フランチェスコ・トリスターノ(フランチェスコ・トリスターノ・シュリメ) / 2010/02/26掲載
【特別企画】テクノとピアノ フランチェスコ・トリスターノ・シュリメの正体
グルダ、グールド、シュリメ――
YouTubeで“Friedrich Gulda”と“Light My Fire”をキーワードに検索すると、
フリードリヒ・グルダが超絶技巧のピアノで「ハートに火をつけて」を披露している映像を目にすることができる。「ハートに火をつけて」は、言うまでもなく、1967年に発表されたあの
ドアーズのヒット曲だ。
フリードリヒ・グルダ(1930〜2000)は、60年代後半の時点ですでにクラシックの世界では巨匠という評価を得ていた。しかし、70年前後を境に、彼はクラシックとジャズの演奏を両立させる道を選んだ。なぜかというと、グルダは自分が“20世紀”の後半――音楽史的に言うと、“ジャズとロックの時代”に生きていることを鋭く自覚していたからだろう。だからこそ彼は、時代の大きなうねりの中に進んで身を投じ、さまざまな批判を浴びながらも、独自の道を追求し続けたのだ。

Francesco Tristano Schlime
このような意味で、グルダをクラシックの世界では稀有な“20世紀のピアニスト”とするなら、
フランチェスコ・トリスターノ・シュリメ(Francesco Tristano Schlime)は、まさしく“21世紀のピアニスト”である。なぜならこのルクセンブルク出身のピアニストは、クラシックとテクノの演奏を両立させているのだから。無論、シュリメはグルダを尊敬している。が、シュリメは、グルダ以上にグレン・グルード(1932〜82)に通じる資質と志向を併せ持った俊才だ。2人を結びつける最大のキーワードは、“バッハ”と“テクロジー”。“バッハ”について触れておくと、どちらもデビュー・アルバムは『ゴルドベルク変奏曲』である。
グールドは録音テクロジーに強い関心を抱き続け、レコーディングの編集をひとつの創作行為と捉えていた。また、『ゴルドベルク変奏曲』(1955年録音)があれほど大きな衝撃を音楽界に与えたのは、ピアノで『ゴルドベルク』を録音するということ自体が“解釈”の域を超えた創作行為だったからである。こんなグールドが、もし“21世紀”に生きているピアニストだったら……。現に“21世紀”に生きているシュリメは、クラシック・ピアニストとして活動しつつ、ピアノとコンピュータでオリジナル作品を創作してきた。ソロ・アルバム
『ノット・フォー・ピアノ』や
アウフガング(AUFGANG)の
同名デビュー・アルバムは、こうした側面が打ち出されたプロジェクト。アウフガングは、2台のピアノ+ドラムス with エレクトロニクスという編成のトリオである。

AUFGANG
すべての音楽は、どこかで繋がっている。また、音楽は時代とともに変化する。ただし、変わらない部分もあれば、変わる部分もある。シュリメは、意識的にジャンルを超えているわけではない。ただ“バッハ”と“テクノ”を、同一線上にある“音楽”として奏で ているだけだ。が、過去や同時代の音楽に対する深い関心、知識、洞察力、さらには音楽家としての技量や創造力を持ち合わせていなければ、こんなことはできない。
去る2月21日に東京・Hakuju Hallで行なわれたリサイタルは、このようなシュリメの全体像をできるだけ伝えることに配慮されたプログラム(オリジナル曲、
バッハ、
ハイドン、
ストラヴィンスキー)だった。ところが、アンコールの2曲目に演奏された「Cubano」は、未発表のオリジナル曲。しかも、音楽的にもまったくの予想外だったが、終演後、シュリメ本人に確認したところ、案の定このラテン調の「Cubano」はキューバのピアニスト、故
ルベーン・ゴンザレスへのオマージュとのこと。それにしても、まさかシュリメと『ブエナビスタ・ソシアル・クラブ』が繋がっているとは!
文/渡辺 亨