[こちらハイレゾ商會]第91回 ジョン・レノン『ジョンの魂』が新ミックスで登場
掲載日:2021年5月11日
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第91回 ジョン・レノン『ジョンの魂』が新ミックスで登場
絵と文 / 牧野良幸
ジョン・レノンの『ジョンの魂』の発売50周年を記念した『アルティメイト・コレクション』がハイレゾで配信された。形態は多くの未発表音源を収録した〈The Ultimate Collection〉と本編+ボーナス・トラックの〈The Ultimate Mixes〉の2形態である。ファイル形式はflacとMQA。スペックは192kHz/24bitと高い。
『ジョンの魂』は1970年の12月に発表。原題は『Plastic Ono Band』だけれど日本人には『ジョンの魂』という呼び名の方が断然しっくりくる。“ジョン魂(たま)”と略してさえ通じるのはご愛嬌としても、邦題にはジョンのそれこそ“魂の叫び”が溝に刻まれていることをあらわしていて秀逸な邦題だと思う(ジョン本人は知っていたのだろうか?)。
そのレコードを僕が買ったのは1973年4月8日である。日付けまで分かるのは、ご年配の方なら察しがつくと思うが、買った日付けをレコードに書きこんであるからである。日本語歌詞カードの裏に青いボールペンで書かれた文字は、レコードを手に入れた喜びよりも、ひとりの人間の鬼気迫る独白に敬意を表して、小さく控えめだ。
実際『ジョンの魂』は、“レコードで買わなくちゃな”と強く思っていた。僕は前年の1972年、中学三年生の時に級友Mからビートルズを教わり夢中になった。半年の間にMからビートルズの初期と中期のレコードをほぼ全部借り、オープンリール・デッキで録音し聴きまくった。
Mが買い揃えていなかった『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』以降のレコードは、もうひとりの級友Kの大学生のお兄さんのレコードからまかなった。さすがにKはお兄さんのレコードを貸してくれなかったので、Kに頼んでカセット(ソニーの語学勉強用テープレコーダー)で録音してもらい聴いていた。
そのKのお兄さんのコレクションに『ジョンの魂』があったのである。Kの家でレコードを見た時、内省的なジャケットに目を奪われた。そして聴かせてもらった音楽に戦慄した。守銭奴のようにレコードを借りオープンリールに録音してきた僕も、『ジョンの魂』だけは録音じゃダメだ、レコードで買わなくては、と思ったのであった。
結局『ジョンの魂』を買ったのは日付から分かるとおり、高校に入学した月だ。おそらく高校受験から解放され、入学式をすませルンルン気分で買ったのだろう。
『ジョンの魂』。これはもう皆さん、ほとんど同じ体験だろう。
「マザー(母)」で腰を抜かし、「悟り」の歌詞の伏せ字にこれこそ“ジョンはビートルズ卒業だ”と思った。「思い出すんだ」の堅物なピアノ、しかしどこかポップである。「ラヴ(愛)」は当時レターメンというヴォーカル・グループがカヴァーしてヒットしていた。そちらのほうが聴いたのは先で綺麗なラヴ・ソングと思ったけれど、ジョンのヴァージョンはシンプルで原石の輝きに満ちていた。「ゴッド(神)」では“ビートルズを信じない”と歌い、つい一年前にビートルズを知った初心者を当惑させた。
あらから約50年、『ジョンの魂』が新ミックスされハイレゾで出たのである。ほぼ50年の間、自分の買った東芝音楽工業のLPこそが“オリジナル”で、UK盤LPとかCDなどには目もくれなかったが、やはり今回は気になる。
さっそく「マザー(母)」から聴いてみる。冒頭の鐘の音で早くも新ミックスの音の良さは明瞭だ。続いて“マザ〜”と歌うジョンのヴォーカルがいい。存在感があるというか、実体感があるというか。単に生々しいだけでなく、歌声と一緒にマイクに入った録音時の空気感まで漂うようだ。ジョンのヴォーカルをより明瞭にすることは、今回の製作にあたってヨーコの要望の一つだったらしいが、これこそハイレゾの聴きどころでもあるだろう。
ピアノ、ドラム、ベースといった楽器音も厚みのある現代的な音になった。強靭なピアノの「思い出すんだ」は、力強くなったせいでシンプルさがより引き立つ。はかなげなサウンドだった「ラヴ(愛)」もしっかりと確実な歌声とピアノになっている。それでもレコードで初めて聴いたあの雰囲気はほとんど変わらない。オリジナル音源に忠実で敬意を表したものにする、ということもヨーコの要望だったという。
この音をジャケット写真に例えるなら、オリジナルのLPジャケットは望遠レンズで写したような、遠景のぼんやりした画像だったのが、『アルティメイト・コレクション』のジャケット画像は色鮮やかで二人がすぐ近くにいるようである。音もこんな感じでクリアで鮮やかになっている、と書いたらイメージしていただけるだろうか。
膨大な未発表トラックも面白かった。完成作はこれ以外のやり方はないと思うほどにとぎすまされ、緊張感にあふれる楽曲なのだが、実はさまざまなヴァージョンを試していたことが分かる。デモやアウトテイク、それから演奏中のやりとりを聴くと、さまざまな要素をそぎ落とし、細部を磨き上げる。これで『ジョンの魂』が完成したのだ。
あと他のアーティストだと、デモやアウトテイクは必然的にユルめの演奏になる。しかし『ジョンの魂』の楽曲は完成版が非常に緊張を強いられるだけに、デモやアウトテイクのなかには、これはこれでちょうどいい按配というトラックもいくつかあった。ここも面白いところだ。ハイレゾでぜひ聴いてみてください。




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