日記を書くように作ったオリジナル曲からなる4年ぶりの新作 秩父英里

秩父英里   2026/07/14掲載
 ラージ・アンサンブルを主軸に独創的な音楽世界をパッケージしたファースト・アルバム『Crossing Reality』のリリースから約4年。その間、作曲家 / 鍵盤奏者の秩父英里はさまざまな依頼を受けて楽曲を提供、かつプレイしてきた。台湾ツアーや自身主催のプロジェクトによるライヴ、異業種とのコラボレーションなど活動は多岐にわたり、日々、キャリアを更新しているなか、セカンド・アルバム『Looking Back, Looking Forward』を発表。自作曲をニューヨークのスタジオで録音した新作について話を聞いた。


New Album
秩父英里
『Looking Back, Looking Forward』
RBW-0040
――アルバム『Looking Back, Looking Forward』は世界中の著名なミュージシャンが使用しているPower Station at BerkleeNYC(旧アバター・スタジオ)でレコーディングをしたそうですね。
 「歴史ある場所に行ってみたいという気持ちもあったので、アルバムの中身や具体的なことを決める前にスタジオを予約しちゃいました。“日記を書くように作った曲を集めたセカンド・アルバム”ということを決めて、その後にいろいろと詰めていきました。前作は大きめな編成でレコーディングをしたので、今回は小編成で録音することにしようと思い、参加してほしいミュージシャンにお声がけしたら、偶然にもみなさんスケジュールが空いていて、快く引き受けてくださいました」
――その中のひとり、レミー・ル・ブーフは2026年のグラミー賞で最優秀インストゥルメンタル作曲賞を受賞した1986年生まれのサックス奏者&作曲家ですよね。
 「私がアメリカで生活していた頃、レミーさんのライヴに行ってご挨拶したのが最初の出会いだったと思います。尊敬する作曲家でもある彼に、直接お話をうかがいたいとお願いしたこともありますし、テキサスで開催されたジャズ作曲家のためのカンファレンスでお会いするなど、たびたびお目にかかる機会がありました。ファースト・アルバム『Crossing Reality』ではゲスト・ミュージシャンという形でお迎えして、〈dreams of the wind〉という楽曲で演奏していただいています。とても優しいお人柄ですが、ご自身のプレイに関しては非常にストイックです。今回のレコーディングでは曲によってどのリードにしたらいいか、そのたびにサックスを吹きながら相談してくださいました。いろいろな角度から音楽のためにできることを最大限してくれて、たとえば、3曲目〈nami〉のイントロの最後のほうで風に揺られたさざ波のような音が一瞬聞こえますが、これはパーカッションではなく、レミーさんのアイディアでサックスにフーッと息を吹き込んだ音なんです」
秩父英里/
――耳を澄まして、あらためて聴いてみますね。ところで、アルバム『Looking Back, Looking Forward』にはふたりのパーカッショニスト、小川慶太さんとKanさんが参加しています。
 「Kanくんとはバークリー音楽大学で出会いました。学生時代はあまり共演していなかったのですが、帰国してからさまざまなプロジェクトでお願いしています。その中で、Kanくんがニューヨークにいるタイミングでレコーディングを一緒にやろうと決めました。Kanくんの師匠でもある慶太さんとは、コロナ禍に入る前にニューヨークでお会いしたのがきっかけです。師弟関係でもあるこのふたりが揃ったら音楽的に面白いのではないかと思い、オファーしました。ドラムや打楽器が大好きな私は、純粋に彼らが一緒にプレイしている場面も見たかったので、慶太さんが快諾してくれてすごく嬉しかったです」
――彼らが鳴らすパーカッションの響きに繊細な美しさを感じました。
 「ツイン・パーカッションというとグルーヴのある賑やかなサウンドを想像することも多いと思いますが、今回のアルバムでは多彩な音色やテクスチャー、ソフトな部分も前面に出ていると思います。多くの音が入っていながら調和していますし、2人のパーカッションが一体となったふたりのすばらしい演奏をお聴きいただけます。そういえば、慶太さんはレコ―ディングのときに大量の打楽器をお持ちくださり、そこには見たことのないようなものもありました。レコーディング中にも積極的にオーバーダブなどしてくださり、レミーさん同様、音楽をさらに良くしようという熱い気持ちが伝わってきました。ニューヨークで全曲レコーディングをしたあとは、東京のスタジオでエレピの音を追加したり、パーツ録りのまとめ作業をしています」
