[こちらハイレゾ商會]第85回 リミックスで生まれ変わったジョン・レノンの“新作”
掲載日:2020年11月10日
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こちらハイレゾ商會
第85回 リミックスで生まれ変わったジョン・レノンの“新作”
絵と文 / 牧野良幸
ジョン・レノンの生誕80周年を記念したベスト盤『GIMME SOME TRUTH.』がハイレゾでリリースされた。flacとMQAでの配信。どちらもスペックは96kHz/24bitだ。
今年はジョン・レノンが生まれて80年となる。ジョン・レノンは1940年生まれ。そして1980年に暗殺された。どちらもキリのいい数字なので覚えやすい。というか忘れられない。
生誕80年ということはジョンが生きた年月と、いなくなってからの年月がちょうど同じ40年ということでもある。そう考えるとジョンの死後の40年間、ロック・ミュージックにどれほど普遍的な曲が誕生したか。残念ながら僕にはそんなにたくさん思いあたらない。やはり僕にはジョンが生きていた60年代、70年代のロックが眩しい。
ということで近年、僕の情熱は“新しい音楽を求める”から“昔の音楽をいい音で聴きたい”にすっかり移行してしまった。でもこれはオーディオ・マニアに片足を突っ込んでいる男として、まんざら悪くないとも言える。昔の曲でも、いい音で聴くとまるで新曲のような興奮を覚えるからだ。
前置きが長くなったので、さっそくハイレゾの話を書こう。ずばり、ハイレゾで聴く『GIMME SOME TRUTH.』はすごくいい音に変わった。それこそ昔の音楽をいい音で聴きたい男を興奮させるハイレゾだ。
ジョンのヴォーカルは明瞭になった。バンドの音も高域から低域まで厚みが出たと思う。再生音は押し出しがよく、彫りが深い。よって分離感、空気感も生まれた。
なんだかオーディオ用語のオンパレードになってしまったが、要はいい音になったということである。ジョンの音楽は魂で感じるもので音質は二義的な問題。昔はそう思っていたが、これを聴いたらそんな考えも吹き飛んでしまった。
音が生まれ変わった要因は、第1世代のオリジナル・マルチトラック・テープにさかのぼって、リミックスが制作されたところにあると思う。専門的なことはわからないけれど、マスターテープでのマスタリングでは、あちらを立てればこちらが立たずということで限界があるだろう。その点、マルチトラックに遡って磨き上げるリミックスの方が、鮮度において有利であることは容易に想像できる。
収録された36曲のそれぞれに感想を書けそうなほど音像の違いが顕著であるが、スペースも限られているのでここでは数曲だけ紹介したい。聴き比べの際のソースはいずれもハイレゾである。
まず僕がジョンのアルバムの中で、いちばん音質に不満があった『マインド・ゲームス』から「マインド・ゲームス」。オリジナルの平坦な音場から彫琢のある音場に変貌した。金属的な響きも消えている。低域がかなり出てくるのも特徴だ。それでもヴォーカルが左右に並ぶ配置はオリジナルどおり。今回のリミックスがオリジナル音源を尊重していることがわかる。1973年にFMラジオで初めて聴いて感動して以来、今回の音が一番気に入った。
「ワーキング・クラス・ヒーロー(労働階級の英雄)」もギター、ヴォーカルが太くなってぐっと前に出てくる。間近な距離でジョンが歌っているかのようだ。
「イマジン」は2年前の『イマジン:アルティメイト・コレクション』(今作と同じくポール・ヒックスによるリミックス)を聴いた人には、それほどの変化は感じられないかもしれない。しかしそうでない人には豊かな音になったと感じるだろう。ジョンの歌声は明瞭になり、まるでヴォーカル・アルバムを聴くような存在感だ。しかし曲の持つメッセージ性は損なわれていない。
ポール(・マッカートニー)のことを辛辣に歌った「ハウ・ドゥ・ユー・スリープ(眠れるかい?)」は、リミックスによりオリジナルの持つ閉塞感がなくなった。それだけに毒気も薄れた気がするが、もう50年近くこの毒気を聴いてきたので、ここらで聴きやすいヴァージョンも歓迎である。この曲に正面から向き合えることで細部まで楽しめそうだ。『イマジン』からもう1曲書くなら「オー・ヨーコ」も明瞭になった。バスドラの音が“バス! バス!”と粒立ちよく聴こえる。
名曲「夢の夢」はストリングスが柔らかい。この曲の聴かせどころであるストリングスをあえて溶け込むようにしたわけだが、シルキーなストリングスにうっとりすることだろう。
『ダブル・ファンタジー』くらいの年代になると音質はオリジナルから気にならず、リマスターでも良好だったので今回も素晴らしい。それでも「ビューティフル・ボーイ」などは予想以上の仕上がりだ。ジョンが生前に仕上げられなかった『ミルク・アンド・ハニー』収録の「アイム・ステッピング・アウト」も他と同様にエッジがとれて音が柔らかくなった。キンキンしたところがなくなっただけで、この曲が完成形態に近づいた気がするから不思議なものだ。
以上、簡単に数曲を紹介したが、他の曲も音の改善が著しい。こうなるとオリジナルのシングル、およびアルバムにあった音質の違いという垣根も取り払われ、ビートルズ在籍中の1969年から、凶弾に倒れる1980年までの作品が、トータルな音質で俯瞰的に聴けるわけだ。ジョンの新曲はもう出ない(と思われる)だけに、この“新作”を聴く喜びは大きい。音質の変化が聴きどころだけにハイレゾがオススメである。



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