e-onkyo musicではじめる ハイカラ ハイレゾ生活 - [注目タイトル Pick Up] オウテカ、北米ツアー19公演分のライヴ音源を一挙にリリース / 20世紀のアメリカで活躍した作曲家、レベッカ・クラークの音源を一気に聴く
掲載日:2019年4月23日
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注目タイトル Pick Up
オウテカ、北米ツアー19公演分のライヴ音源を一挙にリリース
文/國枝志郎


 こいつはまたどえらいブツが出てきたものだ……。2018年にも当欄でイギリスはシェフィールドのテクノ/エレクトロニカ系電子音楽ユニット、オウテカ(Autechre)がオンライン放送局NTSのために行なったセッションからなる「NTS Sessions」シリーズ1から4まで、1タイトルあたりプレイタイム2時間、合計8時間のハードコア電子音響をハイレゾ(44.1kHz/24bit)で聴かせるというとんでもないシリーズを紹介したのだが、さらにそれを上回る衝撃作が今ここに19タイトルも一気にリリースされて驚愕しているところである。1枚あたり収録時間は1時間ほどで、ということは19枚全部聴けば19時間(……)。そんな事実に震えながらダウンロードを始めて気づいたのだが、1トラックのダウンロード時間がやたら長い。よくよく見ればなんと1枚あたりトラックが一つしかない。1枚あたりのデータ量はおおよそ1ギガバイト弱(ハイレゾ・スペックは「NTS Sessions」シリーズと同じく44.1kHz/24bit)。とりあえずダウンロードしながら本作について調べ始めたら、これは最新作ではなく、2015年にレーベル創設25周年を祝う彼らの所属レーベルWARPのイベント・ツアーでのライヴ録音がこの「AE_LIVE」シリーズなのであった。実は同じ年に、欧州ツアー時のライヴ・セット9つがWARPが運営するオンライン・レコード・ショップBLEEP内に開設されたサブサイトAE_STOREですでにハイレゾ配信されていたのだが、2019年に入って突然、同じWARP25周年記念ツアーの北米でのライヴセット19タイトルがハイレゾ配信スタート。それとほぼ時を同じくして日本のe-onkyo musicにもこの19タイトルがどっと投入されたのである。ライヴとはいえ、サウンドボード録音でリスナーの歓声などはいっさい入っていないから、ライヴ感はゼロであるし、オウテカに興味のないリスナーが聴けば全部同じに聞こえるかもしれない(笑)。でもこれもオウテカを“体験する”醍醐味なのだ。あえて言えばたとえばニューヨークとモントリオールではやはり後者のほうが音が柔らかい気がする、というか、まあそんな感じなので全部聴くのはちょっと、という方はそれを参考に地域で選んでみてください。あらゆる帯域に広く広がった電子音響を19時間流し続けたあと、あなたの耳と、そしてあなたのオーディオ機材は間違いなくブラッシュアップされていると思う。


