世界では災害、戦争、飢餓による深刻な人道危機が続き、暴力にさらされる人々や財産を失った被災者は、不安や恐怖に加え、食糧不足や教育機会の喪失など多くの困難に直面しています。こうした状況に対し、音楽業界は長年にわたりチャリティ・アルバムやコンサートを通じて支援の輪を広げてきました。
1971年には、
ジョージ・ハリスン主宰により、
ラヴィ・シャンカール、
ボブ・ディラン、
エリック・クラプトン、
リンゴ・スターら錚々たる顔ぶれが出演したバングラデシュ難民救済のための歴史的チャリティ・コンサート〈コンサート・フォー・バングラデシュ〉が開催。収録アルバム『バングラデシュ・コンサート』は名盤として知られています。
1980年代にはエチオピア大飢饉を受け、
ボブ・ゲルドフ(
ブームタウン・ラッツ)と
ミッジ・ユーロ(
ウルトラヴォックス)が「バンド・エイド」を立ち上げ、二人が書いた「
ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」に多くの著名アーティストが参加。これをきっかけに、クイーンの名演で知られる〈
ライヴ・エイド〉や、その後の〈
ライヴ8〉、アフリカの音楽家が集まった〈
アフリカン・コーリング〉など、音楽を通じた支援活動が広がっていきました。
その流れの中で誕生したのが“20世紀最大のチャリティ・ソング”と言われる「
ウィ・アー・ザ・ワールド」。アフリカの飢餓救援を目的として生まれたプロジェクト「USAフォー・アフリカ」によりレコーディングされた同曲は、
マイケル・ジャクソンと
ライオネル・リッチーが共作し、プロデューサーの
クインシー・ジョーンズの指揮のもと、
レイ・チャールズ、
スティーヴィー・ワンダー、
ブルース・スプリングスティーンら40名以上が参加。大スターが一堂に会した奇跡的なレコーディングは、音楽の力を象徴する出来事として語り継がれています。舞台裏のさまざまな逸話も語られていますが、大御所たちのソロ・パートの中でも、とりわけ当時若手だった
シンディ・ローパーの叫ぶような歌唱は胸に直接響きました。収益はアフリカの飢餓・貧困支援に使われ、過去には日本の東日本大震災にも寄付されています。2015年にDVD+CDで再発されたほか、昨年よりは40周年を記念したリマスター・ヴァージョンのストリーミング配信も開始しています。
90年代には、エイズ撲滅のため、
ジョージ・マイケル、
クイーン、
リサ・スタンスフィールドによるライヴEP『
ファイヴ・ライヴ~愛にすべてを』、
ニルヴァーナ、
ソニック・ユース、
ビースティ・ボーイズ、
スマッシング・パンプキンズ、
パール・ジャムらオルタナ勢が参加した『
ノー・オルタナティヴ』もリリース。2000年代に入ると、2001年の米同時多発テロを受け、追悼と支援を目的とした特別番組『アメリカ:トリビュート・トゥ・ヒーローズ』が放送され、そのライヴ演奏を収めたチャリティー・アルバムも発売に。
ニール・ヤングが歌う「イマジン」やニューヨークへの生粋のニューヨーカーである
ビリー・ジョエルの故郷への賛歌「ニューヨークの想い」は、団結と癒やしのメッセージを伝えました。
東日本大震災の際には、多くのアーティストが復興支援のために楽曲を提供し、
ビリー・バンバンや
海援隊、
加藤登紀子、
福山雅治、
長渕剛ら79組が参加した『アイのうた~東日本大震災チャリティ・アルバム』をはじめ、OTOTOYによる『Play for Japan』、メタル系アーティストが集まった『RISING SUN』など、支援の思いを込めたコンピレーションが次々とリリース。海外からも、
エドガイ、
ソイルワークらメタル勢による『
ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン~東日本大震災チャリティ・アルバム』や、
ジョン・レノン「イマジン」や
レディー・ガガ、
マドンナらの楽曲を収めた『
ソングス・フォー・ジャパン』が届きました。『ソングス・フォー~』に収録された、日本語の歌詞を含むクイーン「手をとりあって」も、多くの人の心を励ましたはずです。
そして今、イラン、ガザ、ウクライナ…と連日、戦争の行方を伝えるニュースが報じられ、戦場で日々を過ごす人々のことを考えると胸がつぶれるような日々が続きます。
