2週連続企画 ジョン・レノン『ジョンの魂』 ビートルズ解散後に発表された初のソロ・アルバムを徹底解説

ジョン・レノン   2021/04/16掲載
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 ビートルズが解散した1970年に発表されたジョン・レノンのアルバム『ジョンの魂』が、発売50周年を記念してマルチ・フォーマットで発売されます。オノ・ヨーコとともに新たな一歩を踏み出したこのアルバムを2週連続で紹介。第一週目はアルバム『ジョンの魂』そのものについて、当時のジョンが置かれた状況とアルバム制作の背景を解き明かします。(編集部)
ジョン・レノン
『ジョンの魂:アルティメイト・コレクション』UICY-79517/スーパー・デラックス・エディション(6CD+2Blu-ray)
UICY-79529〜30/2CD
UICY-15983/1CD
 1966年から67年にかけて、サイケデリック時代をくぐり抜けたビートルズは、68年に入ると、一転して簡潔なサウンド作りへと向かっていった。その大きな“結晶”となったのが、自身の会社アップルから68年5月に発売された初のアルバム――しかも2枚組全30曲というボリュームの『ザ・ビートルズ(通称:ホワイト・アルバム)』である。
 先行発売となったシングル「ヘイ・ジュード」と「レボリューション」こそ4人揃っての演奏曲となったものの、アルバム収録曲で“ビートルズ”として演奏されたのは半分しかない。だが、アルバムに収録されたジョンの曲に目を向けてみると、「ヤー・ブルース」や「ジュリア」、それにヨーコが加わった「コンティニューイング・ストーリー・オブ・バンガロウ・ビル」や「レボリューション9」をはじめ、“ビートルズ”のジョンではない表情がすでに見て取れる。
 70年12月11日に発売された『ジョンの魂』の礎ともいえるサウンド作りは、その2枚組制作時期に始まったのだと言ってもいいだろう。言葉を換えるなら、ビートルズとのしがらみの多い共同作業よりもヨーコとの未知なる体験へと歩みを進めようとしていたジョンの新たな意欲が、68年には始まっていたということだ。
 気持ちがビートルズからどんどん離れていくジョンに対し、ビートルズがそれこそ“世界の中心”だったポールはどれだけ辛かったことだろう。69年1月の“ゲット・バック・セッション”や、その後に続くシングル「ジョンとヨーコのバラード」(69年5月発売)、『アビイ・ロード』の制作(7月から8月にかけて集中的にレコーディング)へと移りゆくなか、それでもジョンはヨーコとの活動を変わらず優先させていく。ジョンはビートルズに飽きてしまったというしかない。
ジョン・レノン&オノ・ヨーコ
Photo by Richard DiLello ©Yoko Ono Lennon
 その間の7月4日に、ヨーコの名前を冠したプラスティック・オノ・バンドのデビュー・シングル「平和を我等に」を発表したのに続き、9月13日にはカナダ・トロントのヴァーシティ・スタジアムで開催されたロックンロール・リヴァイヴァル・ショーに、ヨーコ、エリック・クラプトン、クラウス・フォアマン、アラン・ホワイトとともに出演した。
 ステージで「ヤー・ブルース」や、バンドのセカンド・シングルとなった新曲「コールド・ターキー(冷たい七面鳥)」(発売は10月24日)などを披露したジョンは、ビートルズ以外のバンド・サウンドによる音作りへの手応えを得たに違いない。基本に立ち返ってビートルズとしてのライヴ活動を再開したいというポールと、ヨーコとともに新たなバンドでの活動を積極的に進めるジョン。“ビートルズ”をめぐる2人の価値観の違いは明白だった。そして「コールド・ターキー(冷たい七面鳥)」録音直前の9月20日、『アビイ・ロード』発売直前にもかかわらず、ジョンはビートルズ脱退をポールやリンゴに告げたのだった。
 ジョンの脱退発言にショックを受けたポールはその後、スコットランドの自宅(農場)に引き籠ってしまったが、ビートルズの存続は不可能だと覚悟を決めたのだろう。70年4月にポールは、ビートルズの脱退を公に宣言する。その事態にショックを受けたのは、全世界のファン以上にむしろジョン自身だったのかもしれない。自分が先に抜けていたにもかかわらず、自分が作ったビートルズがなくなるという現実を真正面から受け止めることができなかったのだろう。