 クリス・デイヴ、ブライアン・ブレイド、ジャマイア・ウィリアムス、リチャード・スペイヴンをはじめとする新世代ジャズ・ドラマーの中でもっとも注目を集めているのがニュージャージー出身のマーク・ジュリアナであるという意見に異を表するひとは少ないだろう。いや、ジャズ・ドラマーというふうにくくってしまうこともよろしくないかもしれない。もちろん彼の名を一躍高めたのはデヴィッド・ボウイの『★』(2016年)への参加だろうが、イスラエルのベーシスト、アヴィシャイ・コーエンの『覚醒』(2008年)や、カリフォルニアのテナーサックス奏者ダニー・マッキャスリンの『Casting For Gravity』(2012年)での卓越したドラミングもまた多くのリスナーにマーク・ジュリアナというドラマーを発見させるに十分な作品だった。ジャズという枠を超えて、“ビート・ミュージック”というジャンルを掲げ、人力テクノとでもいえるようなエレクトロニック・ビートが縦横に活躍する作品を生み出し続けている彼のビート・ミュージック的な意味での代表作は2014年の『Beat Music: The Los Angeles Improvisations』。じつに30曲にもおよぶ短めのビート・ミュージックが詰め込まれたこのアルバムに収められたのはマーク・ジュリアナによるビートの実験の結果なのだが,それだけではなくここには純粋に“音楽”があふれているのがリスナーを引き付けた要因であることは間違いない。しかしこのアルバムと時を同じくして出たマーク・ジュリアナのアルバムにも注意を払いたいのだ。『マイ・ライフ・スターツ・ナウ』と題されたそれは、先のビート・ミュージック・アルバムがロサンゼルスで録音されたのに対し、メンバーを変えてニューヨークで録音された。今回のこの新作は、参加メンバー(BIGYUKI、グレッチェン・パーラト、ティム・ルフェーブルなど)を含めてその2枚のアルバムが合体してさらにパワーアップしたような作品である。マーク・ジュリアナのハイレゾ作品としては、ブラッド・メルドーとのユニットMehlianaによる2014年作『Taming The Dragon』(96kHz/24bit)、マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット名義の2017年作『ジャージー』(96kHz/24bit)、そしてゲスト参加だがチュニジアの素晴らしいシンガー、ダファー・ヨーゼフの2016年作『Diwan of Beauty and Odd』(96kHz/24bit)、バッファロー・ドーターとマーズ・ヴォルタのメンバーとの日米混合ユニットHalo Orbitの2016年作『Halo Orbit』(44.1kHz/24bit)などに続くもの。彼のハイブリッドなドラミングはハイレゾ(48kHz/24bit)の精緻な表現力にぴったりフィットするものであり、必聴です。

Bibio
『Ribbons』


(2019年)

 今にも雨が降り出しそうな日曜の午後にぴったりの物憂げなサウンドトラック……ってな感じのアルバム。雑な音がいっさい出ない高級オーディオ・システムで、このアルバムをハイレゾ(44.1kHz/24bit)で流しっぱなしでゆったりチルアウトしたいなあと夢想しながら雑然としたデスクでレビューを書いているわけですが(涙)。まあそれにしてもイングランドはウエスト・ミッドランズ在住のスティーヴン・ウィルキンソンによるソロ・ユニット、Bibioの10作目となるアルバム『Ribbons』はほんとうに極上の音楽を届けてくれる佳作だなあと本日すでに5回目のリピートとなっております。というわけでもう日曜の午後も終わって夜になっていますが、気分は最高と言えましょう。フォーキーで若干のエレクトロニクスが色を添えるものの、極めて抑制された美しさを身上とするBibioの、エレクトロニクス主体のアンビエント・アルバムである前作『Phantom Brickworks』(2017年)に続く新作アルバム『Ribbons』は、ふたたびノスタルジックなムードが横溢するものとなった。ギターを中心として、ヴァイオリンやマンドリンのサウンドが心地よい。ヴァイオリンやマンドリンもウィルキンソン自身が演奏しているというのだが、実はこれらの楽器は最近手に入れたばかりで、熟練した演奏家というわけではないらしい。それゆえの素朴さがまたアルバムの雰囲気を演出しているのかもしれない。インストの1曲目から、ウィルキンソンのヴォーカルが聴けるトラッドっぽい2曲目の流れは沁みるし、3曲目のパーカッションのサウンド、先行シングルでもある4曲目のドリーミーなポップさ、5曲目のまるでバロックかバッハを思わせるクラシカルなサウンド、9曲目に聴かれる軽いインダストリアル感、エイフェックス・ツインのアンビエントを思わせる物音リズムが斬新な10曲目など、目新しさも感じさせつつ全体を覆うノスタルジックさが聴き手の心にじわりとしみわたる。オウテカとBibioが同じレーベル(WARP)にいるというのは奇跡的だけど、その事実がこのレーベルへの信頼感につながるんですよね。


