夢と現実の狭間とは、5lack『夢から覚め。』

5LACK   2015/03/27掲載
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2011年の震災以降、BudamunkISSUGI(from MONJU)と結成したSICK TEAMでの活動やOlive Oilとのコラボ作『5 O』など、精力的に作品リリースを重ねてきたラッパー / トラックメイカーの5lack。しかし、そうした作品の数々には、人気アーティストとして注目されるようになったことで生じた戸惑い、震災以降の混沌とした社会状況やSNSに象徴されるネット・カルチャーとのほどよい距離感に腐心する彼の心境がエモーショナルな作風に投影され、どこか息苦しさを覚えた。
しかし、その後、生まれ育った東京と福岡を行き来し、置かれている状況を客観視することで、彼の最大の魅力である「テキトー」なバランス感覚を徐々に取り戻し、住まいを福岡に移すと、前作『5 SENCE』から1年8ヵ月ぶりとなる新作アルバム『夢から覚め。』を完成。研ぎ澄ませた五感を駆使して、音と言葉を巧みに乗りこなしながら、彼は夢と現実の狭間に何を見ているのか。
―― 一昨年出した前作アルバム『5 SENCE』はインタビュー記事を見かけなかったんですが、取材は受けたんですか?
「Olive(Oil)さんと共作アルバム『5 O』を出したタイミングと『SICK TEAM II』を出した時には沢山取材を受けたんですけど、どうやら、受けなかったらしいですね。まぁ、深い意味は全くないんですけど、プライベートを切り売りすることで損することも多いから、顔を知られたくないとか、声をかけられたくないとか、そう感じる時期はバランスを考えて露出を抑えさせてもらうこともあったり。でも、2009年の『I'm Serious』の頃と比べると、削られて丸くなったところもあるし、ペース配分出来るようなったり、出来ないことは最初からやらなくなったり、30歳に近くなってきて、判断力はついたと思いますね」
――5lackくんにとって、福岡はどんな街なんですか?
「全国各地をライヴで訪れた経験上、一番進んでる東京に対して、福岡は生活するうえで日本で一番バランスがいい街だと思ったんですよね。混み具合もちょうど良くて、普通に過ごしやすいし、東京よりも中心地に住めて、なおかつ空港も近かったり、物価が安かったり、飯も美味かったり。もちろん、音楽は家で作ってるんですけど、運動のために走ったり、洗濯して、飯作ったり、日々穏やかですね」
――生まれ育った東京についてはどんな思いがあるんでしょうか?
「東京が地元だと、帰る場所がないというか、ライヴなんかを除いて、東京から出ていくことは少ないじゃないですか? だからこそ、敢えて、東京を出て、地方で暮らすのが面白いんじゃないか?って思ったんですよね。しがらみだったり、東京のネガティヴな側面を考えた時期もあったんですけど、東京を出たことで、逆に東京の良さを気づかされたところもあって。刺激という点では東京はやっぱりすごいというか、世界的にみて、進んでいる街だと思うし、そこで勝ち上がっていくためにしのぎを削っているわけじゃないですか。そして、自分としてはその街で友達と一緒に成功したかったんですけど、やる気や考え方も違えば、置かれている状況も違うのに、自分のやり方を押しつけて、イヤなやつになりたくなかったんですよね。そういうことを冷静に考えた時、俺は自分のことをちゃんとやりたいと思ったし、そのためには一人になる必要があったんですね。だから、目標に区切りが付いた東京には上手く出来たことと挫折したことが両方ありますね」
――そして、震災以降、確かだったはずのものがひっくり返ったことで生じた混沌とした状況が今も続いているじゃないですか?
「みんなが疑いの心を持ったし、宗教やテロの事件だったり、世界や社会の出来事を気にする人は増えましたよね。俺も自分なりに世の中の欠点や問題点に気づいて、その改善点や対処法を考えたりもするんですけど、価値観も違えば、状況も複雑だったりするから、全ての状況を良くすることは不可能だよなとも思うんですよね。だから、自分とその周り、視野に入ってくる自分の世界をどんどん攻めて、そこで嫉妬や八つ当たりせず、自分なりにポジティヴであろうと一人一人が自分の事をやっていくのがいいのかなって思うんですね。だから、色んなことを考えに考えて、“テキト〜”とか言ってたデビューしたての頃の心持ちに一周して戻ったというか。でも、自分のなかでは進化したつもりだし、以前より上手くやっていけるようになったと思っているんですけどね」
5lack / 夢から覚め。
――いいこと悪いこと色々ある日々をいい塩梅やバランスという意味の「テキトー」な音と言葉でするっとすり抜けていくところに5lackくんの魅力があると思うんですけど、震災以降の作品はその「テキトー」さをキープしようと悩みながら試行錯誤していたことを考えると大きな変化ですね。
「そうですね。ここ3年くらい、すごい苦しかったんですよ。厄年でもあったせいか、まともに食らってしまったというか、マジに捉えすぎて、ネガティヴになってしまったんですけど、今は合気道みたいな感じというか、相手の力を受け流して、その力を利用して技をかけるみたいな、そういうイメージなんですけどね」
――確かに今回のアルバムはリリックを聞いていると、そういう「テキトー」な技の極意が進化したように感じられるんですが、音楽やカルチャーから切り離した福岡での生活で何を原動力に音楽を作っているんでしょうね?
