泣けて笑えて、また泣けて、また笑えて――近田春夫×児玉雨子

近田春夫   2018/10/30掲載
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 近田春夫が38年ぶりのソロ・アルバム『超冗談だから』を発表した。近田が曲作りに一切タッチせず“歌手”に徹した異色作だ。全10曲中、ジューシィ・フルーツの『BITTERSWEET』(2018年2月)に提供した「ラニーニャ 情熱のエルニーニョ」と1979年のシングル曲「ああ、レディハリケーン」のセルフ・カヴァー以外、曲はコンペで集め、作詞は秋元 康のんに1曲ずつ発注。残る6曲はすべて児玉雨子に委ねている。

 児玉は高校時代に作詞家デビューし、アンジュルム乙女の逆襲」、モーニング娘。'17弩級のゴーサイン」、カントリー・ガールズ愛おしくってごめんね」などでハロプロ・アイドルのファンにはおなじみの俊英。近田は以前から「週刊文春」の連載コラム「近田春夫の考えるヒット」で彼女の詞を絶賛していた。

 僕も児玉の詞は好きだったから二人が組んだことはうれしかったのだが、それにしても6曲とは驚いた。何がどうしてそんなことになったのか? 両者のコラボはどんな化学変化を生んだのか? つかそもそも児玉は近田を知っていたのか? 67歳(1951年生まれ)と24歳(1993年生まれ)、ともに横浜在住の42歳違いの対談をお届けする。近田からアルバムの采配を任された担当ディレクターの川口法博氏にも同席してもらった。
近田 「いや、今日はほんとにうれしいですよ」
児玉 「わたしもすごくうれしいです。ありがとうございます」
近田 「レコーディングのときに会ってはいたけど、そんなに話もしなかったから」
児玉 「ですよね。帰りの電車でも“横浜に何年住まれてますか? わたしはずっとこっちなんですけど”くらいしか話してないし」
近田 「そう。僕は37〜8年前に東京から横浜に移ったから、彼女が生まれるずっと前から住んでるんだよね。若すぎるっつーの(笑)」
――そんな若い児玉さんに、キャリア50年近い近田さんが歌詞の7割を任された『超冗談だから』は衝撃的なアルバムでした。まずはその経緯からうかがえますか?
近田 「僕は文春で毎週J-POPについて原稿を書いてるんですけども、背景とか経緯にはよっぽど気になるとき以外は目をやらないで、一回聴いただけのインプレッションで書くようにしてるんですよ。ソムリエのテイスティングみたいに。でね、実際のところは知らないけども、J-POPって曲に適当な言葉をはめてるだけみたいな歌詞が多くて、詞が全体を牽引してるような作品って少ない気がするんです。その傾向がここ何年かますます強まってる気がしてたんだけど、たまたま児玉さんが書いた曲が回ってきて、いくつか聴いたときに、まず歌詞カードを見てなくても言葉がすっと入ってくる。これがいまどきなかなかないんだけど、ちゃんと歌謡曲的な語彙を押さえた文学的な詞でありながら、ヒップホップ以降の言葉の音響的な快感をうまくドッキングさせてるっつーのかな、すごく新鮮だったんですよ。タイトルもなんか引っかかるものがあって、普通アイドルの曲に〈低温火傷〉(つばきファクトリー)ってつけないよね」
児玉 「あははは」
近田 「悪意と言っちゃ悪いけど、素直な気持ちで出した詞じゃないだろうなっていうのと、それでもOKさせるだけの説得力があるってところで印象に残ったわけです。言葉の強さを持ってる。詞だけで"どんな人なんだろう"って興味を惹く人って、ほんと、ここ何年かいなかったんですよ。生意気な言い方で失礼だけども」
児玉 「いやいや……光栄です」
近田 「自分の直感みたいなもので、この人はいまの時代なりの職業作詞家というものを、ものすごくちゃんと意識して仕事してる人なんじゃないかなって思ったんですよ。いまはそういう意味での作詞家っていうと、結局、秋元(康)しかいないんだよね。阿久(悠)先生も亡くなったし、松本(隆)さんは枯れちゃってるし(笑)。そんなわけで、児玉雨子さんの名前はずっと気になってたんです。で、今回のアルバムのために川口さんが曲を集めてくれたときに、AxSxEさんが書いてくれた表題曲の〈超冗談だから〉を聴いて、すごくかっこいいと思ったんだけど、今回は詞は書かないって最初から決めてたんで、川口さんに“ご希望ありますか?”って訊かれたときに“児玉雨子さんって人、どうですかね?”って言ったの。川口さんも知らなかったんだよね」
川口 「知りませんでした。ごめんなさいね」
児玉 「いえいえ」
近田 「そしたら二つ返事で引き受けてくれて、仕上がってくるのがやたら早い上に、すごくいいんですよ。最初は秋元とのんちゃんに頼んだ以外の6曲もいろんな人に詞も頼もうって言ってたんだけども、面白いからもう一曲児玉さんに頼んでみようかって頼んだら、それもあっという間に仕上がってくる。そうこうするうちに“よし、残り全部これでいこう!”って(笑)。話が長くなりましたけども、そういうことです」
――児玉さんは近田さんのことはご存じでしたか?