 T・ボーン・バーネットと聞いていてもたってもいられなくなる音楽マニアは多いはず。ボブ・ディランのバンドであるローリング・サンダー・レビューでギターを担当したところから始まり、18歳でスタジオ・ワークをスタート。プロデューサーとしてこれまで数多くのアーティストを手がけ、ジャンルを超えた音楽への造詣の深さであらゆるアーティストからリスナーまで多くのファンが存在すると言っていい。日本のアーティスト、矢野顕子の2008年の素晴らしいアルバム『akiko』も彼の仕事である。彼の手がけたアルバムは、音数が少なめで隙間があって、ルーツ感のあるアコースティック・サウンドが特徴で、プロデューサーとして13回もグラミー賞を獲得しているという素晴らしい経歴を持つことからもわかるように、プロデューサーとしての存在が極めて大きいアーティストなのだが、自身のリーダーアルバムも、1980年の『Truth Decay』を皮切りにコンスタントに佳作を発表している。それはだいたいにおいてルーツ・ロック色が強いものが多いのだが、今回登場したトリオ編成による新作を聴けば、そういうロックを期待していたファンがちょっとした衝撃を受けることは間違いないだろう。アルバム・タイトルがすでになにかを予言しているようなところもあるのだが、ハイレゾ(96kHz/24bit)で聴くこのエレクトロニックでディープな音響工作的なサウンドは底なしの魅力があると思える。“見えない光:アコースティック空間”と題されたアルバムは、パーカッショニスト、ジェイ・ベルローズとキーボーディスト、キーファス・シアンシアとバーネットによるトリオで制作されたもの。ジェイ・ベルローズはエルトン・ジョン、レオン・ラッセル、アラン・トゥーサン、グレッグ・オールマン、ウィリー・ネルソンといった大御所との共演歴を持ち、キーファス・シアンシアは作曲家でもあり、テレビドラマの音楽を担当したり、テクノ/エレクトロニカ系アーティストのデヴィッド・ホルムズとヴォーカリスト、ジェイド・ヴィンセントとのトリオ、Unlovedでも活動するという多彩な経歴を持つ。インヴィジブル・ライトはロックというよりはトランス、エレクトロニックをメインとしているが、そこはこの3人の経験を活かし、単なるエレクトロニカではなく、フォークやトライバル、ワールド・ミュージックの要素をもうまく生かしたアマルガム・ミュージックと言えるだろう。このトリオの作品は3部作になるということで、続編も楽しみだ。


 2019年明けて1月21日に突然ハイレゾ配信サイトに登場したシングルのジャケットに目が留まった。ミントグリーンの地にブルーの丸い物体。ん? これはなんだろうとよく見るとそれはヨーヨーであった。玩具のヨーヨーである。なぜジャケットにヨーヨーが? と思ったがそのときは1曲入りシングルだったということもあり(アルバム志向なのです、すみません)、素通りしてしまったのだ。しかしそのヨーヨーは、その翌週にもまたサイトの最新リリース欄に現れてきた。あ、また……とは思ったが、忙しさにかまけてその時もスルー。しかし、しかしである。そのまた翌週にも色違いのヨーヨーが登場したのである。さすがにこれはなにごと? ということでそれまでのリリースも含めて聴いてみることにした次第である。そう、うまい具合に釣られたと言ってもいいかもしれない。そのシングル毎週発売(ジャケットはすべてヨーヨー、色が違うだけではなく、ヨーヨーの種類も違うという凝りっぷり)が3月13日まで、じつに8週連続で続いたのち、ついにその翌週3月20日にシングル未収録の3曲を加えた計11曲からなるアルバム『FRANK THROW』が登場と相成った。このYackleというアーティストは、まだ18歳の高校生という若さ! しかもトラックメイカーであるだけではなく、アジア大会3位の戦歴を持つヨーヨー・プレイヤーでもあるんだそうだ! なるほど、だからあのジャケットなんだね。Yackleは奈良在住、この3月に高校を卒業したとのこと。彼は“合法”(中田ヤスタカも出演したことがあるという)というイベントのオーガナイザーもつとめながら自身のトラックを続々と生み出し続けており、高校の卒業と同時にファースト・アルバムをリリースしたというわけなのだが、実はこれが初のリリースではなく、中学3年生でミニ・アルバムを配信でリリースしているというのだから恐れ入るしかない。DE DE MOUSEをはじめ、多くのゲストを迎えているのもファーストにしては豪華だが、すべてイベントやSNSなどでつながった仲間なのだというからその行動力は素晴らしい。トラップやベースミュージックの要素を持ったエレクトロニック・サウンドは、ハイレゾ(44.1kHz/24bit)がデフォルトになっている今の時代にふさわしい躍動する響きをたっぷりと聴かせてくれる。インスト盤も同時発売。