3月6日には、世界中の紛争で影響を受ける子どもたちを支援し、保護を行なうイギリス拠点のNGO団体「War Child」のレーベル「War Child Records」よりチャリティ・アルバム『
HELP(2)』が発売されたばかり。プロデューサーのジェームス・フォードのもと、
デペッシュ・モードや
パルプから新世代の
ビーバドゥービーらまでがAbbey Road Studiosに集結し、わずか1週間で濃密なレコーディングを敢行。その迅速な行動は、人道支援の緊急性を体現しており、心強いものです。
収録曲には、
アークティック・モンキーズの約4年ぶりの新曲「オープニング・ナイト」をはじめ、
デーモン・アルバーン、
グリアン・チャッテン、ケイ・テンペストがコラボした「フラッグス」などが並びます。「フラッグス」は、
ジョニー・マーや
デイヴ・オクム、フェミ・コレオソらが演奏に参加し、児童合唱団や
ジャーヴィス・コッカーのコーラスも加わるなど、即興的ながら強い連帯のメッセージを放つ楽曲です。さらに、
オアシスの最新ツアー音源(CD版 / LP版)が隠しトラックとして収録されるなど、心が弾む一面もありますが、戦争の現実を突きつけるもの楽曲も。
デペッシュ・モードによる「ユニバーサル・ソルジャー」は、米国のシンガー・ソングライター/社会活動家の
バフィー・セント・マリーによるフォーク・ソングのカヴァー。イデオロギーや宗教のため、そして世界平和のために戦っていると思っている兵士たちの葛藤、そして彼らも問題の一部であることにまで言及した痛烈な詩が、デペッシュ・モードらしいダークなビートとともに心の奥深くに突き刺さります。
一方、パキスタン出身の歌手、
アルージ・アフタブと
ベックがカヴァーした50年代のミュージカル・ナンバー「ライラック・ワイン」は、情感豊かな二人のハーモニーが美しいナンバー。原曲は失恋の痛みを歌っていますが、本作では傷ついた心を優しく鎮めてくれるような癒しの一曲となっています。
また、
フォンテインズD.C.による
シネイド・オコナー「ブラック・ボーイズ・オン・モーフィン」や穏やかなパーカッションにのせて「王になりたいのか? 破壊より建設を」と呼びかける
サンファの新曲「ナブー」などプロテスト色の強い楽曲もあり、戦争について多方面から考えさせられ、世界の現状を真剣に考える機会にもなるコンピとなっています。
本作『HELP(2)』は、タイトル通り、「War Child」による1995年の名チャリティ作『
HELP』に着想を得たもの。ユーゴスラビア内戦に対する音楽業界の回答として、
ブライアン・イーノが主導した本家『HELP』には
ポール・マッカートニー、
ポール・ウェラー、オアシス、
ブラー、
ストーン・ローゼズ、
レディオヘッド、
マッシヴ・アタック、
スウェードらが参加し、たった1日で録音。120万ポンド以上を調達し、ボスニア紛争に巻き込まれた数千人の子どもたちへの緊急支援を可能にしました。
「War Child Records」は、『HELP』以降も、オアシスや
ミューズ、
プロディジーらがそれぞれ歴代の全英No.1ヒット曲をカヴァーする『1Love』をはじめ、魅力的な内容のチャリティ・コンピ4作をリリースしており、ストリーミングでも聴くことができます。これらの収益も、子どもたちへの教育/専門的なメンタルヘルス支援、保護を含む同団体の支援活動のために使われ、音楽ファンのマニア心を、積極的に支援に活用する仕組みが特長です。
最後に紹介したいのが、ウクライナ戦争が始まった2022年に“オールデイズ・レコード増感号”第4弾として発売された『「反戦ソング」がなくなる日』です。
ピート・シーガー「花はどこへ行った」や
バリー・マクガイア「明日なき世界」など、60年代アメリカで生まれた代表的な反戦歌が並びます。ウクライナ民謡をルーツとした「花はどこへ行った」や
ボブ・ディラン「戦争の親玉」は、ジャンルを超えたさまざまなアーティストによるカヴァーも収録。『HELP(2)』でデペッシュ・モードが取り上げた「ユニバーサル・ソルジャー」も聴くことができ、戦争への怒りや平和への願いが改めて胸に迫る内容。タイトルが示すように、「戦争反対をいつまで訴え続けるのか」という思いを投げかける一作で、収益はウクライナ支援に全額寄付されます。
(※写真は『HELP(2)』のジャケット)