田中彩子 ウィーンを拠点に活動して21年、コロラトゥーラ・ソプラノ歌手が歌うバロックから現代まで

田中彩子   2023/10/18掲載
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 ウィーンに住んで21周年を迎えるコロラトゥーラ・ソプラノの田中彩子が、4年ぶりの新譜『Play Coloratura』をリリース。モーツァルトからピアソラ、チック・コリアまで多彩なプログラムで、コロラトゥーラの愉しさと醍醐味を思いっきり披露。10月から12月にかけて全国7都市でアルバムと連動したコンサートを行なう。彼女のモットーは「人生、楽しく行こう!」。演奏で聴き手の心身に愉悦の時を与え、みんなを笑顔にする。
――ひさしぶりのアルバムはクラシックの王道からジャズまで、バラエティに富んだ個性的な曲が満載ですが、選曲の基準はどんなところにあるのですか。
「私はつねに、“人生、挑戦し続けよう“と思っています。ぬるま湯につかることなく、いつも新しいことに挑戦し、新鮮な感覚を抱いてうたいたい、そう考えています。ウィーン生活も21年になり、いろんな人との交流も増えました。そのなかで、ウィーン音楽大学でジャズ科の教授をしているミヒャエル・プブリックとも知り合い、今回のアルバムの編曲を2曲頼んでいます。さらに、彼が私の声に合う曲を書いてくれることになりました。〈アー・ユー・シリアス?〉というタイトルですが、すごくぶっ飛んだ曲で、楽譜を見たときにはこういう曲を今回のアルバムに入れて大丈夫かなと心配になったほどです(笑)。彼は一時期ブラジルにも住んだことがあるため、ラテン系のリズムが満載。じつは、私は10代から20代にかけて、サルサなどのラテンダンスを習っていたことがあるんです。この曲はなつかしさでいっぱいになり、ノリノリで録音できました。遊び心があふれていて、うたうごとに好きになっていきます」
田中彩子
Photo by Andrej Grilc
――アルバムはモーツァルトの「コンサート・アリア〈私の感謝をお受けください、慈悲の人よ〉」で幕開けし、同じくモーツァルトの「ああ、やさしい星よ、もし天に」と続きますね。
「オープニングの曲と最後のチック・コリアの〈ホワット・ゲーム・シャル・ウィ・プレイ・トゥデイ〉は、最初に決まったのです。モーツァルトはシンプルですが技術的に難しい。冒頭の曲は初恋の相手アロイジアがいつもコンサートのあとに感謝を込めてうたったもので、私もデビュー以来9年間多くの人たちにお世話になり、多くの人に歌を聴いていただけた。その感謝の意を込めて最初にもってきました。ウィーンはドイツ語もドイツとは少し異なり、やわらかな感じですし、人々の気質も堅苦しくなくゆる〜い感じ。ウィンナ・ワルツの2拍目がちょっと間を置いてずれるように、踊りのリズムが生活にも反映しています。その感覚が大好きで、あまりきちんとせずに、まあまあいいんじゃないというゆるさがあります。モーツァルトの音楽もきちんとうたいすぎると面白みに欠ける。でも、しっかり練習したうえで遊び心を加味することが必要。これが最高に難しいところですね」
――次はバッハの作品が2曲続きますね。
「バッハも大好きで、王道を行く曲とコーヒーにまつわる遊び心あふれる曲を収録しました。そしてヘンデルの〈私を泣かせてください〉という有名な曲へと続きます。じつは、私はヘンデルと誕生日が同じなんですよ。今後は、ヘンデルももっとうたっていきたいです」
――次はプライズマンの「アヴェ・マリア」があり、ここから雰囲気が変わりますが……。
「この曲はチェロの植木昭雄さんが私に合うといってくれ、録音日に急に収録が決まったものなんです。ピアノの佐藤卓史さんと一緒に、みんなでやろうということになり、サクッと録音してしまいました(笑)。今回はメンバー全員の気持ちが同じで、本当に楽しく録音できました」
田中彩子
Photo by Kyoji Takahashi
――ここからプレヴィン、ピアソラ、ニールセン、渋谷慶一郎、プブリック、コリアと一気に様相が変化し、即興性も増していきます。
