三浦康嗣、村田シゲ、いとうせいこうからなるポップユニット、□□□(クチロロ)が、2017年にリリースしたミニ・アルバム『LOVE』からじつに9年ぶりの新作となるニュー・シングル「We See The Light」をリリースする。収録されているのは、「Long No See You」「みつけて」「We See The Light」の3曲。いずれの曲においても、三浦ならではの聴き手を惹き込むメロディ、作り込まれたプロダクション、村田のベースプレイ、いとうの力強い言葉が、「□□□がついに帰ってきてくれた」という実感を強く感じさせる。その背景には、「音楽性なんてたいしたものではない」といったことを語る三浦の、集団のあり方、生活と政治に対する思索があった。現在の拠点である兵庫県・塩屋からイベント出演のために東京を訪れた三浦に、新作について話を聞くことができた。
――今回のシングル、3曲とも素晴らしくて「□□□が帰ってきた!」と思いました。
「そう? 別にどこかに行ってたつもりはないんだけど(笑)」
――この9年間、ライヴはやっていらっしゃいましたが、2013年のアルバム『JAPANESE COUPLE』以降、the band apartとのミニ・アルバム『前へ』(2016年)や『LOVE』は実験的だった印象があるんです。
「どうだろう。『前へ』はどうやったらthe band apartの4人が嫌がるかを考えて全員に歌わせただけだから、そういう意味では実験かな(笑)。『LOVE』も“実験”ってつもりはなかった。どの作品も“なんとなくのノリやタイミングでたまたまそうなった”ということの連続だから、実験してるかはわからない。たとえば今回の1曲目〈Long No See You〉はもともとライヴ用に作ってた曲で、音源にするにあたり、いとうさんにひとりでバースをラップしてもらうことにしたんだけど、滑舌が良くないところがあって、俺が被せて歌って2MCにしたほうがいいなと思ったんだよね。で、自分のヴォーカルを入れてミックスしてる時に、シゲがツアー先の大阪のホテルの部屋でiPhoneで録ったヴォーカルを送ってきたのね。そしたらエンジニアから電話がかかってきて、“村田さんから送られてきたデータにラップのバースが入ってるんですけど、どうしたらいいですか?”と言われて。“面白いからうまいこと使って”って頼んで、最終的にシゲの歌を真ん中に置いたらよくなった。そうやって作ってくうちに変わっていって、シゲがなんでラップを録って送ってきたのかの理由も知らない。□□□ってだいたいそんな感じなんですよ」
――そうなんですね(笑)。
「それを実験と言われたら、実験かも。作ること自体が実験みたいなとこもあるしね。あんまり完成形をイメージして作ることもないから。自分が“すげーいい”って思うものを作ったらいけないと思ってるんだよね。“よくわかんない”とか“ダメそう”とか、自分に理解できない部分がないと曲としてできたって気持ちにならなくて。今の自分を信じてないし、今の自分の価値観に完璧に合う曲を作ったところで何も面白くない。それは、むしろ作る態度として閉じてると思う。“よくわからないけどいいような気もする”っていうものじゃないと出せないんだよね。□□□は特にその傾向が強いかも。だから□□□でよくわからないことをやって、その成果や経験値を頼まれ仕事にフィードバックしてるサイクルはあるかな」
――この9年の間に□□□にはヴォーカリストとして“契約社員”の方が9人入ったり、三浦さんはソロ・アルバム『Picnic Again』をクラウドファンディングで10年先行でリリースしたり……。
「『わたのはらぞこ』(映画)の音楽を作ったりね」
――いろいろな活動をなさっていたので、□□□の録音作品はもう作らないのかなと思っていました。
「何も考えてなかったんだよね。“作らなきゃ”とも“絶対作らない”とも思ってなかった。作る動機もきっかけもなかったし、それ以外のことで忙しかったし。たとえばthe band apartは自分たちの活動をしないと食えなくなっちゃうけど、□□□は、俺は音楽家として食ってるし、村田シゲはベーシストとして売れっ子で忙しいし、いとうせいこうもいろんなジャンルで活動してる。誰も□□□で食ってないし、レーベルと契約してるわけじゃないから出す理由もないんだよね」
――では、なぜ今回新作を作ったのでしょう?
