デジタル時代にナクソスが描くビジョン 最高経営責任者クラウス・ハイマンに聞く

2010/11/24掲載
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 ナクソスといえば、かつてはバジェット・プライスの廉価盤専門レーベルという印象が強かった。しかしデジタル時代を迎えると、膨大な音源の蓄積を武器に、ライセンス・ビジネスや、インターネット上の定額制クラシック音楽配信サービス“ナクソス・ミュージック・ライブラリー”などで成功を収め、今やクラシック音楽業界のキー・プレイヤーとなっている。デジタル時代にナクソスが描くビジョンはどのような姿なのか。創業以来の最高経営責任者であるクラウス・ハイマン氏に話を聞いた。
ナクソス最高経営責任者 クラウス・ハイマン
――ナクソスの定額制クラシック音楽配信サービス“ナクソス・ミュージック・ライブラリー”(以下、NML)は、とても画期的なサービスだと思います。このようなアイディアはどんなきっかけで生まれたのでしょうか。
 クラウス・ハイマン(以下、同) 「まず1996年にHNH.comという自社のサイトでナクソスの音源を聴けるサービスを始めたのですが、これは無料のサービスでしたから売上げはありませんでした。CDのプロモーションのためにインターネットで曲を聴いてもらい、それからCDショップに足を運んでもらおうと考えたわけです。当時は月額で1万5千ドルという大変高額な回線使用料を払っていました。ところが、2001年から2002年頃にかけて、回線費用がぐっと安くなりましたので、これは新しいビジネスのチャンスだと思いました。もともとHNH.com用に音源データやメタデータを用意してあったので、すぐにこれをNMLとして提供することができたのです」
――実現にあたって技術的な困難はありませんでしたか。
 「まったくありませんでした。強いて言えば、回線使用料をどう抑えるかということでしょうか。むしろ最初は顧客にこのサービスをどうやって購入してもらうかに最大の困難を感じました。ユーザーはそれまでデジタルでクラシック音楽に触れるという経験に慣れていません。年に150ドル払って6,000枚のCDを聴けるよという話をしても、同じお金で15枚CDが買えるじゃないかと言われてしまう。CDを所有するという概念をどうやって突き崩すかが大きなチャレンジとなったのです」
――NMLには図書館や大学などの法人アカウントも多いですよね。
 「そうです。当初は図書館向けのサービスと考えていましたので、図書館側からはこれまでCDを一点ずつ購入していたのが、コンピュータによるサービスに変わるということで、図書館員の仕事を奪うのではないかという反対意見もありました」
ナクソス・ミュージック・ライブラリー
――現在、法人と個人のアカウントの割合はどれくらいでしょうか。
 「全世界では個人会員は10%にとどまります。じつはその多くが日本の会員です。これはナクソス・ジャパンがスタートする段階で、どちらかといえば個人をターゲットにして会員を集めてきたという背景があるからでしょう」
――将来的には個人会員の割合を増やそうと考えていますか。
 「そう考えています。日本では個人のコレクターの方が観賞用に聴くという用途が多いのですが、海外の個人会員はプロの音楽家や音楽マネジャー、オーケストラで働く人、研究者といったような方が多くなっています。そういった方々のためにNMLには、音源だけではなく楽曲についての文字情報なども含めて、一種のデータベースとして拡充させてきました」
――NMLにはナクソス以外にも魅力的なレーベルがたくさん参加しています。どうやって参加レーベル数を増やしたのでしょう。
 「サービス開始当初はナクソス自社の音源しかありませんでした。最初はとにかくレーベルに対してお願いをしたんです。お金はないんだけれどぜひ参加してくれ、と。しかし現在はレーベルのほうからNMLに参加したいとオファーが来るようになりました。NMLからの収入は小さなものかと思われているかもしれませんが、CHANDOSやBISといったレーベルに尋ねてみてください。彼らのデジタルからの収入の20数パーセントはNMLからきているのです。レーベルにとってもNMLがデジタルの収益に果たす役割は想像以上に大きいのです」
――もしメジャー・レーベルもNMLに参加してくれたら最強のサービスになると思うのですが、可能性はありますか。
 「メジャー・レーベルにとって最大のハードルとなるのは、全世界に向けて音源を配信していいかどうかという契約の問題です。ある国ではOKだけど別の国ではダメだといったような音源はNMLは配信できません。そういった条件がクリアされれば、可能性はありますよ」
――最近、NMLに加えてナクソス・ビデオ・ライブラリー(以下NVL)を始めたと伺いました。映像配信の分野でも大きな成功を収められると考えていますか。
 「そう確信しています。NVLはNMLのスタート時と比較すると、より好調に会員を獲得しています。映像配信に対する需要は年々高まっており、今後の可能性をポジティブにとらえています」
取材・文/飯尾洋一(2010年11月)
撮影/高木あつ子
■ナクソス・ミュージック・ライブラリー(NML) http://ml.naxos.jp/

■ナクソス・ジャパンのサイト http://www.naxos.co.jp/
※雑誌『CDジャーナル』1月号(12月20日発売)では、CDレーベルとしてのナクソスに迫ります。
そちらもあわせてご一読ください。



【Column】
クラシック音楽配信未来予想
 ついにというべきか、ようやくというべきか、クラシック音楽界も本格的な音楽配信時代を迎えつつある。iTunes StoreやAmazon.co.jpといったサイトが従来のCD音源をダウンロード販売する一方で、NMLのようなストリーミング・サービスによる定額配信サービスも存在感を強めてきた。またベルリン・フィルのように自分たちの演奏会のライヴ映像を世界に向けて有料配信するような音楽団体も登場している。

 今後の音楽配信がどうなるか。音楽リスナー側には、CDと同等の商品をダウンロードで購入したいという需要がある。残念ながら日本国内ではすべてのレーベルの音源をiTunes StoreやAmazon.co.jpで(また、DRMすなわち著作権管理機能なしのファイルで)購入できるわけではない。この状況が打破されたときに、ダウンロード販売は勢いを増すだろう。さらにファイル・サイズ圧縮時の劣化のないロスレス圧縮が普及すれば、高音質への要求が強いクラシック音楽のリスナーにも、より受け入れてもらえる可能性が高い。

 もう一つ、クラシック音楽に関して言えば、音楽配信にはヘビーユーザー向けのサービスとして機能している面がある。NMLのように本来専門家向けのサービスとして始まったものが、日本では個人リスナーに受け入れられているのは、ありきたりの名曲だけではなく、知られざる作品も聴くチャンスを得たいというユーザー側の強い欲求がある。受け皿がNMLに一極集中するかどうかは予想しがたいにしても、大量にCDを購入するタイプの知識欲旺盛なマニア層と定額ストリーミング配信の相性はいいように思う。

 また、PCユーザー的な視点からすると、音楽もクラウド化が進むことが期待される。自分が利用するドキュメントやアプリケーションがネット上に載っているのに、音楽ファイルだけをHDDに抱え込む必要はないはずだ。PCに限らず、どんな端末からも、同一のマイ・ライブラリにアクセスしたくなる。そう考えると、ダウンロードよりはストリーミング再生が意外と早期に音楽配信の主流となるのかもしれない。
文/飯尾洋一



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