児玉 「文春で書いてくださったことは知ってました。でもわたし、近田さんだってことを知らないまま〈きりきり舞い〉のカヴァー(『天然の美』収録)とか聴いてたんですよね。最初に川口さんからご連絡いただいたときは、嘘だと思ってたんですけど(笑)。ビクターの悪いやつが近田さんの名前を借りて詐欺してきたな、って。だから適当に“大丈夫でーす”って返事したら、あ、ほんとに曲きた! ほんとに近田さんだ!って、それこそ超冗談でしょ?って感じでした。最初はちゃんと近田さんのことを全部知った上で書いたほうがいいのかな?とも思ったんですけど、近田さんはそういう媚びを求めてないだろうな、全然バックグラウンドが違うからこそ出てくるものを期待してくれてるだろうな、って勝手に思い直して、前情報を排して書いて。恐る恐る送ったら、川口さんも近田さんも“いいね、OKOK”って仰って、え、え、いいの?みたいな。結果、リテイク(改稿)なしでした」
川口 「ひとつエピソードを明かしますと、児玉さんから届いた詞を近田さんに送ったら読んで泣いて、その泣き顔を自撮りして写メで送ってきたんですよ(笑)」
近田 「詞に感動しちゃったんだよね」
児玉 「“泣いたらしいですよ”ってメールをいただきました」
近田 「児玉さんが書いてくれた詞には何度も泣いちゃいましたよ。内容よりも、詞のすばらしさだよね、純粋に。このメロディにこの詞をはめてくれたっていうさ、才能に感動しちゃったんだな」
児玉 「いやいや、ほんと滅相もないです」
近田 「あぁ俺の目に間違いはなかった、っていうのもあった(笑)。あと、これ最初に書いてもらった曲じゃない。ここから始まることがうれしかったんでしょうね」
児玉 「ありがたい……」
近田 「AxSxEさんの曲もさ、かっこいいし、新しさがあるよね」
児玉 「最初は近田さんが書いた曲だと思い込んでて“メロディ、若っ!”ってびっくりしました。違うって聞いて同世代の作曲家かなって思ったんですけど、AxSxEさんだって知らされて、それにしてもすごいなって」
――近田さんの歌も溌剌としていますよね。
児玉 「レコーディングに立ち会ったとき“声、若っ!”って思いました」
近田 「若いよね(笑)。前より若くなってる気がするんですよ。僕、もともとヴォーカリストって意識があんまりなくてさ、歌をうたうときは仮歌に近い意識でやってたんですよ。ちゃんと歌えるんだけど、それより楽器を演奏することが好きで、自分の歌にこだわりもなかったの。なんだけど、このアルバムを作るきっかけにもなったジューシィ・フルーツのライヴのときに(2017年11月)ジューシィのみんなに頼まれて、ここにも入ってる〈ああ、レディハリケーン〉をリハで歌ったら、われながら前より声出てんなって思ったんだよね。それはなんでなのか考えたら、俺は前より自分に自信があるんだな、みたいな。人間としてね。長く歌ってなかったけども、その間もずっと自分なりに音楽について考えてもいたし、作品も作ってたし。若いころは半分おふざけでやってたようなイメージがあって、あんまり評価もされなかったしさ」
――いや、そんなことはないと思いますけど……。
近田 「でも売れなかったからね(笑)。そんな中でどっかさ、すねてたわけじゃないんだけど、なんであいつが売れてるんだ、なんで俺じゃねえんだって、それこそ〈夢見るベッドタウン〉の児玉さんの詞(どうしてアイツが オレじゃないんだ)みたいにさ、ずっと思ってたんですよ。だけどその一方で、やっぱり俺には才能があるんじゃないかなって自然に信じてもいて。そうじゃなかったらとっくにいなくなってたと思うしさ。それで実際に声を出してみて、自分で前より絶対いいなと思ったら、聴いた川口さんが“近田さん、すごくいいですよ”って言ってくれて、そこで“あ、俺の歌はいいんだな”と思って。っていうところがスタートだったんですけども、声の若さは自分の内面っていうか、気の部分が若いってことなんじゃないかと思うんですよ」
――若いとか老けたというより、生命力、エネルギーを感じました。
児玉 「うんうん」
近田 「そこだよね。強いよね、自分で言うのも変だけど(笑)。それは自分がリスナーとなって聴いてみたときに思った。僕はずっと昔から原稿を書いたりしてたことが幸いしてというか災いしてというか、自分の楽曲に関してもそうとう俯瞰して聴けるんですよ。そうやって客観的にアルバムを聴いててね、作品もいいけど、この声は商売になるなと思いましたよ」
――作詞のオファーがきたとき、曲ごとのお題はありましたか?
