e-onkyo musicではじめる ハイカラ ハイレゾ生活 - [こちらハイレゾ商會]第64回 ハイレゾで僕の“ベーム・ルネッサンス”
掲載日:2019年2月12日
はてなブックマークに追加
こちらハイレゾ商會
第64回 ハイレゾで僕の“ベーム・ルネッサンス”
絵と文 / 牧野良幸
 カール・ベームの『ブラームス:交響曲全集』がハイレゾ配信された。これでベームがドイツ・グラモフォンに録音したモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスの交響曲全集がハイレゾで出揃ったことになる。いずれもDSFによる配信だ。
 クラシック・ファンには嬉しい出来事だろう。ハイレゾ界でもカール・ベームの人気がようやく定着したなあと思うのである。というより、ようやく“昔並みに戻った”と言うべきか。
 70年代のアナログ全盛期、ベームはカラヤンと並ぶ人気指揮者だった。この2人がクラシック界の二大横綱だ。ロックにたとえるならビートルズとローリング・ストーンズのようなもの。それもディランやジミヘンやツェッペリンのような強力な対抗馬のいない2人の独占状態。
 両者のレコードを発売するドイツ・グラモフォンはきっちりと棲み分けをおこなっていたから、2人の人気は不動だったのである。ベームはカラヤンとは対照的に内省的なイメージだったから、アンチ・カラヤン派の受け皿でもあった。
 しかしベームは1981年の死後に知名度が落ちていく。90年代、さらに世紀をまたいで2000年代に入るとほとんど話題にならなくなったと思う。同じく鬼籍に入ったカラヤンやバーンスタインのアルバムが活発に再リリースされているだけに、「ベームだけがなぜ?」と不思議に思ったものである。
 これが世界的な現象だったのか、それとも僕だけの印象だったのかはわからない。しかし僕自身も“ベーム離れ”をした人間なので、思い当たる理由はある。
 それは80年代のオリジナル楽器演奏の台頭だ。当時の楽器を使って演奏されたモーツァルトやバッハの人気がでると、モーツァルト演奏の権威であったベームはどうしても否定の対象となった。ロックにたとえるなら、70年代、パンクが登場した時にストーンズを否定したように、「昔のベームの演奏は重たかったよなあ」とわかったような顔をしていたものである。今思うと赤面のいたりであるが。
 しかしそれも昔の話で、オリジナル楽器の演奏が当たり前の今日、僕の中でもう一度ベームを真摯に聴いてみようという気持ちがおきてきた。
 そう心がけると不思議なもので、ベームの録音がハイレゾで次々と出だした。オペラの録音も多数ハイレゾ配信されていて、それを聴いて“ベームはカラヤンより過激だったかも”と昔のベーム観をまずあらためた。
 しかしなんといっても注目はこのモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームスの交響曲全集だろう。当時こそレコード・マニアの憧れだったセットもCDでしか聴けなかった。それがDSFでの配信である。
 『モーツァルト:交響曲全集』はベルリン・フィルというところが興味をひく。ベームがこのオーケストラからモーツァルトのエッセンスをどう引き出しているか。DSFの特色であるアナログ・ライクな音だからこそ演奏、音質の両方でじっくり味わえるというものだ。
 同じくベルリン・フィルとの『シューベルト:交響曲全集』も興味深い。有名な「未完成」や「ザ・グレイト」の録音ばかりではなく、初期の交響曲も最近気になっていたからちょうどいい。
 70年代に人気のあったウィーン・フィルとの『ベートーヴェン:交響曲全集』は待ちに待ったハイレゾだろう。そのなかでも当時人気が高く定番レコードだった「田園」は――ステレオ・システムが当時とは全然違うとはいえ――アナログ・レコードの頃より、力強くふくよかな音に驚いてしまった。やはりDSFで聴けることが最大の利点と思う。
 そしていよいよ『ブラームス:交響曲全集』である。75年のアナログ円熟期の録音。その年のウィーン・フィルとの初来日はクラシック界のビッグ・ニュースだった。貧乏学生だった僕もラジカセで来日公演のFM中継をエアチェックしたと思う。その公演からの帰国後に録音した全集だ(同時収録の小品は76、77年録音)。
 この頃はベームにとって晩年にあたる。さすがのベームにも衰えを感じさせる演奏、と当時は言われたこともあったらしいけど、ハイレゾで聴くと十二分にブラームスの風格を持った演奏である。
 たしかに一部のテンポや節回しでその傾向も感じるけれど、いまやチェリビダッケの超スローテンポを経験している僕にはどうってことない。それよりもけっこうテンションの高い部分のほうが多いのではないか。
 なによりウィーン・フィルの音が素晴らしい。このオーケストラの持つ古色、独特の音色で聴くブラームスは格別であるとようやくDSFで実感した。ムジークフェラインザールの響きも柔らかく素晴らしい。交響曲以外でも、「悲劇的序曲」では弦楽から木管、金管までウィーン・フィルの音色がカタログ的に楽しめるのではないかと思う。
 思うにベームの残した演奏は昔から何も変わっていない。変わったのはこちらの意識や音楽界の流行、オーディオの変遷である。
 ベーム翁からは「何を今さら、遅いよ」とお叱りを受けるだろうが、僕としてはちょうどハイレゾの配信があったことで“ベーム・ルネッサンス”が起きたと言える。その意味ではハイレゾの時代に生きていて良かったと思うのである。







弊社サイトでは、CD、DVD、楽曲ダウンロード、グッズの販売は行っておりません。
JASRAC許諾番号:9009376005Y31015
Copyright © ONGAKU SHUPPANSHA Co.,Ltd. All Rights Reserved.