[注目タイトル Pick Up] 音源探しの旅で発見したOrcaorcaの美しき“どこでもない世界 / ハイレゾじゃなきゃわからない、1959年に録音されたマルケヴィチの鮮烈な音
掲載日:2020年2月25日
はてなブックマークに追加

高音質放送i-dio HQ SELECTIONのランキング紹介番組『「NOW」supported by e-onkyo music』(毎日 22:00〜23:00)にて、この連載で取り上げたアルバムから國枝さんが選んだ1曲を放送します。今月の放送は3月4日(水)の「ROCK'N'POPS NOW」から。

注目タイトル Pick Up
音源探しの旅で発見したOrcaorcaの美しき“どこでもない世界”
文/國枝志郎

 配信音源探しの旅は単純じゃない。よく知っているアーティストの新作、リマスターされたカタログを探していくのは基本だけど、たとえばまったく聞いたことのないアーティスト名で、しかもアーティストやアルバム / 楽曲の説明がなにもないか、あっても数行くらいしかないものもたくさんあるのだ。限られた時間の中でそれらを全部試聴していくのはなかなか難しいのだが(アーティストのみなさん、レーベル関係者のみなさん、これから売っていこうというのですから、なるべくアーティスト・プロフィールは詳しめに掲載していただけるとうれしいです)、たとえばなんとなくジャケット写真が目を引いたとか、アーティスト名に惹かれるものがあったとか、そういうなんらかのきっかけで試聴してみて、おっと思う作品があったりするとうれしくなる。Orcaorcaのアルバム『Elephant』も、そうした経緯で僕にとってはうれしい“発見”となったアーティスト / 作品だ。Orcaorcaは、アラベスク・ショシェ(p)とマヤ・カワディアス(g)というふたりの男性(アラベスクはチェコ人と日本人のハーフとのこと)によるデュオ・ユニット。その音楽は“フォークトロニカ”と説明されている。フォーク・サウンドとエレクトロニカが合体したフォークトロニカは21世紀になってイギリスから生まれてきた音楽ジャンルで、フォー・テットがその代表格と言われているもの。Orcaorcaの音楽は、たしかに生楽器とエレクトロニクスが巧みに組み合わされたものだが、すでに“フォーク”と“エレクトロニカ”はその境界が極限にまであいまいにされ、“どこでもない世界”を自在に生み出すことに成功した稀有なものだと思う。そしてなによりこの美しい音楽がハイレゾ(48kHz/24bit)で配信されたことに感謝したい。ちなみにアラベスク・ショシェは女性ヴォーカリストのジュリエット・ヘベールとともにChouchouというユニットを10年以上前から続けているが、このユニットのベスト・アルバムが3種、やはりハイレゾ(48kHz/24bit)でリリースされている。こんな美しい音楽をいままで知らなかったことが悔やまれるほど、心を揺さぶられる楽園音響。あわせて聴いていただきたい。