児玉 「や、何も。“好きにやっていいから”って言ってくださって、やだ、よけい緊張する……とか思いながら(笑)。でもほんとにどの曲も自由にやれて、すごく楽しかったです。この曲はこうしたほうがいいんじゃないかな?とか、近田さんこういうこと歌ったらすっごくよくない?とか、考えるっていうより遊ぶ、に近いものでした」
――近田さんに関する前情報は排して取り組んだと仰っていましたよね。
児玉 「いわゆる一般的な経歴とヴィジュアルだけですね。声は変わってるだろうとわたしも思ってて、いまの声は知らないからそれはお楽しみにとっとくみたいな。とにかくメロがどれもすごくいいので、好き勝手にやって、川口さんに送って……の繰り返しでした。ただ、大人の方に書くのは初めてだったので、大人に歌ってほしいこととか、わたしの世代が歌うと説得力がなかったりすることは考えましたね。例えば〈夢見るベッドタウン〉は、近田さんみたいなベテランの方が“いいよ、帰ろうよ。寝ようぜ”って言ってくれたら労働環境が改善されるかなって(笑)。あと〈きりきり舞い〉が好きだったから、近田さんに女言葉を歌ってほしいところもありました。“帰りたくないわ”(今夜もテンテテン)とか“あんたは私の 愉しいだけの男”(超冗談だから)とか。そういうのがいちばんセクシーだなっていつも感じるんですよ。それで無茶をお願いして」
――大人の男性が女言葉を歌うのがセクシーなんて、24歳にして驚愕のセンスですね。
近田 「ほんとそうですよ。自分の24歳のころのことを思い出すとね」
児玉 「いやいやいやいや(笑)」
――児玉さんが楽しんでくれたのは近田さんもうれしかったのでは?
近田 「うん。どの詞もね、強いんですよ。その強さがああいう歌い方に僕を誘ったんだと思います。メロディとか和声もあるけど、今回は言葉の強さっていうものをすごく感じました」
――どの曲も明確にストーリーがありますよね。「0発100中」はちょっと男同士のラブ・ストーリーっぽくて……。
近田 「ほら! 絶対そう思うよ」
児玉 「やっぱりそうなんですか? わたしレコーディングで初めて近田さんにお会いして、第一声じゃないかもしれないけど第二、三声あたりで“これってゲイの歌でしょ?”って言われたんですよ(笑)」
近田 「そうじゃないにしてもさ、若いころ“リボルバー”とか“マシンガン”って呼ばれる人ってなかなかいないよね。“おうマシンガン”“なんだリボルバー”って(笑)」
児玉 「あはははは! 別に決めてはなくて、異性愛でも同性愛でもどっちでもいいようにはしてるんですけど、平成生まれの若造として、昭和のイメージをあえてざっくりと描いてみたんです。昭和って長いから一緒くたにはできないって頭ではわかってるんですけど、リアルタイムじゃないと実感がないから、若い人が聴いても“あー昭和だな”って思うような感じにしようと」
近田 「俺らに言わせると戦前も昭和だからさ。“昭和歌謡”とか言われると、どの時代のこと言ってんの?って思うよね」
児玉 「だから〈0発100中〉は“バグった昭和歌謡”って呼んでるんです(笑)。海外の人が日本に対して、いまだにフジヤマ、ゲイシャ、スシ、ニンジャ、みたいなイメージを持ってるのがちょっと面白かったりするじゃないですか。それを時代に置き換えてみたいと思って」
