日本で活動する米国人ジャズ・ピアニスト、ジェイコブ・コーラー関連の2作品がリリースされた。まずジェイコブ・コーラー&横澤徹による『Out of the Blue』は、ストリート・ピアノの代表的存在でもあるジェイコブが2021年に山形市で演奏中に、地元で活動するサックス・プレイヤーの横澤が飛び入り参加し、「ルパン三世」を超絶テクニックで共演したのが始まり。そのYouTubeでの映像は再生回数850万オーバーという注目を集め、今回のデュオ・アルバムに至っている。両者の息の合った演奏が詰まった力作だ。もうひとつはヴァイオリニストの末延麻裕子による『DESIBLANSE ~Paint Your Own Life~』で、プロデュースをジェイコブが手がけ、ヴァイオリンとピアノのデュオを中心としたアルバム。こちらは情熱的なヴァイオリンと懐の深いピアノが激しく拮抗する、エモーショナルな会心作といえる。これら2作品について話を聞いた。
――まず、ジェイコブ・コーラー&横澤徹のアルバムについてうかがわせてください。お二人の最初の出会いとなったのが、2021年に山形でジェイコブさんがストリート・ピアノを演奏していた時に、横澤さんが飛び入りで参加した「ルパン三世」のセッションですよね。その時のことは覚えていますか。
VIDEO
横澤 徹 「ジェイコブ・コーラーっていうピアニストのライヴがある、っていうのは聞いていたんです。それでYouTubeで〈ルパン三世〉を見て、この曲をやりたいなと思って、飛び入りしました」
ジェイコブ・コーラー 「すごく刺激的でしたね。飛び入りはよくステージでやっているから慣れてるけど、こんなにうまい人はそんなにいないんです。最初からすごく滑らかな音で、お互いに盛り上がって興奮してね、情熱的な演奏になって。すごくやりやすいって思ったんですよね。はじめてなのに、何年も一緒にやっているような気持ちになった。最初から息が合っているってわかったんですよね」
横澤 「私もすごくやりやすくて。あんまり余計なことを考えずに、自然に音楽が作れる、そういう感じが最初からしました」
――その後も、サッカー場でとか蔵とか小学校とかで、二人のデュオのライヴをやっていましたよね。やっぱり息が合ったからなんですか。
ジェイコブ 「演奏も良かったんだけど、それだけじゃなくて、やっぱり楽しいんで。一緒に演奏するのが楽しいから、もっとやりたいっていう気持ちになるんですよね。だからライヴの機会を作っていって、反応も良かったしね」
横澤 「そうですね、毎回すごく楽しいです。ジェイコブとやっていると、迷いがなくなる。自然と導かれる感じがありますね」
――それでライヴで演奏するだけじゃなく、アルバムも作ろうってなったんですか。
ジェイコブ 「そうですね。いつかこれを収録したいっていう気持ちがあって、話もしていたんだけど、お互い忙しかったので。でもやっぱりアルバムを作って、みんなに聴かせたいって二人とも思って、やっと今年、アルバムができたんです」
――選曲が興味深いんですが、ジャズのスタンダードや海外のポップス曲が中心で、日本の曲は「ルパン三世のテーマ'78」だけですよね。ライヴでは「銀河鉄道999」や「名探偵コナン」もやっていましたけど、こういう選曲になったのはどうしてですか。
横澤 「私が山梨のジェイコブのところに行ってレコーディングしたんですけど、事前にどういう曲をやるかっていう話はあまりしていなくて。私がふだんやっている曲を中心に用意していったんですね。それで当日、これどうかな? あれどうかな? って決めたんです」
ジェイコブ 「徹さんとは、即興演奏や音楽的な会話をずっと優先していたんです。その気持ちをやっぱりアルバムでも伝えたいなと思って、その場の気分で曲を決めました」
――じゃあレコーディングも同時録音で、いわばスタジオ・ライヴですか。
ジェイコブ 「そうですね。ジャズ・クラブでセッションしているような気持ちでレコーディングしました。ワン・テイクの曲もあるし、多い曲も3テイクぐらい。基本的にほとんど全部1日で録れたんです」
――どの曲も、メイン・テーマのメロディは横澤さんのサックスで、そこからサックス・ソロ~ピアノ・ソロにつないでいく、という流れが多いですね。それも自然に決まっていったんですか。
横澤 「そうですね。自然に僕がメロディを吹いて、っていうことになりました」
ジェイコブ 「曲を決めて、事前になにも練習せず、このインプロはこんな感じで、こういう雰囲気で、このリズムでどうですかとかやりながらね。一発で録れた曲もあったけど、やっぱりもうちょっと、ちゃんとダウンしたほうがいいとか、エンディングはこういう感じのほうがいいとかやりながらレコーディングしましたね」
