田中彩子  デビュー10周年を迎え「これまでの私のベスト」な選曲のリサイタルを開催

田中彩子   2024/07/25掲載
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 世界的に活躍するコロラトゥーラ・ソプラノの田中彩子。テレビ番組『情熱大陸』でもその活動が紹介されるなど、注目を集めている。2014年に日本でデビューして10年目となる今年は、これまで発表してきた4枚のアルバムから選ばれたベスト盤『ベスト・オブ・ハイコロラトゥーラ』をリリースし、日本国内をまわるリサイタル・ツアーも行なわれる。本誌でのインタビューに続いて、ここではおもにリサイタルについて伺った。
――この10年間は、田中さんにとって、どんな10年でしたか?
「私は18歳の時にウィーンに留学したのですが、当時はまだスマートフォンもなく、現地では日本語を見ることもほとんどありませんでした。その生活を経て、10年前にデビューするために日本に帰って来た時は、日本語を使える“知らない国”にやって来たという感じが強かったですね。ウィーンと日本を何回か往復しているうちに、次第に日本での知り合いも増え、日本の状況にも慣れ、なんとなくなじんできた10年だったと思います。リサイタルで日本各地に伺う機会も増えて、自分が育った土地以外の場所を知ることもできました。そういう意味では、逆に日本をより深く知る10年でもあり、私にとっても内容の濃い10年でしたね」
――その10年で、ご自分の中でなにか音楽的な変化はありましたか?
「この10年というのは、私にとっては次の時代を準備するための10年だったと思っています。というのは、声楽家はやはり自分の身体が楽器ですので、その成熟を待つ必要がありますが、自分なりにその成熟を少しずつ感じながら、次の時代への準備としてできることを積み重ねてきた時間だったなと、いま振り返って思いますね」
――声というのは本当に難しい“楽器”ですよね。
「声としては、これから開花するぜ、っていう時期になった感じですね(笑)。声だけでなく、精神面でも経験を積んだことで見えてくることがたくさんありますし、譜面を読み、歌詞を読み返すと、これはこういうことを言っていたのだとわかることも多く、表現力の深みが変わってきます。いろいろな経験を積んでわかってくる歌詞の意味もありますし、そういう理解力は深まったなと思います。歌は人生経験が如実に現れるものだと思います」
田中彩子
――今回リリースされたベスト盤は10年間に出された4枚のアルバムからのセレクトで、あらためて全部を聴いてみると、懐かしいなと思う作品もありました。録音が2023年の4枚目のアルバムに収録されているチック・コリアの名曲「ホワット・ゲーム・シャル・ウィ・プレイ・トゥデイ」などは、そもそも1972年発売のチックの『リターン・トゥ・フォーエヴァー』に収録されていて、じつは僕が中学生の頃にアルバムを買って聴き込んでいた曲なので、さらに懐かしい。
「そうなのですか」
――オールド・ジャズ・ファンにもアピールする曲ですよ、きっと。そして田中さんの声とチェロが共演する「ヴォカリーズ」なども収録されましたが、ソプラノの声とチェロの相性もとても良いなと思いました。リサイタル・ツアーでもチェロとのデュオが披露されるのですよね。
「チェロは人間の声に近い楽器とも言われていますし、ちょうどソプラノとバリトンの二重唱みたいな雰囲気で聴いていただくこともできますよね。ツアーでチェロとの共演は初めてです」
――リサイタル・ツアーで披露される予定の楽曲には、やはりウィーンにちなむ作品も多いですね。
「モーツァルト〈夜の女王のアリア〉やヨハン・シュトラウス2世〈春の声〉、シューベルト〈アヴェ・マリア〉など、ウィーンで生きた作曲家の作品があります」
――10周年記念のベスト・アルバムに収録されたモーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」やシューベルトの「アヴェ・マリア」など、意外と精神性の強い作品も訴えかけてきますね。
「それはやはり自分自身の経験と重なる部分が多いからかもしれません。ウィーン時代はとにかく貧しくて、生活も大変だったのですが、そんな時にウィーンの教会から声をかけていただいて、教会でのコンサートに呼んでいただくことも多かったのです。ウィーン市内の教会のほとんどで歌ったことがあるくらい助けていただいたので、そうした経験も選曲や演奏に反映されています」
