“世界の先端で戦うということ” BIGYUKI『リーチング・フォー・ケイローン』

BIGYUKI(平野雅之)   2017/11/01掲載
はてなブックマークに追加
 BIGYUKIの新作『リーチング・フォー・ケイローン』には彼がUSのシーンでア・トライブ・コールド・クエスト(ATCQ)J.コールビラルといったアーティストから重用される理由が詰まっている。それは軽やかにトレンドを取り入れる彼のセンスだけの話ではないし、技術の高さだけでもない。ここでBIGYUKIは自分が先端のシーンで戦っていけている理由を明解に語ってくれている。それはテラス・マーティンにもテイラー・マクファーリンにも言えることだし、同じようなエピソードをロバート・グラスパーも以前、語っていた。それはBIGYUKIが彼らと同じ地平にいるということを意味する。そしてその能力はこのアルバムのレコーディングでも発揮されていた。
――『リーチング・フォー・ケイローン』はいつ頃から作り始めたんですか?
 「去年の11月。本当はもっと早くできるつもりだったんだけど、マティスヤフのツアーがあって、ツアーで出てるあいだはフリーズしてたから。実際は半年くらいかかったね。ツアーに出る直前の朝4時まで〈エクリプス〉とか録ってた」
――前作『グリーク・ファイアー』では鍵盤奏者の側面がかなり出てたけど、今回のBIGYUKIはプロデューサーの側面で勝負してるって感じがします。
 「俺はこのアルバムの“プロジェクト・リーダー”だね。チーム編成を考えて、1曲ずつ違う人間を集めたりしてね。人を選ぶときの基準でいちばん大事にしているのは、リズムのフィールの感じ方。リズム感のよさじゃなくて、リズムのフィールのどこを気持ちよく感じているかっていう部分で、自分と同じところで感じている人を選んでいる。そこが合わないと嫌になっちゃうから。話してても会話のリズムや感性が合わないと、どのフィールドでもそうだけど、一緒にできないじゃん。リズムのフィールが合う合わないは最低限だね。俺、ベース弾きだし」
――ほかの基準は?
 「たとえば、かっこいいと思うことがこの範囲だとすると、向こうから出てくるアイディアは、全部その範囲の中に入っていないと嫌かな。音楽の良さって人それぞれだと思うけど、自分がいいと思うところから外れちゃうと下がっちゃうんだよね。自分の作品ではそこは妥協しちゃいけないから、求めていることを百発百中でできる人間だけ揃えた。なおかつ、ビラルなんかだと俺が想定していた範囲を押し広げてくれる。そういうのは嬉しかったね」
――なるほど。
 「あと、プロジェクト・リーダーとしてはクオリティ・コントロールだね。発想の能力も重要なんだけど、アイディアを出すだけだったら簡単だと思う。俺の売りはそのひらめきの精度と速度なんだ。サイド・ミュージシャンとしても、スタジオ・ミュージシャンとしても。たとえばQティップとの仕事だったら、彼の意図をパッと汲んでそれをすぐ音にして出せるスピードと精度がないとやっていけない。Qティップくらいの現場になると、すごいミュージシャンがいっぱい集まってて、時間も制限されていて、その場でよりよいものをその瞬間に出さない人間はチームから外される。でも自分の作品をリーダーとして作るとなると、あるアイディアからループを作って、それを一つのフェイズだとして、それを膨らませて曲として完成させなきゃいけない。インストならインストで、シンガーがいなくても音楽として成立させるアレンジだったり、もっとフルになるやり方だったり。音として何が必要か、音のフリークエンシーの高中低でどこが足りないかとか、そういうことを考えながら、曲として商品として完成させるまで、責任を持ってやらなきゃいけないのはチャレンジだったね」
――自分で打ち込みもやったんですよね。
 「プロデューサーがいる曲のリズム・シークエンスはそのプロデューサーがやっているけど、〈ソフト・プレイシズ〉だけは俺がドラムをやった。バスドラとスネアを気持ち悪い場所に入れて(笑)」
――ビートを作るのは前からやってたんですか?
 「ぜんぜんやってない。初めてだね」
――家でちょっといじってたとかもない?
