みずからを解き放ち、どこへでも自由に羽ばたいて行ける――ミロシュの復帰第1作『サウンド・オブ・サイレンス』

ミロシュ   2019/11/06掲載
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 2011年にドイツ・グラモフォンからデビューするや瞬く間にスター街道を駆けのぼり、世界を股にかける活動を展開してきたクラシック・ギタリスト、ミロシュ。故郷のモンテネグロがある地中海沿岸をテーマにしたデビュー・アルバム『地中海の情熱』、南米のレパートリーを中心とした『ラテンの哀愁』、ヤニック・ネゼ=セガン指揮ロンドン・フィルとの共演による『アランフエス協奏曲〜アルハンブラの想い出』、そして『ブラックバード〜ザ・ビートルズ・アルバム』まで、新作を発表するごとにその人気を不動のものとしてきた。しかし、腕の故障により2016年から活動の休止を余儀なくされる。今秋リリースされた『サウンド・オブ・サイレンス』は、療養に専念した期間を経ての復帰第1作。そこには、「これまでとは違う世界が拓けた」と語るミロシュの新境地が刻まれている。
――今作は「ギターを聴かせる」というよりも、全体のサウンドに重きを置いて作られている印象を受けました。アルバム制作において、これまでと違った意識はありましたか?
 「まさに、おっしゃるとおりです。これまで自分がしてきたことや、期待されてきたこととは違うサウンドに到達したいという思いでこのアルバムを作りました。ただシンプルに愛する音楽を取り上げ、先入観を持たずに自分の世界に並べてみたかった。私にとっては、バッハもビートルズも、シューベルトもポール・サイモンも、すべてが等しく“音楽”ですから。療養期間はきわめて個人的かつ芸術的なチャレンジの時間でしたが、それを経た今、私はみずからを解き放ち、どこへでも自由に羽ばたいて行けるような創造性に身を任せるときが来たと決断したのです。そうしたら次々と新しいアイディアが湧いてきて、これまでとは完全に違うサウンドのアルバムが出来上がりました」
――療養期間を経て、マインドが大きく変わったと。
 「音楽家でいるかぎり毎日がチャレンジの連続ですし、創造性などは“持っている”と思った瞬間に指の間からすべり落ちていくようなものです。一所懸命に働いて全力を尽くすことで変えられることもありますが、変えられないこともある。音楽家はつねに状況に合わせて変わっていかなければなりません。私が辛い経験を通して学んだことは、そういったすべての出来事を自然に受け止め、うまく付き合うこと。人生はそれに尽きます」
――ロックやポップスの曲が数多く収録されていますが、選曲はどのように?
 「療養期間中にはたくさんの時間ができたので、家で家族や友人たちと一緒にさまざまな音楽を聴いて過ごしました。そのとき出会った曲たちは、私の目と耳をクラシック以外のジャンルに開いてくれるものでした。レナード・コーエン、レディオヘッド、ポーティスヘッド、ムーディー・ブルース、スカイラー・グレイ、ダイド……どれも新鮮に感じて、この気持ちを自分のアルバムに反映させたいと強く思いました。これらの曲たちは、すべて私にとって非常に個人的な意味を持つものですが、なかでも〈ムーヴィング・マウンテン〉(スカイラー・グレイ)は特別です。いたってシンプルな曲ですが、その歌詞はまさにその当時の私が求めていた言葉そのもので、力強いメッセージを与えてくれました」
ミロシュ
Photo: ©Decca / Lars Borges
――アレンジの作業はどのように行なっていったのでしょう?
 「それぞれの曲のアレンジャーと密接にコミュニケーションをとって、自分のイメージを伝えていきました。私は作曲やオーケストレーションはしませんが、曲を選んだときから、頭の中にはその曲をどのように響かせるかというアイディアがあり、どういったアレンジが適しているか、または適していないかがわかるので。もちろん、プロデューサーやアレンジャーのアイディアを取り入れた部分もあります」
――12アンサンブル(イギリスの弦楽合奏団)との共演による静謐で美しいサウンドが特徴的ですね。
 「豊かなストリングスのサウンドが欲しいと思う曲がいくつかあったので、12アンサンブルに入ってもらいました。長年の友人たちですが、共演するのは今回がはじめて。彼らのエネルギーには、いつもインスピレーションを与えられています。今後は一緒にイギリス、アメリカ、中国をまわるツアーも行う予定で、とても楽しみにしています」
――レディオヘッドの「ストリート・スピリット(フェードアウト)」の繊細なアレンジにも感銘を受けました。
 「友人からジョニー・グリーンウッドという作曲家がクラシックのフィールドで活躍しているという話を聞いて、そこからレディオヘッドに辿りつきました。〈ストリート・スピリット〉は本当に素晴らしい曲ですよね。はじめて聴いたときから恋に落ちました」
――一方で、タレガやファリャをはじめとするクラシック・ギターのレパートリーも収録されています。
 「私はクラシックのギタリストですから、これらの曲をふたたび弾けるようになることは、療養において非常に重要なプロセスでした。それは回復であると同時に、再発見でもありました。タレガは私がもっとも愛する作曲家ですが、ここに収録された小品はその素晴らしさを象徴するものです。また、ファリャの〈ナナ〉ではサクソフォン奏者のジェス・ギラムと共演しています。彼女の奏でる音色はまるで人間の声のようで、スペインの子守歌である〈ナナ〉にぴったりだと思いました。ジェスとはもう1曲、ジョン・カランドレリの〈ソリテュード〉でも共演していますが、〈ナナ〉とはまた違った雰囲気で、どちらもユニークな響きになっています」
――今後の活動についてお聞かせください。
 「ちょうど先日、ふたつのギター協奏曲のレコーディングを終えたところです。ひとつはジョビー・タルボットの〈Ink Dark Moon〉、もうひとつはハワード・ショアの〈The Forest〉という曲です。どちらも委嘱作品ですが、新しい曲を委嘱し、演奏することはとてもエキサイティングなことです。今はツアーで忙しくしていますが、とても幸せですね。また日本を訪れる日を心待ちにしています!」
取材・文 / 原 典子(2019年10月)
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