“大人のためのギター・ポップ・バンド”として名高い男女3人組のSwinging Popsicleが結成30周年を迎えた。ポスト渋谷系が台頭する97年にメジャー・デビューし、老若男女問わず受け入れられるエヴァーグリーンな音楽性を誇ってきた彼ら。2015年のミニ・アルバム『flow』、2018年の編集盤発表以降は、インディからの7インチの発売とライヴを主体に活動してきたが、この度、ミオベル・レコードから7インチ・シングルを2ヵ月連続でリリースした。11月8日に、90年代のスウェディッシュ・ポップ・ブームの一翼を担ったクラウドベリー・ジャムとのスプリットを発表。12月6日には、“レコードの日”にあわせてアズテック・カメラ「All I Need Is Everything」とローラ・ニーロ「Wedding Bell Blues」のカヴァーを収録した2曲入りを発売した。今回の7インチ・シングルとこの30年の歩みについて、藤島美音子(vo)、嶋田修(g)、平田博信(b)の3人にたっぷりと語ってもらった。
Swinging Popsicle / Cloudberry Jam 「Joy of Living / Nothing to Declare」 (miobell records・PCMR-0039/7inch)※11月8日発売
Swinging Popsicle 「All I Need Is Everything / Wedding Bell Blues」 (miobell records・PCMR-0036/7inch)※12月6日発売
――結成30周年おめでとうございます。これまでメンバー・チェンジなしで30年続いてきたのはなぜだと思いますか?
平田博信 「ありがとうございます。30年続いてるのは……無理をしなかったからですかね。それぞれ大変な時期もいろいろあったけど、そういう時はちょっとゆっくり休みながら、タイミングがいい時にしっかりやろうね、という感じなんです。あと、変にベタベタすることなく、音楽のみで濃く付き合ってきたのがよかったんじゃないかな。だから、全然喧嘩とかしないんですよ」
嶋田修 「たとえばゲームの楽曲の主題歌をやってみない?とか、アメリカでライヴをやってみない?とか。それと煮詰まったときに、Swinging Popsicle以外のアウトプットの場を3人がそれぞれ持っていたというのもあったとは思いますね。。僕だったらthe Carawayというバンドだったりとか、平田くんだったらアイドルさんや声優さんの楽曲制作をしたりとか、元チェッカーズの武内享さんのバンドに参加したりとか。このバンドをハブにして、メンバーそれぞれに他の現場があるっていうのがよかったんだと思います」
藤島美音子 「活動が収束に向かいそうになっても、手を差し伸べてくださる方がその都度現われて……」
嶋田修 「今回、ミオベル・レコードさんから2ヵ月連続で7インチを出さない?とお声がけいただいたのもそのひとつです」
――ここが転換点とか勝負どころだったというのはありますか?
藤島 「7インチのセルフライナーにも書いたんですけど、やっぱりメジャーを離脱した時ですね。解散することも考えましたけど、結果的に継続することになったんです。平田君のあるひとことが大きかったんですよ。詳しくは買ってライナーを読んでいただけると嬉しいです(笑)。インディーズになった時は、メジャーのノウハウを学んだうえで、インディーズならではの自由さで制作させてもらったのが大きなことでした」
――お客さんの層は入れ替わってる感じがします?
藤島 「しますね」
――新しいリスナーがちゃんとついてるってことですよね。
嶋田 「そうですね。デビューしたしたての頃は女子が多かったんですけど、だんだん男の方やマニアックな音楽好きの方が増えたりしているように感じました」
平田 「ゲーム音楽をやった時がいちばん実感しました。Swinging Popsicleを知らない人が出迎えたくれたというか、外国でライヴをやった時にルーキーみたいに扱われる感覚もありました。あれは新鮮でした」
――渋谷系、ポスト渋谷系の文脈でほかのアジアの国々でも聴かれているようですね。実感はありますか?
