12月10日、プログレッシヴロック・バンドの
金属恵比須が作家の伊東潤とコラボレーションして生み出した2018年作『
武田家滅亡』のアップ・グレード版『
シン・武田家滅亡』が発売。これに先駆け、12月6日には東京・新宿ROCK CAFE LOFTで伊東潤をゲストに迎えたトーク・イベント〈プログレvs文芸大合戦〉が開催されました。
金属恵比須恒例の大忘年会も兼ねた当日は、お酒を飲みながら、両者の出会いに始まり、『武田家滅亡』と『シン・武田家滅亡』の聴き比べ、さらには
ジェネシスをはじめとしたレジェンド・バンドと文芸作品の関係までを深堀り。そして、これまで金属恵比須を10年以上にわたりを支えてきたドラマー・
後藤マスヒロが“終身名誉ドラマー”に就任し、今後出演する際はその都度アナウンスされることも明らかに。常任ドラマーとして、“
内核の波”や“COALESCE”の活動で知られるヨシダシンゴも紹介されました。
今回、驚きの人事発表も行なわれた当日の模様を、バンドリーダー・高木大地自らがレポート。バンドの今後も見据えながら、学びにあふれた宴会の模様を伝えます
なお、金属恵比須は、4月18日(土)東京・吉祥寺シルバーエレファントにて、新体制初となるライヴを開催。チケットなど詳細は、随時公式サイトにて発表されるとのことです。
[ライヴ・レポート] 「プログレッシヴってどういうことだろう?」と日々問い続けて34年。筆者の主宰する金属恵比須はいまだにその答えを出せていない。
1960年代後半に興隆したプログレッシヴ・ロックは、クラシックやジャズなどの他ジャンルのエッセンスを吸収し独自に進化してきた。そして今も、世界のあらゆる場所で日々新たなプログレが生まれている。
その一端を担う金属恵比須は、冒頭の問いの答え合わせのごとくあらゆることに挑戦してきた。2018年リリースのアルバム『武田家滅亡』もしかり。文芸・歴史を取り入れ、小説『武田家滅亡』の著者である作家・伊東潤氏とタッグを組み完成した。
金属恵比須としてヒットを記録した当作のリマスター盤『シン・武田家滅亡』を発売することが決定。それを記念し、2025年12月6日に伊東氏と金属恵比須のトークイベントを催した。開催場所はROCK CAFE LOFT。濃密でディープなトークセッションが行なわれる老舗「LOFT」ゆえに、内容もおのずとディープな方向に向かうのが面白い。
金属恵比須は、ボーカルの稲益宏美、ベースの埜咲ロクロウと筆者が登壇。ゲストとして伊東氏をお迎えして会が始まる。まずはコラボレーションをする経緯を追憶する。プログレ好きでもある伊東氏が、音楽雑誌『レコード・コレクターズ』にイタリアン・プログレに関する記事を寄稿したときに、金属恵比須の話題に触れたことがきっかけで急接近したのが発端。「小説『武田家滅亡』を大河ドラマに!」という壮大な目標を掲げ、架空のサウンドトラックとして作り上げたのがアルバム『武田家滅亡』だった。
続いて『シン・武田家滅亡』を大音量で流すコーナーに。金属恵比須の2025年夏時点でのメンバーによるボーナストラック「武田家滅亡(2025 Studio Live)」を聴いたときに「暴力的な音」という最高の褒め言葉をいただいたことが忘れられない。20代のメンバーである香珀(キーボード、バイオリン)と埜咲が加入したことが大きい。若さあふれるプレイは楽曲をも若返らせる。
マスター盤を聴きながら伊東氏による歴史解説が続く。「新府城」を流しながら歴史小説の大家から“講義”を聞けるのが嬉しい。新府城は山梨県韮崎市に実在した武田家の城で、完成せずして織田信長の軍に攻められ、戦にもほぼ使用されず焼かれた“幻の城”。
「現在は心霊スポットとして有名」
と金属恵比須からいうと、
「そんなわけはない。戦をやっていないから霊は出ない」
と伊東氏から冗談混じりのコメントが出てきて一同爆笑の渦。