「それは、4月末に大阪の服部緑地のフェス(CHAORAS FES)に□□□で出た時、サポートドラマーの木暮栄一(the band apart)から“□□□と一緒にツアーを回ったのが楽しくて、また回りたいから何か出してよ”って言われたから。the band apartのアルバム(『HIKAWADAI NIKKI』)も8月26日に同時発売って決まってたから、それが理由ですね」
――外部から乞われないと□□□の新作を作ることはない?
「そう。エイベックスのcommmonsに所属してた頃はアルバムを年イチでリリースしなきゃいけない契約で、だんだん外仕事もくるようになったんだけど、取り分が事務所と半々だったから契約更新しなかったんだよね。そもそも俺が□□□を始めたのは、アーティストとして頑張りたいというより作家やプロデューサーになりたかったから。外仕事がいい感じに回ったから事務所を辞めて、今に至るっていう」
――今の三浦さんにとって□□□はどういう位置づけなんですか?
「わかんない……特にない。なんなんだろうね(笑)?」
――クライアントワークだったら先方の要望に応える必要があると思いますが、□□□なら自由な制作ができるとか、そういう面はありますか?
「いや、□□□では自分が自分のクライアントになるわけだから、そんなに関係ない。そっちのほうが面倒で大変だし。自分名義で何にも阿らず作ったもののほうが表現としての強度が高いとか、そういうことはまったく思わない。そんなのよくない西洋美術史の流れの洗脳だとすら思う。みんな、そういう幻想が好きだよね。ほとんどの人が“音楽”って言って指してるものはポピュラー・ミュージックじゃん。つまり、商業音楽。それをあたかも大きな枠組みの“純粋音楽”として解釈してる人が多いけど、“いやいやいや”って。ポピュラーミュージックって語源を辿ると流通に由来するんだけど、そんな商業音楽を大文字の“音楽”として解釈して語るのは頭が悪いし、そこで思考停止するのは問題だと思う。ポピュラー・ミュージックに“本当の表現”なんてないだろって。曲よりルックスや若さが大事な要素だったりするし、スターの華やかな勢いにリスナーが惹きつけられることを含めてポピュラー・ミュージックって概念なんだと思う。自分は興味がないけどね。そのなかのごく一部の音楽性だけをあたかも絶対的なもののように切り出して語るのは変だと思う」
――三浦さんがおっしゃるポピュラー・ミュージックの構造は、どんどん強まっていると思います。音楽が属人的になっているというか、「その人のことを信じているから、その人の音楽を聴く」という傾向が強固になっていると感じるんです。
「そうだよね。だから□□□に関しては極力、自分個人に注目されないように気をつけてはいる。音楽そのものをできるだけ聴いてほしいから、あんまり自分を興味の対象にしてほしくない。“音楽そのものを聴く”ってなんだろう?って思うよね。たとえばスーパーマーケットとか古着屋とか、どこかで前情報もなしに流れてきた曲に心惹かれる、というのがいちばん理想的な音楽との出会い方だと思う。そういうふうにありたい。ローファイヒップホップがそれに近いかもしれないね。BGMとしてすごく聴かれてるから」
――ローファイヒップホップは作者が誰かを気にしないですもんね。
「そう。数百万回再生された作家でもライヴをやったら客はひとりも来ないとか、属人的な音楽とは正反対なところにある。でも、あれは勉強や仕事の最中になんとなく流す、みたいな機能性が求められている音楽だから、ブライアン・イーノの『Music for Airports』みたいなものかも。とにかく属人的にならずに音楽が聴かれるように気を配ることも大事だなと、アーティストとしては思うよ」
――□□□って“契約社員”の方がいるとか、そういうあり方と真逆ですよね。中心がないというか。もちろん、三浦さんが中心なのかもしれませんが。
「いや、俺が曲を作るからそう言えるかもしれないけど、極力、中心を作らないようにしてる。自分がいなきゃ始まらない集団なんて面白くないし、自分が絶対的な権力を持ってるわけでもないし。俺は10年以上前から、音楽に限らずダンスのステージとかを含めて作品自体や内容に興味がないんだよね。その作品がどういう集団のどういう倫理や仕組みから生まれたんだろう?ってことのほうがよっぽど興味がある」
――それは、演劇などに関わるようになったことが関係しているのでしょうか?
