[注目タイトル Pick Up] エレファント・ハウス・クァルテットが奏でるテレマンの真髄 / COLOR FILTERの97年作がオノ セイゲンによりDSD11.2の弩級サウンドに
掲載日:2020年7月28日
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注目タイトル Pick Up
エレファント・ハウス・クァルテットが奏でるテレマンの真髄
文/長谷川教通

 テレマンの素敵なアルバムが登場した。2018年5月デンマーク・コペンハーゲンのガルニゾン教会(Garnisonskirken)でのセッション録音だ。それほど大きな教会ではないが、コンチェルト・コペンハーゲンの録音でも使用されており、空間の大きさや響きの良さがバロック音楽の演奏に適しているのだろう。エレファント・ハウス・クァルテットは、デンマークのリコーダー奏者ボレッテ・ロズ、ヴァイオリンのアウレリウス・ゴリンスキ、チェンバロのアラン・ラスムッセン、それに市瀬礼子のヴィオラ・ダ・ガンバが加わったグループで、メンバーはそれぞれ独自のバックグラウンドを持つプロフェッショナルが揃っている。ソリストでもあり、アンサンブルの主要メンバーとして活躍したり、個性の異なる4人が互いにリスペクトしながら息を合わせて演奏する様子は何と愉しげなことだろうか。YouTubeでは録音セッションの映像を見ることができるが、演奏する教会の内部がとても美しい。こんな環境で音楽できるなんて、ほんとに羨ましい。大きく身体を揺すりながらリコーダーを吹くボレッテ・ロズの表情がいい。市瀬も目配せしながら笑みを浮かべたり、これぞテレマンの真髄。テレマンは多作で知られているが、同時代に活躍したバッハに比べると「精神性が……」「底が浅い」などと言われるけれど、ぜひ聴いて「こんなに活き活きとした音楽なんだ」と感じでほしい。アルバムタイトルの『テレマンの庭』は、彼が庭仕事が好きだったようで、テレマンの音楽が備えている生命力や色彩感を、彼が愛した草花の愛らしさ美しさ多彩さに映し出した……そんな意図があるに違いない。録音もすばらしい。それぞれの楽器をピックアップするだけでなく、その響きをブレンドさせるバランスがみごとに収録されている。「いい音楽だなー」と聴いているうちにいつの間にか時間が過ぎていく。


 レオポルド・ストコフスキーといえば映画『オーケストラの少女』やディズニーのアニメーション映画『ファンタジア』などで、あまりにも有名な指揮者。生まれは1882年のロンドンだが、おもな活動の場はアメリカだった。1912年から約30年にわたってフィラデルフィア管弦楽団を率い、このオーケストラを世界的なアンサンブルに育てだけでなく、20世紀初頭のアコースティック録音の時代から積極的にかかわり、電気録音の時代を牽引し、1925年には世界初のステレオ録音を行なうなど、録音芸術の進化・普及に貢献したことを忘れるわけにいかない。そんなストコフスキーが高音質で知られる「エベレスト」レーベルに遺した録音がハイレゾ音源で聴けるのは嬉しい。もちろん彼の音楽作りに対しては芸術性よりも音響効果といったレッテルを張られてしまうこともあるのだが、プロコフィエフの「ピーターと狼」などストーリー性のある作品における演出の巧みさは、やっぱり超一級。この録音は1959年で、オケはニューヨーク・スタジアム交響楽団となっているが、じつは実質ニューヨーク・フィルのことで、契約の関係で別名を使ったのだ。ナレーターはキャプテン・カンガルーことボブ・キーシャンだ。録音当時、CBSの子ども向けに人気番組『キャプテン・カンガルー』で、ホスト役のキーシャンが大きなポケットのジャケットを着て登場したことで、キーシャン自身が“キャプテン・カンガルー”と呼ばれるようになったのだという。この英語がじつに表情豊かで、しかも発音が明瞭。LP初期には日本でもこの英語ナレーション版が発売されものの、その後は日本の有名歌手や俳優による吹き替えが主流となってしまったが、やっぱりオリジナル版がいい。この程度の英語だったら小学生だって聴きとれるし、オーボエもクラリネットもホルンも打楽器も、その語り口がナレーションと絡み合って聴き手を愉しませてくれる。アルバムの後半にはナレーションを入れない演奏だけのトラックも用意されている。