――それは大変だけど、貴重な経験となりましたね。
「そうした宗教に関わる作品は私の核となる部分です。宗教曲はウィーンではたくさん演奏したのですが、日本ではあまり演奏する機会がなくて、残念です。大きな宗教曲のなかでも、1曲だけ、本当に静かに美しさをたたえた曲が出てきたりして、それを教会で歌う時に、その音楽のすばらしさを感じます」
田中彩子
――リサイタルは9月16日(月・祝)の長野・八ヶ岳高原音楽堂からスタートし、12月25日(水)の東京・紀尾井ホールまで全10公演です。
「10周年ということで、チェロの方にもツアーに加わっていただいて、これまでの私のベストという形の曲目を選びました」
――アルバムやリサイタルでも、クラシック以外の作品をよく取り上げられていますが、何か理由がありますか?
「じつは父がカンツォーネやシャンソンが大好きで、私が小さいころは家でよく、そうした曲が流れていたのです。だから、私もそれらの音楽に親しんでいて、自分のリサイタルで歌ったことはありませんが、特別イベントのようなところで披露したことはあります」
――それは聴いてみたいな。
「ジリオラ・チンクェッティの〈夢みる想い〉、アメリカのスタンダード〈いそしぎ〉などを歌いましたよ」
――ちょっとお年を召したファンにはドンピシャの企画(笑)。
「私もリサイタルの選曲を考える中で、クラシックの曲ばかりを選ばないで、ちょっとポピュラーな曲を入れてしまうのも、父の影響、子供時代の記憶があるせいだと思います。そして、リサイタルの中には、これまでのレパートリーだけでなく、はじめて披露する作品もあると思います。過去の私と現在の私、その両方を表現できるリサイタルにしたいです」
――ピアニストは佐藤卓史さんで、楽しみです。ツアーの日程を見ていると、日本各地には良いコンサートホールがたくさんあるな、とあらためて思います。
「日本はとてもアコースティックの良いホールばかりで、海外でのリサイタルとは違って、安心ですよ。海外のホールは行ってみないとわからないことも多いですから」
――でも、知らないホールもありました。たとえば京都府丹後文化会館とか。
「じつは京丹後市の文化国際交流アドバイザーを務めていまして、『細川ガラシャ』というモノオペラを京都で上演して以来のお付き合いです。京都府丹後文化会館でも上演しました。その時には丹後ちりめんのドレスを作っていただくなど、さまざまな形での交流がありまして、今回も伺うことになりました」
――そうやって、音楽からつながりが生まれるのはとても素敵なことですね。
「『細川ガラシャ』は天橋立でも上演しましたし、海外からも上演依頼が来ています。じつはウィーンの教会の神父さんが細川ガラシャのオペラを作っているんですよ」
――へぇ〜。
「それをマリー・アントワネットが観ていて、亡くなる時に“私はガラシャのように誇り高く死ぬ”と言ったというエピソードもあるくらいです。それを知ったので、私も細川ガラシャという女性に興味を持ったのです。オリジナルのオペラはとても長いらしく、チマローザがそれを編曲しているとか」
――それはちょっと調べてみましょう。そんな昔から、日本とウィーンに繋がりがあったというのも興味深いですね。
「私自身はウィーンにいることが多いせいか、あまりウィーンと日本との距離を感じないのですが、18世紀にも日本とウィーンとの繋がりがあったし、今も私のなかで深く繋がっているふたつの文化の関係を、リサイタルで感じていただけたらうれしいですね」
――ありがとうございました。

取材・文/片桐卓也
information
〈デビュー10周年記念リサイタル 春の声 夜の女王のアリア〜田中彩子 華麗なるコロラトゥーラ〉

9月16日(月・祝)長野・八ヶ岳高原音楽堂
9月27日(金)北海道・札幌コンサートホールKitara 小ホール
10月5日(土)愛知・豊田市コンサートホール
10月27日(日)大阪・住友生命いずみホール
11月2日(土)宮城・白石市文化体育活動センター ホワイトキューブ
11月30日(土)山口・防府市地域交流センター アスピラート
12月8日(日)京都・京都府丹後文化会館
12月13日(金)東京・紀尾井ホール
12月15日(日)福岡・福岡シンフォニーホール
12月25日(水)東京・紀尾井ホール

■田中彩子 official site
https://www.ayakotanakaofficial.com/
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