アルチザン・筒美京平の魅力 [対論]萩原健太×湯浅 学

筒美京平   2020/10/27掲載
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 CDジャーナルの過去記事をピックアップするCDJ Archives。今回は10月7日に亡くなった作曲家・筒美京平追悼として、1997年12月号の特集「アルチザン ポップス職人筒美京平の世界」より、音楽評論家の萩原健太×湯浅学が「筒美京平の魅力」について語った記事を再録。本編最後に2人の筒美京平への追悼と、湯浅学による筒美京平プレイリストも公開!
筒美京平
アルチザン・筒美京平の魅力(1997年12月号)
[対論]萩原健太×湯浅 学
――筒美京平っていう作曲家を、ふたりはどの辺で意識しはじめたんだろう?
萩原「僕はねぇ、やっぱり南沙織だな」
湯浅「俺もやっぱり南沙織の〈17才〉かな。当時、1ヵ月で300回聴いたからね」
南 沙織
「17才」
郷ひろみ
「男の子女の子」
萩原「あの当時の3人娘っていったら、天地真理、小柳ルミ子、南沙織でしょ? どう考えたって、選ぶとしたら……」
湯浅「南沙織だよ、やっぱり。で、南沙織もいいんだけど、この3人から選びたくないなって思うと、平山三紀にいったり。あと、俺、なんてヘンな奴がいるんだと思って、郷ひろみにある日突然目覚めたんだよ。聴き直したらほとんど筒美京平の作品で。郷ひろみの頃ってさ、メロディ・メイカーというよりもサウンド的に実験したりとか、言葉のハメ方とかさ、それが引っかかったんだよね」
萩原「そういう細かい実験は別にして、郷ひろみの曲ってメロディはわりとエグいじゃない。僕は洋楽ファンだったから、南沙織っていうのは英語ができるとか、沖縄出身だとか、いきなり(フェンダー・)ローズから始まるとか、そういう分かりやすい切り口みたいなのを用意してくれたからね。洋楽ファンが、これもいいじゃんっていえる突破口みたいなものじゃないかな。もしかしたらイヤな聴き方かもしれないけれど、日本でポップス聴いてる人間の、どうしようもない部分ってあるでしょ。そこを満足させてくれるんですよ、筒美さんは」
湯浅「ディスコものもそうだったしね。それに、取り入れるのがすごく早いんだよ。当時の伝説ではさ、ビルボードのシングル・チャートの50位ぐらいまでの音は毎週届くっていう……」
萩原「気に入ったフレーズは全部譜面に書いて、ファイルして分けてるって話を聞いたことがある(笑)。ホントかどうかは知らないけど。それで、音は全部捨てちゃって、もう二度と聴かないと。で、ナントカ系でなにか必要となると、“じゃあコレ”ってそのメモしたのを出して」
――でも面白いね。そういう伝説が流布されるほどの存在なんだな。
萩原「日本じゃ、なかなかないですよ。たとえばね、リトル・エヴァはキャロル・キングの家のお手伝いさんだったとかさ、嘘なんだけど、それってすごくポップ・ドリームじゃない」
湯浅「だって20年ぐらい前、実は筒美京平はいないんだって説もあったぐらいだから。3人で書き分けてるとか、実はほかの人が兼ねる名前として共同で所有してるとか、そういう説もあったし。筒美さんは(公の場に)まったく出てこなかったから。だけど結局、作品と作者っていうのはイコールなんだけど、その人間とは関係ないんだよね。関係ない場所にい続けることによって、プロ意識というかプロ根性を知らしめる作用があったような気がする」
――唯一、作品論しか展開できない。
湯浅「うん。ニューミュージック以前の人ってみんなそうだったけど、そういう清らかさがだんだん薄れていくなかで、筒美京平だけは守り続けてた。作品もそれと同じものを時代時代に合わせて発表していったっていうことが貴重なんだよ」