 オランダの女流ヴァイオリニスト、イヴォンヌ・スメウラースによる2018〜2019年の録音だが、このアルバム、聴いて驚き。何がって、ヴァイオリンの鳴りが半端ないのだ。ウェブサイトのバイオグラフを読むと、使用楽器は1785年製のジョヴァンニ・バティスタ・グァダニーニだとのこと。オーケストラは二管編成の総勢40名ぐらいだろうか。低音域に厚みを持たせたコンパクトな編成だとはいえ、オケの前面に浮き立ってくるヴァイオリン・ソロの存在感は圧巻だ。ベートーヴェンの冒頭は弦合奏を引き継ぐように自然な入り方だが、やがて演奏は力強さを加え、遅めのテンポを取りながら情熱的でスケールの大きな演奏を展開する。この楽器はただものではないな。第2楽章では低音弦の太い音色をたっぷりと生かした堂々たる旋律、E線のハイポジションでも音色が痩せることなく、“魅惑の音”の世界に引きずり込んでしまう。彼女がチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲でコンセルトヘボウにデビューしたのが10歳だったというから、まさに天才少女。その後もヘルマン・クレバースやザハール・ブロン、アナ・チュマチェンコなどの大家にも学んでおり、コンクール歴も華々しい。2015年からは「Genuin Classics」レーベルとレコーディング契約を結び、イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ全曲を録音。これがすばらしい演奏だと評価され、2020年のベートーヴェンイヤーに向けた録音につながったわけだ。『Between Heaven and Earth』というアルバムタイトルで、ベートーヴェンとベルクのヴァイオリン協奏曲を収録している。天国と地上の間に……か、と思いを巡らす。そこにあるのは人間の生と死。1935年、若くして亡くなったアルマ・マーラーの娘マノンを偲んで書かれた作品だ。12音階で書かれているのに第1楽章の美しく胸に迫る旋律……この曲が愛される理由だ。生前のマノンの姿を想い出させる。第2楽章では病と闘うマノンの苦しみや恐れが投影され、胸が張り裂けそう。やがてコラールが……もう十分です。どうか休息を与えてください。私は天国へ旅立ちます。「Dem Andenken eines Engels(=ある天使の思い出に)」という副題が付いているが、この曲はベルク最後の作品ともなった。彼自身のレクイエムでもあったのだ。スメウラースの演奏も凄い。繊細さだけじゃない。そこに心の奥底から湧き出すエネルギーを詰め込んだような痛切な音色と、激しくドラマティックな展開が絡み合う迫真の表現が聴き手の心を捉えて放さない。名演!


 アリサ・ワイラースタインがいよいよバッハの無伴奏チェロ組曲を録音した。2019年7月と9月、ベルリンのテルデック・スタジオで収録されている。最近の「PENTATONE」レーベルは注目だ。次々と話題性のある録音をリリースしている。このバッハも相当気合いが入っている。「PENTATONE」は高音質レーベルと言われるが、それは物理的な意味ではない。演奏者から放たれる音の本質をどうとらえるかがポイントだ。まずはワイラースタインのチェロを聴いてみよう。まずは第1番のプレリュード。とても有名な曲であり、アマチュアチェリストなら誰だって弾いてみたいし、実際に多くの人が弾けるはず。朗々と鳴るチェロの音色が耳に飛び込んでくる。“うわぁ、こんな音出せない!”と呆気にとられてしまう。冒頭の短い音はスラーでつなぐのではなく弓を返してメリハリを付け、さらに低音域に向かってまるで呼吸をするように音が流れていく。彼女は「バッハの無伴奏チェロ組曲とともに成長してきた」と言う。だから、このすばらしい音楽は生きている自分自身の反映であり、同時に新しい発見の連続なのだ。けっして古い時代の音楽の再現ではなく、現代に生きる音楽としての活気にあふれている。曲が進むにつれて、ますます演奏は熱気を帯びてくる。高音域の美しさ、中音域のいくぶん愁いをたたえた音色、低音域の太く強靱な響き。一瞬のタメを作りながら開放弦をグーンと押し出してくる弾き方が特徴的だ。古楽器によるオリジナルスタイルの演奏とはまったく異なる世界と言えるかもしれないが、バッハに深く傾倒し「自分の身体に染みついている」とまで言わせる音楽に37歳の生き様を反映させた渾身の演奏は、唯一無二のものであり、比較する意味すらない。彼女のキャリアの中でも一際輝かしい成果だ。この音楽を聴き手に伝えてくれる録音が96kHz/24bitのハイレゾ音源で聴けるのだ。音楽ファン、オーディオファンの区別なく、最上級の音源と言えるろう。