――1曲目「On the Sunnyside of the Street」から、トレーディング(短いソロの応酬)ですごく熱くなっていくのがいいですね。
ジェイコブ 「この曲はたしか2回録ったと思う」
――それでもう十分ってことですか。
ジェイコブ 「そうだね、もう十分伝わってきたんで。これ以上やると、たぶん逆効果になるっていうか、やりすぎると飛び入り感がなくなっちゃうっていうのもあるし。だから、そこは完璧にやるっていう気持ちじゃなくて、一緒に音楽して、いい会話をしているようなことのほうが大事だなと思って」
――個人的にすごく良かったのは、6曲目の「Superstar」で、二人ともすごく繊細に演奏していますよね。こういう感じを出せるのも、この二人だからなんじゃないかなと思うんですけど、どうですか。
横澤 「そうですね。この曲はすごく大好きで、自分の中でイメージがあるので、それでああいう形になったんだと思います」
ジェイコブ 「この曲は徹さんのリクエストで、僕は演奏したことがなかった。当日、はじめてやったんだけど、ちょっと暗すぎるっていう意見もあって、この曲を入れるかどうか二人とも悩んで。でもほかとは違う雰囲気があって、こういう暗い曲があってもいいなって。そういう判断で入れることにしました。すごくいい曲だし、僕たちの演奏にも合っていると思うし、入れて良かったと思います」
――全体としては音色やムードが洗練されていて、都会的で、粋な作品になっていると思うんですが、仕上がりについてどう思っていますか。
横澤 「そうですね、今のジェイコブと私の演奏が、そのまま形にできたかなっていうのはありますね」
ジェイコブ 「僕もそう思う。5年間、僕と徹さんは何十回も演奏して、音も進化してきたので、それを自然に、考えすぎないで、そのままの音を録りたいなって思っていたから。そんな感じの音を録れて良かったと思います」
――では、リリース記念ライヴも決まっていますが、これからも続けていきたいと思いますか。
ジェイコブ 「そうですね。11月3日が発売記念ライヴなんだけど。その後も定期的にね、1年に5~6回ぐらい、できれば2ヵ月に1度とか、それぐらいのペースで演奏していきたいなという気持ちがあります」
横澤 「私も、これからもずっとやっていきたいなと思いますね」
――続いて末延麻裕子さんのアルバムについてうかがわせてください。今回はジェイコブさんがプロデュースを手がけて、ヴァイオリンとピアノのデュオが中心になっていますね。どうしてジェイコブさんに依頼したんですか。
末延麻裕子 「ジェイコブさんをご紹介いただいて、はじめて演奏を聴きに行かせていただいた時に、ピアノの音が舞っているような感覚があったんです。キラキラしているような。そういう感覚をはじめて体験して、ご一緒できるのがすごくうれしいと思いました」
ジェイコブ 「僕も、こういう方がいるんですよって紹介してもらって、音を聴いて。とても繊細な音で、テクニックもすごいし、激しく情熱的な曲もある。幅広いことができると思って、ぜひプロデュースをさせていただきたいなって思いましたね」
VIDEO
――こんなアルバムにしたい、というのはあったんですか。
ジェイコブ 「アーティストの希望を優先したいなと思いました。希望を聞いてから、自分の意見も出す。末延さんの以前の作品は打ち込みが中心だったけど、今回は僕の生のピアノを中心にしたいって言われたんです。それは大賛成だな、これまでと違うし、すごくいいなと思った」
――末延さんは昨年のシングル「Letter」で、3曲ともピアノとデュオをしていますよね。その流れもあったのでしょうか。
末延 「あれとはまた違うものを作りたいと思いました。ピアノとヴァイオリンで、前回は内に秘めた感じだったけれど、今回はもっと外に発散したい。これはジェイコブさんとしかできないなっていう思いがあった。ピアノとヴァイオリンだけれど、ちょっと違う、新しい形のアルバムを作りたいと思いました」
――ジェイコブさんが言われていたように、以前の作品は打ち込みが中心で、音数が多い。今回のアルバムも、生演奏のデュオが中心でありつつ、ほかの音が入っている曲もありますよね。音数が多い曲とシンプルな曲、どちらが好きというのはありますか。
末延 「両方です。どっちが好きというのはなくて、全部好きです。今回はヴァイオリンとピアノを中心としつつも、打ち込みもあって、ヴァイオリンにはこういう色もあるんだよっていうところも聴いてもらいたかった」
――1曲目「波紋~めぐり逢いのとき~」は、いろいろな展開があって、ヴァイオリンがスピーディに疾走していく、プログレ的でカオスな曲ですよね。この曲にはどういうイメージがありましたか。
