【スガダイロー】 ジャズ界に新風を巻き起こす侍ピアニスト 新作は気心知れたトリオでの“短編集”

スガダイロー   2009/07/14掲載
 切った張ったのセッションあれば、北だろうが南だろうが駆けつけばっさりと斬りつけ、なんでもアリの自由と洒落を謳歌する。だが、1974年生まれなのに、クラブ音楽には流れず。そんな、ばりばり硬派なかっとびジャズ・ピアニストがスガダイローだ。その勇姿は鈴木勲OMA SOUND(現在は脱退)や、渋さ知らズなどでもチェックすることができるが、やはり彼の本懐はそのリーダー作でこそ輝く。

 いろんな編成の演奏が収められた『スガダイローの肖像』に続く、ソロ第2作『坂本龍馬の拳銃〜須賀大郎短編集〜(上)』はトリオによるもの。そこで彼は気心知れたリズム隊とともに、嵐のような気持ちと美意識あふれる冒険ピアノ・トリオ表現を悠々と展開する。そして、その奥から浮かび上がるのは、“ソレデイイノ?”という、澄んだバカヤロー精神だ。



――加藤真一(b)とのデュオによる『ジャズ・テロリズム』2部作も着物のジャケット写真でしたが、けっこう“和”が好きなんですか。
スガダイロー(以下、同) 「ま、流れ的に。もう、退くに退けない(笑)。今回一番のお手柄が、この坂本龍馬ジャケかも」


――今回は“須賀大郎”と、アーティスト表記が漢字になっていますが。
 「そうですね、小説っぽく。単行本みたいに」


――小さい頃からずっとピアノ少年ですか。
 「最初はクラシックです。高校で一回やめて、大学は最初、生物学専攻で入学して、その後に音大に入り直しました」


――理系でもあったわけですか。それって、音楽に活かされている部分あります?
 「ありますね。作曲とかで」


――たとえば、アンソニー・ブラクストン(リード奏者)って、変な数値や図式みたいなのを曲目に付けたりしたじゃないですか。
 「あー。そこまで数学を使おうとは思ってないけど、コンセプト的にはそうです。一つアイディアを作って、そこから1+1は2だったら、次は1+2は3だろみたいな感じで、自動的に進んでいくように曲を作ったり、演奏したりしている」





――音大に入り直したのは、クラシックではなくジャズをやりたくてですよね。ジャズはいつ頃から聴いているんですか。
 「ジャズは中学ぐらいからで、ロックは通ってないです。好きだったのは、ジョン・ルイス(モダン・ジャズ・カルテットのピアニスト)。彼はちょっと変態ですね、あの人はなんか異様な空気が流れていた」


――それで、日本の音大の後、バークリー音楽大学に行ったんですね。
 「強い気持ちを持っていたわけではないけど、ちゃんと4年間いて卒業しました。専攻はパフォーマンスで、演奏技術を上げることを目的とするもの。バークリーに行って、自分が日本人である、それをちゃんと主張しなきゃと思うようになりました」


――それから日本に戻ってきて、渋さ知らズに関与したという感じですか。
 「そうですね。その前はわりとちゃんとジャズを演奏していましたね。そうしなきゃヤバいんじゃないか、みたいな空気があった。でも半年ぐらいで“アメリカまで行ってこれでは駄目でしょ”となって、好き勝手いくことにしました。それで1年間ぐらい仕事がなくなって、馬鹿にされて。でも、そうすると寄ってくる人もいて(笑)」


―― 一緒に演奏してきた人って、傾向はありますか。
 「だいたい可愛がってくれる人はドラムかベースですね。フロントの楽器から呼ばれるということはないです」


――そして昨年『スガダイローの肖像』を出しましたが、今振り返ると前作はどんなアルバムだと思っています?
 「祭り、ですね。方向も決めてないのに“じゃ、出すか”というノリだったので。とっちらかってはいるけど、言いたいことは言えているな」


――続く今作は、トリオでレコーディングしています。トリオは自分を出しやすい器ではあるんですか。
 「そういうわけではないですね。たまたま今回はコレという感じかな。このメンバーになった時点で“これはいけるな”と思った。ベースはバークリーでの仲間。ドラムは僕が最初に入った東京農工大学のジャズ研の仲間です」


――けっこう、古い付き合いですね。
 「はい、古い仲ですね」


―― 一緒にやる人を選ぶときに、音楽的なこととともに、何かが通じ合わなきゃ駄目とかというのはあります?
 「そうですね、僕はけっこうそれを大事にする。要は、自分たちの共同意識みたいなのがあれば一緒にでき