 タワーレコードが主導するジャズ・レーベル「Days of Delight」といえば、当コラムでその第1弾アルバムとなったサックス奏者、土岐英史の『Black Eyes』を紹介したけれど、その「Days of Delight」がハイレゾ配信サイト、e-onkyoとタッグを組んでライヴ音源配信プロジェクト「Naked.」の配信を2019年11月からスタート。第1弾は“大編成ジャズロックオルタナプログレ吹奏楽団”というふれこみの13人組バンドWUJJA BIN BINのライヴ、第2弾はピアニスト魚返明未によるライヴを、96kHz/24bitという高音質で2ヵ月連続で配信してハイレゾ・ファンを唸らせている。レーベル・プロデューサーである平野暁臣は「ジャズの醍醐味はやはりライブです。そして幸運なことに、ジャズクラブやライブハウスでは連日、才能あるミュージシャンたちがクリエイティブでチャレンジングな演奏を繰り広げています。少しでもそれを記録してリスナーに届けたい。若い才能を紹介したい。エキサイティングなライブ体験を伝えたい。そんな思いで始めたプロジェクトです」と語っている。このプロジェクト第3弾となる東京塩麹 feat.荘子itの『Live at Velvetsun 2019.8.12』は、これまでの2タイトル以上にそんな平野の思いが具体化した素晴らしい成果だ。東京塩麹は、反復するビートとパーカッシヴな独自の音楽性で“人力ミニマル楽団”として注目を集める2012年結成のユニットで、2017年に出たアルバム『Factory』はハイレゾ(96kHz/24bit)でも配信されて激賞された。今回紹介するアルバムは彼らの本領発揮ともいえるライヴというだけでもワクワクするんだけど、そこにゲストとしてラッパー / トラックメイカーの荘子it(ソウシット)を迎えてのライヴだというのだからこれはもう期待度マックスというしかない。アメリカはロサンジェルスのレーベル「Deathbomb Arc」と契約、新人ながらサマーソニックやフランスの音楽フェスに出演するなどして大きな話題となっているヒップホップ・トリオDos Monosのメンバーでもある荘子itは、全6曲中後半の4曲に参加し、おそろしくクールでありながら得体のしれない熱量を放射線のように放つラップを披露。この組み合わせをハイレゾ(96kHz/24bit)で聴けるなんて! 東京・荻窪のライヴハウスVelvetsunの小ぶりなスペースに充満するエネルギーは無限大だ。


 いやあ、マーク・アーモンドの2011年以来となるひさしぶりの来日公演、素晴らしかったですねー。2018年に限定再結成公演をロンドンで行ったソフト・セル(マーク・アーモンドとデイヴ・ボールによるユニット)は残念ながら日本では見られなかったけど、ソロ・キャリアも長いマーク・アーモンドがこうして日本でまた公演を行なってくれたことには感謝しかありません。来日公演はマークのほか、ソフト・セルの再結成公演でもキーボードをプレイしていたジェームズ・ビューモントと元ジグ・ジグ・スパトニック(!)のギタリスト、ニール・Xというシンプルだけど個性的なメンバーによるもので、マークのソロ・キャリアでのナンバーはもちろんのこと、ソフト・セルの「汚れなき愛」ももちろんやってくれました。さて、ほんとは予習的に公演前に取り上げられればよかったのですが、前回の締め切りにギリギリ間に合わず、来日後のピックアップになってしまいましたが、マークの新作ソロが来日公演直前にリリースされていました。『Chaos And A Dancing Star』とは、またなんとこのアーティストにふさわしいタイトルでしょうか。来日公演でもステージをともにしたニール・Xとジェームズ・ビューモントをはじめ、豪華なストリングス・アレンジにはマークのかつてのバンド、The Willing Sinners / The Mambasのギタリスト / チェリストでもあるマーティン・マカリックを起用。「Lord of Misrule」では、イギリスの大物バンド、ジェスロ・タルのフルーティスト、イアン・アンダーソンが参加しているのも大きな話題でしょう。マークらしいゴージャスで蠱惑的なナンバーから、生ピアノが美しい静謐なクロージング・トラックまで、マーク・アーモンドという稀有のシンガーの変幻自在な存在に聴き手は幻惑され、魅了されてしまうこと間違いなしの作品となっております。ちなみに2018年にリリースされていたスクイーズのジュールス・ホランドとのジャジーな作品集『A Lovely Life To Live』がマークとしては初のハイレゾ(96kHz/24bit)作品だったのですが、ソロとしてはこれが初のハイレゾ(44.1kHz/24bit)でのリリース。いい音でライヴの余韻に浸ってください。あ、もちろんライヴに行けなかった人も(笑)。