 「やってない。やりたいけどね。今回、“ドラムはこんな感じで”っていうのを指示して打ち込んでもらった。〈シンプル・ライク・ユー〉とか、口でビートを表現して。そいつの仕事が早かったからよかったけど、それでも時差があるから、今後は自分でできたらいいよね」
――いつも時差の話をしてますよね。アイディアが浮かんだら、できるだけすぐ出力したいんですね。
 「そうそう。だから、口でやった方がいいんじゃないかと思って。ビートボクサーじゃないけど、まじで」
――それができたら、ベースとドラムとメロディを全部自分でできるから、ひとりでバンドができるようになってしまう(笑)
 「さすがにそれはめんどくさい(笑)。まぁとりあえず、次の課題はプログラムかな」
――でも、BIGYUKIの音楽はプログラミング的なセンスがあるものを生演奏でやってるわけで、基本的にはフィジカルでやりたいんですよね。
 「やりたいね。やっぱ自分は生志向だね。ちなみに今回は〈ビロング〉と〈2060ケイローン〉のリズムは全部ルーベン・ケイナーっていうプロデューサーにやってもらった。細かいところのエディットは一緒にやったけど。あいつはベッドルーム・プロデューサー的な、すごく緻密なやつだから、そういうサウンドになっていると思う」
――その人とはどこで知り合ったんですか?
 「バークリー音楽大学で一緒だった。UKエレクトロに詳しくて、今回はそういう音がほしかったので、ルーベンと作りたいなって思ってたんだ」
――UKだとどの辺が好きですか?
 「ベタなところだとジェイミーXX。昔の曲を聴いても発見がある。かっこいいアイディアが出てきても、なんか足りないってとき、よくリファレンスとして聴いたよ。シンプルなアイディアなのにそれをすごく膨らまして、数少ないエレメントを曲として展開させ、完成させるっていうのがすごいと思って。あと、UKじゃないけどフルームとかも聴いてた」
――「ビロング」には女性シンガーのイェバが参加しています。
 「〈ビロング〉はルーベンと二人で作りったものを、アビー・スミス(=イェバ)に聴かせて作った。イェバって初めて聞いたでしょ? 彼女は絶対これからくるから。QティップATCQのセッションで一緒だったんだ。そのときはアンダーソン・パークと彼女が一緒に歌ってて、Qティップがその場でライムのコンセプトを伝えたら、アンダーソンがそれを形にするって感じで、みんな反応が早いし精度も高いんだよね。アンダーソンはドラマーでもあるから、リズムからメロディを考えて、そこに歌詞を入れてっていう組み立てが超すごくて。アンダーソンが歌うとそこにアビーがハーモニーを重ねた。アビーはチャーチ育ちで耳がいいんだ。彼女はすぐにハーモニーが聴こえるタイプ。ハーモニーのセンスがやばくて、それに触発されてアンダーソンも新しいメロディを歌ってた。そうやって有機的にすごいスピードで音楽が作り上げられていくんだ。彼女はもうすでに、あるビッグネームにフィーチャリングされて録音してて、しかもデュオの曲もあったりで、エド・シーランのツアーに参加したり、チャンス・ザ・ラッパーのバックで歌ったりとか、もう売れ始めてる。今回はなんとか彼女が入ってる曲も出せてよかったよ」
――ちなみにレコーディングの際、曲はどうやって伝えるんですか? 譜面じゃないだろうし、デモを作るとか?