 伝統的なスタイルを大切に守りながら、その一方でこれほど刺激的な音楽にトライしているなんて、やっぱり過去と現在が交錯するウィーンならではだなーと感激。マーラーの未完の交響曲第10番のアダージョ。この弦楽合奏が生み出す雰囲気はまさに19世紀ロマンティシズムの極地だし、マーラー・ファンにとっては編曲などもってのほか……などという声があるかもしれない。いや、バッハにしても骨格は維持しても外装を変容させたり、あるいは行きすぎた変容の末にオリジナルに回帰したり、そうした“揺らぎ”こそが芸術の生命を維持し活性化させることにつながるのではないだろうか。アルバン・ベルク・アンサンブル・ウィーンは、フーゴー・ヴォルフ四重奏団をコアに、ピアニストのアリアン・ハーリング、さらにウィーン交響楽団のメンバーであるフルートのシルヴィア・カレドゥ、クラリネットのアレクサンダー・ノイバウワーが加わった2016年結成のアンサンブルで、19世紀末から20世紀初頭にかけてウィーンで華開いた芸術に、現代的な表現を意図しながらも、あの時代の芸術が持っていた革新性を見失うことなく詩的なアプローチで迫るというコンセプト。それは100年という時間を飛び越えるアグレッシヴな行為でもあるだろう。それぞれのパートを一人ずつが受け持つことで、マーラー特有の息の長い旋律の絡み合いがよりシンプルに再現され、しかもピアノが入ることで音楽の流れにメリハリ感も生まれる。とても斬新な響き……マーラーにも、そしてシェーンベルクにもこんな要素が潜んでいたのかと新しい発見もある。R.シュトラウスの「ばらの騎士組曲」も贅肉を削ぎ落として作品の構造が明瞭に見えてくる。面白いし、とても愉しい!

COLOR FILTERの97年作がオノ セイゲンによりDSD11.2の弩級サウンドに
文/國枝志郎

 ララージと言えば、ブライアン・イーノの“アンビエント・シリーズ”第3弾『Ambient 3: Day of Radiance(発光)』(1980年)でその名を知ったという人がかなり多いと思う。かく言う筆者もそのひとりだ。イーノのアンビエント・シリーズは第1弾『Ambient 1: Music or Airports』、第2弾『Ambient 2: The Plateaux Of Mirror』がピアノやエレクトリック・キーボードを中心とし、模糊とした白昼夢のようなサウンドメイクだったのに対し、第3弾となったこのララージのアルバムは、躍動するエレクトリック・ツィターのリフの奔流が眩い光を感じさせるような作品で、ちょっと意表を突かれたものである。そんなララージの最新作『Sun Piano』は、しかし彼のメイン楽器であるエレクトリック・ツィターではなく、全編アコースティック・ピアノによって制作されたものであるということにまず驚かされる。ララージは幼少期からヴァイオリンやピアノを学んではいたわけだが、彼の楽器とも言えるエレクトリック・ツィターなしのアルバムというのはやはりめずらしいと言わざるを得ない。しかも、このアルバムは3部作で、今後予定されている2作(『Moon Piano』『Through Luminous Eyes』というタイトルとのこと)もまたピアノを中心にしたアルバムになるという。しかし実際聴いてみると、ツィターという撥弦楽器に比べてピアノという楽器の表現力がいかに大きいかをあらためて知ることになる。そしてタイトルに“Sun(太陽)”を付けたのは、このアルバムにかけるララージの並々ならぬ決意ゆえではないかと推測するのだ。彼がいつも身につけている服もオレンジ色の太陽色、イーノとのアンビエント・アルバムも“Radiance(ひかり)”だったし、他にも『Sun Zither』『Sol(太陽の固有名詞表現)』、近年の作品でも『Sun Gong』『Bring On The Sun』といった太陽にまつわる作品がリリースされているし、またアメリカのサイケデリック・バンドSun Arawとの共演作『Professional Sunflow』も素晴らしい作品だった。ララージにとって初のハイレゾ(44.1kHz/24bit)となるこのアルバムは、彼が90年代にソロやチャンネル・ライト・ヴェッセル名義の作品を出していたオール・セインツ・レーベルからのリリースというのも、古くからのファンとしてはうれしいところである。