「そうだね。ただ演劇は関わる人が多いからハラスメントもよく指摘されるし、ハラスメントをしないといいものができない、持続可能な表現ができないんだとしたらやめちまえ、とは思う。原発にしてもなんにしても、俺は基本的にその考えで。新しい表現をやってても、集団の倫理のあり方が変わらない限りは何も意味がない。つまり自分の作品においても、“その曲がなんなのか”ってことにたいした意味はないんだよね。音楽性を取り沙汰されても、“そう言われればそうですかね”ぐらいの話で。集団のあり方――たとえば今回のシングルだったら、全員がセルフレコーディングしてできたってことのほうが大事かも」
――そのあり方がおもしろいですよね。三浦さんがいなくても□□□は成り立つ、と以前おっしゃっていました。
「俺に内緒で□□□の新曲がいつの間にかリリースされてて、サブスクのリリースレーダーでそれを知る、みたいなことが起きたら嬉しいんだよね(笑)。中心がない状態で、どうやってその集団がみんなにとって楽しく、かつ意義のあるものになって、ちゃんとお金も回るかっていう持続可能性についてすごく考えてるし、そこにしか面白みがない、とまで思うかな。でも、面白い仕組みで集団を構築できたら、結果、出てくる音楽も面白いものになると思う」
――□□□の表現では合唱がその論理に合っていると思います。ユニゾンで誰かと誰かの声が混ざっている状態は、三浦さんがおっしゃる集団のあり方と合致しているんじゃないかなと。
「そうね。ただ、ソロ・パートもあるけどね。たとえば今作の〈みつけて〉はわかりやすいけど、ソロで歌う人がいたり、ふたりや3人で歌うパートがあったり、全員でわーって歌う部分もあったり。もちろん、“嘘”も入ってるんだけどね。契約社員は女性が多いから、音楽家として“オクターブ下の厚みが足りないな”って考えて、自分の声を何声か重ねて補強してるから。だから、リアリティにこだわってるわけでもない。とはいえヴォーカルテイクのOKの判断も、録った本人が決めてるんだよね」
――「録り直して」というお願いはしない?
「今回はふたりだけ頼んだかな。もっと素敵な歌が録れるし、やればやるだけよくなると思ったから。でも、“微妙だな”って思っても極力直さずに使う。音程や音質もバラバラなままのほうがいろんな人がいる感じが出るし、そもそも統一しようがないし、統一したらつまらなくなっちゃう。それを“つまらなくなっちゃう”と思うところが、たぶん自分らしさなんだろうな。俺の場合、大勢の合唱のなかに個々人の声があること、一人ひとりの積み重ねでこの集団があるんだってことを見せたくなる癖があるなって気づいたんだよね。今作の〈We See The Light〉でも“なんて”というフレーズをひとりずつ言わせてるし。“個人あっての集団”ってことを表現したくてしょうがないんだろうね」
――その「みつけて」は、今作の3曲のなかでもっともシンプルなバンド・サウンドだと思いました。それゆえに、歌が全面に出ています。
「これが今作でいちばん古い曲で、何年か前、ライヴに出る時に作ったんだよね。ライヴで演奏してるから話も早かったし、契約社員の誰がどこを歌うかの担当も決まってた。契約社員たちを想定して初めて作った曲だから、ライヴでみんなの歌を活かす曲になってると思う」
――三浦さんといえば夏のイメージがあって、今作も夏にリリースされますが、歌詞は雪についてのものですね。
「季節感はぜんぜん考えてなくて、季節より“色”じゃないかな。歌詞を順に追っていくと“信号”には緑、黄、赤の原色があるでしょ。で、“雨がアスファルト黒く濡らし/太陽がグレーに戻す”。“草が茂って”自然の色になって、雪が“しんしんしん”と降って真っ白になる、っていう色の移行とダイナミクス。“しんしんしん”のヴォーカルがデクレッシェンドしてちっちゃくなったあと、音量がドーンって上がってこの曲で初めて大勢の声が現れる。そういう圧倒的にすべてを覆って埋め尽くす表現として、白い雪を歌詞に書いたんだろうね」
――ダイナミックレンジが大きな表現は、三浦さんならではだと思いました。
「そんなに使ったことあるかな?ほんとはダイナミクスの表現でもっと試したいことがたくさんあるんだよね。ダイナミクスの持っていき方って、すごく可能性があると思う。ダイナミクスにしても“しんしんしん”という歌詞にしても、その曲の表現で使えるものは何でも使うところは自分っぽいセオリーかも」
――「みつけて」はエンディングが印象的です。女性のソロ・ヴォーカルになって、“しんしんしん”という歌声にだんだん深いリバーブがかかり、音像の奥に引っ込んでいくような聴感で終わる。しかも、音質もiPhoneで録ったかのようなテクスチャーで。
「そう。“ラジオボイスに加工してるのかな”って思う人が多いけど、そんなことなくて、リアルiPhoneボイスで届いた録音まんまなんだよね。あのヒナちゃんの歌がすごく素敵で、ああいう音質だから印象に残りやすいよね。歌のパート分けはライヴでやった時のままだから、あの静かなところで彼女の歌が出てくるところ含め構成はライヴから1ミリも変えてない。だからシンプルな曲なのかもね」
――1曲目の「Long No See You」もドラムなどが入ったバンド・サウンドで録られていますが、どこから作りはじめたのでしょう?