――感服しました。児玉さんの詞には批評性があってロジカルですよね。ただキャッチーな言葉を並べるんじゃなくて、テーマ、ストーリー、言葉選びと、ひとつひとつのプロセスにいちいちちゃんと引っかかりながら作っている感触があります。
近田 「僕もさ、一緒にやり始めてからさ、どんな詞を書いてんのかなってちょっと気になるじゃないさ。で、なんとなくサラッと見るじゃないさ。そうすっとさ、とにかく無意味な詞がないんだよね」
児玉 「ほ、ほんとですか?」
近田 「うん。無意味な詞って意味ないんですよ(笑)。やっぱ僕は詞は意味だと思ってるから。それはどんな意味なのかって言われたときに、言葉にできるかどうかは別としてね。今回書いてもらった歌詞も、いちいち意味を感じますよね」
児玉 「〈今夜もテンテテン〉は大丈夫でした(笑)? テンテテンですよ?」
近田 「あれはいいよ。俺はすごい好き。今回の詞は全部好きだよ、ほんとに」
児玉 「あ、ありがとうございます」
――「途端・途端・途端」とか、昔の曲ですけど「キサス・キサス・キサス」(トリオ・ロス・パンチョスナット・キング・コールアイ・ジョージなど)を思い出しました。
児玉 「これ最後まで仮タイトルだったんですけどね。曲中、途端って一回しか言ってないじゃん、どうすっかなって(笑)。でもこねくり回さないほうに落ち着きました」
近田 「耳にフィジカルに心地よくてちゃんと意味のある言葉をさ、うまく見つけてくるよね。ザ行とか多いじゃないですか。あれ、スピード感が出ていいんですよ」
児玉 「超冗談“だ”から、とか。濁音と半濁音の口触りが好きなんです」
近田 「詞をもらってからさ、俺だったらここはこう書くな、とかさ、ここの譜割はこっちじゃなくてこっちを伸ばすな、とかさ、思うじゃないさ。そこらへんに世代を感じるのも面白かったですね」
川口 「譜割は児玉さんが仮歌をうたったデモをもらって、基本そのまんまです」
児玉 「いままでわたしが仕事したのってほとんど女性ヴォーカルだったり、声の高い男性が多かったので、歌った後でちょこちょこっとピッチ直して終わりだったんですけど、男性ヴォーカルだとキーを変えないといけないので、Cubase(音楽制作ソフト)の勉強になりました(笑)。ただ指定の場所に数字を入れるだけで、簡単すぎてずっこけましたが……」
近田 「大変だったでしょ」
児玉 「お聴き苦しくてすみませんでした。わたし、アルバムの音源をいただいて、いちばん聴いてるのは〈ラニーニャ 情熱のエルニーニョ〉なんです。自分の詞はちょっと恥ずかしいなと思って、それこそ秋元先生(ご機嫌カブリオレ)とかのんちゃん(ゆっくり飛んでけ)の曲から聴いていってたら、〈レディハリケーン〉と〈ラニーニャ〉がよすぎる、って。〈ラニーニャ〉は“嵐の前触れエ ックスタシー”のところが、歌詞カード上で美しいんですよね。わたし、いつも行替えとかスペースの空け方って身を切る思いで、慎重すぎるくらい慎重にやってるんですけど、ここはすごく軽やかで。曲を書いてないわたしには、こういう思い切りはできないなって」
近田 「それはあるね。言葉と旋律との関係を一緒くたに考えないとできないことだからね」
児玉 「譜割も素敵すぎます。これは作詞家と作曲家の分業ではできないなと」
――「超冗談だから」で“あんなのは嘘だから”を“あんななァ嘘だから”って歌っていますよね。あれも児玉さんの仮歌通りですか?
