CDジャーナルムックとして発売されたマイオーディオライフ・シリーズの記事を抜粋・再編集し、掲載していく本シリーズ。第5回にあたる今回は、千葉県・流山市在住の程内隆哉さんのご自宅の様子と使用機器を紹介します。
[取材レポート] つくばエクスプレスで「おおたかの森」駅からクルマで数分、流山市にお住まいの程内隆哉さんのお宅を訪ねた。程内さんの現在のお仕事はピアノの調律師で、もちろん一般家庭のピアノ調律や修理なども行なうが、ホールに出向いて演奏会で使われるピアノの調律をすることが多いようだった。現役バリバリ、業界では知らぬものなし的な方らしい。――「私は調律師ですから」と調律師は言う 一戸建て住宅の一階がリビングルームでもあり作業場でもありリスニングルームで、取材当日は天気が良かったので明るい陽射しの静かな午後だった。程内さんとは初対面だったし、おそらく「取材にくると言うのでOKはしたが、オーディオの何を質問されて何をきかせれば良いのかわからない」と思われていたことだろう。一応オーディオの専門誌だから、いろいろなお宅を訪問するわけで、バキバキに音をきかせてもらう展開も多いし、オーディオ談義に花が咲くといった展開もあるのだが、程内さんのお宅ではちょっと違う時間だった。取材が終わった後の程内さんにとっては「あんなので良かったのかな?記事になるのかな?」みたいな感じだろうか。私(山本)は、雑誌やWebにオーディオ機器のことや使い方を書いてもいるが、オーディオ評論家ではない。何冊もオーディオに関する本を出しているが、オーディオ業界から評論家的扱いを受けることは稀だ。では何なのかというと、音楽を楽しむためにオーディオを愛好している方の人となりを紹介しているのだと思う。
程内さんがお使いのアルテックの古いスピーカーは「バレンシア」で、中に使われているユニットの構成は有名な「A7」に近いものだ。仕事でアメリカに住んでいた時に購入して日本に持ち帰ったそうだ。当時アメリカのスタジオがアルテックやJBLからB&Wに置き換わったりして、安くたくさん放出されたらしい。そのバレンシアをRCA250シングル出力3Wの真空管パワーアンプで鳴らすとなれば、『MJ無線と実験』誌の世界の方なのかなと思ったりするが、プリアンプ兼D/AコンバーターがEMMのDCC2(デジタルコントロールセンター)なのだ。機材で判断するのもどうかと思うが、でもここでEMMに出会うのは「オッ!」って感じだった。スピーカーに向かって右側の壁面に沿って置かれたアンプ類は木製のラックに収まっていた。木の色が部屋の雰囲気によく合っていたし、最初はよくわからなかったのだが、どうやらこれは手作りらしい。また、スピーカーケーブルは壁の中を通っている。「ご自分でやられたのですね」と言うと「そうです、私は調律師ですから」という返事だったので、「調律師という職業の人はみんな木工をやるのだろうか?」という疑問が私の頭の中でムクムクした。以前もこのフレーズは別の人(女性)からきいたことがあった。調律の道具がけっこう重たかったので「調律の道具ってこんなに重たいんですか」と言ったら、彼女が「私は調律師ですから」と言った。そんなわけで、私の中に「調律師は女性でも力持ちで、かつ、いろいろなことを器用にこなす職業だ」という認識ができた。
※著名なピアニストたちの要望にこたえるため世界を駆け回る敏腕調律師の程内さん。市民オーケストラでトランペットを演奏しており、パンを焼くのも上手です。※木工道具を使いこなして自作したオーディオラック。その木工技術は本職顔負け。※デジタルディスクプレーヤーのオッポ BDP-93(上)とプリアンプ兼D/AコンバーターのEMM DCC2。※知人に製作してもらったというRCA250シングルパワーアンプ。――部屋に溶け込む機器 静かに聴く小音量派 初対面の挨拶をして、この本のことや仕事のことなどを雑談する。人によってはボクサーがジャブを出し合って牽制するみたいなケースもあるが、程内さんとの会話はもっと穏やかで知的な雰囲気のものだった。そして音をきかせていただくと、かなりの小音量だった。どれぐらい小音量かと言うと、音楽をかけながら普通の声で話ができるぐらいで、私などは「こんなに小音量でアンプの良し悪しや好みの音かどうかの判断がつくのだろうか」と思ってしまうのだった。逆に言えば「あんな爆音出したらみんな同じ音で違いなんかわからんだろう」という意見もあることはわかるが、私は俗っぽいのでつい目一杯音量を上げたくなるわけだ。でも、程内さんは違う。「この音量で音の違いは出ますか?」と私、「もちろんです、機器によってぜんぜん違う結果になります」と程内さん。そうなのだ、わかる人にはわかるし小音量派には小音量派の価値観があるものなのだ。