平田 「リアルな話をすると印税の調書が届くときに、サブスクでどこの国で聴かれてるかってわかるんです(笑)。それを見ると、いろいろな国で聴かれてるんだなというのが励みになります。こうやって色々な国の方に聴いていただいているおかげで海外でライヴをやる時も英語で歌わなくても全然大丈夫なんです」
嶋田 「我々のちょっと後の世代のLampとかアメリカですごいバズっていて、Mitskiのツアーでサポート・アクトをやっていましたけど、あの人たちは日本語の曲しかやってないんです。でもアメリカのライヴはすごく盛り上がるみたいで」
平田 「だから今、言語の壁ってそんなに関係ないのかなという気はしていて。我々も日本語の曲も多いんですけれども、あまりそこは気にしてないですね」
嶋田 「洋楽に憧れていた世代だから、活動初期は英語で歌いたいというのはあったけど、今はそこまで英語にこだわっているわけじゃないですね」
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――2015年にアルバム『flow』が出て、その後、編集盤が出ました。以降は7インチとライヴ主体の活動になっています。なにか理由はあるんですか?
嶋田 「単純にアルバムを作るのってリソースと労力がすごく必要なんです。みんなそれぞれの生活があるから、アルバムを作ろうとなって、1ヵ月、2ヵ月とその作業だけに集中するのはあまり現実的ではなくて。その点、シングルだったらもう少し作りやすいし、スタッフもいろいろアイディアを出してくれたり面白いことをできるかなって思います。今回だったら、クラウドベリー・ジャムとのスプリットと、カヴァー曲の7インチを2ヵ月連続で出してみるのはどうか?って面白いですよね。アルバムを定期的に出さなければいけないという使命感は、今あまり強く思っていないです」
――7インチの曲はあえてサブスクに出していませんが、それも選択肢のひとつですよね。レコードのモノとして価値があがってきているから。
嶋田 「『CDジャーナル』さんのインタビューで言うのもなんですけど(笑)、CDの価値がやっぱり変わってきましたよね」
平田 「それに7インチ、いいですよね。自分たちはこういう音楽が好きですということを表明するために出しているところもあります。たとえばビートルズが好きだからアナログでモノミックスを作ったり。僕らはこういうモノが好きですっていうアティチュードをフィジカルで出すことで表現するみたいな部分はあります」
平田博信
――スプリットに「Joy of Living」を選んだというのは?デビュー・アルバムの一曲目です。最初に出た時に日本語だったのが英語になっていますね。
藤島 「急遽東洋化成さんのイベントで販売しようかという話が決まって。〈Joy of Living〉はデビューする時に日本語にしたのですが、もともとは英語詞で、今回はそのオリジナルの英語ヴァージョンが収録されています。でもそれも、10年ほど前に録音したテイクなのですが」
平田 「当時のこの曲であればクラウドベリー・ジャムといいマッチングができるんじゃないかと思ったんですよ。あと、もともとスウェディッシュ・ポップが好きだし、クラウドベリー・ジャムもすごく好きだったので、スプリットを出せるのは嬉しかったです。そういえば、Swinging Popsicleがデビューする時にカーディガンズの前座をやりたくて、当時所属していたソニーにお願いしたことがあるんですよ。結局ダメだったんですけど(笑)、カーディガンズから“日本にもこういう素敵な音楽をやっているバンドがいるのを嬉しく思います”っていうコメントをいただきまして、とても嬉しかったことを今でも覚えています」
藤島美音子
――12月リリースのカヴァー盤のほうですが、アズテック・カメラ「All Need Is Everything」のカヴァーはなぜ?