児玉 「はい。当初は“あんなんは”という読みでルビを振っていましたが、とにかく話し言葉のように砕けてもらえればなんでもよくて」
近田 「あれは自分のキャラクターに合ってたよ」
児玉 「“あんなのは”ってはっきり絶対に言わないなって、勝手に(笑)」
――近田さんのことをろくに知らずに作ったとは思えないほどピッタリでした。
近田 「うん。違和感のある箇所がひとつもなかったですね」
児玉 「偶然だと思います(笑)。でもわたし、ハロプロの曲とかたくさん書かせてもらってますけど、ハロプロの子たちのパーソナリティまではあんまりよく知らないんですよ。インタビューで“◯◯ちゃんのこういうところがかわいいですよね”とか言われても“そ、そうなんですね……”みたいな感じなんですけど、パブリック・イメージと実際に会ったときの印象とのギャップや微妙な交錯点みたいのを探るのがけっこう好きで。アイドルの子に会っても、全然話さないですし」
近田 「でも一応会ったりはするんだ」
児玉 「書く前に会うことはあんまりなくて、後からライヴで“あのときはありがとうございました”ってご挨拶するくらいです。必ずしも仲良しこよしになることがいいことでもないと思うので」
――先生って呼ばれたりしませんか?
児玉 「ふざけてならあります。“よっ、児玉センセー”みたいな」
――近田さんはけっこうご経験あるんじゃないですか。
近田 「そういう意味ではないですけど、もともとが先生体質なんで」
児玉 「先生体質……(笑)」
――その先生体質の近田さんが、作詞・作曲を他人に丸投げするってアイディアがそもそも大胆ですよね。どっちかっていうと作家のイメージのほうが強いくらいなのに。
近田 「このスタイルで吹き込んだこと自体にケミストリーがあった気がしますね、自分の中で。いつもは自分で自分のヴォーカルのディレクションもしてるから、最終的にOK出すのは僕なんだけど、今回は一切OK出してないから。まな板の鯉に徹してみることで、いままでとは違う、なんて言ったらいいのかわかんないけど、集中力みたいなものが出たっていうのかな。とにかく何も心配せずに現場に行って歌を吹き込んで、川口さんに“OKです”って言われたら、どっか不安なところがあっても“はい、ありがとうございます”って言って、判断を委ねるっていうね。だから今回は歌録りは早く終わりましたよね」
川口 「そうでしたね」
近田 「川口さん、上手なんですよ。ディレクションが。乗せ上手だから。“ほんとにいいのかなぁ”って思うんだけど(笑)、いいっつってるからいいや、“おつかれさま〜”って帰るようにしてたことが、結果的にこの新鮮で若々しい歌になったんじゃないかと」
――これまで閉じていた扉が開いたみたいな?
近田 「ジェネシスってバンドがあんじゃん。(初代ヴォーカリストの)ピーター・ゲイブリエルがやめちゃってさ、ドラマーのフィル・コリンズが歌ったらさ、やたらうまくてさ。それからあの人、歌い手になっちゃったじゃん。ある意味あれと通じるっていうかさ、俺も歌手でいけるんじゃねえかなって。和製フィル・コリンズみたいな(笑)」
――和製フィル・コリンズの誕生に児玉さんは貢献されたわけですね。
児玉 「光栄でございます! 実はわたし、男性ヴォーカルに関してずっとモヤモヤしてたことがあって、シンガー・ソングライターにしても歌手にしても、なんでみんなボクボク言っててオレって歌わないの?って。歌ってる人はいるんですけど、少なすぎて」
近田 「あぁ。たしかにそうだね」
児玉 「わたし日本人男性ほど一人称を鮮やかに使い分ける生き物はいないと思ってるんです。近田さんが評論してくださった曲でも、“ボク”から“オレ”になっても(カントリー・ガールズ / Good Boy Bad Girl)って書いてますけど、男性ってある年齢で一人称がオレになって、以後もボクになったりワタシになったり、すごく自然に使い分けるじゃないですか。どうしてその面白さを生かさないんだろうって。でもわたしは自分で歌う人じゃないし、女性ヴォーカルの仕事が多かったから、実践の機会がなかったんですけど、今回は“好きなように書いていいよ”って言われたから、これどっちにしようかな、漢字かな、カタカナかな……とか考えて、すっごく楽しかったです。しかも近田さん、どの一人称もピッタリはまってるし」
近田 「ほんとそうだよ。歌ってて、なんでこんなピッタリくるんだろって思った(笑)」
児玉 「18歳くらいの若者がイキってクラブに行きました、みたいな感じのときもあれば、成熟した大人になったり、20代後半で魔が差して浮気しちゃった男とか(笑)、いろんな人になっていくんですよね。近田さんらしさはしっかりあった上で、スライムのようにいろんな人になるから驚きっぱなしでした。わたしがお邪魔したとき、最初に〈ミス・ミラーボール〉を歌ったんですけど、大人の色気でかっこいい!って思ってたら、次の〈夢見るベッドタウン〉でサラリーマンになって、でもヴォーカル・ブースから出てきたときは小学5年生の少年みたいになってて(笑)。ちょっと涙ぐんで、友達と喧嘩して担任の先生にゲンコツ食らった子が“俺、悪くねえし”ってすねてるみたいな」
――完全に歌手ですね、近田さん。
近田 「歌手ですよ(笑)。でも元は楽器演奏者だからね、基本的には。昔はキーボードが重かったんですよ。そのトランポ(運搬)がイヤでヴォーカルに転向したの。いまは楽器も小さくなったし、ライトニングケーブルでiPadとつないで、音源はもともと入ってるGarageBandのハモンドオルガンしか使わないから、やっとキーボード奏者に戻れたの」
――児玉さんは作詞家としてどんなものに影響を受けてきたんでしょうか?