 「仮歌はめんどくさいし、譜面なんて書くわけないじゃん。そういうことをしなくてもいい人としかやってない。ビラルなんて宇宙だから、こっちがこれやってとか言っても意味ないし(笑)」
――じゃ、スタジオでセッションしながらその場で作るってことですか? このアルバムってかなり準備して、あらかじめ作ってきたものを演奏している感じもあるけど。
 「〈ソフト・プレイシズ〉でのビラルなんて、あの場で初めて曲聴いてあれやったからね、歌詞もその場で考えて。あの歌詞とかやばいでしょ。鳥肌たったもん。あれは神がかってたね」
――そのスピード感はほんとにすごい。
 「それがQティップのセッションのスピード感だったりするわけ。“ちょっと待って、考えさせて”とか言うようなやつはチームから外されちゃうよね。スピード感は大事だよ、発想のスピードね。〈エクリプス〉は録ったあと、スタジオに使ったことないキーボードがあって、プロフェットのRev2って新しく出たやつなんだけど、それを触ってプリセットでいろいろ回して音を作って、パパパって演奏して、OKテイクはこれって感じ。メロディもその場で浮かんだから、3拍子のところでそれを弾いて。ようはそのスピード感じゃないと間に合わないし、ついてこれる人じゃないと一緒に作れないよね」
――たとえば、テイラー・マクファーリンはそのスピード感についてこれる人だったんですね。
 「速さもだけど、リズム感がすごいんだよね」
――2014年にテイラーが日本で子供のためのワークショップをやったことがあって。その場で子供に演奏させたり歌わせたりして、それをもとにビートを作って、じゃ、これをレゲエにしようとか言ってダンスホールにしたり、ヒップホップにしたりっていうのをやったんだけど、10分くらいでかっこいいトラックを作って子供たちにプレゼントしてたんですよ。それを見て、あまりの速さに驚いたんだけど、あのスピード感は当たり前ってことですね。
 「そう、そういうこと。あのレベルはみんなそうだよ。テラス・マーティンや彼のキャンプも絶対そうだよね。あんな一流のセッション・プレイヤーを集めて、何ヵ月もブロックするのは無理だし」
――ちなみに本作でテイラーと一緒にやるきっかけは?
 「マティスヤフのツアーでLAに行ったとき、オフが2日あって。何かできないかなって思ったとき、テイラーと去年〈ブルーノート・ジャズ・フェスティヴァル〉で(ロバート・)グラスパーたちと一緒にライヴやったなって思って、彼に電話したんだ。以前、LAにテイラーのいいスタジオがあるって聞いていて。“サンセット・ブルーバード”っていうテイラーアンダーソン・パーク、オンマス・キースとかがたむろしているスタジオなんだけど、そこに行きたいって言ったら、それはもうクローズしてしまったからもうないって言われて。でも、機材は全部うちにセットアップしてあるってことだから、“行っていい?”って聞いたら、“来なよ”って。奥さんもちょうど出かけてたしね。何か一緒に作ろうってことになって、〈エクリプス〉を聴かせて、“この曲にドラムが欲しいんだけど”って相談したら、1時間くらいであのドラム・トラックを作ってくれた。彼のリズム・フィールはそんなに深くないんだけど、ちょい浅めの、すごく気持ちいいところでハマる。基本的なリズム感がすごくよくて、あれ全部手打ちだからね。テイラーがキーボードで作ってるの見て、これ仮で入れてんのかなって思ってたら、それがあのテイクだった。それをオーガナイズして、ちょっと削ったりして完成。曲の後半はライヴ・ドラムを入れたいなと思っていて、ルイス・ケイトに頼んで、ああいう曲になった。もう一つの〈ミッシング・ワンズ〉はスクラッチで。テイラーが自分で録ったマーカス・ギルモアのドラム・ループを使ってビートにしてた。あと、彼がサウンド・デザインした音がJupitar 6(シンセサイザー)にあって、ベースなんかも全部あったんで、テイラーが作ったビートのループの上で弾いてみた。よくジャムでやっているコード進行のアイディアをイントロに入れたり、Rhodes弾いてて思いついたチェンジに音を重ねたり。あの曲は自分が好きなハーモニー感を直球で追った感じ。最近は演奏してて あえて忙しいコード進行を避ける癖があるんだけど この曲は逆に全部ぶちこんだね」
――それを一日でやったってことだよね。
 「全部で4、5時間かな。奥さんがもう帰ってくるからそれまでに終わらせないとって(笑)。その後、スタジオに持って行ってエディットしたけど、ほとんどそれで終わりだったね」
――テイラーはライヴ・ミュージシャンなんですね。
 「ライヴ・ミュージシャンの感性を持ったプロデューサーなんじゃないかな。いま、面白い音楽を作っている一流のプロデューサーってみんなそうじゃない? ライヴ・ミュージシャンとしての感性をスタジオに持って行ってて、だからこそのスピード感でもあるし、ほかのミュージシャンとの連携力でもあるし。チーム編成での目利きとか、スピード感は大事だよ」
――それにしても4、5時間とは。
 「でももっと速くしたいし精度も上げたい。っていうので、これからは打ち込みもがんばろうかな、ツアー中とかに」
――カリーム・リギンスにしてもツアー中にビート作ってるって言うもんね。
 「そうそう。俺もそうしなきゃ」
――このアルバムって、スタジオでもいろいろやってますよね。低音もかなり出てるし。
 「ミキシング・エンジニアがすごくよくて。〈エクリプス〉だけATCQのブレア・ウェルズなんだけど、ダニエル・シュレットってブルックリンのエンジニアがよかった。最初は全部ブレアに頼んでいたけど、スケジュールの調整が難しくて。それでダニエルに頼んだら、ベースもブリブリで。一回ミキシングが終わってから、じゃ、もう少しベース上げて、みたいな(笑)。いま、みんなスマホで音楽聴いちゃうからね。スピーカー繋げるのもめんどくさいし、寝ながらスマホで聴いてもベースが聞こえるのがいいんじゃないかなって」
――その辺ってどういう基準で音作りしたんですか?
