クラシックの名曲を鼻歌のように――渋さ知らズが世界最古のアシッド・ミュージックに挑んだ『渋樹』

渋さ知らズ   2017/03/15掲載
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 渋さ知らズがクラシック音楽をテーマにしたアルバム『渋樹』をリリース。本作は、神奈川芸術劇場(KAAT)で行われた単独公演〈春のお祭り〜2016年古典の旅〉の一部を収録し、彼らが2012年から参加しているクラシック・フェスティバル〈ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン(LFJ)〉での公演を下敷きにしたもの。“いつも”とそのポリシーは変わらずとも、彼らの少しだけ違う顔がついに音源となって手に取れることになった。この4年ぶりの新作について、“ダンドリスト”の不破大輔とアルトサックス奏者の立花秀輝に話を訊いた。
立花秀輝 / 不破大輔
――前作『渋彩歌謡大全』は“うたもの”がテーマでしたが、今回は“クラシック”がテーマですね。
不破大輔 「真正面からクラシックに挑戦……というよりは、クラシックの曲を鼻歌のようにして演奏するというのがテーマですね」
――2015年のLFJでの演奏を下敷きにしたということでよろしいでしょうか。
不破 「はい、そうですね。去年の4月に再演のようなことをしまして、その録音です」
――私は収録されたKAATでの再演は拝見していないのですが、LFJでの初演を拝見していまして。その帰り道に偶然お目にかかった不破さんが「楽しかったねえ」って笑顔でおっしゃっていたのが印象に残っています。
不破 「演奏の出来栄えよりも譜面を読むことを逃れられる、その喜びで(笑)」
――確かにメンバーの皆さんも連日続くリハに憔悴されていたり、美術の方も若林美保さんが吊られる装置に苦心されていたりするご様子がツイッターなどで見受けられました。
不破 「我々も……ですが、あの時はやはりスタッフが苦心していましたね」
――この時以降、KAATは渋さ知らズにとってクラシックを演奏する場になったのも面白いですね。
不破 「譜面を読むクセをつけていかないと。何回かやることで面白みが出てきて、例えばバナちゃん(立花秀輝)が素晴らしいソロを取ってくれるようなところももちろんあるんで、いつも通りとも言えるんですが。クラシックの演奏は信用がないのか、KAATの小ホールも満席にはならない」
――信用問題なんですか(笑)。とはいえ、メンバーには立花さんのようにクラシックの経験がある方もいらっしゃる半面、それこそ譜面の読めない方もきっといらっしゃると思うんですが。
不破 「僕がそうです(笑)。譜面読めません」
立花秀輝 「読める・読めないというよりも、譜面を読まないことが多いので能力は落ちてきてしまう(笑)。昔だったらできたのに……と思いながら皆やってましたね」
――今回は「幻想交響曲」をなぜ選ばれたんでしょう?
不破 「LFJには2012年から呼んで頂いているんですが、2015年は“PASSION パシオン”がテーマでしたから。〈幻想交響曲〉が世界初のアシッド・ミュージックだということは知っていました(笑)」
――なるほど。酩酊音楽である「幻想交響曲」を渋さ知らズが料理すれば“ピンクの象”が舞台に登場する(笑)。音源でのリリースだと、若林美保さんの美しさを観ることができないのはちょっと残念でした。
不破 「音楽家が恋に破れて阿片で酩酊する、その女性役にちょうどいい方がいるじゃないか!と(笑)」
――素敵な人選でしたね。“1800年代の酩酊音楽”というテーマをもらったソロイストたちが、しゃかりきにソロを取るあたりはアシッドというよりもヒロポンな感じも見受けられましたが。
不破 「マリファナっぽくなかった?(笑) いやいや、酩酊感を目指しているわけではないです(笑)」
――今回、収録されている楽曲はクレジットを拝見すると山口コーイチさんが多く編曲されています。印象としては、もっと鬼頭 哲さんがアレンジに参加されていたように思っていました。
立花 「本番の時はもっと曲が多かったから鬼頭さんもコーイチさんとそれぞれ分配してやっていたんですが、似た傾向のものを分けてアレンジしていたから。このアルバムにはベルリオーズの曲が多く収録されたので」
不破 「そう、このアルバムに関しては山口さんがアレンジした曲が多かった。鬼頭さんはもっとポピュラーっぽく、音の感じをまず捻ったようなアレンジがとても上手で、コーイチさんは“この曲のここをデフォルメしよう”という僕のリクエストを形にしてくれましたね」
――テーマを膨らませたアレンジをされたんですね。
不破 「NHKのラジオで放送されたときに、クラシックの評論家の方がこの演奏をすごく喜んでくれて。たまたまジャズなんかも好きな方だったと思うんですが、分かってもらえたみたいで」
――渋さ知らズならではの脱線していく魅力かな、と改めて音源でも感じました。
不破 「僕が脱線しているんです(笑)。すみません(笑)。ジャズでもクラシックでも構成がきっちりあるんですけど、そこを踏まえたなら、最初から最後まで脱線してもいいかなと。せーので戻れることは大事なんだけど」
――渋さ知らズは、ジャンル関係なく祝祭を盛り上げていく魅力、演劇の伴奏をしていた出自が色濃く出たシアトリカルなバンドとしての魅力、少人数の時にはかなりハードなジャズ・ユニットとしての魅力と、ステージや形態によって、それぞれ印象が異なるような。
不破 「どんなステージでもメンバー構成であっても、結局やってることは一緒なんですけどね。とにかく楽しむ。偶発的なアクシデントが起こる。そういったことから、皆が何か新しいものを得ていくのは、すごいことだと思います」
――このアルバムは、初めて渋さ知らズを聴く人にとって一番ストレートに魅力が伝わる作品だと思います。
不破 「うん、自分もとても気に入ってますね。ソロイストたちがとても良い、素晴らしい演奏をしているし。(収録時間の)67分は、ちょっと長いかもしれないけれども、とてもバランスも良いし、聴きやすい作りになってる」
――渋さ知らズがクラシックの名曲からひとつのテーマを預かって、メンバー皆でそのテーマをオモチャにしているような……。
不破 「全然そう、そう言ってもらってかまいません」
――とにかくミュージシャンのみなさんが楽しんでいる。その中でもダンドリストの不破さんが一番楽しそうで(笑)。これはどんな形態であっても必ず見える、渋さ知らズの一番の魅力ですね。
不破 「互いにエンターテインしているよね」
――はい、このアルバムではその魅力がとても出ていて、ファンとしてはとっても嬉しい作品でした。それから、渋さ知らズの舞台芸術を担当していらっしゃる青山健一さんのアニメーションで制作されたMVがとても面白くて。映像での作品に「断頭台への行進」を選ばれたのはなぜですか?
