[こちらハイレゾ商會]第82回 ポール・マッカートニーの名作『フレイミング・パイ』をハイレゾで
掲載日:2020年8月11日
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第82回 ポール・マッカートニーの名作『フレイミング・パイ』をハイレゾで
絵と文 / 牧野良幸
ポール・マッカートニーの『フレイミング・パイ』が”アーカイヴ・コレクション”でリリース。アビイ・ロード・スタジオでリマスターされた音源が96kHz/24bitのハイレゾで配信された。
ポールのキャリアを振り返ると、ビートルズ解散後も勢いは続きロック界をリードしていった。ウイングスの時代である。そんなポールも80年代から90年代にかけては新しい音楽シーンの中で模索していた。そのせいかこの時期、僕はポールやビートルズと距離を置いていた。
僕が再びビートルズを聴き出したのは1994年、ピートルズのアンソロジー・プロジェクトが始まった時だ。ここから今日まで続くビートルズ熱が始まる。解散から20年あまり、ロックの流行に振り回されることのなくビートルズを聴く時代が始まったのだ。
ポールのアルバムも同様に新作が出ると必ず聴くようになった。その初めが1997年の『フレイミング・パイ』である。これは僕にとってはCDで聴き、好きになった唯一のポールのアルバムである。他のアルバムは、古いものはアナログレコードで聴いていたし、21世紀になってからのアルバムはアナログの再ブーム、そしてハイレゾの登場でCDで聴くことがなくなったからだ。
そんな『フレイミング・パイ』もついにハイレゾで聴ける。ハイレゾはソニーのHAP-S1というHDプレーヤーで聴いた。このプレーヤーにはCD(44.1KHz/16bit)の『フレイミング・パイ』もリッピングしてあるので聴き比べもしてみた(iPadを使って簡単に選曲できる)。実を言うとCDの音は気に入っていた。ハイレゾかアナログレコードの音を好む僕であるが、「CDでもいい音じゃないの」と思う一枚が『フレイミング・パイ』だった。
しかしハイレゾを聴くと、やはり24bitの良さを感じずにはいられない。1曲目の「ザ・ソング・ウィ・ワー・シンギング」でそれはすぐに分かる。ハイレゾの方がエッジが柔らかい。密度も増している。CDの音が硬質だったことに初めて気づいた。CD音源は音と空間が明瞭に区切れるが、ハイレゾは空間にいくぶん染み込んでいるような印象だ。アナログライクな音と言ってもいいかもしれない。
ただ音量はCD音源よりも小さくなった。そこでアンプのボリュームを上げて同じくらいの音量にしてやる。音圧は柔らかく、耳が痛くならないからどこまでもいけそうだが、適当なところでとめておこう。
こうして聴くハイレゾの音は格別だ。『フレイミング・パイ』はアコースティック・ギターの出番が多いアルバムで、CDだと結構ジャカジャカと耳についたがハイレゾでは気にならない。「カリコ・スカイズ」のポールお得意のギター奏法もチャーミングに響く。
ポールらしいポップな「ヤング・ボーイ」もそうだ。ギターによる出だしがジョージ・ハリスンの「マイ・スウィート・ロード」みたいで好きな曲だが、CDではギラギラして気になっていた。エッジの柔らかいハイレゾではその不満も消える。「リトル・ウィロー」でのアコースティック・ギターとピアノの演奏は水彩画のように美しい。ジョージ・マーティンがストリグスや木管楽器のアレンジをした「サムデイズ」はクラシック的な空気感になる。
ではロックな曲はどうか。
「ザ・ワールド・トゥナイト」は荒々しくもマイルドで、僕のような還暦をすぎた人間が聴くロックとしてはこの音の方がいい。「イフ・ユー・ウォナ」もギターのエッジが耳につくことなく曲に馴染んでいる。リンゴ・スターがドラムを叩いてワイルドに押しきった「リアリー・ラヴ・ユー」も、ハイレゾでは“味わいある演奏”に変貌して聴き惚れてしまった。CDだと「単調で、ちょっと長いなあ」と思っていたのに。
そのリンゴがドラムとコーラスで参加する「ビューティフル・ナイト」はクライマックスにふさわしい曲だ。リンゴのコーラスも、テンポを変えるエンディングもビートルズっぽい。最後の「グレイト・デイ」は『アビイ・ロード』の「ハー・マジェスティ」のような付け足しの曲だが、生前の元気なリンダ・マッカートニーのコーラスが入っていて涙ものである。こうしてアルバムは余韻を残して終わる。
最初は音質の差ばかりこだわるのはよくないと、自重しながら聴いていたけれど、何回も聴くうちに『フレイミング・パイ』はこの音でなくてはならぬと思うようになった。お世話になったCDはもう選択肢に入らないだろう。音質の優劣と音楽の本質はもちろん関係ない。しかし我が家のB&Wのスピーカーから、いい音で“燃えさかるパイ”が出てくるのだから、ハイレゾを選ばない理由がない。
なお“アーカイヴ・コレクション”にはアルバム未収録曲やレア・トラックが含まれる。どれも興味深いが、シングルのカップリング曲だった「ラヴ・カム・タンブリング・ダウン」と「セイム・ラヴ」はいい曲でびっくりした。ポールはやはり才能がある。



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