「“やればもっとできる”みたいな気分は、今の自分にはもうない」──GREAT3・片寄明人ロング・インタビュー

GREAT3   2012/11/26掲載
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「“やればもっとできる”みたいな気分は、今の自分にはもうない」──GREAT3・片寄明人ロング・インタビュー
 2012年の夏、約8年ぶりに活動を再開したGREAT3。べーシスト・高桑圭の脱退という絶対的なピンチを、弱冠22歳にしてベース歴ゼロのjanを新メンバーとして迎え入れるという、半ばギャンブル的ともいえる試みで鮮やかに乗り切った彼ら。janという新たな血が加わることによって、バンドは見事に活性化を果たし、誰も想像し得なかった(メンバーさえも)新たな進化を遂げることとなった。復活第1弾アルバム『GREAT3』を完成させたヴォーカル&ギターの片寄明人に話を訊く。




――先日のサニーデイ・サービスとの対バン(11月14日@渋谷クラブクアトロ:写真)素晴らしかったです。
 「ありがとう。僕らもすごく楽しかったよ。サニーデイと一緒にやったのは14年ぶりだったんだけど、どちらのバンドも当時よりいい演奏ができてるんじゃないかな。復活後のサニーデイを初めて観たんだけど、正直、“こんなにもの凄いバンドだったっけ?”って思っちゃった(笑)。彼らの素晴らしい演奏に引っ張られて、僕らもいいライヴができたと思う」
――こないだのライヴを観て改めてバンドが活性化している印象を受けました。ライヴもすごくアグレッシヴで。やっぱりjanくんの加入が大きかったのかなって。
 「うん。やっぱりjanの加入はバンドにとって大きかったね」
――ステージ上でのjanくんの佇まいを見て、なんとなく若かりし日のルイズルイス加部(注1)ってこんな感じだったのかなって思ったんですよ。ルックスもそうだし、明らかに凄いベースを弾きそうなムードとか。
 「分かる(笑)。janはたしかに“加部さん感”あるよね。janと同じく、加部さんも本来はギタリストで、ゴールデンカップスに入ってからベースに転向していて、ベースに対する解釈がどこか似てるのかもしれない。ルートを弾いて演奏を支えるというよりも、むしろリード・ベースに近いというか。いわゆるベーシスト的な概念がないぶん、すごく斬新な発想があって。でも、それって実は僕がGREAT3のベースに求めていたものでもあるんだよね」
――そうだったんですか。
 「うん。以前、ソロ・アルバムを作ったときに、トータスのダグ・マッカムがベースを弾いてくれたんだけど彼のプレイにすごく衝撃を受けて。ダグは決してスタジオ・ミュージシャン的なベース・プレイヤーではないし、譜面も読めないんだよ。レコーディング中は譜面が読める他のメンバーが演奏してる間、ずっと曲に合わせてベース・ラインを口ずさんでるの。要するに楽曲に対してカウンターになるメロディを考えてるんだよ。それを最後に弾きだすと異常に立ったベース・ラインが浮かび上がるっていう。その時に得た経験をGREAT3に持ち込もうとしたんだけど、当時はあまり上手く機能しなかったんだよね。それが今、偶然にもjanのベースによって実現できているのかなという気はする。完全に自分の想像を上回ったところでね」
――偶然が呼んだ必然というか。
 「まったくもって(笑)。“シド・ヴィシャスみたいな存在感のあるヤツを入れよう”っていう(白根)賢一のアイディアからjanに声をかけたんだけど、まさかここまで弾けるようになるとは思わなかった。まずピストルズとGREAT3では使ってるコードの数からして違うんでね(笑)」
――確かに(笑)。再始動直後に録音した「レイディ」の印象的なベース・ラインはjanくんが考えたんですよね。
 「そう。最初にコードを教えたんだけど、“すいません。よく分かんないです”とか言ってて(笑)。とりあえず合わせて何か弾いてみてって言ったら、突然、あのベース・ラインを弾きはじめて。正直、ショッキングだったよね。あのフレーズに楽曲のキモを全部持っていかれちゃったから。実際、janのベースに引っ張られることも多いよ。たぶん僕らの教え方が良かったんだろうね(笑)」
――ははは。
 「とにかくjanには支えようとか思わず印象的なベース・ラインを考えてくれとは常に言ってる。でも、それができるようになったのは賢一のドラムが成長したからだとも思うんだよ。ほら、ニューウェイヴのいいバンドって、たいていドラマーが上手いじゃない? で、ベースはセンス一発で、ギターはペネペナだったりしてさ(笑)。例えばオレンジ・ジュースもドラムだけ黒人だったり。それでアフロっぽい曲をやったり。クラッシュもそうだね。ああいう雰囲気に通ずるものが今のGREAT3には天然であるんだよ。賢一のドラムがしっかりビートを支えてくれているから、janが自由にやれてるし、僕は僕でリード・ギターとか弾かずにビートに合わせてコードをガーンって弾いていけばいいっていう。ある意味、THE WHOみたいな解釈とも言えるんだけど、それって自分が好きなバンドのスタイルでもあるから、そういう方向に新生GREAT3が向かえているというのは、すごく刺激的な展開だよね」




――アルバムの曲作りはどんな感じで進んでいったんですか?