藤島 「アズテック・カメラは、リアルタイムで聴いていたということと、彼らがネオアコの中でもメジャー感が強いバンドであり、それでいて、コアな人からも支持されていますよね、そういう点からかな。曲に関しては、私が最近よくDJさせていただく渋谷のカフェ・アプレミディで、『80s Swingin' London』という、80年代のUKもの縛りのイベントがあったんですけど、度々かかっていたし橋本(徹)さんがかけてらした印象も強くて。アズテックもガツンと盛り上がる時の定番の一つでしたね」
――オリジナルも聴き直して、やっぱりいい曲だなって思いました。
藤島 「音楽ファンとしては、そうやって名曲が語り継がれていくというのはいつも願っていることです。こういう曲に自分たちは影響されてきたんだよっていう意思表示でもあります。自分たちも“この曲の元ネタはこれなんだ”と遡って音楽を掘ってきたわけで」
嶋田 「それと、この曲はギタリストのマーク・ノップラーがプロデュースなのがおもしろくて。それを踏まえて聴くとまた、違う感慨があります」
――ローラ・ニーロは、彼女のデビュー・アルバムの1曲目ですよね。こちらはなぜカヴァーしようと?
藤島 「渋谷のタワーレコードでパイドパイパーハウス主催のインストアイベントがあって、ポプシとadvantage Lucyとカジヒデキさんで出させていただいたんです。その時に主催の長門(芳郎)さんがお好きで私も大好きなローラ・ニーロを演奏したいと思い、3人のコーラス・ワークが響かせやすいこともあって、この曲を選んでカヴァーしました。それが好感触だったので、レコーディングもしよう、となったんです。結果、ポプシのよさが出たカヴァーになったんじゃないかと」
――“コーラス”という言葉が出ましたけど、三声のコーラスはポプシの魅力であり個性ですよね。
平田 「僕たちは5人のバンド編成のほか、3人だけでアコースティック・ライヴもやるんですけど、アコギとベースと3人の声だけで世界を作れるグループって、ありそうで意外と少ないんです」
嶋田 「僕らの持ち味だよね」
平田 「われわれ3人だと男女の声をミックスしてメインと上ハモ、下ハモができる。それが強みだと思います」
――今回のリリースでクラウドベリー・ジャムを再発見する方とか、アズテック・カメラやローラ・ニーロを発見する若者もいるかもしれません。
嶋田 「20代後半の若いDJがいて、80〜90年代のネオアコについてよく知っているんだけど、彼は同時にアイドルマスターとかにも詳しくて、両者を並列に聴いているんですよ。今の若い人は聴き方も面白いです。だから、ポプシもスウェディッシュ・ポップもローラ・ニーロも並列に聴いてほしいなという気持ちもあります」
――DJカルチャーって連綿と続いていて途絶えないですよね。エレクトロニック・ミュージック寄りのものだとDOMMUNEもありますし、アニソンなら秋葉原にMOGRAもあります。渋谷のカフェ・アプレミディに行けば橋本徹さんがDJをやっている。そういう形で古い音楽も新しい音楽もシャッフルされて、現在にバトンタッチされていく感じは途絶えてないですよね。
藤島 「私全然DJじゃなかったのに(笑)、今はありがたいことにさまざまなイベントに呼んでいただいていて、それがすごく嬉しいんです。音楽が本当に好きでその情熱さえあれば、昔ほど敷居が高くはないのかも……いろんなハコもありますしね……ちょっとDJやってみない?みたいな」
――ゴールデン街の1日店長みたい。
藤島 「そうかも(笑)!」
嶋田 「今はみんなで楽しもうというのが強いと思います。この間も『宝島ナイト』というのをやっていて。雑誌の『宝島』世代の人が集まって、その時代のものをかけるっていう」
――そういうのって、ポプシがずっと続いている意味とつながるというか、単なるノスタルジーともちょっと違う音楽の歴史の強さというか、盛り上がりをみせている気がしますね。ちなみに、30年経って自分たちの音楽が成熟してるみたいな感じじゃありますか?