「原動力? ないなー(笑)。というか、音楽は生活の一部だから、作るのに原動力はいらないんですよね。それはスケボーも同じで、“最近、イライラするなー”って思い返してみると、スケボーやってなかったからだったりして。曲もそうなんですよね。リリックを書いてみると考えがまとまるし、すっきりするんですよ。そういう意味で音楽制作は自分にとって必要不可欠なものだし、“よし、作るぞ”って感じで作っていた以前と比較すると、今は生活しながら、いい意味で片手間にやってるし、今回のアルバムも“作った”アルバムではなく、ストレスを感じることなく、“出来ちゃった”アルバムなんですよ」
――なるほど。では、一日のなかでどういう時に音楽を作ることが多いですか?
「音楽はかなり後回しですよ(笑)。飯と音楽だったら、飯作る方が優先だし、“出かけて、帰ってきて余力があったら録ろう”とか、“眠れないからリリック書こう”とか。音楽は優先順位の1番にはないですね。トラックにしても、今回は『My Space』の頃に作ったものを引っ張り出して使ってますし、ストックが200曲以上あるので困ってないんですよね。これといったテーマがあるわけじゃなく、作るのもサンプリング・ネタ次第だし、友達が家に遊びに来た時、手がさびしくて機材を触ったりしてるから、グルーヴがいい感じにズレるんですよ。しかも、俺は作った曲を飽きるまで聴いてから次の曲を作るので、そうやって出来た曲をまとめた前作の『5 SENCE』しかり、今回のアルバムにしても自分にとってはベスト盤みたいなものなんですよね」
――KILLER-BONGプロデュースの「HNGRI KILLIN!!」、Olive Oilプロデュースの2曲を除いて、5lackくんの楽曲で占められている今回の作品は、メロウな、メロディアスなトーンが一貫して流れていますし、歌ってるパートも増えていますよね。
「そうですね。確かに周りからも“歌ってるよね”って言われることが多いですし、メロウなトーンに関しては、人が俺の音楽に求めているものを自覚したことが影響している気がするし、自分が持ってる一番の武器はリリックより何より、メロディだと思っているんですね。例えば、ジブリや北野 武さんの映画を観れば、久石 譲さんの音楽にヤラれるように、俺の音楽も素直に心に響くいいメロディがあればいいと思うし、そういうシンプルな音楽を作りたいんですよね」
――リリックは『夢から覚め。』というアルバム・タイトルが物語っているように、色んな局面における夢と現実の狭間が描かれていますよね?
「冒頭で語ったように、東京での目標に区切りを付けた成功と挫折の話とも関連するんですけど、今まで見てきた世界、“これが正しいんだ”と決めつけていた世界を一歩引いたところで客観的に見た時、自分に訪れた“ああ、俺、バカだったな”っていう瞬間や平和ボケしていたところで起きた地震をきっかけとして政治やメディアに疑問を抱くようになる瞬間もそうだし、見方や考え方が変わるターニング・ポイントを格好つけて、アルバム・タイトルにしてみました。さらに客観視すると、そのターニング・ポイントの先にはまた別の夢が始まり、続いていくし、自分としては“一歩前に進んだぞ”っていう意味合いを込めたつもりでも、“何が『夢から覚め。』だよ”って思う人がいるかもしれないし、その解釈は聴く人にお任せしたいですね」
――福岡で穏やかな日々を送りながら音楽を作って、仕事として東京へ出ていく生活は今後も続くのか、それともこの先、また新たなターニング・ポイントがやってくるのか。
「穏やかな生活を取るのか、それとも刺激に満ちた場所に戻るのか。その狭間を行き来しているので、どちらも取るのかは現時点で決めかねているんですけど、どちらであっても、自分としては素直であり続けたいですね。もちろん、間違えることもあるでしょうけど、ボブ・ディランとかニール・ヤングの音楽を聴くと、彼らのように素直でありたいと思いますし、今後はSICK TEAMやPSGの作品も作りたいなとは思っているんですけど、流行り廃りではなく現実的な音楽を出していきたい……と言ってる時点でまだ夢のなかにいるのかもしれませんけど、今はそう思ってますね」
取材・文 / 小野田 雄(2015年3月)
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