 2019年9月にハイレゾ(44.1kHz/24bit)でもリリースされたChrissie Hynde with The Valve Bone Woe Ensemble名義によるアルバム『Valve Bone Woe』には驚かされた。あの“永遠のロック姐さん”クリッシー・ハインドがジャズを演っている! フランク・シナトラの「I'm A Fool to Want You」や、ジョン・コルトレーンの「Naima」、アントニオ・カルロス・ジョビンの「Once I Loved」など、ジャズやスタンダードなポップスまでをジャズ・アンサンブルとともにとりあげた彼女のキャリアの中でも異色ながらとても魅力的な作品に仕上がっていたのだった。発売時にこのコラムで取り上げられなくてちょっと心に引っかかっていたのだが、それから遅れること5ヵ月、クリッシー姐さん率いるリアル・ロック・バンド、プリテンダーズのカタログが3タイトル、リマスター&ハイレゾ(96kHz/24bit、リマスターは2018年)で配信されたのは朗報だ。ジャズもソロもいいし、2016年に出たプリテンダーズ名義での新作『Alone』(44.1kHz/24bitハイレゾ配信あり)も素晴らしいと思うんだけど、やはりクリッシー姐さんのキャリアの原点となったファースト・アルバム『プリテンダーズ』は絶対に外せないし、まずはここからプリテンダーズ体験をしてほしいと思う。クリッシー・ハインドはアメリカ出身ながらイギリスに渡り、英国の代表的音楽新聞『NME』の記者というキャリアを経てプリテンダーズを結成。1979年にキンクスの「ストップ・ユア・ソビン」のカヴァーでデビュー、1980年にファースト・アルバム『Pretenders』(当時の邦題は『愛しのキッズ』だった)を発表した。当時のイギリスに吹き荒れるパンク / ニューウェイヴの嵐のなか、プリテンダーズの音楽はストレートすぎるシンプルなロックンロールだったが、アルバムからのカット「ブラス・イン・ポケット」は全英チャート1位となり、その人気を決定付けたのだった。じつはこのアルバムは2016年にハイレゾ(96kHz&192kHz/24bit)で配信されていたのだが、今回のリマスター配信ヴァージョンは96kHzのみの配信ではあるもののよりパンチの効いたサウンドに生まれ変わっていて、プリテンダーズのソリッドな音楽性に今回のリマスターハイレゾはバッチリ合っていると思う。


 バリ島のガムラン音楽といえば、LP時代からいわゆる“ハイクオリティ音響”としてオーディオファイル向けのアルバムがかなりの数出てきていることはある程度年季の入ったオーディオファンであればご存じのことだろう。そしてそれは当然のことながらハイレゾと高い親和性を持つわけで、ハイレゾで配信されているガムラン音楽はかなりの数があると推測される。今回紹介するシリーズも言ってみればそのようなものなのだろう……と思って調べてみたら、たしかに高音質をうたってはいるのだが、レーベル「CROIX HEALING」は、YouTubeにチャンネルを持っていて(CROIX HEALINGで検索してみてください)、独自に収録した高画質4K動画や高音質バイノーラル音源などを元に多くのプログラムを提供し、しかも「医師や様々な分野で活躍されている専門家によって監修された世界の神秘やヒーリング要素を満載したチャンネル」であるとの説明がレーベルのHPに記載されていた。音だけではなく、視覚にも訴えるという意味ではLP時代に比べると“癒しの音楽”も相当なグレードアップと言えるだろう。とはいえ、YouTubeでは正直言うとまだまだオーディオ的には満足のいく音響を再生するのは難しい状況ではあるので、YouTubeの画面を見ながら音声は配信されているハイレゾ音響で楽しむというのがオーディオファイル的には幸せへの道ではないだろうか。今回取り上げた『Earth Soiund Prescription in BALI』は、オリジナルとしては3種類(Gender Wayang I/II/III)ある。グンデル・ワヤンとは? レーベルの説明によると「ワヤン・クリッと呼ばれる影絵芝居や儀礼用のガムランとしてバリ島に広く普及しています。2人の奏者が楽器を向かい合わせにして座って演奏するスタイルが基本で、最小編成のガムランと言っていいでしょう。その響きは神秘的かつ悠遠で、神々の世界へとリスナーを誘う効果を持っています」とのこと。このシリーズはガムラン音楽のみを収録した3枚だけではなく、この3枚に“午後”“夕刻”“夜”のバリの自然音を加えた“with Nature Sound” ヴァージョンも同時にリリースされている。192kHz/24bitで聴くこの素朴ながら奥深い楽器の音響が流れ出すと、あたりの空気が浄化されるのを感じるはず。