20世紀のアメリカで活躍した作曲家、レベッカ・クラークの音源を一気に聴く
文/長谷川教通

 シューマンとグリーグのピアノ協奏曲。このカップリングとくれば、アナログLPからモノラルならディヌ・リパッティ、ステレオならラドゥ・ルプーが決定盤とされてきたし、現代でもその威光は衰えていない。デビュー当時“千人に一人のリリシスト”というキャッチフレーズに不思議とルーマニアのイメージが重なって、クララ・ハスキル、ディヌ・リパッティ、ラドゥ・ルプーと続くルーマニアの系譜が特別なもののように感じられた。そんなオールド・ファンが少なくないのではないだろうか。そのファン心理をガッチリと捕えて放さなかったルプー。1945年生まれの彼は、73年の録音当時28歳だった。リリシズムとダイナミズムが融合した奇跡のような演奏が繰り広げられている。
 どちらの曲も、出だしで聴き手の心を鷲掴みにすることできるかどうかが勝負の分かれ目だ。シューマンでは空気を切り裂くようにオケのアタックが入り、わずかな休符をおいてピアノのソロ。この音色とテンポがじつにいい。続く細かい音型の連続もニュアンス豊かで、オケとの絡み合いも自然な流れで進んでいく。さりげない指揮ぶりなのにツボをおさえてルプーの良さを引き出すアンドレ・プレヴィンの巧みなサポートも見逃せない。
 グリーグは冒頭のティンパニーが印象的。ここでピアノの過剰な思い入れで興ざめという演奏もあるけれど、ルプーはそんな愚は犯さない。あくまでスマートで、しかもダイナミック。第2楽章の叙情的な歌わせ方にも感心させられる。第3楽章の軽やかなリズムと壮大なフィナーレ。いつまでも色褪せることのない名演!
 アナログ時代のデッカ録音らしくピアノの高音域に艶ややかさがあって、オケの響きも最新の高解像度録音とは異なる厚みや味わい深さがある。アナログ録音の良さが感じられるので、このDSD音源ならLPレコードから愛聴している音楽ファンにも“あの頃の音だ”“北欧の空気感がある”と納得してもらえるだろう。