 「自分がかっこいいと思うものと同じクオリティで作ろうと思っただけだね。〈バーント・ン・ターント〉や〈シンプル・ライク・ユー〉にしても、作りかけのデモの段階で、エイサップ・ファーグやミーゴスの好きな曲と交互に聴いたりして、音の感じとかフォームとかが同じテンションで聴けるかを確認したりしたね。前作の『グリーク・ファイアー』は演奏家として、ライヴでやることを前提に作ったものだったけど、今回はそうじゃなくて、かっこいいと思うものを妥協なしで、スタジオでできることを全部やろうとしたアルバムだよね」
取材・文/柳樂光隆(2017年9月)
Live Schedule
Montreux Jazz Festival Japan 2017

2017年11月3日(金・祝)・4日(土)・5日(日)
東京・恵比寿 ザ・ガーデンホール


11月3日(金)開場15:00/開演15:30
SOIL &“PIMP”SESSIONS / DJ MITSU THE BEATS / BIGYUKI / マシュー・ハーバート・ブレグジット・ビッグ・バンド

11月4日(土)開場15:00/開演15:30
菊地成孔 with アクセル・トスカ プロジェクト / ジョーイ・アレキサンダー・トリオ / 須永辰緒 / ファラオ・サンダース・カルテット / マテウス・アサト

11月5日(日)開場15:00/開演15:30
アンドレス・ベエウサエルト / Kaz Tap Company / 中原 仁 / クレモンティーヌ / 三宅 純

Info: http://www.montreuxjazz.jp
最新 CDJ PUSH
※ 掲載情報に間違い、不足がございますか?
└ 間違い、不足等がございましたら、こちらからお知らせください。
※ 当サイトに掲載している記事や情報はご提供可能です。
└ ニュースやレビュー等の記事、あるいはCD・DVD等のカタログ情報、いずれもご提供可能です。
   詳しくはこちらをご覧ください。
[インタビュー] Arvin homa aya  実力派シンガーの話題曲 アナログで連続リリース[インタビュー] ジェイコブ・コーラー × kiki ピアノ 凄腕師弟コンビ
[インタビュー] 文坂なの \[インタビュー] 人気ジャズ・ピアニストが立ち上げた新レーベル 第1弾は田中裕梨とのコラボ・シングル
[特集] いよいよ完結!? 戦慄怪奇ワールド コワすぎ![インタビュー] you-show まずは目指せ、新宿制覇! 新宿発の楽曲派アイドル・グループがデビュー!
[インタビュー] 想像を超えた創造。タフでラフでラブな一枚 崇勲×ichiyonのジョイント・アルバム[インタビュー] 千住 明、オペラ・アリアをヴァイオリンで 千住真理子とともに20年以上前の編曲スコアを再録音
[インタビュー] 思い出とともに甦る名曲の数々 藤あや子のカヴァー・アルバム[インタビュー] 紫 充実の新作を発表、海外フェスへの出演決定と結成55周年に向け勢いを増すバンドの現在と未来
[インタビュー] RISA KUMON バイリンガル・シンガー・ソングライター  ユニバーサルなアルバムでデビュー[インタビュー] HAIIRO DE ROSSI ジャズ・ラップの金字塔 10枚目にして最高傑作
https://www.cdjournal.com/main/cdjpush/tamagawa-daifuku/2000000812
https://www.cdjournal.com/main/special/showa_shonen/798/f
e-onkyo musicではじめる ハイカラ ハイレゾ生活
Kaede 深夜のつぶやき
弊社サイトでは、CD、DVD、楽曲ダウンロード、グッズの販売は行っておりません。
JASRAC許諾番号:9009376005Y31015