萩原「山下達郎いうところの“アルチザン”に徹したってことなんだよね。これは人づてに聞いたことなんだけど、筒美さんは、自分のやってることは下賤なことだってはっきり言うらしい。音楽っていうのは、たとえばクラシックとかジャズとか、そういうのが音楽であって、私がやってるのは音楽じゃないと。その覚悟みたいなものによって、水準をクリアしていく強さを持ったんじゃないかな」
平山みき
「冗談じゃない朝」
森高千里
「八月の恋」
――筒美京平とのソングライター・コンビっていうと、すぐ思い浮かぶのが橋本淳と松本隆だけど。
萩原「あとは誰とでもいけます、っていう感じじゃない。森高千里でも、小沢健二でもよかったわけだし。そういえば僕は、平山みきの〈冗談じゃない朝〉が好きでね」
湯浅「俺も大好き。イントロのギターがカッコいいんだよ、すごく」
萩原「ブロウ・モンキーズなんだよね」
湯浅「そうそうそう」
萩原「でも、ブロウ・モンキーズだよ? 筒美京平さんがブロウ・モンキーズかぁ、なるほどねって思うでしょ(笑)。それって南沙織の〈17才〉を聴いて、あぁ、リン・アンダーソンかって思った時と同じなんですよ。20年ぐらいたっているのに、聴いて“ああいいな”と思ってる時の心持ちが変わらないっていう、このすごさ。“本ネタ”っていう考え方すると、それを非難する人もいるかもしれないけど、あんな風にはできないよ、やっぱり」
湯浅「それに筒美さんの作品は、言葉がちゃんとしてる。イントネーションとかアクセントとかを変えないんですよ。それでちゃんとハマるっていう。そういうメロディがのってるんだけど、リフとかイントロとか全体像とかは(洋楽の)そのままで、それでいてちゃんと日本語の歌になってるんだよね」
――「冗談じゃない朝」の作詞は秋元康が担当してたんだけど。
萩原「秋元康ともいくつかあるよね。稲垣潤一もそうだし。その頃、松田聖子は大瀧(詠一)さんとかユーミンとか、歌謡曲とニューミュージックが分かれてた時に、ニューミュージック・フィールドっていわれる人の曲ばっかり歌ってたじゃない。で、稲垣潤一は、わりとニューミュージック側のプレゼンテーションとして出てきて。だけど、あの人の曲は筒美京平や林哲司が担当してたっていう。聖子ちゃんと稲垣潤一が、あの時期のすべてを象徴してた気がするんですよ。それは、70年代初頭に感じたことに近くて、つまり、ジャンルがどっちとかってことが関係なくなった瞬間に絡んでたのは、やっぱりユーミンとか大瀧さんと、筒美京平なんだよね」
稲垣潤一
「ドラマティック・レイン」
小沢健二
「強い気持ち・強い愛」
――そこに行き着くまでには、いろんな試行錯誤があったと思うんだけど。
萩原「はっぴいえんどにせよ筒美京平にせよ、(洋楽と同じようには)できないって思いがどこかにありながら躍起になってるとこがあったよね。それは美しいんだけど、結構ギクシャクしてて、かなり日本ってのを表してるし、日本でしかできなかったものだったってことでもある。筒美さんの作品も、それが色濃く表れてるからこそ、今聴いてもその“熱”みたいなものを感じるし。だけどでき上がったものは、やっぱりどこか歪んでるんですよ」
湯浅「その歪みが筒美さんの場合、サービスだったりするんだよね。“これはこうやっとかないと歌いにくいんじゃないか”とか、そういう配慮があるじゃない」
萩原「売れなきゃいけないとかね。あと極端なこといっちゃうと、ある時期までの歌謡ポップスといわれるものって、“どこまで筒美に迫れるか”みたいな聴き方しちゃうことがある。筒美京平を水準として、そこでいい悪いを判断してるっていう」
湯浅「不幸だなって自分は思うのはさ、小西(康陽)さんの曲なんか“いかに筒美か”っていうところで聴いちゃうんだよ。で、本人もそのつもりでいるじゃない? だからまだいいんだけど。その系統のものってオリジナル・ラヴにしても“なんだよ筒美じゃねぇじゃん”みたいな(笑)、そういう聴き方をしちゃうんだよね」