 レベッカ・クラークという作曲家を知っているだろうか。1886年イギリスに生まれたヴィオラ奏者で、1979年にニューヨークの自宅で亡くなっている。早い時期から作曲を行なってはいたが、1916年に演奏旅行でアメリカに渡り、それから本格的な作曲活動に入ったようだ。1919年にはエリザベス・クーリッジ夫人が後援する作曲コンクールに「ヴィオラ・ソナタ」、1921年には「ピアノ三重奏曲」で応募し高い評価を受ける。そして1923年の「チェロとピアノのためにラプソディ」で、ついにエリザベス・クーリッジ賞に輝いた。この頃が作曲活動のピークで、そのほかの作品もヴィオラのための曲がほとんどで、第2次大戦後はほとんど作曲をしていない。作曲の期間はあまり長いものではなかったし、当時は女性に優れた作曲などできるはずがないといわれた時代。レベッカ・クラークの名前は埋もれてしまったけれど、1970年代後半からようやく見直されはじめ、2000年にはレベッカ・クラーク協会も設立された。
 彼女のヴィオラ・ソナタは名曲だ。いくぶん憂いをおびたヴィオラの旋律がすばらしく、いまやヴィオラ奏者にとっての重要なレパートリーとなってきた。そこで、e-onkyo musicを検索してみたらなんと4タイトルも見つかった。これは嬉しい。まずAevea Classicsレーベルから『クラーク:ヴィオラのための作品集』。演奏しているデュオ・ルーニャは1983年ローマ生まれの姉ディアナ・ボナテスタのヴィオラと、5歳違いの妹アリアンナのピアノによるデュオで、これが初CDだというが、ソナタに加えて「モルフィウス」やヴァイオリンを加えた「ドゥムカ」など、一度聴いたら虜になってしまいそうな曲が並んでいる。これは魅力。レベッカ・クラークに興味がわいたら、ぜひダウンロードしたいアルバムだ。
 そのほかにもヴィオラ・ソナタが収録されているアルバムをピックアップしておこう。韓国の若手、イ・スミンがヴュータンとのカップリングで、じつにノスタルジックでしなやかな演奏を聴かせる。カナダのマリーナ・ティボーの『Elles』はクララ・シューマンやファニー・メンデルスゾーンなど女流作曲家の作品を集めたアルバム。開放的でダイナミックなヴィオラ・サウンドが魅力だ。そしてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で活躍する清水直子の『ヴィオラ・アマービレ』。クラークと同世代のヒンデミットに、バッハやブラームスのプログラム。知的で重厚さも兼ね備えたすばらしいアルバムだ。


 ショパンやシューマン、ラフマニノフ……冴え冴えとしたピアニズムで聴衆を魅了する河村尚子が、いよいよベートーヴェンに挑む。すでにコンサートでは2018年からベートーヴェンのピアノ・ソナタ・プロジェクトをスタートさせている。これは2年にわたって全4回、14曲を演奏するというもので、それに合わせて録音を行なっていく。まずは第1弾となる第4、7、8、14番だ。彼女のピアノ演奏に惹かれるのは何故なんだろう? 西宮に生まれ、5歳でドイツへ渡って、ずっとヨーロッパで勉強して実績を上げてきたのに、この気っぷの良さ。まるで江戸っ子じゃないか。どの音にも無駄がなく、次の音、次の音へと向かって疾駆する。今弾いた音が次の音を呼び込み、今弾いた和音が次の和音へと繋がっていく。だから音楽が生きてくる。スピードの問題ではない。ただ指が早く回るだけのピアニストとは比較にならないのだ。
 まず「悲愴」の冒頭。こんなスフォルツァンドは今まで聴いたことがない。圧巻の気っぷの良さ。よほど自信があるのだろう。それを裏付ける楽譜の読みと練習があるはずだ。さらに彼女はフレーズを大きくとらえ、まるで若い木の枝がしなって、それが勢いよく戻っていくような感覚……音楽が躍動しないはずがない。「月光」の第1楽章も、サラッと弾いているようで、その抑えた響きの背後で情感が波打っている。
 なぜいまベートーヴェンを弾くのか、なぜ全曲ではないのか? それは、この第1楽章を聴けば理解できるはず。この表現にたどり着くまでにどれほどの試行錯誤や葛藤があっただろうか。第2楽章のリズムの弾ませ方、強弱の扱い方など、河村尚子でなければこんな弾き方をしないだろう。第3楽章のダイナミックで鮮やかなコントラスト。そう、聴き手は彼女の中で“これでいい”と、オンリーワンの表現が醸成されるまで待つしかないのだ。