 そうした時期にアーサー・ヤノフのプライマル療法についての本を読んだジョンは、精神的癒しを得るために、ドラッグや瞑想体験と同じように、すぐさまそれを試してみることにした。そして3月にヨーコとロサンゼルスへ飛び、治療を4ヵ月も受けた。プライマル療法とは、精神的なダメージの根源を過去へと探っていき、“叫ぶこと”によってその傷を癒すという治療法だった。ポールの脱退宣言やビートルズ解散をジョンが乗り越えることができたのは、ヤノフの治療のおかげでもあった。そして、治療を受けている間にジョンは多くの曲を書き上げた。その時に書かれた曲を中心にして制作されたのが『ジョンの魂』である。
 アルバムは、基本的にジョン(ギター)、リンゴ・スター(ドラムス)、クラウス・フォアマン(ベース)という最小限のユニットによる簡潔なサウンドをバックに作り上げられたものだ。共同プロデューサーとして、初のソロ・シングル「インスタント・カーマ」を手掛けたフィル・スペクターが起用された。
 70年2月6日に発売されたそのシングルについて、フィルの手際の良い作業を気に入ったジョンは、長いあいだ棚上げになっていたビートルズのアルバム『ゲット・バック』をフィルの手に委ねた。そして同名映画のサウンドトラックならびにビートルズの最後のオリジナル・アルバム『レット・イット・ビー』として世に出たのはここで言うまでもないだろう。
 『ジョンの魂』でのフィルの貢献度は「ラヴ(愛)」にピアノで参加した程度にとどまったようだが、ジョンが目指した音作りは、フィルの代名詞ともなった“ウォール・オブ・サウンド”(=重厚で壮大なオーケストラ・サウンド)とは真逆だった。それこそポールがゲット・バック・セッションで目指したライヴ感のある音作りだったわけで、何とも皮肉な話ではある。そうしたシンプルなサウンドにはリンゴのシンプルなドラミングは不可欠だ。ジョンにはそんな思いもあったのだろう。
 その結果、アルバムは、ジョンが思いの丈を曝け出した内省的な作品となった。中でも、冒頭に収録された「マザー(母)」でのジョンの悲痛な叫び――「ママ行かないで! パパ帰ってきて!」がすさまじい。ポールを揶揄した「悟り」や「ウェル・ウェル・ウェル」での激しさも同様だが、その一方で、「ラヴ(愛)」や「ぼくを見て」のような優しさあふれる――『ザ・ビートルズ』収録の「ジュリア」や『アビイ・ロード』収録の「ビコーズ」を思わせるジョンの音楽的な振れ幅の広さを実感できる。
 「しっかりジョン」の東洋的なギター・フレーズも耳に残るし、「ノルウェーの森(ノーウェジアン・ウッド)」を強靭なメッセージ・ソングへと転換したかのようなアコースティック・ギターによる「ワーキング・クラス・ヒーロー(労働階級の英雄)」の淡々とした語り口も印象的だ。トリオ演奏の妙とジョンならではの独特のリズム感覚を堪能できる「思い出すんだ」の骨太なサウンドも、『ジョンの魂』の肝とも言えるサウンド作りの象徴的な一曲だろう。さらに言えば、息子ショーンが2020年10月8日に放送されたジョンの生誕80周年記念番組で演奏した痛切なピアノの佳作「孤独」も、今ではジョンの代表曲の一つに数えられるほどになった。
 アルバムにはもう1曲、ジョンのソロの中でもっとも重要な曲「ゴッド(神)」がある。ジョンはこの曲で“信じないもの”についてこう連呼するのだ――「魔法・易経・聖書・タロット・ヒトラー・ジーザス・ケネディ・仏陀・マントラ・ギーター・ヨーガ・王様・エルヴィス・ディラン・ビートルズなんて信じない」と。
 それだけでは終わらない。続けてジョンはこう歌う――「ヨーコと自分だけを信じる。それが現実」だと。ありとあらゆるしがらみから解放されて真っ裸な自分を直視したいジョンならではのあまりに強烈な“人間宣言”だった。
 プライマル療法だけでなく、アルバムにはヨーコからの影響も強く感じられるが、ジョンはヨーコについてこんなふうに語っている――「ビートルズに代わって僕の目を向けさせてくれるヨーコがいるのだ、と判断した時、僕はビートルズをやめる決心をしたんだ」
 ジョンがビートルズから解放され、“個”へと意識を変化させつつあった変革の時期に発売された『ジョンの魂』。ヨーコとの“一心同体”の活動は、ジョンの目をより自分自身へと向けさせる大きな弾みとなり、『ジョンの魂』を制作・発表したことでジョンは60年代=ビートルズの時代に踏ん切りをつけ、ヨーコとともに70年代を生き抜く決意を固めることができたのだ。
文/藤本国彦
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