はエンジニアのzAkさんと相談しながらやって。基本的に、タムくんはアトリエでずっと絵を描いてるから、例えば1曲のドラム録りだけに2日かけるとか、そういうことはしない。こっちの部屋で、いつでもぱっと録れるようにセッティングしておいて、手があいたら、じゃ、やってみようかって」
――今回、タムくんが歌詞を書いてますよね。それは最初から決まってたんですか。
原田 「はじまりは、タムくんの言葉があったり、4コマ漫画があったり。でも歌にしていくのは二人で、ぜんぶいっぺんに、歌詞もメロディもアレンジも、出来ていく感じ」
タム 「漫画の気持ちがそこにあるから。音を付けるときに、イメージが付けやすいんだと思う。これは悲しい感じとか楽しい感じとか」
原田 「タムくんの絵には、一行すっと言葉が入っていたりするんだけど、最大限にシンプルだから、いろいろ言ってないけど、いろんな風に聴こえて、すでに歌みたい。それをもとに、“じゃあこんな感じかな?”って、返すっていう」
タム 「逆にオレはそれができないから。でも、郁ちゃんはできる。“もっと明るい感じ”って言ったら、そういうふうに直してくる。“えー!”って思った(笑)。そんな簡単?」
原田 「(笑)。それってたとえば、タム君が絵でパパッて描いた方が早いのと一緒だよ」
タム 「あー」
――今回のアルバムを聴いて、すごく懐かしい感じがしたんです。南国の鳥の鳴き声とかが入ってて確かにタイの雰囲気も感じるんだけど、異国情緒というよりも、聴いてるうちに子供の頃の記憶とかが蘇ってくる感じがして。一言でいえばホッとする感じっていうか。
原田 「うん。自分のこととして聴いてもらえたら、それが一番うれしい。タイトルの『Baan(バーン)』っていうのはタイ語で“家”っていう意味だけど、建物としての家だけじゃなくて、“それぞれの居る場所”みたいなことでもある」
タム 「『Baan』って、一言でいえば気持ちいい場所のこと。落ち着くところ」
原田 「あ、そういうことかもね」
タム 「落ち着ければなんでもいい。その気持ちを録ろうよって思ったんです。それで、聴く人が自分の家に居るみたいな感覚を感じてくれたら嬉しいなと思って。“この曲すげー”とかじゃなくて」
原田 「タムくんも私もそれぞれ日々、時間を割いたり、エネルギーを使ってる場所っていうのはそれぞれあって、でもなんかその間にある、(ジャケットのイラストを指して)このドアの中みたいな感じなんだよね。このドアはもしかしたら他の人のドアとも通じてるのかもしれないなって」
タム 「“オレたちの作った『Baan』に入ってください”じゃなくて、オレの家があって、郁ちゃんの家があって、聴いてくれる人の家があって、それぞれの家に居れば繋がるっていうか」
――まさにふたりの雰囲気や佇まいがそのまんま現れてるアルバムだなと思いました。
原田 「うん、うれしいです」
タム 「(原田に向かって)アルバムいいと思ってる?」
原田 「うん。すごくいい(笑)。自分すぎないとことか」
タム 「自分すぎない? なにそれ? 頑張らないってこと?」
原田 「そうだね……そういえばね。タイに行ったり、タムくんに会ったりしてるうちに、私だんだん食欲が湧いてきて、健康になってきた(笑)。地震のあと、しばらく食べれなくて痩せちゃってたんだけど、タムくんとウィーちゃん(タムの奥さん)と、みんなでごはん食べると美味しいからね、だんだん戻ってきて、“郁ちゃん元気そう、会うたんびに元気になるね”って言われたね。タイに行くと、よく食べれて、よく眠れた(笑)」
タム 「オレ、よく寝るね。8時間寝る。キミたち3時間くらいでしょ?」
原田 「作業に没頭してると、食べたり寝たり、忘れちゃう。そういう時は、無理してるとも思ってなくて、とことんやりたいんだけなんだよね。でもタムくんは、どんなに締め切りがあっても、お昼の12時と夜7時、だっけ? 必ず手をとめて、“ごはん行こー”って。家には、かわいい猫ちゃんたちがいるんだけど、アトリエでもレコーディングしてるリビングでも、行ったり来たりしてる。何も仕切られてないっていうか、分かれてない。そういう生活を、そのまんま音に出来たらなーって」
――生活とレコーディングが地繋ぎになってる環境。
原田 「うん。zAkさんもマネージャーの松見さんも、日本から行ったチームは、どんどん顔色も肌つやもよくなっていって(笑)。それはきっと、タムくんたちがずっとやってきたことの、ひとつのパワーだなって。“これでよくない?”っていう」
タム 「最近思ったのが、クルマって200kmとかで走れるじゃん。郁ちゃんとかzAkさんを見てるといつもMAXで走ってるなって思う。オレはいつも80kmぐらいで走ってる。で、ときどき200km出す。それでいいじゃん。そんなに急いでドコ行くの?って思う。それはオレの感覚。いろんなところに行けないけど、それでいいよ」
――タムくんと一緒に作業していろいろ気付かされることもありましたか。
原田 「うん。これまでね、“日常ってなかったかもー”っていうくらい音楽にのめりこんでやってきて、それが私にとっての日常だったんだよね。けど、3年くらい前にからだの調子をくずして、無理がきかなくなった。いろんなことの変わり目に、タムくんに出会って、一緒に音を出すようになって。なんか、ぽんぽんって肩叩いて、“それでいいんだよ”って言ってもらったような感じがあった。だから、“Baan”って、それぞれに帰るっていう感じもするね。安心する。それぞれのドアはもしかして続いてて、ありがとう、とか、またね、が、聴こえてくるような。そういう場所」
取材・文 / 望月 哲(2013年11月)
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