 なんとも重苦しいムードに支配されたコロナ禍の世界においてですら、人の死は間断なくもたらされる。この3〜4ヵ月の間に我々はいったいいくつの訃報に接しなければならなかっただろう。人の死に貴賎はないし、その重さが均しくあるのは当然である。差があるとしたら、それは個人的な想いの差によるものだろう。そんな中、元(こう書かないといけない状況も寂しさをいっそう募らせるわけなのだけれど)クラフトワークのメンバーであり、後世に大きな影響を与えたこの偉大なユニットの創始者のひとり、フローリアン・シュナイダーの死は筆者にとっては大きなショックだった。もっとも、フローリアンは2008年にはクラフトワークのライヴ・ツアーからは身を引き、制作のみに専念することを発表し、翌2009年には正式に脱退していたので、すでにクラフトワークは10年以上にわたってオリジナルメンバーはラルフ・ヒュッターひとりになっているのだけれど、やはりこと3枚目のアルバム『ラルフ&フローリアン』の音楽と、そしてあのふたりがにこやかに微笑むLPジャケットを愛する(悪しき)クラフトワーク・ファンにしてみれば、やはりフローリアンの不在はとても残念なのである。そんな悲しさのさなか、突然このアルバムがハイレゾ(44.1kHz/24bit)で配信されて耳目を集めたのであった。2017年にリリースされたオーディオ / ビデオ・ドキュメンタリー『3-D The Catalogue』のハイレゾ配信は、2018年には実現していたのだが、今回の配信はスタジオ・アルバム5タイトルのドイツ語版のストリーミングおよびダウンロードによる配信が実現したことにともなう配信のようだ。事実、2018年の段階では英語版のみのハイレゾ化だったが、今回は英語版と合わせ、ドイツ語版の配信も実現した。ただしハイレゾで配信されるのは今のところステレオ・ヴァージョンのみである。2018年の配信では、一部の曲は「ヘッドフォン・サラウンド3-Dミックス」と銘打たれていたが、今回のヴァージョンにそのクレジットはない。ただ、自宅のシステムでヘッドフォン試聴した限りでは、違いはあまり感じられない。またどういうわけか2018年版からアルバム『The Mix』収録曲が何曲かカットされている。ただ、全体の音質は2018年盤と今回のものでは若干変わっているので、マスターもアップデートされている可能性がある。どちらも販売中なので、迷うところではあるが、ドイツ語版は2020年版のみなので、ファンはこちらをどうぞ。


 キース・ジャレットの『サンベア・コンサート』、猪俣猛、荒川康男らによる『ザ・ダイアログ』に続いて、じつに3ヵ月連続で音の匠で録音エンジニアとしての菅野沖彦氏が手がけた作品を紹介することになる。今回紹介する『コラボレーション』は、前回取り上げた『ザ・ダイアログ』に続くオーディオ・ラボ・レコードの歴史的遺産の、オクタヴィアレコードからのハイレゾ・リイシューである。1971年にスタートしたオーディオ・ラボ・レコードは、発足後しばらくはオーディオ用などの非売品レコードを制作していたが、記念すべき市販作品第一弾がこの『コラボレーション』ということになるようだ。ハイレゾ配信でのアーティスト表記は「北村英治、菅野邦彦、原田政長、須永ひろし」と、参加アーティストの連名となっているが、初発売のLPでは「菅野邦彦と北村英治」名義、欧文表記だと「Kunihiko meets Eiji」である。日本におけるジャズ・クラリネットの草分け的存在である北村英治と、菅野沖彦の実弟で、天才肌のジャズ・ピアニストとして知られる菅野邦彦を中心としたこの作品も、もともとはオーディオ・メーカーから機器のデモ・レコードとして依頼されたセッションだったようで、そのセッションが思いのほか素晴らしかったために、収録曲を拡大して市販に至ったというものである。ノイマンのU-87とアルテックのM-50、計6本のマイクによるシンプルな録音は菅野と、彼の長年のコラボレーターでもあるディレクターの森山浩志による共同作業で、見事な音を聴かせてくれたが、このハイレゾ・ヴァージョン(『ザ・ダイアログ』と同じく、PCM192kHz&96kHz/24bit、DSD11.2MHz&2.8MHz/1bitという豪華版)は、その菅野 / 森山マジックを完璧に再現していて聴き惚れるしかない。ちなみ菅野邦彦はこの作品の後、オーディオ・ラボから2枚のピアノ・ソロ・アルバム(『ポートレート 菅野邦彦の世界』『ポートレートII 菅野邦彦の世界』)を制作するが、この2枚のアルバムも今回同時配信されており、前者ではピアノにベーゼンドルファー、後者ではスタインウェイを使用し、その音色の違いも存分に楽しめる内容になっているのでぜひそちらもお楽しみいただきたい。