 「ソロの作曲名義になってるもの以外は、基本的に賢一のスタジオで即興でセッションしながら作っていった。そのやり方は、かなり久しぶりだったよね。GREAT3でいえば、2ndの『METAL LUNCHBOX』ぐらいまで、そういう作り方をしていたのかな。それ以降は、それぞれが作ってきた音源がある程度完成されていたから、そこにあとのふたりが口を出しまくるというスタイルになっていくんだけど。その場で音を合わせながら曲が生まれてくるというのを久々に味わえたのは、すごく楽しい体験だったな」
――今回のアルバムって、すごく肉感的でバンドっぽいサウンドだなと思ったんですけど、そういう作曲スタイルも影響していたんですかね。
 「それもあるだろうし、基本的に一発録りだから。実は今回のアルバムってほぼ宅録なんだよ(笑)。賢一の自宅スタジオで作業して。ちゃんと防音はされてるけど、特にブースで仕切られているわけではないから、全員せーので音を出すっていう」
――そんなにローファイなレコーディングだったんですか。
 「実はね(笑)、でも持ち込む機材はハイファイ。それもバンドっぽいサウンドに繋がってるんじゃないかな。でも昔からGREAT3って割とそういうスタイルで音楽を作ってきてはいたんだけどね。すごく構築されたアレンジングをして譜面とか書いて演奏してると思われがちなんだけど、むしろ正反対で」
――実にロックバンド的な。
 「完全にそう。特に今回はセッションで作った曲も多いし。自分たちの持っているテクニックなり、機材的な制限の中で、どれだけできるかっていうのが、クリエイティヴィティの見せどころだと思うんだ。今はコンピュータがあれば本当にいろんなことができちゃうんだけど、そこに制限を設けることで何か新しいものが生まれてくる可能性が広がるんじゃないかな」
――制限をつけることで、スリルやマジックも生まれるし。
 「そもそもjanや僕のテクニックというのも制限のひとつだしね(笑)。だからこそ刺激的だし、誰も想像してなかったようなものが実際に生まれてきているわけだから」
――久々にGREAT3で歌詞を書いてみていかがでしたか。
 「Facebookにも書いたけど、GREAT3を再開するにあたって、賢一が一番のモチベーションとして僕の歌詞を挙げてくれていて。その気持ちに応えなければというプレッシャーはあったよね。歌詞を書くのは相変わらず自分の奥底に降りていく作業ではあるんだけど、昔ほど自分を分かりやすく痛めつけなくても、降りていけるようにはなったんじゃないかな」
――今回のアルバムでは結構、直接的な表現を使っていますよね。たとえば「交渉No.1」でいえば〈五月の空は快晴 / 目に見えない放射性 / 外でみんな遊べない〉とか。
 「それは賢一の言葉だね。〈交渉No.1〉はもともと、賢一が自分のホームページで発表した〈explosion NO.1〉という曲が元になっているんだけど、その曲は原発事故直後に彼が作詞作曲したもので。作ってから1年以上経ってるし、今回、僕と歌詞を書き直そうということになったんだけど、その中でいくつか僕が残したい言葉があって。〈五月の空は快晴 / 目に見えない放射性 / 外でみんな遊べない〉という箇所はそのひとつだね」
――〈この国は〉っていう言葉も、今までのGREAT3だったら絶対に出てくることはなかっただろうなと思いました。
 「今まで“国”という言葉を使うこと自体、考えたことがなかったね。ただ自分でも不思議なんだけど、この2、3年で日本という国にすごく興味を持つようになって。もともと僕はモッズ少年だったりして幼少の頃から欧米の文化に対する強い憧れを持っていたんだけど、40歳を過ぎた頃から、この国の歴史とかに、ものすごく興味が出てきた。それこそ海外にも頻繁に行ってたんだけど、特に震災後はむしろ、この国を見て回りたいという気分のほうが大きくなってきた。たとえば弾き語りで地方に行ったときとかも、ライヴの翌日に町を歩き回ったりするのがすごく楽しくて」
――そういう心境の変化が歌詞にも表れているわけですね。
 「それはすごくある。あと、ここ最近、日本語に対する意識が高まっていて、日本語を使ってもっとおもしろい表現ができるんじゃないかと思っているんだよね。だから、なんとなく英語を使って逃げるとか、そういうことは絶対にしたくないし。今回の歌詞も、日本語でどこまで突き詰められるかというのがひとつの大きなテーマだった」
――以前お話をおうかがいした際に、ここ数年、海外のミュージシャンと交流を深める中で、彼らから日本語の響きの美しさを言及されることも多かったとおっしゃってましたよね。