児玉 「単純にピンク・レディーの曲が好きなので無意識のうちに阿久 悠に影響されてもいるんですけど、物心着いてからいちばん影響を受けたのは江戸文芸なんですよ。触れたのはほんの二、三年前ですが、黄表紙・洒落本の雰囲気とか、あと俳諧が好きで読んでいました。何人かで集まって“次は体言止め”とか“次は月にまつわること”とか決まりを設けて連歌形式で句を交わしていく遊びなんですけど、その場その場で生まれるものだし、一句でも成立するし、全体の流れもなんとなくあって、お話が見えるんですよね。あとわたし、まじめなことをまじめに書くのが恥ずかしくて、ちょっと笑えないとイヤなんですけど、それも江戸文芸の侘しみ、軽みでもあるし、もしかしたら歌謡曲の根本じゃないのかなって最近、偉そうに思ったんです。阿久さんの歌詞もちょっと笑えるし、これは阿久さんじゃないけど〈お祭りマンボ〉(作詞: 原 六朗)が大好きで。最後、いいのそれで?みたいな終わり方するじゃないですか。“ヘソクリとられ”るのはまだいいけど、“家を焼かれ”てるの大惨事じゃん、“あとの祭りよ”で終わっちゃって大丈夫?みたいな(笑)。悲しさと、それを笑い飛ばす感じが面白すぎる!と思って。近田さんの曲ではそれをすごく意識しました。女にフラれて泣けてくるんだけど、笑えてもくるみたいな」
川口 「児玉さん、それ近田さんがずーっとやってきたことですよ」
児玉 「泣けて笑えて、また泣けて、また笑えて。その繰り返しが好きなんです」
近田 「僕は自分の人生のモットーとして“鉄の意志でふざけ続ける”っていうのがあるんですよ(笑)」
児玉 「鉄の意志(笑)。もうすぐ終わりますけど、平成はまじめなムードが強かったじゃないですか。むしろ楽しんでいる人間を憎まなくてはならないような。わたし最近、同世代の人と話してても、そろそろみんなふざけたくなってるんじゃないかなって思うんです。“まじめ飽きた!”みたいになってて」
近田 「ふざけると怒られるからさ、怒られない環境を自分で作ればいいんですよ。俺はさ、ステージ4の癌になって手術して、いまは治っちゃったけど、そういう人間だったらさ、癌のことをどれだけ茶化しても怒られないでしょ。ステージ4までなったのは嘘じゃないからさ。つんく♂が声出なくなったのもおちょくれるじゃん(笑)」
児玉 「怒られない環境……わたしはどうしましょう(笑)。ただ、ふざけたいとウズウズしているときに、こうして鉄の意志でふざけるプロと、遊びながら楽しんでやれて、見えない力が働いたなって思いました」
近田 「縁ってありますよね」
児玉 「このアルバム、まじめに飽きた十代、二十代の人にも聴いてほしいですね。“近田春夫って誰? 知らなーい”みたいな人にも“いいから騙されたと思って聴いて! めっちゃ面白いから!”っておすすめしたいです」
近田 「自分で言うのもなんだけど、面白いアルバムだと思うよ。児玉さんはさ、僕のほうに寄ってくるんじゃなくて、想像でいろんなことを書いてくれてて、当たってる部分もあるし違う部分もあるんだけど、彼女なりの解釈で言葉を選んでくれたりとか、シチュエーションを考えてくれたりとかしたことによって、逆に“なるほどな、こういう気持ちを歌うこともできるんだな”って思えたんだよね。一曲一曲にいろんな気持ちがあって、その気持ちを歌うことで、いままでになかった表現を発見することができたっていう。そこはすごく面白かった。自分で詞を書いてたら絶対にできないことだからさ」
――最後にお互いに訊いてみたいこととかありますか?