平田 「そうですね。勢いで曲を作らないというか、メンバーのことをよくわかっているというのはあります。この曲はしまっち(嶋田)のこういうギターが乗ったらいいなとか、藤島の歌はこういう感じかなとか作りながら考えます。昔は曲が降りてきた!みたいな作り方もしていたけど、今はつねにメンバーのことを意識してソングライティングをします。しまっちはどう?」
嶋田 「僕はあえてこう言いますけど、マンネリをしたいのと新しいことをやりたいっていうののせめぎあいです。でも、それがいい方向にいっているかなと思います」
――なるほど。ライヴでは音源に忠実なほうですか?
嶋田 「ストリングスを鍵盤に置き換えたりはしているけど、わりと忠実ですね」
平田 「ライヴを見に行って自分が好きな曲がアレンジ変わってると、ちょっとあれ……?みたいな時もあるじゃないですか(笑)。その意味で、元々のアレンジをしっかりやるっていうのもベテランの宿命みたいな時もあります。活動もそうですが、無理をしないという成熟の仕方をしているんだと思います。それをメンバーで共有しているのが、今のSwinging Popsicleなんです」
――同世代や、ポスト渋谷系の世代に刺激を受けたりすることもありますか?
平田 「やっぱり励みになるというか、みんなやめないで頑張ってるなみたいなことは考えます。この前も〈温泉むすめ〉というコンテンツの〈わたしのベスト!〉という楽曲のミックスを担当させていただいたんですが、曲のクレジットを見たらクラムポンのミトさんの曲でギターは元JUDY AND MARYのTAKUYAさんで。それを僕がミックスするとか、ここでこういう交わり方するんだとびっくりしました」
嶋田修
――今回の7インチのあと、今後の活動の方向性は見えてるのでしょうか。オリジナル・アルバムを聴ける日も近いのでしょうか。
平田 「全曲新曲のアルバムを作るというのはなかなか大変なんですけど、みんなで好きな感じなのを1曲ずつ持ち寄って作ろうか、みたいな話はあります」
嶋田 「プロデュース業だったり、曲を提供したり、それぞれの仕事があってのポプシという側面があるんで、やっぱりそういうライフワークを阻害しない活動の仕方に、今はシフトチェンジしてきたとは思います。お互いの仕事を尊重しつつマイペースに活動をしているので」
平田 「その中で、じゃあカヴァーのアナログ作ってみようとか、クラウドベリー・ジャムとスプリット作ろうとか、なにかおもしろいことやってるぞみたいな活動を点でいいから続けてこれからもいろいろと表現していきたいと思っています。あと、ちょこちょこライヴもやっているので、ぜひいらしてほしいです」
――あらためて30年を振り返ってみて、今どんなお気持ちでしょうか。
平田 「若い頃はバンドって30年後とかを想像してやるもんじゃないと思っていたけど、ポプシがこうやって続いているんで、面白い未来に来れたなと思います。これからもメンバーやスタッフ、リスナーも、みんなが健康であって、それぞれの生活に音楽を添えながら、この30年という数字が自然と伸びていったらいいなと思います」
嶋田 「思えば遠くへ来たものですね」
藤島 「やっぱりいつだって、ポプシを応援してくださる皆様にはありがとうの気持ちをお伝えしたいし、ほんとそれがあるからやって来れたと思ってます。詳しくは、今回リリースされたカヴァー7インチの中に、30周年に関するコメントを書かせていただいたので、ぜひ7インチをゲットして読んでいただけたら嬉しいです」
――最後に、なにか言っておきたいことがあればコメントをいただけますか?
平田 「来年4月4日に高円寺HIGHでワンマンライブを開催します。30年分の楽曲をお楽しみいただけるようにしたいと思います!」
嶋田 「久々のワンマンライブなのでとても楽しみです!ぜひ見に来てくださいね!」
藤島 「これからも気長にポプシとお付き合いいただけたら嬉しいです、よろしくお願いいたします♡」
取材・文/土佐有明 撮影/塙 薫子