日頃仕事でホールやスタジオでの音楽につつまれている程内さんにとって、自宅での音楽再生は原音再生的なものではなく、作業をしたり料理をしながらBGM的に楽しんだり、ソファに腰をおろして心を癒やすためのものなのかもしれない。あるいは、調律のため下調べとして演目を知る道具でもあったりする。「オーディオ機器は視界に入ってこない方が好きなんです」という言葉の通り、オーディオラックも壁に溶け込んでいるし、比較的大きなバレンシアもテーブルの陰に隠れていたりする。※ピアノに響きを求めるようにスピーカーからも心地よい響きが欲しい。アルテックのバレンシアは開放的な響きが魅力だ。――ピアノに求める響きをオーディオでも再現したい 現在はスタインウェイ社に勤務している程内さんだが、その前は長い間ヤマハ株式会社の社員として新しいピアノを開発する仕事をされていた。ピアノの中でも最大の2m75cmという長さのコンサートピアノの開発が仕事だった。?ピアノってなぜ音が出るのか?〞から考えて、クラシックのコンサートホールにも出かけるし、ジャズやポップスやロックのライヴや録音現場にも立ち会ってきた。その中で半分は仕事の道具としてオーディオ機器と付き合ってきた。
「会社に入って最初のボーナスでタンノイを買いました。当時はそれが夢で、レコードに針を落として音が出ることが喜びでした。その後アルテックのA7を安く手に入れて、これはすごくいい音でした」
「アルテックA7を鳴らすの難しくはありませんでしたか?」
「いや、そんなことはなくて、確かマッキントッシュで鳴らしていました。そのA7は浜松で使っていたのですが、東京への転勤が決まり、部屋の関係で手放しました。アメリカの録音スタジオに行くと、フィリップスの録音チームがいて、彼らは例のごとくクオードを持ってくるわけです」
「黒いクオードのESL-63ですね」
「そうです。それがとてもいい音だったので、彼らに頼んでオランダから取り寄せてもらいましたが、日本で買うよりずっと安くて、そしてとてもいい音でしたからこれも愛用しました」
こんな会話から、程内さんの好みやオーディオとの関わりが見えてきた。ピアノに良い響きを求めるように、スピーカーからも心地よい響きが欲しい。そして、アルテックは開放的な響きが魅力だそうだ。「私にとってB&Wは抑圧された音に感じられてしまいます」という程内さんの判断基準はきわめて明快だ。確かにアルテックやJBLの、言わば豪快な音を基準に考えるとB&Wは賢くてお行儀が良すぎるかも、そしてクオードESL-63のような自然な軽やかさもないということになる。
2019年に「Amazon Music HD」が開始され、程内さんに教えていただいたソプラノ歌手“ユリア・レージネヴァ”のアルバムもその中にあった。程内さんがネットで注文したもののまだ届かないCDがAmazon Music HDでは見つかったりして、程内さんもストリーミング再生を試してみているらしい。最後に「このところ、仲間もいないしオーディオの話をする相手もいなかったので、今日は楽しかった」と言っていただいた。昔のように猫も杓子もオーディオという時代ではないが、この取材もこの本も、そういった「仲間づくり」のためにやっているのだと思った。
※ネットを外すと重厚そうなユニットが顔を覗かせる。ウーファーは416-8A、ドライバーは807-8A。[程内隆哉さんの主な使用機器]スピーカー: アルテック Valencia
DACコントロールセンター: EMM DCC2
パワーアンプ: RCA250シングル 3Wアンプ(知人の自作品)
デジタルディスクプレーヤー: オッポ BDP-93※文中内にある内容は、CDジャーナルムック「SLOW AUDIO」シリーズ、及び、「マイオーディオライフ」シリーズの取材当時の情報を基に再編集したものです