 今月のハイレゾでいちばん驚いたで賞受賞作。いや、真面目な話。まあ騙されたと思って聴いてみてくださいよ。じつは筆者はまったく知らないバンドだったんですが、最近ふとしたきっかけでその音楽を人から聴かせていただき、おお、かっこいいバンドだなあ、アメリカのドリームポップ・バンド? と思ったりしたんですが、聞けばこれ、なんと日本人のユニットだというわけですよ。で、調べてみたら……こ・れ・は!「2004年のベスト・チルアウト・アルバム!/The Independent(UK)」「シュガーコーティングされた黄金のサウンド!/Q Magazine(UK)」「フレイミング・リップスがフェイヴァリット・バンドと賞賛」「テキサス・オースティンで開催されるサウス・バイ・サウスウエスト・ミュージックフェスティバル2002の海外バンド枠に招聘」「これまでに、DARLA/FUZZY BOX RECORDS(USA)、ELEFANT RECORDS(SPAIN)、WE LOVE YOU(UK)、Pointy Records(UK)などの海外レーベルやGOD'S POP RECORDS、P-VINE RECORDSなどの国内レーベルから多数リリース」……ある種の人にとっては凄すぎるこの経歴。このユニット、メンバーはニシムラユキ(vo)とツネヨシリュウジ(g, プログラミング)で、随時ゲストも参加しているもよう。しかしさらに驚くのが、このアルバムが彼らのファースト・アルバムで、初リリースは前世紀、1997年であるということだ。23年前ですよ、そこの人! これがどういうわけかハイレゾ・マスター、オノ セイゲンの耳に止まり、彼のマスタリングによってハイレゾの中でもスーパーハイレゾであるDSD11.2の弩級サウンドで21世紀の今、配信スタートというのだから、これを事件と言わずしてなにを事件と言えばいいのか。あ、もちろんPCM(96kHz/24bit)もあります。DSD5.6も。まあ、どんな理由があるにせよ、この模糊とした音像を、スーパークリアなハイレゾリューション・サウンドで今楽しめるというのは良き哉。ルー・リードの「サテライト・オブ・ラヴ」のカヴァーなんて、この曲の最高のカヴァーじゃないかなとすら思ったりもして。


 本稿執筆時点(7月20日)ではまだ関東地方の梅雨は明けていないが、間もなく太陽のギラつく暑い夏がやってくるだろう。2020年の夏。それはコロナ禍によっておそらくいつもの夏とは違った様相を呈するのであろうが、しかし夏は夏である。思いきりデカい音でロックが聴きたくなる。そうだろう? 間違いない。夏はロックなのである。そんな夏にふさわしい音源が大量にリリースされた。メタリカである。1981年にアメリカ西海岸で結成され、ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル(NWOBHM)とハードコア・パンクに影響を受けて、従来のヘヴィ・メタルをさらに過激に進化させたいわゆるスラッシュ・メタルの創始者としてその後のロックシーンに大きな影響を与え、幾度かのメンバーチェンジを経ながらも現在まで現役として活動を続けているバンドである。そんなメタリカのアルバムのハイレゾは、実はハイレゾ黎明期の2010年代前半に一度配信されていたことを覚えている方は少ないかもしれない。たとえばプリンスのワーナー時代の諸作品などもその例に入るのだが、契約の問題等であの頃はときどきそういうことが起きていたのである。1991年の5作目『メタリカ(通称ブラック・アルバム)』は、当時ハイレゾ配信があるのを見つけてはいたのだが、いつか買わないとと思ってつい買わないでいる間に消えてしまい、悲しい思いをしたアルバムである。フィジカルCDもそうなんだけど、こういう時代はとにかく「見つけたら買う」は鉄則だなと改めて思った次第。さて、今回ようやくこの『メタリカ』をハイレゾ(48kHz/24bit)で聴く(というか浴びる)ことができて感無量としか言いようがない。スラッシュの先駆者という意味ではデビュー・アルバム『Kill 'em All(当時の邦題は「血染めの鉄槌」だった)』を、96kHz/24bitで聴くというのも悪くない選択だが、やはりここは速さよりもグルーヴを重視し始めたバンドの転機となったこのアルバムを選択したい。1曲目の「Enter Sandman」から2曲目の「Sad But True」だけでもう素晴らしい。冷房を切った部屋で汗をダラダラ流しながら浴びるように聴きたい。

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