君はひとりじゃないよ Karavi Roushi『清澄黒河』

Karavi Roushi   2019/05/17掲載
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 “チーフ・キーフ山下達郎の出会い”と自らうそぶく高度に洗練されたトラップ・アルバム『清澄黒河』と共に一気に頭角を表したラッパーのKaravi Roushi。名古屋のレーベル、RC SLUMからアルバム『Return Of Acid King』をリリースしたラッパーのNERO IMAIを筆頭に、彼の作品にも参加し、Cracks BrothersのメンバーでもあるC.J.CAL、国内外のレフトフィールドなエレクトロニック・ミュージック・シーンで活躍しているプロデューサーのAQUADABTetsumasaらが所属する異能音楽集団、HYDRO BRAIN MC'sの一員でもある彼は超絶的なラップなスキルと予測不可能な言語感覚によって、ウソを本当に、本当をウソにすり替える荒唐無稽な才能をもったラッパーだ。

 実際、一部のハードコアなヘッズにその存在は知られていたものの、長らく作品がリリースされることはなく、本当のようなウソのような存在であったが、突如、4月にアルバム『清澄黒河』をリリースし、その衝撃によって虚構と現実の境界を楽々と破壊すると、このインタビューの現場にふらりと現れた……。
――Karavi Roushiくんは愛知県岡崎市出身で現在は東京在住ということですが、いまだ謎が多い音楽集団、HYDRO BRAIN MC'sの一員でもあるんですよね? まず、どういう集団なのか教えていただけますか?
 「もともとは名古屋で活動していたBLACK CONNECTIONというラップ・グループがあり、そのメンバーだったAQUADABとAPPAが中心となったグループというか、大まかな集団で、AQUAくんと同郷で岩手出身のC.J.CAL、DJのCODAM、AQUADABの友達だったNEROくんや僕がAQUAくんの家に入り浸って、そこで作られたビートに乗れるやつがラップをするということを延々とやっていて。そうやって作った曲を発表することがないまま、AQUAくんとC.J.CAL、僕は名古屋を離れたんですけど、その後も密にLINEのグループで連絡を取り合って、情報を交換したり、ビートやラップを送り合ったりして遊んでいたんです」
――長らく遊びで曲は作っていたけれど、それを発表することはなかった、と。
 「そうやって作った音源をリリース出来ればよかったのかもしれないですけど、他のラッパーの作品を聴いて、“このレベルで作品を出しちゃうんだ?”と馬鹿にしていたところもあり、HYDROとしてはいい曲が出来れば満足だったというのもあったし、そのうちの何曲かはNEROくんやC.J.CALくんの作品としてリリースされましたからね」
――そういう状態から今回のアルバム『清澄黒河』を作ろうと思ったきっかけは?
 「2017年に出たharuru犬love dog天使の1st『inscle』ですね。あのアルバムを聴いたり、Gokou Kuytくんとかが出てきたことで、俺も何かやろうかなと思うようになり、AQUADABに相談しながら、後にアルバムにまとまる曲が出来ていった感じです」
――このプロジェクトは、これまでレフトフィールドなエレクトロニック・ミュージックを作ってきたAQUADABくんがアメリカのメインストリームであるトラップというゲームのマナーに則ったトラック制作で存分に遊んだ作品でもあるのかな、と。
 「そうですね。AQUADABはじめ、この作品に携わってくれたみんなが“普段やっていることとは違うけど、やろうと思えば出来るよ”って、トラップのゲームを面白がって、そのマナーに寄せてくれたんですよ。それによって、AQUADABのポテンシャルが最大限に引き出されたところもあるし、それをアレンジ、ミックス、マスタリングで収めてくれたTetsumasaくんも“こういう曲だったらこういうミックスにしようかな”とあれこれ考えてくれたんです」
――今回の作品ではYoung Love名義でラップまで披露しているTetsumasaくんは、普段、ダブテクノのプロデューサーとしてベルリンで活動している人だとか。
 「そう。あの人は女の尻が映ってるミュージック・ビデオしか見る気がしないって公言しているような人で、ヒップホップに関しても着眼点が鋭くて信頼がおけるうえに、プロデューサーとしても、7曲目の〈A Love Supreme〉なんか、奇妙にダブワイズされたトラックのミックスとアレンジで彼の本領が発揮されたトラップになっていて、聴く人が聴いたら面白がってくれるんじゃないかなって」
――彼の大きな貢献もあって、このアルバムはトラップのフォーマットに則っていつつも、テクノとかダブを通過したハイクオリティかつオリジナルな音響の作品になっていますよね。
