[こちらハイレゾ商會]第89回 追悼チック・コリア、『リターン・トゥ・フォーエヴァー』をハイレゾで聴く
掲載日:2021年3月9日
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第89回 追悼チック・コリア、『リターン・トゥ・フォーエヴァー』をハイレゾで聴く
絵と文 / 牧野良幸
 2021年2月、チック・コリアさんが亡くなった。享年79歳。青春時代に大好きでひたむきに聴いてきた音楽は永遠に生き続けるものだ。たとえ自分は年をとってもレコードの中のアーティストは年をとらない。だから訃報にはいつも驚いてしまう。
 そこで今回は追悼を込めてチック・コリアのハイレゾを取り上げたい。名盤『リターン・トゥ・フォーエヴァー』である。2017年最新マスターを使用してのDSF(2.8MHz)による配信。
 カモメのジャケットで知られる『リターン・トゥ・フォーエヴァー』は1972年の発表。当時大ヒットしたアルバムで、ジャズ界だけではなくロック界にも影響を及ぼした作品だ。かくいう僕も影響を受けた人間で、生まれて初めて買ったジャズのレコードがこの『リターン・トゥ・フォーエヴァー』である。
 その時僕は高校生、1974年から75年にかけての話だ。中学から聴いてきたビートルズ、エルトン・ジョン、ピンク・フロイドらを聴き終えて、好みはサンタナやジョン・マクラフリンなどインプロヴィゼーション(即興演奏)をメインとする演奏に移っていた。ここから“高尚で大人びた音楽”であるジャズに向かうのは必然の流れであったが、ロック小僧にはブルーノートは古臭く感じられ、かといってマイルスのアフロ色があふれる新作はジャケットに圧倒され手を出せなかった。
 そんなとき話題になったのが『リターン・トゥ・フォーエヴァー』だ。今から思うと不思議なのだが、音楽をFMで聴いたわけでもないのに話題だけでレコードを買ったのである。たぶんカモメのジャケットが親しみやすかったのだろう。当時の国内盤LPはポリドールでECMのマークは付いてなかったから、この作品がECM録音と知るのは何十年も後のことだ(よくよく見るとジャケット裏に小さい文字でECMのクレジットが入っている)。
 さっそくレコードに針を落とす。僕にジャズがわかるだろうか……。
 不安はすぐに吹き飛んだ。静かな導入部のあとエレクトリック・ピアノがリズムを刻みだし、ドラムが入ったところ。アドリブはおろか、まだテーマも流れていないのにカッコいい。高校生は“こういうジャズなら、聴けるな”と上から目線で即断した。
 今聴くとアイアート・モレイラのドラムはジャズのそれだと思うのだが、その時はすごくロック的に感じた。一緒に流れるエレクトリック・ピアノのリズムがそう感じさせたのだろう。
 そのチック・コリアのエレクトリック・ピアノ、これこそ“カッコいい!”の一言。フェンダー・ローズ特有の音色だが、当時はこれがエレクトリック・ピアノの代名詞。音色だけではない、チック・コリアのインプロヴィゼーションはどこを取り出しても歌心にあふれていた。
 ほかにもフローラ・プリムの澄み渡った歌声や、ジョー・ファレルのフルートとソプラノ・サックスにも魅了された。コルトレーン世代ではない僕には、これが初めて聴くソプラノ・サックスだ。アルトやテナーと違って透明感のある音色。ここにラテンの空気が流れ込んでいるのが『リターン・トゥ・フォーエヴァー』である。
 アルバムは60年代に流行ったフリー・ジャズなどに比べると、非常に心地よいサウンドである。そのせいで従来のジャズ・ファンには批判されたらしいが、僕のような70年代ロック小僧にはジャズの入り口となった。
 このレコードは今も持っている。ジャケットは背が破れて、どちらからでもレコード盤が出せるほどボロボロだが、45年以上にわたり愛聴盤である。CDで聴きたいと思ったことは一度もない。
 そんな『リターン・トゥ・フォーエヴァー』、ハイレゾは霧が晴れたようにクリアである。あれだけ聴いたLPレコードも、ハイレゾを聴いた後では曇っているなあと感じてしまう。清涼でクリスタルなサウンドがハイレゾでさらに明瞭になったと思う。
 ハイレゾだとエッジが立つからチックの演奏がより迫る。フェンダー・ローズの“グルルルルル”という不協和音のような速いパッセージとか、“ポッ、ポッ、ポッ、パポッ”といったリズムの刻みなどだ。
 クリアなのはエレクトリック・ピアノだけではない。アイアートのシンバルを駆使したドラムの音もキラキラと輝く。シンバルに混じって、スネアの軽い打音やリムショットがからめられているところも明瞭に聴き取れる。高校生の時このドラムを聴いてジャズの世界に入った。あの時の感動が蘇るようだ。
 ハイレゾがDSFというところもあるのだろう。音に厚みがあるので、このアルバムがアナログ録音だということもあらためて実感した。じつを言うとこのアルバムは耳に快適だから、どこか“デジタル”のようなつもりで聴いてきたのだが、ハイレゾであらためて濃厚なアナログの音と感じた。
 チック・コリアはこの後もロック系のバンドと、アコースティックのバンドの両方で作品を数多く残した。ソロ・ピアノやデュオの作品もある。何より作曲家として数々の名曲を書いた。僕にはジャズへの扉を開いただけではなく、音楽を聴く喜びを与えてくれたアーティストである。あらためてチック・コリアさんのご冥福をお祈りしたい。



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