 Orchid Classicsレーベルからリリースされている2枚のアルバム。これが興味深い。2016年のカール・ニールセン国際音楽コンクールで第1位に輝いた2人の女流ヴァイオリニスト。1990年ブルガリア・ソフィア生まれのリア・ペトロヴァと、1992年韓国・ソウル生まれのイ・ジュン。事前のビデオ審査で24人が本選に進出でき、セミファイナルでは6人に絞られ、ファイナルは3人という狭き門。ここで1位になると、賞金に加えOrchid ClassicsレーベルからのCDのリリースとヨーロッパ各地でのコンサート契約が与えられる。若手にとっては挑戦しがいのあるコンクールと言えよう。
 セミファイナルの審査では大激論が繰り広げられたようで、発表が大幅に遅れ、しかも審査委員長であるニコライ・ズナイダー氏がファイナリストの3人を発表したものの、インタビューで「多数の意見は尊重するが自分としては納得していない」と率直に語ったのだ。最終結果は、第1位が2人、2位なし、3位が1人、ファイナル進出がかなわなかった3人を全員4位とした。「もっとも価値のあるもの」「聴き手を納得させられる才能」をどう評価するか……コンクールって難しい。
 とはいえ1位の2人はすばらしい。2017年6月25〜27日にイ・ジュン、続く29〜30日、7月1日にペトロヴァと、それぞれ3日間のセッション録音を行なった。オケはコンクールのレジデント・オーケストラをつとめるオーデンセ交響楽団。指揮はエストニア出身の女流、クリスティーナ・ポスカだ。2010/11のシーズンからベルリン・コーミッシュ・オーパーの指揮者をつとめ、2019/2020のシーズンからはスイスのバーゼル劇場の音楽監督に就任する注目株だ。
 コンクールから1年あまり。ペトロヴァのタイトで透明感のあるヴァイオリンがいい。プロコフィエフの第1番での叙情性、淀みなく流れる旋律の美しさが際立つ。第2楽章では舞曲風のリズムがじつに巧い。ニールセンでも切れ味鋭く、第3楽章のスケルツォ的なリズムの跳躍などいかにも東欧的な感性が聴こえてくる。推進力のある表現はソリストとしての将来性を約束するものだろう。
 一方のイ・ジュンはニールセンに加えコルンゴルトの協奏曲を選んでいる。ここが彼女らしいところで、持ち前の粘りのある歌わせ方によってコルンゴルトを濃密なロマンティシズムで彩り、しかもテクニックはきわめて安定している。ニールセンでも躍動感と同時にスッと静的な表現を入れてくる。彼女はダニエル・バレンボイム率いるベルリン・シュターツカペレのコンサートマスターに就任する。名門オケを牽引する立場でどんな成長を見せてくれるだろうか。


 ロランス・エキルベイ率いるインスラ・オーケストラによるベートーヴェン・シリーズの第2弾。「合唱幻想曲」は20分弱の演奏時間。それなのにオーケストラ、混声合唱、ソロを担当する歌手6人にピアノまで加わるという大規模な編成となれば、おのずと演奏会で取り上げる機会も少なくなるだろう。聴いたことがないという音楽ファンも多いのではないだろうか。ところが、この演奏は秀逸。まず、ベルトラン・シャマユが弾くピアノソロ。1892年製のプレイエルにビックリ。プレイエルって、こんなに鳴る楽器だっけ? もちろん、現代のピアノのようなスケール感は望めないにしても、明瞭な高音域と、いくぶん軽めながら十分な音量感を感じさせる低音域。聴き惚れてしまった。
 声楽陣もいい。サンドリーヌ・ピオーをはじめ声楽陣も充実。合唱は手兵のアクサンチュス。作曲したのは1808年で、交響曲第5番と同時期なのにすでに第9番終楽章「歓喜の合唱」の原型が出てくるなど、ベートーヴェンが新しい音を求めた実験的な作品とも言えて、そう思って聴くとじつに面白い。エキルベイの躍動感があって各声部を明快に聴かせる指揮がみごと。
 「ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための三重協奏曲」も大物ソリストを3人揃えるのはたいへん。それにソリストが互いに牽制し合ってうまくいかないなんてこともあり得る。この作品をソリストを主役に考えるのではなく、合奏協奏曲ととらえたらどうだろうか。エキルベイの指揮からはそんな意図が伝わってくる。冒頭の合奏から活気があって、音楽が前へ前へと突き進んでいく。このテンポ感がじつに快い。オケとソロが一体となって、ものすごく愉しげに弾いている。こういう演奏を聴くと心がウキウキしてくる。この曲の本来の姿を見せてくれた気がする。

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