「ライヴでやるからそれを想定した楽器の編成なんだけど、たぶん冒頭から入ってるシンセの5拍のループから作った気がしなくもない。で、ピアノとウワモノとベースもちょっと変な拍になって、でもドラムは関係なくずっと4/4拍子を叩いてるっていう。ドラム&ヴォーカルが同じ拍の進行で、ピアノとベースとギターがひとつのグループになってて、シンセの5拍のアルペジオは何にも属さずただずっといる、っていう3グループのレイヤーに分かれてるんだよね。だからウワモノやベースに対して、ドラムが場所によって表裏拍がひっくり返る。でもヴォーカルはドラムと一緒にいるから、そのことに気づきにくい。トリッキーといえばトリッキーなんだけど、さらっと聴けちゃう。なんでこうなったのかと言われれば、なんとなくでしかないんだけど。俺は4つ打ちの演奏や同じコードが繰り返される曲が好きなんだけど、そんな曲は腐るほどあるから、繰り返すなかで微妙に変わってく塩梅がいいなと。これも構成はライヴでやった時と変えてないかも。よくやったなと思うけど」
――生演奏では間違えそうですね。
「リハで1回も全員で合わせてなかったんだけどね。唯一テンポがぐっと遅くなってからもとのテンポに復活するところは、ドラムやベースを録ったあと、俺が“えい”って無理やり加工した。音質も悪くなる乱暴なことを平気でやったんだけど、“別にいいや、そうしたいんだもん”って」
――テンポがだんだん下がって、また上がっていくという表現も三浦さんワークの特徴のひとつだと思いますが、なぜそれをやりたくなるんでしょう?
「びっくりさせたいから。でも、コード進行はいっさい変えてない。音程やメロディはミニマルなものが好きだから、J-POPと真逆な嗜好なんだと思う。“びっくりさせたい”と言いつつ、家で普段聴く音楽は地味でオルタナティブなエレクトロニック・ミュージックばっかで、歌ものを聴かないんだよね。そもそも、歌を聴くことが好きじゃない。歌で空間を埋めちゃうと音楽の余地が減るから邪魔だなって。あと、歌って言葉を伴うことがほとんどだから強いしね。ただ□□□の曲はポピュラー・ミュージックを意識して作ってるから、飽きさせない工夫というか、作ってて自分が飽きてくるから“びっくりしたいなあ”って感じる。で、やってみて面白かったら、それをそのまま活かすという」
――「みつけて」とちがってダブ的な残響の処理やエディットも入っていますね。
「そこは楽しくやった。この曲はそういうことに時間をかけたから、“わーい”って楽しんでエディットやエフェクトを加えていって。ドラムとベースの生演奏感を活かしたかったんだけど、とはいえ最高の鮮度の魚だからといってかならずしも刺身で食わなくてもいいし、火を通したほうがうまいこともある。ただ、シゲと木暮の演奏が人間ならではのいい演奏だったから残したいなと思って、ドラムとベースはほぼ刺身で、それ以外のところは色んな処理を加えて遊びました」
――“おひさしぶりです/ごぶさたです”から始まる歌詞がリスナーへの挨拶になっていて、驚くとともに感動しました。
「俺はフックしか作ってないから、そこは完全にいとうさんだね。俺はそんなこと思わないし、思いつかないもん。まず待ってくれてる人がいるって想定がない。だから、“おひさしぶりです/ごぶさたです”って書けるいとうさんはすごいなと思った」
――バースのリリックは全部せいこうさんが書いたんですね。
「順番を変えたりカットしたりはしたし、譜割りも俺が作ったけど、そうだね。“Long No See You Glad To See You”もせいこうさんの歌詞にあったフレーズだから、俺はそれを組み合わせて“We Say”を付け加えただけかも」
――三浦さんがブログで「今まででの全ての音楽制作の中で一番楽しかったです」と今作についてコメントしていたのが印象的です。
「そう、楽しかった。『ヒカルの碁』って漫画読んだことある?“この碁盤には宇宙が詰まってて、碁石をどこに置くかで宇宙が作れるんだ”みたいな台詞があるんだよね。今までの制作では、そうしたいのにすべてがままならないストレスのなかでやってたんだけど、今回は思ったことがすぐ実現できて。ここ10年ぐらい、“勉強の季節”っていってとにかくちゃんと学んで作ることを優先してたんだけど、ようやくそれが実りつつあるのかな。だから、ようやく基礎体力がついてきて自由にのびのびと楽しく作れるようになったんだと思う」
――塩屋の新しいスタジオの環境も関係していますか?