「プレヴィンの〈ソプラノ、チェロとピアノのためのヴォカリーズ〉は植木さんが参加してくれることになり、3番目に決まった曲です。ずっとうたいたいと思っていた曲で、独特の雰囲気に満ちています。つかみどころがない曲ですが、ホールに溶け合っていく感じがする。ピアソラの〈アヴェ・マリア〉は晩年に書かれた曲で、ものすごく高い音が出てきます。これはチェロとのユニゾンの箇所で少し雑味を入れたいと思い、うたい方を工夫しています。チェロなのか声なのかわからないという、きしむような音の感じです。ニールセンの〈幸せなのに〉は、ロマンティックで美しい曲です。北欧の人たちは、冷たい氷の世界を感じさせる面と、心のなかの熱さの対比が興味深い。先日、デンマークに行ったときにカール・ニールセン・クインテットの人たちと知り合い、コロラトゥーラとファゴットやクラリネットと共演するのも面白いんじゃないと言われ、一緒に演奏することになりました。新たな世界が広がるため、とても楽しみです。渋谷慶一郎の〈BLUE〉も、ちょっとつかみどころのない曲で、メロディ・ラインが美しくせつない感じの曲。10代のころに書いたといわれ、驚きました。これにプブリックの曲が続きます。そして最後はチック・コリアの〈クリスタル・サイレンス〉と〈ホワット・ゲーム・シャル・ウィ・プレイ・トゥデイ〉で締めくくります。〈クリスタル・サイレンス〉は、いろいろな人の演奏を聴き、いかに崩すかを自分なりに考えました。アルバム・タイトルの『Play Coloratura』にある“Play”には、“PLAY(遊ぶ)”のほかに“PRAY(祈る)”の意味も込めています。12月まで続くコンサートでも、その両方の意味を込めた気持ちでうたいます」
――コンサートのプログラムには、新作アルバムの曲以外にどんな作品が加わりますか。
「モーツァルトの《ポント王ミトリダーテ》のアリア〈迫り来る運命から〉や、映画『ナインスゲート』よりヴォイチェフ・キラールの〈ヴォカリーズ〉などが入ります。これはジョニー・デップの主演で知られる映画ですね。コンサートは、クラシックを愛する人たちはもちろんですが、ふだんコロラトゥーラを聴かない人たちにも楽しんでいただけるようなプログラムを組んでいますので、ぜひ気軽に足を運んでいただけたらと思います」
田中彩子
Photo by Andrej Grilc
――最近はブエノスアイレスにもコンサートに出かけられることが多いそうですね。あちらのお客さまの反応はいかがですか。
「ヨーロッパが夏季のオフシーズンにときに、ブエノスアイレスは冬になりますので、ヨーロッパの著名な音楽家が数多く演奏に行きます。私も何度か呼んでいただき、最近はグリエールの〈コロラトゥーラ・ソプラノとオーケストラのための協奏曲〉をうたいました。この曲は現地では24年ぶりの演奏だったそうで、ラジオでライヴ放送があったり、いろいろなところで紹介していただきました。グリエールは日本でもなかなか演奏される機会がありませんので、ぜひ次回は日本でうたいたいと考えています。ブエノスアイレスの聴衆は耳の超えた人が多く、オペラなども聴き慣れていますので、とても反応が熱く、集中して熱心に聴いてくれます。そういうところからウィーンに戻ると、やはり心が落ち着きを取り戻し、初心に帰ることができ、また一から勉強しなければという気持ちになります。ウィーンはさまざまな作曲家の足跡が残る街。偉大な作曲家も、ひとりの人間として生きていたのだという感覚をもたらしてくれます。ウィーンのおいしいコーヒーを飲みながら、時間の流れ、語彙の感覚、人々の気質などゆる〜い感じを思う存分楽しみ、明日の英気を養っています」

取材・文/伊熊よし子
Information
〈田中彩子 ソプラノ・リサイタル2023〜Play Coloratura〜〉
出演:田中彩子(ソプラノ)、川田健太郎(ピアノ)
11月3日(金・祝)北海道・札幌コンサートホール Kitara 小ホール
11月12日(日)愛知・三井住友海上しらかわホール
11月19日(日)大阪・住友生命いずみホール
11月23日(木・祝)東京・紀尾井ホール
11月26日(日)長崎・とぎつカナリーホール
12月2日(土)静岡・アクトシティ浜松 中ホール

https://www.ayakotanakaofficial.com/
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