また、金属恵比須は大阪ツアーの際は、行きに必ず新府城に立ち寄り“戦勝祈願”をするというエピソードを披露する。ステージに使用している武田軍ののぼりを持って新府城に入るのだが、
「通りすがりの人に、歴史マニアと思われていそう」
と恥ずかしさを吐露すると、伊東氏は、
「観光関連の市の職員が町おこしでアピールののぼりを設置しようとしているように見られているだけでは?」
とフォローする。どちらでもない金属恵比須は笑うほかに術はなかった。
Photo by 高木大地
学びと笑いにあふれた第一部が終了。第二部は、文芸とプログレの関係性を追っていく。
ジェネシス『静寂の嵐』とエミリー・ブロンテの恋愛小説『嵐が丘』は、「wuthering」という「風が吹いてわさわさというさま」の意味の言葉でのつながりを話す。そしてイエス『危機』ではヘルマン・ヘッセのベストセラー『シッダールタ』とのつながりを披露。
第一部を含めここまでの話は、文学に影響を受けてロックの創作に活かされた例である。それに対し、ここからは、作家・伊東潤氏がロックに影響を受けて小説を書くという、今まで聞いたことのない事例を話していくことに。
まずはキング・クリムゾン「スターレス(暗黒)」から。この曲から滲み出る寂しさ、悲しさを表現したいために書き上げたのが『戦国綺譚 惨』だったのだそうだ。滅亡直前の武田家家臣の抱く悲哀を小説に込めた。
続いてレッド・ツェッペリン「アキレス最後の戦い」。ライヴのような荒々しいこの曲を聴いて思いついた小説が『天地雷動』。長篠の戦いをテーマとして、戦況報告の実況中継がひたすら続き一気に読み終わってしまう。この文体はまさに疾走感あふれる「アキレス」そのものである。
ここまでは往年のロックの話題だったが、ここからは現在進行形に。人間椅子「なまはげ」。“文芸ハード・ロック”という独自のポジションを走るバンド「人間椅子」の曲にインスパイアされ伊東氏は『なまはげ』という短編小説を書いた。ここまでは前例二つと同じなのだが、それを他の作家にも依頼し曲からインスピレーションを受けた短編小説をまとめて本にしてしまうというのが革命的だった。伊東氏は確実に文芸界のプログレ・アーティストであることを悟った瞬間だった。
伊東氏との文芸とロックに関するトークが終わり、金属恵比須の人事異動の発表となる。
ドラマー後藤マスヒロが2025年8月に還暦を迎え、常任メンバーから退任することとなった。それに伴い、常任メンバーとしてヨシダシンゴが加入することとなり、お披露目の時間となった。
ヨシダと筆者は2000年代に「内核の波」というバンドで共演していた縁で今回の加入に至った。が、ヨシダは筆者の印象を「ただメシを食っているイメージ」としか思っていなかったようで、音としての共演の印象がない様子。
当時、内核の波では筆者は「ゲスト・キーボーディスト」という立場だったのだが、ゲストゆえにキーボードを弾かない曲も多く、ステージ上で暇を持て余し、コンビニ弁当や牛丼(当時は豚丼も多かった)をステージ上で食べていたのだった。
「ライヴ後の舞台上のモニタースピーカーを見ると、隙間に紅生姜が落ちていたよね」
とヨシダが思い出を語ると、
「汚してしまって申し訳ないからライヴ後に爪楊枝でそれを取り除いていた」
と筆者も当時のことを思い出す。思えば最もプログレッシブな人生の一瞬だったかもしれない。
後藤マスヒロは脱退・卒業ではない。「終身名誉ドラマー」という立場に昇進することとなったのである。要は昇進で勤務体系の変更だ。これもプログレッシヴな試みだと思っている。
「プログレッシヴってどういうことだろう?」と日々問い続けているが、このようにして試行錯誤の連続である。伊東氏も金属恵比須も日々、前進しようと試みている。
金属恵比須の新体制でのライヴは2026年4月18日のシルバーエレファント。とりあえず終身名誉ドラマーにリズムを刻んでもらい、常任メンバーは牛丼を食べるというステージングであれば、いかほどかプログレッシヴになるだろうか。
文:高木大地
Photo by 木村篤志