末延 「今回のアルバムはテーマとして“強い女性”をイメージしていたんです。それに対して自分の中でいろんなアプローチがあって、強さの中に弱さを秘め、すべての感情を総合した中に強さがあると思っていて。そういう意味で、この〈波紋~めぐり逢いのとき〉は、多くの人との出会いがあって、いろいろなものを吸収して、ワクワクする気持ちの一方で不安に押しつぶされそうにもなる。でも未来を見ていたい、強い気持ちとともに歩んでいる一人の女性、というイメージなんです。なので、感情の起伏がとても激しくて、突っ走ったかと思えば、急に不安定な音になったりとか。そういうのって日常生活では隠しがちだけど、あり得る感情だと思うんです。それを表現して、“強い女性”の最初の曲としてはいいんじゃないかなって思いました」
――後半のタンゴ曲「リベルタンゴ」からハンガリーの伝統曲「チャルダッシュ」に至る流れは、アルバムのクライマックスだと思いました。どちらもピアノとヴァイオリンのせめぎ合いが激しいですね。
末延 「〈チャルダッシュ〉は、アルバムを出すならぜったい入れたいと思っていたんです。この曲には定型みたいなものがあるんですけど、ジェイコブさんと作ったら違うものになる、冒頭のジェイコブさんのピアノがすごく自由な表現で、自分たちにしかできない仕上がりになるなって思ったんです。これを聴いて、〈チャルダッシュ〉のイメージが少し変わり、さらに楽しんでもらえるようになったらいいな、という気持ちもありました。ジェイコブさんは毎回違うんですよ。それが自分にはドキドキだし、その音に触発されるし。これからコンサートで演奏するたびに違うと思いますね」
――この曲はヴァイオリンもすごいですね。非常に激しくて、エモーショナルな部分が出ています。
末延 「そこはジェイコブさんの力だと思います。すごく触発され、今こういう音が出ちゃったっていうのもあったりして、今回はエモーショナルになったのかなと思います」
ジェイコブ 「原曲の良さを保ちながら、とくにイントロの部分を、ちょっと違う感じにしてみたいなと思いながら、自分なりに伴奏しました。できるだけ末延さんの音に合わせて、それをサポートしたいなっていう気持ちでね」
――ただ、これは伴奏というより、バトルっぽいですよね。
ジェイコブ 「そうだね。伴奏っていう気持ちでやったけど、なにか刺激を与えたいって思ってましたね。ジャズを演奏する時と同様、伴奏している時にも相手の刺激になるようにという気持ちで伴奏するのが好きなんです」
――全体としては、やっぱり情熱的で攻撃的なアルバムだと思います。お二人は仕上がりについてどう思っていますか。
末延 「新しい自分を出せた作品だと思います。ちゃんと年齢を重ねてきてよかったなって思える感じです。昔の私ではできない、本当にいい作品が作れた。たくさんの人に聴いてもらいたいと思っています」
――アルバム・ジャケットで使われている写真の衣装にもこだわられたと聞きました。
末延 「今回のアルバムでは、服部由奈さんが手がけられている“着物ドレス奏音”(※)とのご縁もありました。先ほどお話しした、アルバムのテーマにも通じるのですが、女性の美しさは、強さや儚さ、優しさなどいろいろなものが重なり合って生まれるものだと思うんです。自分の人生を自分らしく彩っていくこと。そして、自分の中にある美しさを大切にすること。そうした想いを音楽だけでなく、衣装を通しても表現できたら素敵だなと思っています。由奈さんとのご縁も、今回の作品を彩ってくれる大切な出会いのひとつになりました」
ジェイコブ 「さっき言ったとおり、情熱的な演奏で、エモーショナルな作品になったと思います。末延さんのとても繊細な音も激しい音も、いろんな音を表現できて、この8曲に幅広い音を収録できて、とても良かったと思います」
――ジェイコブさんは、自身の手がけたアルバムが立て続けにリリースされるわけで、大変だったと思うんですけど、どうですか。
ジェイコブ 「楽しいですよ。大変とは思わないです。すばらしいアーティストとコラボできて、うれしいです」
――ソロ作品もたくさん出されていますけど、コラボレーションはお好きですか。
ジェイコブ 「もちろん。息の合うミュージシャンとコラボするのは楽しいです。ソロは、自分が思ったとおりにできるけれど、会話はない。それぞれ違う良さがあって、コラボも本当に楽しいです」
取材・文/小山 守
※ 着物ドレス奏音(KANON):実業家 / デザイナーの服部由奈がプロデュースする、日本の伝統美と現代のエレガンスを融合させた高級フルオーダー着物ドレスブランド。たんなる“着物リメイク”の枠を超えたサステナブルな活動を行なっている。