ハイレゾじゃなきゃわからない、1959年に録音されたマルケヴィチの鮮烈な音
文/長谷川教通

 イーゴリ・マルケヴィチといえば、1960年に旧日フィルの客演で指揮台に立ったときの鮮烈な印象を覚えている人も多いのではないだろうか。1912年キエフ生まれだから、まだ50代の後半だった。長めのタクトを振りながら、まるで獲物を追いつめる鷹のような鋭い眼光と、あのワシ鼻……睨みつけられたオケのメンバーは、さぞかし怖かっただろう。クララ・ハスキルと組んだモーツァルトのピアノ協奏曲第20、24番のすばらしい演奏を聴いても、間違いなく20世紀を代表する大指揮者だと思うが、その実力に比べて評価が不当に低い気がする……個性的すぎたからだろうか。第二次世界大戦以前は、ディアギレフが主催するロシアバレエ団の委嘱作品で注目されたり、指揮者としてだけでなく作曲家としても最前線で活躍したのだが、メジャーなオーケストラのポストには縁がなかったし、録音技術が飛躍的に向上した1960年代以降に録音が少ないのも残念だ。
 そんなマルケヴィチの代表作。まずストラヴィンスキーの「春の祭典」を外すわけにはいかない。オケはフィルハーモニア管。1959年、ロンドンのアビイ・ロード第一スタジオでの録音だ。この当時のフィルハーモニア管は充実していた。マルケヴィチには1962年のワルシャワ・フィルとのライヴなど、これこそが最高だとする熱狂的なファンもいることは承知しているが、オケの合奏力や音質の良さを考えたら、この録音がベスト。とくにリマスターされた192kHz/24bitのハイレゾ音源で聴く音質は驚異的だ。かつてLPレコードで聴いた時の衝撃は今でも鮮烈に記憶しているが、改めてハイレゾで聴き直し“あの音はいったい何だったのだろう?”と、その差に驚くばかり。ダイナミックレンジがまったく別物なのだ。アナログマスターにはこれほど鮮烈な音が記録されていた。ブラスの生々しさ、打楽器の強烈な一撃、大地の唸りのような弦セクション。現代のオケなら、もっと精緻で洗練された演奏も聴けるけれど、このワイルドな音の渦はまさに“原始主義”と表現するにふさわしい。この演奏のすごさはハイレゾで聴かなきゃわからない。


 かつてフリードリヒ・グルダ、パウル・バドゥラ=スコダとともに“ウィーン三羽烏”と評された名ピアニスト、イェルク・デームスが亡くなった。2019年4月16日、90歳だった。彼は歴史的なピアノのコレクターとしても知られ、そのコレクションの一部は浜松市楽器博物館に所蔵されている。親日家でもあった。演奏する作品によって彼自身の所有するピアノ・フォルテを使い分けることもしばしば。晩年にはウィーンの「Gramola」レーベルにたくさんの録音を遺している。このアルバムはザルツブルク出身のヴァイオリニスト、トーマス・アルベルトゥス・イルンベルガーとのデュオを収録したもので、3枚組のSACDでも発売されており、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第1、5、6番に、デームス自身の作曲によるチェロ・ソナタ(ヴァイオリンに編曲)op.35、op.7、op.48、さらにバッハのソナタ2曲とシューマンの3つのロマンスop.94にドヴォルザークのソナチネop.100というプログラム。デームスというピアニストを知る絶好のアルバムだ。
 1985年生まれのイルンベルガーの名は日本でこそあまり知られていないが、Gramolaレーベルへの録音はすでに40枚近くになっている。とてもきれいな音色と優美な旋律の歌わせ方で聴き手を魅了する。オーストリア=ウィーンの伝統と薫りを継承する期待のヴァイオリニスト。デームスが信頼して、バッハやモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトなど、心から愛する作品でデュオを組んで録音した理由が理解できる気がする。ベートーヴェンのソナタでのピアノ・フォルテとヴァイオリンのバランスが絶妙で、そのやりとりがじつにが愉しい。それにしてもデームスのタッチがなんと優しいことだろうか。個性的とか斬新さといった表現とはまったく異なる音楽の愉悦感。ウィーンという街が作り出す魔法なのかもしれない。