 「そうだね。数年前からThe Mattson2というサンフランシスコの双子のジャズ・ミュージシャンと作品を制作してるんだけど、そこでも日本語で歌ってほしいと言われたり。今年に入ってからは海外のミュージシャンから日本語で歌詞を書きたいという相談を受けることも何回かあった。そうやって外国の連中から、日本語の良さを逆説的に教えてもらうような機会は確かに増えたよね。でも明確な理由は自分でも分からない。もともと日本語に対するこだわりは結構あったほうだと思うんだけどね。ただ、僕の書く歌詞って、どちらかというと海外文学の翻訳みたいな微妙な距離感があったかもしれない(笑)。今回はそこからひとつ先に行けたような気はするかな」
――その最たるものが、先行シングルでリリースされた「彼岸」だと思うんです。明らかにあの曲の歌詞って、これまでのGREAT3の歌詞とは一線を画していますよね。すごくストレートな描写で、ある意味、赤裸々なぐらいメッセージ性も強くて。
 「正直、〈彼岸〉の歌詞に関しては、まだ客観的に見れない部分が多いんだよね。締め切りも振り切って本当にギリギリまで時間的にも精神的にも追い詰めて書いた歌詞だから。最初はもっと歪曲した表現で書けないかと思ったんだけど、最終的にああいうストレートな歌詞になって。自分の中でも戸惑いはあったよ。これをそのまま歌ってしまっていいんだろうかって」
――そこをあえて一歩踏み込んだわけですね。
 「それすらも考えられなかった。とにかく歌うしかない状況だったから。何も考えず曲の世界に入って歌ったというだけで」
――でも結果的に大きな反響を呼んでいますよね。YouTubeの再生回数も凄いし。
 「10日で5万回だっけ? 本当にありがたいよね。さっき自分の歌詞を翻訳的って評したけど、それって、ある意味、照れ隠しみたいなところもあって。よく東京生まれのミュージシャンって、照れ隠しで捻くれた表現をしがちだって言われるけど、もしかしたら僕もそうだったのかもしれない(笑)。心の奥底にあるものを、そのまま出すことに対する照れみたいなものが常にあったし、そうしないためにあえてワンクッション置いた言葉選びをしてきたのかもしれない。だけど、この1年ぐらい日本各地で弾き語りをしてきて、小さい会場、お客さんと近い距離で、人間力を試されるような場所に行けば行くほど、人の心を打つのはそこじゃないんだということに気づかされて。心の奥底の部分に触れてくるようなものだからこそ、みんな感動してくれるんであって、そういう言葉を果たして僕は歌えてるのかなと思ったんだよね」
――巧拙を超えた部分で。
 「そう。世の中には安易に人を泣かせようとして作られてる音楽もあるじゃない? 音楽に限らず携帯小説とかもそうかもしれないし。でも、表面的な言葉だけ取ったら、そういうところで使われてる言葉と、僕が本当に伝えたいと思ってる言葉の違いって意外と曖昧なのかもしれないなと思って」
――ああ。伝えたいことの核心に迫れば迫るほど。
 「ここ最近、生きるとか死ぬとかいうことに対して、すごく深く自問自答する時期が続いたんだけど、その結果、僕が言いたい言葉というのは、意外と世の中に溢れている言葉とあまり変わらないような気がしたんだよ。それこそ“生まれてきたことの奇跡”とかさ(笑)。でも僕は、それを嘘臭くない形でリアルに歌いたいんだよね。手垢がついた言葉をいかにして価値のあるものとして蘇らせることができるのか。それが今回のアルバムで自分に課したハードルだったし、どれだけ達成できているか自分では分からないけれども、そこは今後も目指していきたいよね」
――では最後に、GREAT3として久々にアルバムを作り終えて今はどんな気分ですか。
 「すごく達成感を感じてる。やっぱりGREAT3を再始動しようと思ったのも相当大きな覚悟が必要だったし。“明日死んでも後悔しないように今の自分は生きられているのかな?”ってことを真剣に問いかけた結果、GREAT3をやっていないということが、自分にとって最も引っ掛かったことだから。常に僕は魂削ってやってきたつもりではあるけど……でも心のどこかで必ずこう思っていたんだよね。“俺はやればもっとできる”って」
――“まだ本気出してないから”って(笑)。
 「そう(笑)。今思えば完全な逃げだよね。それを今回、一切なくしたから。とりあえず、やりきったよね。もちろん、やりきったことに対して自分の未熟な部分とか、自分の限界というのも同時に知ることになったんだけど、でもそれでよかったなと思う。それによって、強くなれたような気がするし。“やればもっとできる”みたいな気分は、今の自分にはもうないね」
――完全にノーエクスキューズで。
 「うん。気持ちいいぐらいにやりきった感はあるよ」
――だからこそのセルフ・タイトルでもあるわけですね。
 「まさにそう。本当にその通りです」
取材・文/望月哲(2012年11月)
ライヴ写真:YUKARI MORISHITA
【注1:ルイズルイス加部】
GS〜ニューロック期から活躍する日本を代表するロック・べーシスト。“リード・ベース”ともいうべき閃きに満ちあふれたベース・プレイで多くのフォロワーを生んだ。
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