近田 「僕はタブーがないですから、なんでもどうぞ」
児玉 「えっと……地元話で恐縮ですけど、中区あたりの……たとえば伊勢佐木町のいいお店教えてください」
近田 「伊勢佐木町ね。いっぱいあるけど、僕がいちばん好きなのはね、真ん中の大通りあるじゃん。あれをずっと行くとさ、リンガーハットの前のところに街路樹があるじゃん」
児玉 「あります、あります」
近田 「あの木の根っこのところにさ、円形のベンチみたいなのがあるじゃん。あそこに座ってさ、リンガーハットの一個手前のコンビニで買った缶ビールを飲むのがさ、僕はいちばん好きなんですよ」
児玉 「(笑)。わたしも、お酒は強くないどころか下戸に近いのですが、駅のロータリーとか大きな公園でひとりで飲んで、頭痛くなりながら行き交う人たちを見るのが好きです。人が通り過ぎる場所に行きたいんですよ。ほんとは駅で飲みたいです」
近田 「公園ではよく飲みますよ。お店より楽しいからさ」
児玉 「楽しいですよね! わたしも好きです、公共の場。いろんな題材が泳いでる歩いてる。生簀みたい(笑)」
近田 「やっぱり悪意があるね(笑)」
――近田さんから児玉さんに訊いてみたいことはないですか?
近田 「児玉さんは作詞家であり、小説家でもあるじゃないですか」
児玉 「本は出してないですけど、連載はしてます(『月刊NewType』で2015年から『模像系彼女しーちゃんとX人の彼』を連載中)」
近田 「これからどういうものを書こうと思ってるの?」
児玉 「詞に関しては場当たり主義でやってるんですけど、小説をもうちょっと腰を据えて書きたいなとは思ってます。っていうか、書いてます。これを読んでいる出版関係者さん、お待ちしてま〜す(笑)」
近田 「小説を書くのと詞を書くのって違いますよね」
児玉 「違うところを使ってますね」
近田 「どう使い分けてるのかな、ってのを知りたかったんですよ」
児玉 「朝井リョウさんと柚木麻子さんと鼎談をさせてもらったときに(『CDジャーナル』2018年4月号)、お二方がずっと歌詞の意味の話をされてたのが面白かったんです。わたしは音の響き優先で書いていて。実際その場で訊かれたことではありませんが、例えば、普通は“男も女も”ってくるところを“女も男も”にしたら、女の子が強い的な意味だと解釈される。でも、メロの乗り的にンの音が入ると歌いづらいだろうから、一音でオンってまとめられるようにとしか考えてなかった、というような……。やっぱり歌詞と文章って違うんだなってわたしも感じます。でも、こちらの手を離れて解釈されるのって面白いんですよね、歌い手にしても聴き手にしても。近田さんも自由に解釈して歌ってくださるじゃないですか。“そういうふうに歌うとこうなるんだ!”っていう驚きは、職業作家的にすごく楽しいです」
近田 「その気持ちはわかりますよ」
児玉 「ライヴで気持ちが盛り上がって歌詞を変えちゃったのがむかし問題になりましたけど、わたしはそういうの喜んじゃいます」
近田 「そのときの気持ちで言葉が変わっちゃうってあるもんね」
児玉 「それが原曲よりよくなったり、それもいいけどやっぱり原曲もいいよねってなったり、相互作用するものだと思うんで。“意味的に大丈夫ですか?”とか訊かれたりしますけど、全然気にしないでください!っていつも言ってます。近田さんも今回のアルバム収録曲をライヴで歌われるとき、ギャンギャン変えてください(笑)」
取材・文 / 高岡洋詞(2018年10月)
Event Schedule
近田春夫ニューアルバム発売記念
「夜の雑談&サイン会」


2018年10月31日(水)20:00〜
東京 HMV record shop 渋谷
出演: 近田春夫 / 司会: 姫乃たま
www.jvcmusic.co.jp/-/News/A026255/4.html
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