萩原「ほとんど言いがかり(笑)。でも特定の世代にとっては、筒美京平ってすごく大きい存在としてあるんだよ。それがユーミン同様に長いから、結構いろんな世代に影響してるんじゃないかな」
湯浅「今はとくに多いよ。オザケンもそうだと思うし」
萩原「それは“功罪”ともいえるかもしれないけど、罪の方は言いがかりだからね、ほとんど。みんなが勝手にやって、ぶつかって、挫折していくだけなんだから」
湯浅「だって筒美京平なんて、何にも言ってないんだもん」
萩原「“学べ”とは言ってない。どっちかっていうと“学ぶな”って言ってるわけでしょ」
湯浅「“捨てろ”って言ってるんだからね。教えがないんだよね。その潔さがすばらしいんです」
司会/中山久民
構成/編集部

[追悼:筒美京平]
ポップ音楽の美学。
文/萩原健太
 作曲家、筒美京平。
 そうとしか形容できないのが美しい。いさぎよい。作曲家。少なくとも1970年代以降現在へと至る日本のポップ・シーンにあって、堂々とそう名乗れる数少ないプロのひとりだった。常に裏方としてひたすら楽曲を作り続けることのみによってポップ音楽の美学をぼくたちに思い知らせてくれた偉人。
 そんな筒美さんが亡くなった。享年80。悲しい第一報が届いてから、いろいろなところでいろいろな筒美メロディが追悼として流されている。筒美さんがとてつもない数のヒット曲を生み出してきた事実に改めて圧倒されるとともに、聞き手それぞれにとってそれぞれの思い出と直結する筒美京平作品がこれまた無数にあることを思い知る。
続きはブログ「Kenta's NOTHING BUT POP!」をご覧ください。
[追悼・筒美京平]
頭の中、胸の奥で再生され続ける筒美作品
文/湯浅 学
 現実的な“死”、というイメージが結びにくい。何故かというと、筒美京平作品のほとんどが多くの、極めて多くの人々の中で古典化せず鮮度を保って生き続けている、と実感できるからだ。70年代に数々の実験を繰り返し、歌謡界に新しい領域を一気に開拓した。それは結果であって、本人は常に“鮮度”を気にかけて作品を作り続けただけかもしれない。そのひたすらな営みが我々の心の中に大きな筒美京平というポケットを作った。ポケットは日々大きく深く広くなっていった。そのポケットは今も開いたままになっている。音楽と歳をとるのではなく聴いている我々のほうが勝手に老けるのだ。筒美作品はそう強く感得させる。少なくとも過去半世紀、日本の大衆音楽の地軸だった。その役割は、筒美の音楽そのものが担い続けていくだろう。訃報に触れて、何も参照せずに次から次へと筒美作品が頭の中や胸の奥で再生され続けたことに驚いた。それは回想ではなく、“筒美京平は生きている”ことを反芻する自然な反応だと思った。
湯浅学の選ぶ筒美京平ソングブック
平山みき「真夏の出来事」
南沙織「17才」
郷ひろみ「男の子女の子」
尾崎紀世彦「また逢う日まで」
弘田三枝子「渚のうわさ」
岩崎宏美「未来」
西田佐知子「くれないホテル」
麻丘めぐみ「芽ばえ」
郷ひろみ「よろしく哀愁」
オックス「ダンシング・セブンティーン」
平山みき「真夜中のエンジェル・ベイビー」
近田春夫&ハルヲフォン「ロキシーの夜」
坂本スミ子「夜が明けて」
南沙織「ともだち」
平山みき「フレンズ」
ヒデとロザンナ「粋なうわさ」
南沙織「魚たちはどこへ」
堺正章「さらば恋人」
いしだあゆみ「太陽は泣いている」
郷ひろみ「恋の弱味」
リンリン・ランラン「恋のインディアン人形」
KinKi Kids「やめないで,PURE」
浅野ゆう子「ハッスル・ジェット」
優雅「処女航海」
朝倉理恵「あの場所から」

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