サッカー日本代表の応援歌として、1998年のワールドカップフランス大会に向けて歌い始めた「アレ!ジャポン!!」の原曲で、“トゥ・トゥ・プール・マ・シェリー、マ・シェリー”(Tout, tout pour ma cherie, ma cherie)のキャッチーなフレーズが耳に残る「シェリーに口づけ」で知られるフランスの国民的シンガー、
ミッシェル・ポルナレフは、7月3日がバースデー(1944年生まれ)。2026年に82歳を迎えます。
エディット・ピアフや
イヴ・モンタンに曲を書いていたロシア出身の音楽家の父を持ち、パリ音楽院で学ぶなど幼少からクラシックを学んでいたミッシェルですが、エルヴィス・プレスリーに感化され、1966年のEP『ノンノン人形』でデビュー(当時のフランスは4曲収録のEP盤レコードが主流)。15万枚のセールスを記録すると、続く2nd EP『愛の願い』もヒットして、一躍スターダムにのぼりつめました。
フランス国内のみならず、ヨーロッパ各国や日本などでも人気を博し、特に日本では1971年リリースのシングル「シェリーに口づけ」からヒットを連発。当初「シェリーに口づけ」は、1969年にシングル「追わないで」(その後「渚の想い出」に改題)のカップリング曲「可愛いシェリーのために」として発表されるも振るいませんでした。
しかし、1971年にシングル「シェリーに口づけ」としてリリースすると、日本の各局ラジオチャートなどにランクインし、40万枚セールスを記録。以来、「愛の願い」「愛の休日」「忘れじのグローリア」「愛の伝説」「僕はロックンローラー」などのヒットを重ね、当時の日本の洋楽ファンにおいては、一時期
カーペンターズ派とポルナレフ派に二分されるほどの盛り上がりをみせていました。
1972年11月には「第3回世界歌謡祭」にゲスト出演した後、フランスのロック・バンドのディナスティ・クリジスをバックに従えて、初来日コンサートを開催。その後は1979年までに4回の来日コンサートツアーが行なわれました。
1973年にアルバム『
ポルナレフ革命』をリリースし、本格的なアメリカ・デビューを目指してロサンゼルスへ移住しましたが、アメリカでは生活習慣のギャップや財務担当者の横領による脱税容疑などでノイローゼになり、いくつかの映画音楽などを手掛けたものの、ヨーロッパや日本のような成功を収めることはかないませんでした。しかし、フランスでは、1978年の『美しきロマンの復活』に続き、1981年の『シャボンの中の青い恋』が80万枚セールスで全仏1位となるなど、母国での人気は衰えず。日本でも、セント・エティエンヌや
ピチカート・ファイヴらが参加したトリビュート・アルバム『
ミッシェル・ポルナレフ・トリビュート』や日本独自コンピレーション・アルバム『
シェリーに口づけ~ベスト・オブ・ミッシェル・ポルナレフ』がリリースされるなど、根強い人気が証明された形となりました。
日本での影響も強く、「シェリーに口づけ」やポルナレフ最大のヒット曲「愛の休日」をはじめ、アーティストによる多くのカヴァーが誕生。また、
山田孝之主演のドラマ『WATER BOYS』にて「シェリーに口づけ」が使われ、サントラに収録されたほか、
荒木飛呂彦原作の人気漫画『ジョジョの奇妙な冒険』にポルナレフが名前の由来と思われるキャラクター、ジャン=ピエール・ポルナレフが登場するなど、日本での成功を機に長きにわたり身近な存在として親しまれています。
(写真は、2015年8月リリースのミッシェル・ポルナレフのベスト盤『
シェリーに口づけ~ベスト・オブ・ミッシェル・ポルナレフ』)