「関係してるかも。音がちゃんと聞こえるし、居心地もいい。スタジオを作るにあたって、たとえば吸音パネルとかも全部調べて自作したし、そういうのも積み重なったんでしょうね」
VIDEO
――「We See The Light」は、3曲のなかでもっともエレクトロニックでダンスミュージック的な曲ですね。
「これはデモみたいな曲なんだよね」
――デモ?
「官邸前デモとか、デモンストレーションのほうのデモ。そういうつもりで作ってる。日本に限らず政治家にクソムカついてて、“公僕風情が偉そうにするな、民衆のほうが偉いんだよ”って前提に立ってるんだよね。で、俺はいちおうアメリカの帰国子女だからもともと歌詞は英語のほうが作りやすいんだけど、1番の歌詞の歌い出しの“We see the light”ってフレーズがぽっと出てきて。“政治家ファックオフ”の方向でいってもよかったんだけど、□□□的には毅然としてめっちゃ怒りながらも、それを常にわずかに上回るハッピーな感じでいったほうがいいなと思って、こういう形になったんだ」
――後半、せいこうさんが日本語で歌詞を朗読している部分は特に怒りを感じました。
「直訳だからね」
――前半の英語詞の日本語訳なんですね。
「そう。せいこうさんが日本語訳を読んだのも単純に成り行きで、想定してなかった。契約社員の人たちに歌ってもらう時、全編英語詞だったからざっくりした直訳の歌詞をこしらえて共有したんだけど、せいこうさんが“この直訳の歌詞を読みたい”と言い出して、日本語のほうも曲に入れることになったんだよね。“わたしたちの生活を返せ/それも正しく”なんて雑な直訳なんだけど、それをせいこうさんが読むことによってああなったっていう。あとスライドホイッスルとか、おもちゃの楽器をたくさん入れてるのが楽しいよね。それも官邸前デモとかのイメージ」
――なるほど。
「私たちはどんなクソな状況でも、意地でも光を見出してやる、で、見つけた光に絶対にしがみついてやる、っていう歌い出しの決意の歌なんだけど、だからこそ楽しげな雰囲気にしたくて。おもちゃの楽器を入れたのは、演奏者が好きな楽器を持ってきてわちゃわちゃやってるイメージ。おもちゃの楽器って、西洋音楽の基準では綺麗に鳴る豊かな倍音構成を持ったピアノやギター比べて劣るものってされてるけど、そんなことないよね――そういうメッセージもなくはないかな」
――この曲だけドラマーのクレジットがないので打ち込みなんですね。
「木暮に録音してもらったんだけど打ち込みに変えて、それもだんだんつまんなくなってきたから『GOLDEN LOVE』(2007年)の〈GOLDEN KING〉って曲の素材を使ったんだよね。ガツガツしたアグレッシブなプレイでめちゃくちゃガッツのある音だから、久しぶりにあのネタを引っ張り出してこようと思って。さらにガッツリした音になるかなと思って、ミックスはIllicit Tsuboiさんに頼みました」
――ほかの2曲は岸本浩幸さん(umu)がミックスしていて、「We see the light」だけTsuboiさんなんですね。
「岸本のスケジュールに空きがなくて、わけわかんない感じにしてくれる人がいいなと思って、『GOLDEN LOVE』以来、超ひさびさにTsuboiさんにお願いしたんだよ」
――「00:00:00」「いつかどこかで」の“今夜”というフレーズが登場するのが気になりました。
「〈いつかどこかで〉とは関係ないんだけどね。2番にどんな言葉を入れるのがいいんだろうと思って、いろいろ考えた結果、エモーショナルでストレートでいいかなと思って“今夜”にしただけ。契約社員は誰も“〈いつかどこかで〉のフレーズだ”なんて思ってなかったみたいだけどね」