 鈴木雅明率いるバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)が、バッハの「マタイ受難曲」を再録音した。前回が1999年だったから20年ぶりの新録音だ。しかも、2020年はBCJ創立30周年でもある。これまでもBISレーベルからバッハの教会カンタータ全曲シリーズをはじめ、50枚を超えるCDアルバムをリリースしており、まさにバッハのスペシャリスト集団としての評価は世界的にもきわめて高い。もちろん「マタイ受難曲」も毎年の復活祭の時期に合わせて演奏を行なってきており、今回の録音は彼らの30年にわたる音楽活動の総決算とも言えるし、同時に新たなスタートともなっている。
 再録音にあたっては数年前から世界的なオルガン製作者マルク・ガルニエと共同し、綿密なやりとりのうえで通奏低音用のオルガンを建造。このオルガンを鈴木優人が弾く。エヴァンゲリストをベンヤミン・ブルンス、イエスをクリスティアン・イムラー、さらにキャロリン・サンプソンと松井亜希のソプラノ、クリント・ファン・デア・リンデのアルトもいい。冒頭のゴルゴタの丘へと十字架を背負いながら登る重い足取り。BCJの演奏には厳しさ悲しみが満ちているのに、それを超えていくような温かみがある。それがすごい。たしかに「マタイ受難曲」の物語は、とても耐えられないような悲劇なのだが、礫刑に処せられたイエスが3日目には甦る。キリスト教にとってもっとも大切な“復活”への道なのだという想い。この演奏に包まれながら、そのことを深く感じさせられる。
 新しいオルガンの深々とした響きもすばらしい。16フィート管を備える本格的なパイプオルガンでありながら、3〜4時間で組み立てと調律までできてしまう。彩の国さいたま芸術劇場の音楽ホールは席数604という中サイズのホール。日本のホールでパイプオルガンを備えるのは1,500〜2,000席オーバーの大ホールがほとんどだ。小編成のバロック音楽をやるのは難しい。このオルガンがあれば「マタイ受難曲」の演奏が常識を覆すものになる……新たな飛躍を告げる画期的な録音なのだ。
 録音はピックアップマイクを使いながらソリストや管楽器の音像感を明瞭にしつつも、オルガンの響きをベースにしたオケの響きを柔らかくブレンドさせたもので、ピリオド奏法の刺々しさはまったくない。いや、奏法がどうのこうのという考えすら浮かばない。ホールの空間に漂う響きの豊かさがみごとに収録されている。その良さを100%生かすなら5.0chがオススメ。ステージ上の音像に立体感があって、しかも響きに包み込まれる心地よさ。これを再生するためにサラウンドシステムを導入するだけの価値がある。そう思わせるくらいの魅力!