不破 「あれは青山さんが選曲して、自主的に作ってくださって。バルカン音楽から民族調に、それからハードロックに転がっていくよね」
――LFJでの初演には参加されていなかった太田惠資さんがこの音源では参加されています。
不破 「そうそう、初演の時は太田さんのスケジュールがあわなくて。今回のこれは……まさしく太田さんの音だねえ。(関根)真理ちゃんのパーカッションと掛け合った後に石渡(明廣)さんの音が乗っかってきて」
立花 「そして登 敬三さんのテナーが、究極にいやらしい曲ですね(笑)」
――この流れはとても渋さ知らズ的でした。分かり合っている方たちの呼吸から生まれてるとも言えますね。
不破 「バナちゃんがソロを吹いてる〈ジムノペディ第一番〉と〈サバトの夜の宴〉の感じ。あれだけ長い尺を吹いているのにどちらの曲も全然違うような、一人のミュージシャンで大きな振れ幅があるのも、ぜひ聴いてほしいところですね。ああいうのはね、身内ながらやっぱりさすがだと思いますよ」
立花 「順番が回ってきたときに“もっと違うことをやらなくちゃ”って心がける。お互いに刺激し合っているんで、できることなんだと思いますね。自分の音をなぞらないように」
不破 「ソロイストのアプローチが他のメンバーにも伝わって、どんどんバンド・サウンドが変わってくる」
立花 「ソロを取っている人が凄いんじゃなくて、全員が色を変えていく試みをしているのが、渋さ知らズの面白いところなのかなと思いますね。今回のアルバムもクラシックを題材にして、それを生かしたやり方や、普段と違うアプローチができたから。LFJに参加して、皆も僕と同じように感じていると思うんだけれども、お題が毎年変わるっていうのがとても面白いですね。毎年一回だけで完結していたので、もったいなかった。〈幻想交響曲〉は再演して、音源にすることもできて、とても良かったと思ってます」
――昨年のLFJは“la nature ナチュール - 自然と音楽”がテーマで、動物たちの謝肉祭でした。
立花 「動物いっぱい出てきましたね、ゴジラとか(笑)……動物かって」
不破 「拡大解釈でしたね(笑)」
立花 「一番最初の時は“火の鳥”が出てきましたね(笑)」
不破 「火の鳥を会場に出してみたら、LFJのお客さんは凄いんですよ、歌えた人がいて(笑)。観客による自発的な演奏、そんなところも渋さ知らズでしたね」
――ジャンルではなく、まさに音を楽しんでいるんですね。
不破 「そう、それは本当に。越境してくる人が多いし。それはもう囲うことが厳しくなったこともあるけど、横断している人がたくさんいて、いろんな音楽を聴くことができる。僕らの場合は譜面は背景でしかないから、鼻歌にして譜面から逸脱してしまった、というのが、僕らのこのアルバムだってことでしょうね」
立花 「ベルリオーズさんも亡くなって100年以上経て、こんな風に自分の曲が演奏されるとは思ってもみなかっただろうし、怒ってるかもしれないけど(笑)。そういう懐の深さ、面白さっていうのはあるんだなあと思いますよ。クラシックの場合は指揮者がまとめて、自分が思った表現を形にして。こういったら良くないかもしれないけど、オーケストラの演奏者は指揮者の楽器、とも言えるし。指揮者の思惑を再現していくために存在するのかもしれないけど、僕らの場合は楽器が壊れているから(笑)」
不破 「ちなみに僕は指揮していませんからね(笑)。演奏中も明後日のことばかり考えているからね。いまこれが起きてるから次あれが起きたら面白いだろうなって(笑)。年月も、ステージの数も重ねているけど、弾ける瞬間が多くて。予想してないことが起こるから、それを見て手を叩いて喜んでるね。聴いてほしいな、本当に。皆に」
取材・文 / 服部真由子(2017年2月)
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