 「だと思いますね。僕はラップを乗せているだけなんですけど、トラックに関して、一聴して他とは鳴りが違うことがすぐに分かって、やっていることのレベルがかなり高いなと聴いていましたし、アメリカのメインストリームのヒップホップ、例えば、カニエ・ウェストがやってるようなプロダクションの在り方に近いと思っていて。向こうは遥かに大勢のスタッフで動いていますけど、音はもちろん、デザイナーや映像作家を含め、その道のプロが集結して。カニエ本人は全てを把握しているわけではないけど、絶大な信頼を置くチームが一丸となってプロジェクトを進めていくという。映画もそうだし、テニスやボクシング、例えば、格闘家の堀口恭司なんかもそうですよね。アメリカに乗り込んでいって、表に立って戦うのは彼なんですけど、そのバックにはデータを研究するやつがいたり、トレーナーがいたり、実はそのチーム同士の戦いだったりする。だから、自分がそういう体制で作品を作るとなったら、こちらのエゴや意向を飲み込まなきゃならなかった瞬間もあったし、思い描いていたイメージが打ち砕かれたこともあったんですけど、全てはこのチームで最高の作品を作り上げようという目的のためだったので文句や不満は全くなかったですね。それよりもアメリカのメインストリーム音楽がそういうゲームになっていることが分かっていたから、自分もそういう体制で作品を作ってみたかったんです」
――そのチームのメインキャストであるご自身のラップに関してですが、チーフ・キーフからの影響が大きいとか?
 「チーフ・キーフはラップを前進させているとにかく上手いラッパーですし、16歳の時に出した〈I Don't Like〉で稼いだ金を元手にゲームのチートを開発して、それを売ることで金を儲ける賢さもありつつ、YouTubeに紫色の髪をしているやつを馬鹿にしている意味のない動画を上げたり、はたまた、走り方がおかしかったり、デブだったり、トラヴィス・スコットのようなスマートなキャラクターと比較すると、やってることやその存在のバランスが絶妙なんですよ」
――なるほど。
 「そのうえで、今の日本のヒップホップでは“ストリートではウソがめくれる”とか言って、“強いオレがタフにやっていくには……”っていうプレゼンテーションの仕方がずっとありますけど、近年、それとは別角度の表現であるエモ・ラップが出てきてから、その路線を突き詰めた人はまだいないので、この『清澄黒河』ではエモを突き詰めた先に行きたかったというのはあります」
――ただ、この作品で掘り下げているエモは、全てがリアルではなく虚構まみれですよね。かといって、全てが珍妙な虚構かというと伝わってくるものもあったりする。この作品は、その絶妙なさじ加減と圧倒的なラップのスキルが作品をとにかく面白いものにしているな、と。
 「作品としては、自分が表に出ていって、“お前ら、こういう風に生きろ”と諭すようなものではないということが大前提としてあって、内容的には半分嘘で半分ホント。その嘘が広がっていくなら、それはそれでいいかなっていう。そのうえで、自分が中学生、高校生の頃に感じていたこと……その多感な時期に親にも相談出来ないし、友達にも言えないような悩みを抱えながら、面白い漫画や音楽にハマることによって救われた経験を直接的にではないにしろ、頭の片隅に置いて、ラップしてましたね。田舎に住んでいる高校時代の俺みたいな子が何かのきっかけでこのアルバムを聴いて、“あれ? 大人なのにこんなふざけたことをやってるラッパーがいるんだな”って思ってもらえたら、うれしいです」
――日本というのは、異質なものを徹底して排除して、一端、ドロップアウトしたら、容易には這い上がってこられない偏狭な社会ですけど、ヒップホップのディープな事情通でありながら、シーンからはみ出し、社会からもはみ出すギリギリのところで生きているアウトサイダーであるKaravi Roushi、HYDRO BRAIN MC'Sが生み出す奇矯にして高度に音楽的な作品に救われるリスナーもいると思いますけどね。
 「CDの帯のコピーに“君はひとりじゃないよ”っていう一文を載せたのはそういう意味であって、ちょっと寄り道してもいいんじゃない?っていう気持ちに嘘はないですね。そうですね、このアルバムで言ってることは全然まともじゃなかったりするんですけど(笑)、こういう人間がいるということさえ伝わればいいし、車でどこかに行く時に気軽に聴いて、楽しい気持ちになってくれたらいい。さらにイケてるものであったらもっと最高なんですけど、イケてる音楽は世の中に数あれど、心の弱い部分、柔らかい部分に触れるイケてる音楽は意外となかったりするので、さりげなく、そういう存在の作品に……というのは多くを望みすぎですかね(笑)」
取材・文 / 小野田 雄(2019年4月)
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