[こちらハイレゾ商會] 第17回 4 + 1人のピアニストでベートーヴェンの「テンペスト」を聴く
掲載日:2015年02月10日
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第17回 4 + 1人のピアニストでベートーヴェンの「テンペスト」を聴く
絵と文 / 牧野良幸
 ベートーヴェンのピアノ・ソナタは、バッハの「平均率クラヴィーア曲集」が“旧約聖書”と呼ばれるのにたいして“新約聖書”と呼ばれている。それほどの曲でありながら、聴いていて面白いのがベートーヴェンのピアノ・ソナタである。
 今回はその“新約聖書”を、4人のピアニストのハイレゾで聴いてみよう。まるでタモリの四ヵ国語麻雀みたいだが、それぞれに個性があって面白そうだ。聴きくらべる曲はピアノ・ソナタ第17番ニ短調作品31-2「テンペスト」の第3楽章にした。
 まずはロナルド・ブラウティハムの演奏。

 これは古楽器のピアノフォルテというところが魅力だ。モーツァルトならともかく、ベートーヴェンでこの音は頼りないと思うかもしれないが、ベートーヴェンの“重さ”がピアノフォルテ特有の“ペタペタ感”でバランスよく引き算される。低音の素早い旋律もつぶれない。これがベートーヴェンの望んでいたサウンドかと思ってしまう。ハイレゾだから、フォルテピアノにも豊穰な響きがあることが伝わる。
 つぎは、マウリツィオ・ポリーニが登場である。

 ポリーニが弾くのは現代のピアノだ。ハイレゾではピアノの音響が豊かに響く。ベートーヴェンの音楽にマエストロ、ポリーニの芸術性が重なっているのが感じられる。スピーディかつ重厚に流れる旋律は、低音が飽和状態になっても良しとしている。それよりも一貫した精神性を損なわず、一気に突き進む演奏に思えた。
 続いて、児玉麻里の演奏も聴いてみよう。

 児玉麻里が弾くのも現代ピアノだが、音を短めに鳴らすことで、ピアノフォルテの響きの良さを取り入れたような、余白を含む演奏である。低音の旋律もつぶれない。上記の2人とまったく違うアプローチだ。これを高音質レーベル、ペンタトーンがpppからfffまでバランスのよい響きとして捕らえている。
 4人目はウィーンのピアニスト、ティル・フェルナーである。

 東京のトッパンホールでの“ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 全曲演奏会”でのライヴ録音。座席数400ほどの室内楽専用ホールの響きがやわらかい。収録は3点吊りのステレオ・ペアマイクだけらしいので、ワンポイント録音独特の自然な距離感があるのが、これまでの3つの録音と違うところである。これまでのズッシリとしながらも整理された響きではないところが、余計にライヴ感をかき立て、フェルナーが“ベートーヴェンでうごめいている”さまがうかがえる。
 こうして4人のピアニストをハイレゾで聴いてみると、それぞれが違ったアプローチで、聴く側としては、“音さばき”にホレボレしてしまうばかりであった。

 おっと、ここで故人のピアニストの登場である。スヴィアトスラフ・リヒテルだ。これまで聴いてきたハイレゾはみな現代の録音である。それに対してリヒテルの録音は1961年。さすがに古くさい響きではあるが、一つ一つの音符のなんと語りかけてくれることよ。ベートーヴェンの曲というよりも、リヒテルのピアノを録音した音源という感じまでしてしまう。それをハイレゾで聴ける幸せを噛み締めたい。
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