秩父英里/
――ベースのチャーリー・リンカーンもバークリー音楽大学の学友だそうですね。
 「入学してすぐに出会いました。1セメスター目に履修したECM / フリー・ジャズ・アンサンブルというクラスで一緒になり、はじめて彼の演奏を聴いたときから魅了されたんです。当時、チャーリーは10代だったと思いますが、博識で勉強熱心、いつも本を読んでいるようなタイプ。でも、休憩時間になると気に入っている音楽を流してくれたり、仲間とフレンドリーに接していて人柄もすばらしいなあと感じ、学校のプロジェクトで演奏するときもチャーリーにお願いすることがたびたびありました。私のYouTubeにある〈Kaeru〉のミュージック・ビデオのベーシストもチャーリーです。そんな信頼している彼がニューヨークにいるタイミングとニュー・アルバムのレコーディング時期がちょうど重なっていたので声をかけてみたら即“いいよ~”と言ってくれたんです。ちなみにアルバムのタイトル・トラック〈Looking Back, Looking Forward〉はチャーリーのプレイから始まる構成になっています」
――さて、ボーナス・トラックも合わせると全10曲。日頃書き溜めていた曲の中から厳選して収録したそうですね。
 「基本的にアルバム・コンセプトに合うオリジナル曲を選びました。その中にはリアレンジ作品も入っています」
――秩父さんのソロ・ピアノが堪能できるボーナス・トラック〈A Letter from Tohoku〉は日本郵政ブランドムービー「東北から郵便です」のために録音した楽曲ですよね。
 「〈A Letter from Tohoku〉はおばあちゃんが手紙を読んでいる映像のバックで流れていたんですが、レコーディングのときはスタジオに設置されたモニターでその映像を見ながら、そして、朗読を聞きながら即興で演奏しました。この曲だけは2021年の録音になりますが、いずれ、なんらかの形で発表したかったですし、今回のアルバムなら違和感がないかなと思って入れたんです。即興演奏という意味では〈Time Lapse〉もフリー・インプロヴィゼーションです。みんなにテーマだけを伝えて録り、同じテイクの違う部分を〈Time Lapse 01〉と〈Time Lapse 02〉に分けてアルバムに収めています」
――ところで、秩父さんはどんなふうに曲作りをしているんでしょう?
 「一概には言えないというか。たとえば、2曲目の〈inu〉は頭の中に浮んだ景色を曲にしています。“遠くに山が見える広大な草原。真ん中には道路があり、古い車が停まっている。犬もいて、靴下が落ちていて、そこはもしかしてアメリカ?”……という謎のイメージ(笑)をもとに書きました。一方で、〈feel the green〉はお花畑や植物園、園芸センターなどに足を運び、観察したうえで作っています。ですから、ケース・バイ・ケースですね」
――それぞれの曲が独立しているのに全体の空気は統一していて、なんとも居心地の良いアルバムだなあと思いました。
 「私もそう思います(笑)。当初から穏やかなアルバムにしたいという思いがありましたし、いろいろな音が鳴っている中に包まれているような作品にしたかったんです。深くじっくり聴き込むとそれぞれのプレイヤーのこだわり、演奏の面白さ、ミュージシャンの関係性なども感じられると思いますし、元気なときに聴いても、ちょっと落ち込んだときに耳にしても寄り添ってくれる温かいアルバムになったんじゃないかなと思っています。“ふと過去を振り返ったり、未来に思いを馳せたり…”というコンセプトもあるセカンド・アルバム『Looking Back, Looking Forward』をたくさんの人がジワジワ聴いてくれたらうれしいですね」

取材・文/菅野 聖


information

秩父英里『Looking Back, Looking Forward』発売記念インストア・イベント

8月1日(土)宮城・タワレコード仙台パルコ店
https://tower.jp/store/event/2026/08/011002

8月21日(金)東京・渋谷 タワーレコード渋谷店
https://towershibuya.jp/

最新インタビュー・特集
※ 掲載情報に間違い、不足がございますか?
└ 間違い、不足等がございましたら、こちらからお知らせください。
※ 当サイトに掲載している記事や情報はご提供可能です。
└ ニュースやレビュー等の記事、あるいはCD・DVD等のカタログ情報、いずれもご提供可能です。
   詳しくはこちらをご覧ください。