 いま話題の指揮者ウラディーミル・ユロフスキ。ロシアの大御所指揮者ワレリー・ゲルギエフが“新しいムラヴィンスキーだ”と評したとかしないとか……。そのユロフスキがロシア国立アカデミー管弦楽団を振ってチャイコフスキーの3大バレエ音楽を録音中。このオケはジャケットによれば「STATE ACADEMIC SYMPHONY ORCHESTRA OF RUSSIA “EVGENY SVETOLANOV“」となっている。ロシアでもっとも伝統のあるオケの一つで、スヴェトラーノフが1965年に首席指揮者に就任した当時はソ連国立交響楽団と呼ばれていた。2011年からはユロフスキが音楽監督を務めている。その一方でロンドン・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者として高い評価を受けてきたのだから、とてつもない才能だと言えそうだ。写真で見るといかつい風貌なのだが、指揮ぶりには無駄がなくて、オーバーアクションなどしなくても彼が求める音楽の流れをちょっとした動作で的確に表し、絶妙なタイミングで笑みを送ったり、オケのメンバーの心をしっかりとコントロールしていることがよくわかる。これ、誰にでもできるわけではない。
 「白鳥の湖」に続き「くるみ割り人形」がリリースされたが、まずリズムの扱いに惹かれる。バレエ音楽だからどうの……と言う意味ではなくて、この指揮者の持っているリズムに対する感覚が魅力的なのだ。これは天性のもの。決してテンポを速めたり、無謀なアッチェルランドに頼ることなく、巧みなアクセントでリズムが快く流れていく。けっして独りよがりな表現は行なわない。彼の音楽の底流には作曲家へのリスペクトがある。
 「白鳥の湖」で1877年原典版を採用しているのも面白い。いまでこそ名曲中の名曲だが、じつは1877年の初演では評価を得られることなく長い間お蔵入りとなってしまっていた。それから20年後の1895年、クラシック・バレエの基礎を築いたと言われるマウリス・プティパらによって改編され、みごとに甦った。チャイコフスキーの死後約2年が経っていた。その後プティパ版「白鳥の湖」がもととなり、さまざまな版が上演されてきたわけだが、ちょっと待って! チャイコフスキーの本来の意図はどうだったの? という疑問もわいてくる。そんな音楽ファンの興味に、すばらしい演奏で応えてくれた。ユロフスキの指揮で143年前の「白鳥の湖」を堪能してほしいと思う。録音は響きを大切にしながらヴァイオリンなどの高域を少し持ち上げた印象で、いかにもヨーロッパ的な音だと感じる。重戦車的サウンドとは一線を画す洗練された録り方になっている。



 パーヴォ・ヤルヴィとNHK交響楽団による20世紀傑作選シリーズの2作目。これまでマーラーやワーグナーにムソルグスキーなど、N響の機能性を最大限に発揮させる作品を録音してきたが、とくにR.シュトラウスでは機動力と色彩感の表現で鮮やかな成果を引き出したヤルヴィの手腕に感心させられた。さらに20世紀傑作選シリーズの1作目でのバルトークも聴き応え十分。細部まで神経を行き届かせたアンサンブルに加え、作品の持つエネルギーが弾けるように飛び出してきて、そこには野性味さえ漂わせていたのが嬉しかった。そして、いよいよ武満徹へのアプローチだ。初期の作品である「弦楽のためのレクイエム」はヨーロッパ・ツアーでも取り上げられており、ヤルヴィにとっても“武満の世界”への第一歩となったのではないかと思う。そこには武満独自の“音”があって、それは響きの彼方に感じられる心象を感じとることにつながる。ヤルヴィは武満の音におそらくドビュッシーなどにも通じる響きの純度を感じとって、そのアプローチから武満の中期以降の作品へと分け入ったのではないだろうか。1980〜90年代の作品では、前衛的な手法から調性を意識した方向へと移行していった時期でもあり、響きの透明感や、温度感を取り去った透けるような時間の流れに心の風景を映し出す。より抽象化された感性から生まれる美しさを追い求めている。「遠い呼び声の彼方へ!」では諏訪内晶子のヴァイオリンが、そうしたヤルヴィのアプローチをさりげない表情で支えていく……すばらしい演奏だと思う。N響の弦合奏の硬質で緊張の糸を張りつめた音色感が聴き手の感性を刺激する。

弊社サイトでは、CD、DVD、楽曲ダウンロード、グッズの販売は行っておりません。
JASRAC許諾番号:9009376005Y31015
Copyright © ONGAKU SHUPPANSHA Co.,Ltd. All Rights Reserved.