――契約社員の方々の英語の発音がすごくいいなと思いました。日本人が歌う英語じゃないなと感じます。
「ありがとうございます。そこはこの曲でいちばんこだわったとこだから、嬉しいな。日本人は“What”を“ワッ”じゃなく“ホワット”って歌っちゃうじゃん。だから、“俺の仮歌を耳で聴いたとおりに歌って、カタカナ英語っぽい発音は絶対にしないで”って契約社員たちに念押ししたんです。で、最後の“What”の“t”の音が入ってた録音はその部分を全部消したりもして。あと、英語ネイティブのDavid Shimamotoさんと、山森大輔っていうニューヨーク時代の同級生にも入ってもらって、日本人英語っぽくない雰囲気が実現されてます。この曲は日本人や日本の市場に向けて作ってなくて、サブスク時代だしチャンスはあるから、世界の人々に連帯を呼びかける気持ちで作ってるんだよね。だから自分が得意な言語であり、半ば世界の公用語みたいになってる英語の発音は極力ちゃんとしようと」
――今作はちらし寿司の写真がジャケットになっていますが、デザインの打ち合わせで出てきたキーワードは“生活”だったとブログに書いていましたね。
「そう。伊藤ガビン、いすたえこ、村田シゲ、俺の4人で、デザインをどうするか、楽曲制作と同時進行で話し合ってたんだけど、そのLINEグループで決まったことだから俺の意図はあんまりないんだよね」
――そこも集団創作的なんですね。
「そうね。俺はとにかく曲を仕上げてミックス・マスタリングを含めて音源の責任を持たなきゃいけないから、LINEグループであまりやりとりする余裕がなくて。で、今作から“生活”ってテーマが見えてきて、試しに送ったちらし寿司の料理写真がいい感じだっていうことで、プロのカメラマンに撮ってもらう流れだったんだけど、時間がなさすぎて俺が撮った写真を整理して使うことになったんだよね」
――なぜちらし寿司なんですか?
「これは今年、俺が娘のために初めて作ったちらし寿司で、誰かのために作った料理っていうのが肝だった気がする。ちらし寿司って、たとえばレンコンを酢漬けにしたり錦糸卵を作ったり、すげー手間がかかって面倒くさいわりに、そんなにおいしいと思えなくて。だから、わざわざ作るもんでもないなって思ってたんだけどね」
――家庭では、ちらし寿司の素を買ってきて作るのが一般的だと思います。
「“♪ちらし寿司ならすし太郎~”でしょ(笑)。でも、ああいうのは甘ったるくて俺も娘も好きじゃないから、作るんだったらちゃんと作ったほうがいい。で、カスタマイズもしたいから、娘が好きなサーモンとか茹でエビとか、季節的にスナップエンドウが大好きだから入れて作って。俺は主夫だから毎日料理するけど、誰かのために作るご飯って尊いなって気がして」
――ちらし寿司は自分ひとりのために作らないし、みんなでお祝いの時に食べるものですよね。
「そう。日常っていうよりハレの料理だよね。CDのブックレットには何てことないケの料理の写真も入ってる。それにジャケットが、さっき言ったようにうちのテーブルで俺が適当に撮った写真だから、同じような写真を撮ればジャケットと連動してくなって思って。ケの料理もいいよね」
――ブログには蒸し枝豆とエノキのひたすら焼きのレシピをアップしていましたね。
「そうそう。わざわざレシピにするほどのものでもないし、映えない料理でエノキのやつなんて見た目は酷いんですけど、ああいうのが美味しいし大事だと思うんです。Sly & the Family Stoneの「Everyday People」ならぬ「Everyday Food」って感じで」
取材・文/天野龍太郎 撮影/ともまつりか