[こちらハイレゾ商會]第60回 洋楽のように聴いた『氷の世界』がハイレゾに
掲載日:2018年10月9日
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第60回 洋楽のように聴いた『氷の世界』がハイレゾに
絵と文 / 牧野良幸
 井上陽水のアルバムがまとめてハイレゾ配信された。テッド・ジェンセンによるマスタリングがほどこされ、デビュー盤『断然』をはじめ全25タイトルのハイレゾ化である。ということで今回は『氷の世界』のハイレゾを取り上げてみる。FLAC(192kHz/24bit)での配信である。
 『氷の世界』が発売になったのは1973年、僕が高校1年生の時だ。その頃の邦楽は今よりずっとマイナーだった。吉田拓郎がフォーク・ブームを巻き起こしていたけれど、マスコミの話題とレコード鑑賞は別の話、僕が聴くのは洋楽ばかりだった。反対にふたつ上の兄貴は邦楽のレコードばかり買っていた。それをコソッと聴くのが邦楽との唯一の接点だった。
 『氷の世界』も兄貴が買ってきた。井上陽水のことは「夢の中へ」の大ヒットで気になっていたが、それより音楽雑誌の広告に驚いたものである。ロンドン・レコーディング! 洋楽の聖地ロンドンでの録音は、当時の日本人にはインパクトがあったと思う。
 果たして『氷の世界』は洋楽ファンも唸るアルバムだったのである。最初の「あかずの踏切り」から「はじまり」「帰れない二人」とメドレーで続いていくところからして洋楽みたいだ。この年はピンク・フロイド『狂気』、レッド・ツェッペリン『聖なる館』、エルトン・ジョン『黄昏のレンガ路』などが発売されたが、それらと同じように聴いていたのだから、いかに『氷の世界』が邦楽として突出していたかわかる。まあ僕が持ち上げるまでもなく日本レコード史上初の100万枚突破(ミリオンセラー)になったのだから、みんな聴いていたことは間違いない。
 実を言うと『氷の世界』の前に兄貴は『陽水ライヴ もどり道』を買ったので、そちらもコソッと聴いていた。しかし鬼気迫る「人生が二度あれば」やボソボソ喋るMCに、日本のフォーク独特の湿気を感じて、“やっぱりね〜”とレコード盤をしまっていたのだった。
 しかし『氷の世界』は同じ年のアルバムなのに日本的な湿気はない。ジャケット写真の印象も大きいかもしれない、邦楽にしてはカラッとしたサウンドに感じた。このアルバムから16トラック・レコーディングになったので、それも洋楽的に感じた理由かもしれない。ようするにいい音のレコードに思えたのである。
 もちろん当時使っていた家具調4チャンネル・ステレオでオーディオの判断などもってのほかとは思うけれども、メロディがいい、カッコいいサウンドとくれば、それだけで高校生にはいい音に感じられた。レコードの出し入れもそれはていねいにした。音楽が好きになるとレコード盤の取り扱いもていねいになる。それがアナログというものだ。
 さすがにハイレゾでは取り扱いをていねいにしようにもジャケットはない。それでも音楽に対する愛おしさはハイレゾでも同じである。
 ハイレゾは全体的にタイトで引き締まった音。生ギターはいうまでもなく、マラカスといった細かい音まで磨き上げられたように光沢を持つ。レコード盤ではおそらく感じたであろう滲んだ輪郭はなく、明瞭な音のキワが心地よい。陽水のヴォーカルが艶っぽいのは言うまでもない。ハイレゾで聴いてやっぱり『氷の世界』はいい録音だったと確認した。
 反面、新たな発見もあった。洋楽のように聴いた『氷の世界』であるけれども、「白い一日」や「心もよう」などは演歌ぽいところがある曲だ。「小春おばさん」にいたっては情念を帯びた歌いっぷりに圧倒されたものである。それが今回ハイレゾで聴いて、昔ほど湿っぽくない印象を受けた。
 こういった発見は他のアルバムでも同様だ。先に書いた『陽水ライヴ もどり道』もハイレゾで聴くと、昔のレコードで感じたほど湿っぽくなく、陽水のパフォーマンスがストレートに迫る。70年代の邦楽はハイレゾで固定観念が変わる可能性がある。皆さんもよかったら思い出の陽水のアルバムをハイレゾで聴いてみてください。



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